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第43回日本年金学会総会・研究発表会が開催される

日本年金学会(玉木伸介代表幹事)は、2023年10月26日と27日の2日間にわたってJJK会館(東京都中央区)で総会および研究発表会を開催した。1日目は、9名の発表者が登壇して各論題について研究発表を行った。2日目は2023年度の共通論題である「社会経済の変化と公的年金保険の相互作用」をテーマに3名が研究発表した後に基調講演と特別講演、シンポジウムを行った。

第43回日本年金学会総会・研究発表会プログラム

変化していく環境に対する発信が年金学会の使命

日本年金学会代表幹事の玉木伸介氏(大妻女子大学短期大学部 教授)は、冒頭のあいさつで「いま年金の世界では、財政検証に向けた議論が進行中であり、年金学会および研究発表会を行うには大変適したタイミングだと思っている。今の議論の環境を見て一つ望ましいことは、臨時国会や通常国会が年金国会になるという話は全くないこと。このように落ち着いた環境の中で、冷静で合理的な議論が行われるということは大変喜ばしいことではないかと思われる」と述べた。
また、公的年金制度や私的年金制度を巡る様々な環境として、労働市場の人手不足やあるいは労働が希少になるという変化があるとし、「こうした変化に対してプロフェッショナルがアカデミックな発信をしていくことが年金学会の使命だ」とした。

挨拶する玉木氏

代表幹事の挨拶と総会に続き1日目は、各研究者による年金に関する学術研究が発表された(自由論題)。また、発表内容について、コメンテーターが意見を述べた。自由論題の講演要旨は以下のとおり。

自由論題1「公的年金に関する制度・行政を振り返る」

牛丸 聡 氏 
元・早稲田大学

牛丸氏は、現在のわが国の公的年金制度が過去に行われた年金制度改正によって各々特徴があり、それらが積み重なったものとして存在しているとし、中でも、昭和48年改正、昭和60年改正、平成16年改正が重要な改正と位置付けた。そのうえで、一般国民はこうした過去の主要な改正を踏まえた公的年金制度を理解する必要があると主張。そのため、厚生労働省に対して一般国民が理解できるようにていねいな情報発信をすることが必要だと指摘した。

自由論題2「低年金者防止と国民年金保険料の完全徴収」

喜多村 悦史
総合社会政策研究所 代表

喜多村氏は、人生100年時代と言われるなか、老後生活の年金の制度も引退直後に重点を置くのではなく、100歳を超えて生きていても大丈夫なものに設定する必要があると指摘。全ての国民に共通する年金が基礎年金であることから、老齢基礎年金を満額で受給できることが重要だとした。しかし、第1号被保険者の保険料納付率は改善しているものの、免除者や猶予者の割合は半数近くになっており、追納制度の活用も極めて低く、免除や猶予期間を残したまま基礎年金の受給年齢になってしまうことが懸念されるため、生活扶助者の法定免除は国民年金保険料を生活扶助に組み込むなど、現行の免除制度や猶予制度を見直す必要があるとした。

自由論題3「障害年金の支分権についての時効消滅の運用は違法と考察する」

木戸 義明
木戸社会保険労務士事務所

木戸氏は、障害年金の支分権が裁定前に時効によって消滅するか否かについて考察した。過去のほとんどの判例が「裁定前に時効消滅する」としているが、木戸氏は、会計法では時効消滅に継続5年間の権利不行使とすることを要件としているので、行政処分である裁定前に独立した権利である支分権に対する権利不行使の存在は見出せず、裁定前には時効消滅していないと主張した。

自由論題4「老後資産の形成に向けた公的年金・私的年金の見える化と中立的アドバイスに提供に向けた諸外国の取り組み」

菊地 英明
厚生労働省 年金局総務課年金広報企画室

菊地氏は、公的年金と私的年金の金の加入記録状況や将来の年金受給見込額を推計し、視覚的に分かりやすく一体的に表示する「ペンションダッシュボード」の構築や中立的なアドバイスの提供に向けた取り組みが世界各国で進められていることを紹介した。スウェーデンでは公的年金と私的年金の受給見込額を算出する際、それぞれ経済前提が異なっていたため、国民が混乱する事態となり、経済前提を統一化した。また、イギリスでは、ペンションダッシュボードに表示される推定退職所得などのグラフは政府機関のガイドラインに従って作成するルールになっている。日本でも2022年4月に公的年金シミュレーターが公開され、2023年7月にはオープンソース化されることとなった。これにともない、様々な機関が公的年金シミュレーターを活用したサービスを展開することが想定されるため、将来受給額予測の計算の前提や表示方法、中立なアドバイスのための情報提供のあり方について諸外国の動向を注視する必要性を示した。

自由論題5「フィナンシャル・ウェルビーイングのための年金教育のあり方 ~学校教育から DC 投資教育及び PLP セミナーを含めて~」

菅谷 和宏
三菱UFJ信託銀行 年金コンサルティング部 上席研究員

菅谷氏は、長期化する高齢期の経済基盤を充実する必要性があることから、自らのライフ・プランを考える重要性が高まっていることや、老後に向けた年金リテラシーの向上が必要であることを指摘。しかし、そうしたことを学ぶ機会は少なく、高等学校でライフステージと社会保障制度の授業がある程度であり、厚生労働省や日本年金機構が提供する学習教材はあるが社会人についても体系的に年金教育を受ける機会はないと指摘した。そのため、若年齢期から将来にわたる一貫した年金教育の構築を提言した。

自由論題6「金融経済教育における公的年金保険加入者区分の活用の可能性」

三木 隆二郎
年金シニアプラン総合研究機構 特任研究員

三木氏は、金融庁が主導している金融経済教育において2014年に策定した金融リテラシーマップが金融機関による金融経済教育であまり使用されていない現状から、簡易解説書を作成してより使いやすいものにすることを提案した。投資教育といった目の前の問題に偏りがちな金融経済教育が、タイムホライズンの長い引退後の家計経済という視点を持つ「年金教育」と連携することで、現在から将来にわたる資産形成につながり、「金融面での個人の良い暮らし」を達成できると提言した。また、年金教育を学校教育に組み込むことで、社会に出る前に公的年金や私的年金について理解でき、将来それらを組み合わせて自分のキャリアに合う老後資産形成の方法を考えることができるといったメリットを強調した。

自由論題7「ドイツの年金制度改正の検討動向」

杉田 健
年金シニアプラン総合研究機構 特任研究員

杉田氏は、2021年の政権交代に伴うドイツの年金改革の動向について、公的年金への「世代資本」の導入、企業年金強化のための専門家対話、個人年金を中心とした民間の老後保障に関するフォーカス・グループの審議について解説。いずれの議論に共通しているのは資本市場の一層の活用であることを指摘した。

自由論題8「公的年金のオルタナティブ投資における情報の非対称性」

平井 一志
元・年金シニアプラン総合研究機構 特任研究員

平井氏は、公的年金のオルタナティブ投資における、公的年金積立金の管理運用主体である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と国民との情報の非対称性について、GPIFにおけるオルタナティブ投資の開始当時の問題点や課題を整理。オルタナティブ投資が公的年金積立金の運用として相応しい か、否か、改めて議論をし国民的な合意形成を図る必要があるとした。

自由論題9「企業年金制度に関する情報開示 ~非財務情報を中心に~」

阿久津 太 氏
三菱UFJ信託銀行 年金コンサルティング部 フェロー

阿久津氏は、企業年金制度の情報開示について、非財務情報の開示拡充を念頭に、考えられる開示内容例、論点等を整理。人的資本経営といった大局的な見地と投資家等から見て必要とされる情報は何かという観点から、企業年金制度を開示することが望まれるとした。


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