#48|高年齢者再雇用におけるトラブル防止~継続雇用規程、労働条件通知書を整備する~
はじめに
令和3(2021)年4月1日より施行された改正高年齢者雇用安定法では、従来の65歳までの雇用確保措置義務に加え、70歳までの就業確保措置の努力義務が企業に求められるようになりました。
「人生100年時代」を近い将来迎える今、企業には、働きたい人が働くことができる仕組みが一層求められます。
本稿では、65歳までの雇用確保措置にフォーカスし、制度の仕組み、落とし穴、法律上の注意点、効果的な規程の整備についてお伝えします。
高年齢者雇用安定法で定められていること
定年を定める場合は、鉱業法による坑内作業に従事する労働者を除き、60歳を下回ることはできません(高年齢者雇用安定法第8条)。
さらに、高年齢者雇用確保措置として、65歳未満の定年の定めをしている事業主は、下記①~③のいずれかの措置を講じる必要があるとされています(同法第9条)。ただし、定年を定めていない場合または定年が65歳以上の場合は、高年齢者雇用確保措置を講じる必要はありません。
実務上は、定年を60歳と定めているケースが多いため、②の継続雇用制度を導入する企業が多い印象です。①と③は人件費の観点から人事制度の抜本的な見直しが必要になるため、慎重な姿勢がうかがえます。
継続雇用制度(現行制度)
65歳までの継続雇用制度を導入した場合、事業主は、原則として雇用している高年齢者(55歳以上の従業員、高年齢者雇用安定法施行規則第1条)が希望するときは、希望者全員を継続雇用制度の対象とする必要があります。
ただし、高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針(平成24.11.9厚労告560号)において、
「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」
とされているため、就業規則に規定されている解雇事由や退職事由があれば、継続雇用の対象外とすることもできます。
継続雇用制度の改正の経緯と背景
これまで、高年齢者雇用安定法における定年と高年齢者雇用確保措置は努力義務規定が定められた後、義務規定に改正されてきました。
また、公的年金制度の法改正の動きにも着目すると、老齢厚生年金の支給開始年齢が引き上げられることに足並みを合わせるように、高年齢者雇用安定法も法改正が行われていることがわかります(表1参照)。
【表1】高年齢者雇用安定法と公的年金制度の動き
高年齢者雇用確保措置義務化の経過措置
平成16(2004)年の改正(平成18(2006)年4月1日施行)の高年齢者雇用確保措置の義務化の内容を簡単に記載します。
しかし、平成24(2012)年の法改正で上記(ⅱ)は廃止され、例外的に平成25(2013)年3月31日までに(ⅱ)の労使協定を締結していれば、経過措置として労使協定は有効とされ、それ以外の場合は、雇用している高年齢者が希望した場合、65歳までの継続雇用制度とすることが必要となりました。
この経過措置は、平成25(2013年)年度から令和7(2025年)年度までに、報酬比例部分の老齢厚生年金の支給開始年齢が段階的に引き上げられるため、年金支給開始年齢までは、希望者については雇用を確保し、年金の支給が開始される年齢以降は再雇用基準を適用し、雇用と年金を接続させるためのものでした。
【図1】経過措置
この経過措置を利用している企業が存在するため、厚生労働省のモデル就業規則を参照して説明します。
経過措置の就業規則規定例の解釈
【図2】モデル就業規則
【図2】第2項の表は、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢に該当する生年月日なので、以下のように読み替えるとわかりやすくなります。
【図3】老齢厚生年金報酬比例部分の支給開始年齢
例えば昭和36年2月生まれの人は、令和3(2021)年に60歳になり、64歳から老齢厚生年金の報酬比例部分の年金が支給されます。
この場合、【図2】の規定とともに労使協定を締結していれば、64歳を迎えるまでは【図2】第1項(1)~(4)に定める「基準(=契約更新の条件)」は適用されず、定年退職時に解雇事由や退職事由に該当しなければ、64歳まで再雇用されます。
64歳の時点でこれらの基準を満たしている場合には、65歳まで再雇用が継続します。しかし、定年退職時に「基準」のいずれかを満たしていない場合には、64歳で雇用が終了する、という解釈になります。
経過措置が有効な場合における落とし穴
経過措置については、労使協定を平成25(2013)年3月31日までに締結していなければ、就業規則に【図2】のような規定があっても適用できない点が見落とされがちです。
1.労使協定を締結していなかった場合
この場合は、現行制度のとおり、従業員が再雇用を希望した場合、定年退職時に解雇事由や退職事由に該当しなければ、65歳までの継続雇用制度の対象となります。
2.既存の支店で労使協定を平成25(2013)年3月31日までに締結していたが、その後新たな支店が設立され、当該支店では同一の労使協定を締結できない場合
新たな支店については、経過措置を適用できないため、上記1.で記載した取扱いになります。そのため、令和7(2025)年3月31日までは、労使協定を締結した既存の支店と異なる継続雇用制度となるため、再雇用契約の内容を今一度整理しておきましょう。
再雇用後の契約更新基準が不十分な場合のトラブル
再雇用契約は、一般的には1年ごとの有期雇用契約を結びます。
その後、契約期間満了前に契約を更新するかどうか、労使で協議することになりますが、その際に大切なのが、契約更新基準を労働条件通知書にはもちろんのこと、就業規則にも明記しておくことです。
なぜなら、労働契約法第12条で「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」と定められているからです。
【図4】労働契約法第12条の規定
例えば次のような場合、従業員は会社にどのような主張ができるでしょうか。
従業員は、【図4】の優劣関係を根拠に「就業規則に契約更新基準が書かれていないので、労働条件通知書に契約更新基準が書かれていても就業規則が優先され、契約更新基準は適用されず無条件で契約を更新してもらえるはずです」と主張するかもしれません。
トラブルになる可能性があるので注意が必要です。
継続雇用規程を効果的に使う
前述したとおり、就業規則、労働条件通知書が不完全なことによるトラブルは避けたいものです。
そのため、法違反がない状態に自社の就業規則や労働契約書(労働条件通知書)を整えること、両者の整合性を取ることが重要です。
具体的には、継続雇用規程を整備し、定年後の労働条件、再雇用の手続、契約更新基準等を明記し、定年後の雇用契約内容を決めるための労使の対話の一助とすることです。
なお、企業が定年後の所定労働時間等の労働条件を提示して、再雇用の対象者が選択できるようにする規定を置く方法、または契約の都度、労使の対話で労働条件を決定する方法があるので、自社の風土に合わせて定年後の再雇用契約を進めていくと良いでしょう。
労使の認識を一致させ、無用なトラブルを防止するためにも、規程の整備、労働条件通知書をきちんと整備することが大切です。
高澤 舞(たかざわ まい)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士
法律事務所に約5年勤務し、主に民事事件や破産事件の書面作成などの業務に従事。プロとして法的な見地からの対応にとどまらず、企業や従業員の課題に歩み寄った柔軟なアドバイスの必要性を感じ、社会保険労務士を目指す。2013年社会保険労務士登録。2017年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2023年特定社会保険労務士付記。
現在は、就業規則作成・改定業務のスペシャリストとして社内メンバーをリードするとともに、すべての顧問先企業の規程作成に関与し、さらには、広く就業規則整備の重要さを発信するため、セミナー登壇、執筆も手掛けるなど就業規則を軸に活躍の幅を広げている。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
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