#49|個別労働紛争 ~適切な対処をするために押さえておくべき基本的なポイント~
個別労働紛争とは
労働者=従業員と、使用者=会社との、労働条件や職場環境に関する争いのことを広く労使紛争といいますが、そのうち、個々の労働者と使用者との争いを「個別労働紛争」といいます。
個別労働紛争には、労働組合と事業主の間の紛争や、労働者と労働者の間の紛争等は入りません。
また、個別労働紛争は、あくまでも民事的な紛争であり、取締法規である労働基準法等の違反に係るものは除かれます。
2001年(平成13年)、企業組織の再編や人事労務管理の個別化等に伴い、労働関係に関する事項についての個々の労働者と使用者との間の紛争が増加していることを背景に、個別紛争解決促進法が施行されました。
厚生労働省は、個別労働紛争について「実情に即した迅速かつ適正な解決を図る」ための制度として、以下を挙げています。
このうち、③のあっせんでは、紛争解決手続代理業務試験に合格し付記申請をした社会保険労務士(通称:特定社会保険労務士)が、紛争解決手続の代理業務を行うことができます。
最近の個別労働紛争
令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況(厚生労働省)によると、民事上の個別労働紛争の件数は、27万2,185件 となっており、平成25年度の24万5,783件より、約11%も増加しています。
個別労働紛争の内容は、いじめ・嫌がらせ、自己都合退職、解雇など多岐にわたります。
図1 相談件数の推移
図2 相談内容別の件数
多くの個別労働紛争に触れていると、最近は、内容が多岐にわたることもさることながら、『業務が不向き』など曖昧な理由による雇用終了といった抽象的な相談や、多様な働き方や価値観がひろがったことによる複雑化した相談が増え、問題の認識・解決を図ることがより困難になっている印象です。
一方で、ごく基本的なポイントを押さえていなかったために、解決できなかった例も多いように感じます。
どういうことなのか、代表的な事例について確認してみましょう
(内容は一部変更しています)。
代表的な事例
以上、3つのケースには、それぞれ、重要なポイントがあることがおわかりいただけるでしょうか。一つひとつ確認していきましょう。
重要なポイント
■就業規則は整備されているか
Aのケースでは、会社は、「復職させるかどうかの判断について、主治医の診断書だけで判断しかねる場合は、会社の指定した医師や産業医の意見をもとに、会社が決定することがある」と方針を決めていたにも関わらず、就業規則にそれを規定していませんでした。
最近は、休職制度規定や解雇規定にて、会社の方針や経営者の考えを就業規則に反映していないことが原因で、問題が複雑化してしまうケースが増えています。
また、「新しい雇用区分を作ったが、就業規則は正社員に準じる、としておいたら、整合性がとれない部分が出てきてあとから困った」「無期に転換した社員や再雇用社員がいるが、彼らのための就業規則は策定していない」など、働き方の多様化により、様々な雇用区分を作ったものの就業規則の整備が追いついていない会社が多い、ことも特徴です。
就業規則を、問題が起きてから対処療法的に都度修正したり、新しい制度の補足をするために策定していると、このようになる傾向があります。
就業規則は、未来へ向けて、あらかじめ、会社の理念や経営方針をデザインし、具体的なルールを示しておくもの、システムや仕組みを明確化するものとして、策定していくことが最善です。
当然、それにより、労働者の理解がすすみ、紛争の多くの原因である「認識の相違」がうまれにくくなる、という側面も期待できます。
■対応手順通りに実行しているか
Bのケースでは何が問題でしょうか。
それは、相談窓口に相談があっただけで、即パワハラがあった、としてしまったところです。
パワハラについて、労働者から相談があった場合は、以下のような手順通りに進めることが重要です。
実際に、重大・深刻なパワハラをBが行っていたとしても、会社側が対応手順をしっかり守らなかったことで、適正な処分ができない、という可能性も充分にあります。
対応手順が特に重要となるのは、特にハラスメント対応、そして懲戒処分対応の場合です。
以上のように、個別労働紛争の多くは労働者と使用者の認識の相違が問題となり、使用者は自らの認識を丁寧に説明するはずが、就業規則の未整備や対応手順の不備により、不意打ちをくらってしまい、説明の機会さえ与えられない、という事態になってしまうのです。
■専門家の力を借りているか
ケースCは、その後、社会保険労務士の助言により解決に向かったケースです。社会保険労務士は、「Cは雇止めにより退職したのではなく、自己都合により退職したため、雇止めではない。理由も説明する必要はないでしょう」と助言しました。
この内容をCに伝えたところ、Cも納得した形となったとのこと。雇止めの理由をどの程度説明すべきか、個別労働紛争に発展してしまうのか、慌てふためいていた会社の担当者は、安心したそうです。
昨今、インターネット等では、虚偽・誤解を招きやすいものも含め、様々な情報が氾濫しています。労働者側が安易に「違法だ!」「おかしい!」と訴えてくるケースも大変多くなっています。
それだけに、法律をもとにどこが問題となるかを整理し判断する、正確な法的観点が必要になります。
法的観点については、社会保険労務士など専門家の力を借りましょう。
以上をまとめると、個別労働紛争のために押さえていただきたい基本ポイントは、以下の3つになります。
■就業規則は整備されているか
■対応手順通りに実行しているか
■専門家の力を借りているか
誠意をもって対応するために
昨今、個別労働紛争は増加傾向にあります。
個別労働紛争に対して、適切な対処をするため、上記ポイントは基本的なこととして、必ず押さえておきましょう。特に上司や管理職の皆様については、研修などを通じ、継続して確認をしていただきたいと思います。
個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の第二条にはこのように書かれています。
誠意とはなんでしょうか。この場合の誠意とは、個別労働関係紛争が生じたときに、問題を認識し、論理的に解決するための準備ができていること、知識や情報、手段を保有していることと考えます。
基本ポイントは、その準備の基礎に該当します。
当事者である会社は、基本ポイントをしっかり押さえ、個別労働紛争に対して、誠意をもって、適切な対処をできるようにしていきましょう。
田所 知佐(たどころ ちさ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士
東証一部上場 公共インフラ企業にて10年間施設企画に従事。その後、仏高級レストランの日本法人にて商品企画に従事。2015年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2018年社会保険労務士登録。2021年特定社会保険労務士付記。前職の経験を活かし、企画・広報・執筆活動など多方面で活躍。近著『図解 社会保障オールガイド 最新版』(そらふブックス)監修。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
ドリサポ公式YouTubeチャンネル
代表 安中繁が、労働分野の実務のポイントをわかりやすく解説している動画です。ぜひご覧ください。