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#50|SNSと採用トラブル ~過去のSNSの投稿を理由に内定取消はできない!?~

市川 茉衣(いちかわ まい)
ドリームサポート社会保険労務士法人

労働分野の実務の参考となる情報を提供する「プロが伝える労働分野の最前線」第50回のテーマは、SNSと採用トラブルです。採用の内定を出した後、その人がSNSで不適切な投稿をしていたことが発覚した場合、その投稿を理由に内定を取り消しできるのか――SNSの利用が急激に広がるなか、こうしたSNSに関する問題はどんな会社も他人事ではありません。対応のポイントをドリームサポート社会保険労務士法人の市川茉衣さんが解説します。


誰もが情報発信できる時代

日本国内におけるSNSの利用者数は約1億200万人、個人のスマートフォン保有率は77.3%と言われ、その数は年々増加しています。

総務省『令和5年情報通信に関する現状報告の概要』をもとに筆者作成


総務省『令和4年通信利用動向調査』をもとに筆者作成

今や、子どもから高齢者まで誰もが手軽に情報を発信できる時代であることは、言うまでもありません。世界中の人と繋がり、昔なら入手困難だった情報も一瞬で手に入るなど、便利な面も多い一方、その手軽さ故にトラブルも数多く発生しています。

つい先日も、大学生が旅館の天井を破る様子等をSNSに投稿し、大きな問題となりました。テレビ等の報道では学生の顔にモザイクがかけられていますが、ネットユーザーによる「犯人捜し」が進んでいます。

ネット上にアップした情報が他人の手により拡散されると、完全に削除することは不可能です。実際、件(くだん)の学生が迷惑行為を行った投稿は第三者により保存、再投稿、拡散され日本中に知れ渡るところとなったわけですが、こうなると投稿内容がネット上から消えることはなく、彼らの将来にも大きな影響を与えると考えられます。

過去のSNSの投稿を理由に内定取消は困難

平気で迷惑行為を行い、その様子をSNSに投稿する学生を積極的に採用したいと思う企業の人事担当者は、まずいないでしょう。

しかし、いったん内定を出した後に、過去のSNSの投稿内容を理由として内定を取り消すことは、実は大変難しいのです。内定を出したということは、労働契約を締結したことになり、内定を取り消すのは解雇と同じことと考えられます。たとえ犯罪行為だとしても、自社の業務と直接関係ない過去の私的な行為を理由に内定を取り消すことは、基本的に認められません。

また、判例によれば「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とされています(大日本印刷事件=最判昭54・7・20)。

応募者のSNSの投稿内容が広く公開されていて、選考の段階で知ろうと思えば知れるものであった場合は、この要件も満たしていないと考えられます。

応募者のSNS調査は、今や当たり前に

著名人が来店したことを店員がSNSで流布してしまうなど、従業員のSNSの扱い方が問題となることは以前から度々ありました。
そのようなトラブルを防止するため、従業員個人のSNSアカウントを企業が定期的にパトロールし、不適切な投稿があった場合に指導することは10年以上前から行われていました。

SNSをめぐる企業のコンプライアンス意識はさらに高まり、近年では、採用選考時に応募者のSNSアカウントを特定し、人物調査を行うこともあります。SNS上の人物調査を代行する専門業者が存在することからも、入社後にトラブルを起こしそうな人物はなるべく採用したくないと考え、応募者のSNSの情報を求める企業が多いことが窺えます。短時間の面接や適性試験だけでは分からない人柄や、過去の行動が見えるので、企業にとってSNSはそれだけ貴重な判断材料になっているとも言えます。

応募者の適性に不安がある場合は、内定通知前に対処を

前述のように、内定取消しは解雇と同等であり、適切に対処しないとトラブルに発展する可能性があります。SNSの普及率を考えると、企業は今後、自社の応募者や労働者の情報発信に、より一層目を配らざるを得ないでしょう。

一方で、厚生労働省は就職差別を防ぐために、採用時に収集してはいけない情報や、面接で質問してはいけないことなどを細かく定め、情報発信しています。この機会にそちらも合わせて確認していただきたいと思います。

厚生労働省 公正採用選考特設サイト

誰を採用し、誰を不採用とするかは基本的に各企業の自由ですが、公正な選考基準の下で責任ある採用活動を行うことが求められます。

内定通知後に不適切な投稿を発見してしまったら

どんなに慎重に適性試験や面接を重ねても、内定後、入社後にトラブルが発生するリスクをゼロにすることは困難です。特に、ネット上の情報をくまなくチェックすることは難しく、内定を出した後に過去の不適切な投稿をSNS上で発見することもあるかもしれません。

そのような時は、ひとまず、問題となる投稿が削除される前にスクリーンショットや印刷をして保存し、本人と面談の場を持つのが一般的です。

ふざけ半分だったとしても、故意に他人に迷惑をかけたり、他人を傷付けたりすることは社会の一員として許されないこと、迷惑行為を行いSNSに投稿した人物の個人情報が特定され、勤務先に苦情が殺到し企業活動に多大な影響を与えた例もあることなどを説明したうえで、問題となる投稿を削除するよう求めます。

採用選考時の調査よりも重要なこと

筆者の所属する社会保険労務士法人は、300社を超える顧問先を抱え、実際に「応募者のSNS調査をしたい」という相談を受けています。応募者のプライベートも見えてしまうため、企業側はどこまで情報にアクセスしてよいか迷いつつも、時代の流れを受けて、調査の必要性を感じているようです。

しかし、採用選考時の調査よりも重要なのは、入社後の教育ではないでしょうか。
冒頭で大学生による迷惑行為の例を取り上げましたが、若手社員に限らず管理職による不適切な投稿や、SNSを使用したパワハラの事例も数多く存在します。自社の社員として、また、一社会人としてSNSを適切に使用するためにどのようなことに注意すべきか、研修などを通じて全社員に伝え続けなければなりません。

急速な技術発展に伴い、世の中の価値観や倫理観も日々変化しています。SNSの不適切な使用からトラブルに発展しないために、労使共に定期的に知識と常識をアップデートしましょう。

ルール作りに迷ったら専門家を頼ってみて

さらに取り組みを進め、従業員のSNS使用にルールを設ける企業もあります。
ルールを設けること自体は問題ありませんが、SNSの使用は、あくまでも私的な行為であり業務上必要な範囲を超えた制限は「個の侵害」にあたります。

どの程度まで制限を設けるか、その匙加減は難しいものです。迷った時には、社労士などの外部専門家に相談することをおすすめします。労働関連諸法令に精通し、他社事例を多く見ているため、実効性がありつつも厳しすぎず、バランスの取れたルールを作る助けとなるはずです。

内定を出したからには、責任を持って育てる

労働人口が減少し続ける中、特に中小企業においては求人を出しても応募がなく、面接に来た人を全て採用しなければならないという声も耳にします。深刻な人手不足の中で、応募者のSNSまで吟味してふるいにかける余裕など到底ないことは、察するに余りあります。

しかし、このような状況だからこそ、「我が社が求める人物像」を明確に持ったうえで、募集、選考、内定、入社までのフローを確立するべきです。
せっかく採用したのに「こんなはずではなかった」となることは避けたいものです。

そして、内定を出したからには責任を持って仲間として迎え入れ、育成することが求められます。
単に仕事を教えるだけではなく、社会人として守るべきルールや倫理観などを身に付けさせることも、企業の大きな役割の一つです。


市川 茉衣(いちかわ まい)
ドリームサポート社会保険労務士法人

社会学部にてメディア社会学を学ぶ。卒業後、小売業や生命保険会社にて、顧客対応に従事。2019年5月、先進的な働き方である「週4正社員制度」を実践しているドリームサポート社会保険労務士法人に興味を持ち入社。
現在は、つなぐ課にてセミナー運営、プロモーション業務全般に携わり、法人が提供する動画コンテンツの企画・撮影・編集・展開までを牽引して行うなど、活躍している。
フルマラソン3時間台を目指し月間300キロの走り込みを行うアマチュアランナーでもある。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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代表 安中繁が、労働分野の実務のポイントをわかりやすく解説している動画です。ぜひご覧ください。


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