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#42 運送業の2024年問題

奥山 克彦(おくやま かつひこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/社会保険労務士

労働分野の実務の参考となる情報を提供する「プロが伝える労働分野の最前線」第42回のテーマは、運送業の2024年問題です。一部の業種に適用が猶予されていた時間外労働の上限規制が2024年4月に全面施行されます。
その一つである運送業は、ドライバーの長時間労働、人手不足などのさまざまな課題を抱えており、中でも我が国の物流を担うトラックドライバーの働き方改革などへの対応は喫緊の課題です。企業側に求められる取り組みなどをドリームサポート社会保険労務士法人の奥山克彦さんが解説します。


運送業の2024年問題とは

働き方改革の一環として、時間外労働の上限規制が規定された労働基準法が改正されました。
大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から既に適用されているところ、2024年4月からは、適用猶予されていた自動車運転業務・建設業・医師等にも適用が開始されます。

これまでトラック運転者等の労働環境は、高齢化による労働力不足やEC市場拡大による物流量の増加等により長時間労働が慢性化していました。自動車運転業務に対する規制は5年間の猶予が与えられていましたが、2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されることを受け、運送業界に発生する諸問題を「2024年問題」と言います。

運送業の中でも今回は特にトラックドライバーの働き方に焦点をあてて考えてみたいと思います。

自動車運転業務の上限規制(2024年4月から)

業種を問わず、労働者に法定労働時間を超えて働かせるには36協定の締結が必要です。
36協定(一般条項)を締結・届出をすれば、原則月45時間以内、年360時間以内の時間外労働をさせることができます。この点は自動車運転業務においても同じです。

自動車運転業務が一般の業種と異なる点は、36協定の特別条項を結べば一般の業種が年720時間以内に延長されるのに対し、自動車運転業務は年960時間以内までなら時間外労働が認められるというところです。
また、時間外労働と休日労働の合計の上限規制も自動車運転業務には適用されません。

つまり、自動車運転業務の労働時間の上限は、法定労働時間+年960時間以内(1か月の目安80時間)ということになります。

自動車運転者の改善基準告示の改正(2024年4月から)

時間外労働の上限規制の開始とともに改善基準告示(厚生労働大臣が定める自動車運転業務の独自の基準)も改正されます。

労働基準法で規定される労働時間の規制に加えて、改善基準告示ではトラック・バス・タクシー等の運転者ごとに拘束時間や休息期間等の基準を定めています。

図②はトラック運転者の場合ですが、年・月・日単位の拘束時間や終業から始業までの休息期間、実際にハンドルを握る運転時間及び連続して運転できる時間など細かく基準が定められています。

運転者については労働時間だけでなく、拘束時間、運転時間、休息期間にも注意しながら時間の管理を行っていく必要があります。

※予期しえない事象(故障・災害・渋滞など)、分割休息、2人乗務、隔日勤務、フェリーに関する特例があります。

○拘束時間:労働時間と休憩時間の合計時間(始業から終業までの使用者に拘束される全ての時間)
○休息期間:勤務と勤務の間であって使用者の拘束を受けない時間 

日々の労働時間管理の徹底

上記のような法改正に対応するため、運送事業者は、運転者の日々の労働時間管理の徹底が必須となります。

特に運送業においては、出退勤記録、運転時間、荷役作業、休憩時間など独自の勤怠概念があります。そのため、複雑な勤務形態に対応した勤怠管理システムやデジタコ等の連携により日常的に労働時間の管理を徹底することが重要です。

○デジタコ(デジタルタコグラフ)
運行中の車両の速度・走行時間・走行距離などを記録するデジタル運行記録計。ドライバーが作業前にボタン(実車・高速・荷積み・荷卸し・休憩・待機など)を押すことで作業内容と時間が記録される。デジタコの運行データと勤怠管理システムを紐付けることで、運行日報の作成が不要となり、正確な運行管理と事務作業の効率化を図れる。

ある会社では、勤怠管理システムとデジタコが連携していないため、実際1時間30分休憩したにもかかわらず、勤怠管理システム上は自動的に休憩1時間と設定され、30分の給与の過払いが発生した事例がありました。その他デジタコのボタンを押さなかった不明時間も全て労働時間に算入してしまっていたという事例もあります。

各ドライバーに時間管理に対する理解を深めてもらうとともに運行管理者は各ドライバーの勤怠状況を正確に把握することが肝要であり、それにより残業代の過払いや未払いの防止、業務の見直し・効率化にもつながります。
 
では、この法改正は、業界にどのような影響を与えるでしょうか?

運送業界に与える影響

売上の減少・ドライバーの収入減少
2024年4月から時間外労働の上限が年960時間になります。それ以上の長時間労働をしていたドライバーは労働時間を短縮しなければなりません。
労働時間が短縮されるということは、会社が請け負える業務量が減少し、売上もまた減少してしまいます。新たに従業員を雇えればいいですが、業界全体の人手不足、燃料費高騰などの影響もありドライバーの確保はますます難しくなるでしょう。

時間外労働に上限が設定されることで、同時に、ドライバーがこれまで受け取れた時間外労働手当も減少し、収入の減少につながる可能性があります。それにより離職が進み、更なるドライバー不足の深刻化も懸念されます。

企業側に求められる対応

運賃の価格改定
労働環境の改善のためには、賃金アップなど人件費の上昇は避けられません。その原資となるのは運賃です。運賃の値上げは取引先への負担を強いるものであり、良好な関係や今後の取引への影響を考えて値上げ交渉に消極的な会社もあると思いますが、ドライバーの働き方改革に取り組み、運転事業者が利益を確保し生き残るためには適正な運賃を収受する必要があります。

値上げの交渉の際には、会社の人件費・燃料費・車両費といった現状の原価を計算した上で、値上げの理由や合理性、ドライバーの働き方を見直す必要性を取引先に説明し理解を求めます。
2024年問題を目前に控え、荷主にも運賃の値上げやドライバーの労働時間の短縮に対する理解が徐々に深まっていると思いますので、値上げ交渉にはいいタイミングではないでしょうか。

労働環境の改善による人材確保
売上の低下を防ぐためには人材をより多く確保する必要があります。しかし、今までは、物流量の増加の一方で長時間労働等の過酷な労働環境により、特に若者や女性が集まりにくくなっていました。

労働環境改善のためには、自動配車システムやIT点呼などのITツールの活用も検討する必要があります。

加えて、柔軟に働ける制度や環境作りも欠かせません。女性も働きやすいよう男女別のロッカールームの設置や子育てサポート制度の充実を図ったり、多様な働き方が可能な短時間勤務制度、免許・資格取得の補助制度を導入するなど幅広い人材が集まってくるような環境の整備を進めましょう。

まとめ

EC市場の拡大等に伴い運送業者の需要はますます高まっていますが、運送業界では低賃金・長時間労働の常態化を背景にドライバー不足は深刻化し、トラック事業者やそこで働くドライバーの負担は増える一方でした。

私はもともと警察官をしていましたが、当時多くの悲惨な交通事故の現場に立ち会ったことがあります。その中には無理な長時間労働や適正な運行管理が行われていないことに起因する事故も少なからずありました。

今回の法改正による長時間労働の抑制は、業界が変革する良い機会と感じます。しかし、運送業界だけが努力すれば良いわけではありません。国が発着荷主に対して長時間の荷待ち時間の削減等を求めているように、私たち消費者も一回で受け取れるよう時間指定を活用したり、まとめ買いにより配送回数を減らすなどの協力をしていかなければなりません。

物流は私たちの生活や経済活動を支える社会に不可欠なインフラです。運送業の2024年問題は決して業界だけの問題ではなく社会全体の問題であり、国・事業者・消費者の全てが課題解決に向けた取り組みを進めていくことが必要です。


奥山 克彦(おくやま かつひこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人/社会保険労務士


大学卒業後、警視庁に入庁、15年間事件捜査等の警察業務に従事。その後、地元にUターンし、バス会社に就職、バス運転士として路線バス等の運行に従事した。男性中心で長時間労働が蔓延している業界で生きてきたこともあり、自分の知識と力で多くの会社の労働環境を改善したいという思いから社会保険労務士を目指す。2022年社会保険労務士登録。同年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。山形県庄内地方でフルリモート勤務をしながら、主に給与計算、社会保険手続業務、労務相談を担当。豊富な経験で培った冷静な判断力とコミュニケーション力により顧問先企業の日々のお悩み事に寄り添っている。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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