見出し画像

「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」は、どう違うのか?

長沼 明(ながぬま あきら)/浦和大学客員教授・前埼玉県志木市長

前回の「5年前の繰下げみなし増額は、意外と難しい」の記事に、たくさんのスキマーク(♥マーク)を付けていただきましたので、今回も繰下げに関係する事例について書きましょう。 

「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の用語を確認!

いくつかのパターンで、「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の違いについて、考えていきたいと思います。

その前に、「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の用語の確認をしておきましょう。

というのも、「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」をゴッチャにしてしまうと、繰下げのイメージ図(後述)を見ても、訳がわからなくなってしまうからです。 

用語については、前回もご紹介した通知文(年管管発0320第1号、令和5年3月20日付厚生労働省年金局事業管理課長名で、日本年金機構の事業企画部門担当理事・年金給付事業部門担当理事宛に発出された「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う年金の受給開始時期の柔軟化に係る事務の取扱いについて」 )を踏まえ、筆者が次のように整理しました。

 「繰下げみなし」とは、「受給権者が66歳に達した日後、75歳に達する日前までの間に、他の年金たる給付の受給権を取得した場合には、その受給権を取得した日に申出があったものとみなす」とされています(厚生年金保険法第44条の3第2項第1号)。

したがって、「他の年金たる給付の受給権を取得した日」が「繰下げみなし日」となります。

たとえば、老齢厚生年金を繰下げ待機している期間中に配偶者が死亡して、遺族厚生年金の受給権が発生した場合などがこれに相当し、遺族厚生年金の受給権が発生した日が、「繰下げみなし日」となります。

なお、「繰下げみなし」には、「他の年金たる給付の受給権を取得した場合」(厚生年金保険法第44条の3第2項第1号)以外にも、「75歳に達した日後に、繰下げ申出をした場合、75歳に達した日に繰下げ申出をしたとみなす場合」も該当します(厚生年金保険法第44条の3第2項第2号)が、解説が煩瑣になるので、本稿では、「他の年金たる給付の受給権を取得した場合」(厚生年金保険法第44条の3第2項第1号)に限定して使用しています。

他方、「特例的な繰下げみなし」とは、「繰下げ申出を行うことができる者が、70歳に達した日後(受給権発生日から起算して5年を経過した日後)に裁定請求を行い、かつ、繰下げ申出を行わなかった(=本来受給を選択した)場合には、裁定請求の5年前の日に繰下げ申出を行ったものとみなす」ものです(厚生年金保険法第44条の3第5項)。

したがって、「特例的な繰下げみなし」とは、「本来請求を行う」ことを選択した場合に生ずるものであり、この場合、「本来請求を行う」とは、言葉を替えると、5年前にさかのぼって請求を行うということであり、65歳の受給権を取得した日の属する月から「特例みなし日(裁定請求をした日の5年前の日)」の属する月の前月までの月数の期間が、繰下げ増額の対象月数の期間となります。これに1月につき0.7%を乗じて得られるのが繰下げ増額率であり、これによって得られる増額された年金額が「特例増額」となります。

 なお、前回の記事(2023年6月23日掲載)を踏まえた内容となっていますので、【図表】番号は、前回からの通し番号となります。

 「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の基本原則(基本的な考え方)

 「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の「基本原則」(基本的な考え方)について、【図表2】【図表3】にまとめましたので、ご覧ください。

 文字に色を付けて、「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の違いを強調したほうがわかりやすいので、パワーポイントのデータで作成してあります。

なお、すべての事例を網羅しようとすると、膨大になりますので、「65歳で老齢厚生年金の受給権が発生したものとする」「昭和27年4月2日以後生まれの人とする」という前提条件を付け、なおかつ、「75歳に達した日以後(受給権発生日から起算して10年を経過した日以後)に請求する場合」は除いてありますので、ご了解ください。


繰下げ待機中に「他の年金」の受給権が発生すると・・・?

 「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の基本的な考え方は、【図表2】【図表3】のとおりなのですが、やはり、イメージ図がないとわかりにくいので、【図表3】の①②③④の事例について、イメージ図(【イメージ図D・E・F・G】にそれぞれ対応)を付けましたので、ご覧ください。

【イメージ図D】の場合、とくに解説は不要かと思います。イメージ図の文言をお読み取りください。

【イメージ図E】の場合も、とくに解説は不要かと思います。イメージ図の文言をお読みください。


【イメージ図F】の場合、スライドに示しているように、(1)の「本来請求」を選択した場合、特例的な繰下げみなしが適用され、請求の5年前の日の翌月分から増額された年金を受給します。
また、(2)の「繰下げ申出」を選択した場合、他年金発生時点で、繰下げ申出があったとみなされ、他年金発生日の翌月分から増額された年金を受給します。


 【イメージ図G】の場合、(1)の「本来請求」を選択すると、「本来請求をした日の5年前の日以前に他年金が発生している」ので、特例的な繰下げみなし増額は適用されません。増額のない「本来の年金額」のみが支給されますので、注意を要します。
また、支分権が時効消滅している期間については、支給されません。
(2)の「繰下げ申出」を選択するほうが、(1)の「本来請求」を選択するよりも、「繰下げ加算額」が加算される分だけ、年金額は多くなります。
また、支分権が時効消滅している期間については、「本来の年金額」も「繰下げ加算額」も支給されません。 

ということで、「繰下げみなし」と「特例的な繰下げみなし」の違いについて、おわかりいただけましたでしょうか?

次回は、この延長で、「1号老厚」と「3号老厚」のある人に、「他の年金」の受給権が発生したら、ということで「繰下げ」の事例を考えてみたいと思います。

 暑いです。ご自愛ください。


長沼 明(ながぬま・あきら)/浦和大学客員教授・前埼玉県志木市長

地方公務員を中心に共済組合等の年金に関する第一人者。埼玉県志木市長を2期8年務め、市長在任中に日本年金機構設立委員会委員、社会保障審議会日本年金機構評価部会委員、日本年金機構のシンボルマークの選考委員を歴任。著書に『共済組合の支給する年金がよくわかる本』(年友企画)などがある。


【シリーズ】年金のプロによる 年金相談ROOM 


〔マガジントップへ戻る〕



社会保険研究所ブックストアでは、診療報酬、介護保険、年金の実務に役立つ本を発売しています。