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#59|労働条件明示の改正対応に同一労働同一賃金の視点を

竹内 潤也(たけうち じゅんや)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士

労働分野の実務の参考となる情報を提供する「プロが伝える労働分野の最前線」第59回は、労働条件明示義務の改正に関する内容です。令和6年4月に施行された事項であり、すでに対応済みの会社も多いと思われますが、同一労働同一賃金の視点から対応の再検討を提起しています。人事・労務のご担当者はぜひご一読ください。ドリームサポート社会保険労務士法人の竹内潤也さんが解説します。

形式的な対応では不十分

令和6年(2024年)4月1日に労働基準法が改正されました。正確には、労働基準法施行規則の改正と「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の改正です。

改正内容は「労働条件明示のルール」の変更についてでした。

出典:厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」

昨年の法改正ですので、すでに労働条件通知書や雇用契約書などの社内書式の更新は行ったうえで、運用も始めていると思います。

書式の変更という具体的改正であるため、どうしても「今後はどのように記載すればよいか」といった形式的な対応になりがちでしたが、新たに記載した内容がその後の労務管理にどのように影響するのかについて、実際の運用が進んだ今のタイミングで、改めて考えてみたいと思います。

「就業場所・業務の変更の範囲」の明示における注意ポイント

就業場所や従事すべき業務について、雇入れ直後だけでなく、その労働契約期間中の変更の範囲についても通知するようにする、という改正が行われました。

厚生労働省のパンフレット等の記載例では、一番上に次のように掲載されています。

①就業場所・業務に限定がない場合の記載例

パンフレットでは、これらは「①就業場所・業務に限定がない場合」として掲載されていて、これに続いて「②就業場所・業務の一部に限定がある場合」「③完全に限定(就業場所や業務の変更が想定されない場合)」「④ 一時的に限定がある場合(一時的に異動や業務が限定される場合)」という計4つのパターンの例が書かれています。

しかし、まず①の記載が目に入ることに加え、限定せずに会社側が当該労働者を配置転換することができる余地を残しておいたほうがいいのではないかという思惑から、すべての場所や業務に変更できる書き方(①のパターン)を選択しているケースが多く見られます。
ただ安易に考え記載しているということではなく、特に人手不足による要員計画や人材補充の難しさ、先の事業の動きを読みづらいことといった経営的な事情があると考えられます。

総合職的な従来型の正社員であればこのような記載になるでしょうが、ジョブ型といわれる職務限定型で採用する場合は「念のためこのように記載しておこう」としてしまうと、実際に就業場所や業務の変更が生じた場合に「限定」であったのか、なかったのかというトラブルが発生しそうですし、そもそも労働契約上の矛盾があることになり、おそらく労働者有利に取り扱わなければならなくなるでしょう。
会社がイニシアチブをとるようにしたはずのものが、そうではなくなってしまう恐れがあることも考慮すべきです。

一方、限定的に契約しつつもいざというときには配置転換を受け入れてもらおうという考え方は、これまでも法的には難しさはあったものの買い手市場であれば労働者の合意も得られやすかったかもしれません。
しかし、売り手市場であるところに加え、これまでよりもさらに厳しい判断を示した滋賀県社会福祉協議会事件(最高裁令和6年4月26日第二小法廷判決)によって、就業場所や業務内容を限定していた場合の配置転換命令はかなり困難になったと捉えたほうがよいでしょう。

短時間・有期契約労働者は正社員との待遇差に注意

これらはフルタイム無期労働者である正社員だけでなく、短時間・有期契約労働者についても注意が必要です。

有期契約労働者であれば、その契約期間中の「変更」が想定されなければ、「変更なし」と限定的にしておいたほうがよいと思うものの、例えば契約期間が1年などとある程度長い場合には、人手不足などによりある程度動かせるようにしておきたいという事情も出てきます。しかし、正社員(フルタイム無期労働者)と同じ無限定にするにはパートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条との関係を検討しておかないといけません。

(不合理な待遇の禁止)
第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第9条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

パートタイム・有期雇用労働法

不合理な待遇差があるかは実態により判断される

労働条件通知書に記載した内容が上記の「職務の内容及び配置の変更の範囲」に関連します。

必ずしも、記載内容だけで決まるものではないですが、実際の変更の実績だけでなく、就業規則等の記載内容や将来の見込みなども考慮するとされていますので、労働条件通知の内容が「通常の労働者と同視すべき」かどうかの判断の材料になりますし、不合理な待遇の相違といえるかどうかを検討する事情の一つになります。
このあたりを想定せずに、労働条件通知の記載内容を決めることのないよう注意したほうがよいでしょう。

どうもこれらの法令の考え方の根底には、非正規労働は弱い立場で保護されなければならないもの、といったことがあるようです。

しかし人手や人材が不足する時代、物価や賃金が上昇する時代になって、非正規労働は必ずしも安価な労働力ではなくなってきています。これまでのような「コストを抑えた会社にとって有効な経営手段」ではなくなったので、非正規労働者の処遇については改めて考えるタイミングになったといえます(ジョブ型などの正社員の多様な働き方も同様です)。

特に有期契約労働者については、本稿では取り上げなかった残り二つの改正(2.更新上限の有無と内容、3.無期転換申込機会、無期転換後の労働条件)も人事制度の設計変更の大きな要素となりますので、総合的に検討していくようにしてください。

竹内 潤也(たけうち じゅんや)
ドリームサポート社会保険労務士法人/特定社会保険労務士

早稲田大学法学部卒、旅行会社に16年間勤務。2011年 たけうち社会保険労務士事務所設立。2013年特定社会保険労務士付記。2015年法人化(ドリームサポート社会保険労務士法人)。
約300社の顧問先企業のために労使紛争の未然防止、社内活性化のための人事制度構築支援、裁判外紛争解決手続代理業務、経営労務監査、創業支援(雇用と人材育成の視点を持った事業計画の策定支援)にあたる。
大学、新聞社、地方自治体、各種経営者団体での講演実績多数。
東京都商工会連合会エキスパートバンク専門家

ドリームサポート社会保険労務士法人

東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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