#04 総合事業のゆくえ(小竹雅子)
介護保険制度は、①介護保険料を払っている被保険者で、②市区町村の認定(要支援認定、要介護認定)を受け、③ケアプランを作るという三段階のハードルを超えて、サービス(給付)にたどりつきます。
一般的に、介護保険サービスが提供される人を「利用者」と言います。しかし、制度では「受給者」と呼ばれ、認定を受けた人に「給付」を受ける権利(受給権)があります。
ところが、2011年の介護保険法の改正で、市区町村が実施する地域支援事業に「介護予防・日常生活支援総合事業」(以下、総合事業)が新設され、要支援1と2の人(要支援認定者)にホームヘルプ・サービスとデイサービスを「給付」しないで、市区町村の「事業」を提供することが可能になりました。
ただし、2011年改正では、総合事業は市区町村が実施するかどうかを決める任意事業だったため、2012年度に実施したのは全国で27市町村のみでした。
総合事業は認定を受けず、「基本チェックリスト」で対象になった人も利用できます。
総合事業の利用者は3,919人でしたが、要支援1と2は合計384人で、ほとんどいないに等しい状況でした(厚生労働省「【PDF】介護予防事業及び介護予防・日常生活支援総合事業(地域支援事業)の実施状況に関する調査結果(概要)」)。
しかし、つぎの2014年改正では、総合事業が再編されて、すべての市区町村(1,578保険者)が実施することになりました。要支援1と2の人へのホームヘルプ・サービスとデイサービスは「給付」からはずれて、総合事業の「介護予防・生活支援サービス」に移動しました。
総合事業の利用者は96万人
2019年11月段階で、認定者669万人のうち、要支援1と2は合計188万人で、28%になります(厚生労働省「介護保険事業状況報告(暫定) 2019年11月分」)。
要支援1と2のうち、介護予防サービス(予防給付)を利用するのは76万人で、要支援認定者の受給率は40%と半数以下に減りました。一方、総合事業を利用する96万人のうち、要支援1と2は合計84万人なので、要支援認定者の45%が「事業」の利用者になりました。
なお、「給付」と「事業」は、どちらもケアプランを作成します。地域包括支援センターや委託を受けた居宅介護支援事業所がケアマネジメントを担当し、要支援認定は「介護予防支援」、総合事業は「介護予防支援事業」が正式名称です。厚生労働省はどちらも「介護予防ケアマネジメント」と通称し、書類も一体型ですが、制度でみれば、要支援1と2の人が「給付」と「事業」をあわせて利用する場合、ふたつの「介護予防ケアマネジメント」を利用することになります。
給付と事業の違い
「給付」と「事業」の違いが大きいのは、財源と事業所です(図3)。
給付の場合、要支援認定者の増加とともに需要が増えれば、国、都道府県、市区町村は補正予算を組んで給付費(財源)を確保する義務があります。
しかし、事業費の場合、市区町村ごとに後期高齢者の増加率に比例する「上限管理」があります。つまり、市区町村は後期高齢者の伸びを上まわって要支援認定の人が増えても、事業費の範囲でやりくりすることを求められているのです。
世界的な気候変動のなか、大型台風などの自然災害が増えるほか、新型ウイルスなどで、ダメージを受ける人の多くは高齢者です。予期せぬ災難で要支援認定者が増えても、制度上、給付費は増えないのです。
財源をみるだけでも複雑な見直しですが、総合事業への移行には第6期(2015~2017年度)3年間の猶予がありました。このため、移行費用が多くもらえる2015年度中にさっさと実施する市区町村から、ぎりぎりまで粘るところまで、五月雨式の展開になりました。このため、厚生労働省の調査で全体像が判明したのは、改正から5年後の2019年になってからとなりました。
総合事業の「多様なサービス」
総合事業では、ホームヘルプ・サービスを訪問型サービス(第1号訪問事業)、デイサービスを通所型事業(第1号通所事業)と呼びます。
給付の場合、事業所は厚生労働省が定めた基準にもとづき、都道府県や市区町村が指定する「法定サービス」です。
総合事業を提供する事業所は、市区町村ごとに委託先を決定します。厚生労働省は指定事業所のように「全国一律」ではなく、市区町村の裁量で「多様なサービス」が提供できると、総合事業のほうがよさそうな表現をしますが、果たしてそうでしょうか?
まず、総合事業の委託費は、介護報酬の上限を超えてはいけないことになっています。通所型サービスで5週目のデイサービスを提供しようとした保険者は、厚生労働省の「指導」を受け、断念したそうです。
また、「多様なサービス」の委託事業所は、大きくサービスA(介護保険の指定事業所)、サービスB(住民主体)のカテゴリーがあります。
2019年10月の時点で、訪問型サービスの約8割、通所型サービスの約9割がサービスAで、従来の指定事業者がほとんどです。事業所もスタッフも変わらないため、利用するサービスが「給付」から「事業」に変更されたことに気づかない利用者や家族も相当いると思われます。むしろ、委託費が介護報酬より低いため、利用料が安くなったと歓迎しているというケースも聞きます。
とはいえ、課題になるのは、「給付」から移動した利用者には継続的に総合事業を提供するけれど、新規の要支援認定者は断っているという事例です。これは、指定事業所が総合事業から撤退するのは時間の問題だということを意味します。
厚生労働省は、元気な高齢者の就労支援と重ねあわせ、「介護助手」や「有償ボランティア」の“養成”を「好事例」として紹介していますが、いまのところ、局地的な取り組みでしかありません。
在宅サービスは、人からモノに変わるのか?
介護保険の在宅サービスの「給付」で過去20年間、需要が高いのは、ホームヘルプ・サービスとデイサービス、そして福祉用具レンタルです。
厚生労働省の「介護給付費等実態統計」(旧・介護給付費等実態調査)の各年4月のデータを追うと、総合事業を含めた3サービスそれぞれの利用者合計の伸びには極端な開きがあります。
ホームヘルプ・サービスは2001年に約52万人でトップだったのが、2019年には約144万人になりました。伸び率は2.7倍ですが、在宅サービスでは三番手に後退しました。
デイサービスは、2001年に約54万人、2019年は約222万人で、伸び率は4.1倍です。
そして、現在、在宅サービスでもっとも利用者が多いのは福祉用具レンタルで、2001年に約29万人だったのが、2019年は約226万人になり、伸び率は7.8倍です。
在宅(自宅のほか、サービス付き高齢者向け住宅、住宅型有料老人ホームなど)に暮らす人の需要は、人からモノに変わったのでしょうか?
ホームヘルプ・サービスと総合事業の関係
在宅サービスの需要に変動を与えているのは、介護保険制度の見直しです。
2005年の介護保険法改正では、「予防重視型システム」が導入されました。
介護認定と給付が要支援と要介護に分割され、2006年度介護報酬改定でホームヘルプ・サービスとデイサービスが月単位の定額制になり、利用者数が一時的に落ち込みました。
総合事業もあわせて利用者の合計数をグラフにしてみると、ホームヘルプ・サービス(グラフ1)は、デイサービス(グラフ2)より見直しによる抑制が鮮明です。2015年以降、利用者数は微増という高原状態です。
抑制されても需要が高いので、利用者は増えます。しかし、ホームヘルプ・サービスのグラフの伸びはゆるやかです。介護報酬のあいつぐ改定で、特に「生活援助」の提供時間の短縮、1日複数回の利用制限などの見直しの影響が出ていると思います。
認定者も利用者も増えているのに、伸び悩んでいるということは、訪問による支援の弱体化を意味します。
ここ数年、首都圏では「ヘルパーがいない」というケアマネジャーの声を聞くことが増えています。
ホームヘルプ・サービスは、「直行直帰」の「登録ヘルパー」というパートタイム労働に依存してきました。専業主婦による補助的労働という位置づけを手放さず、若手を増やす環境を整備する努力をしませんでした。そのため、高齢化が進み、有効求人倍率が14倍という驚異的な報道も登場しています(シルバー新報「ホームヘルパー 有効求人倍率は14倍 厚労省統計 提供者不足、一層深刻化」2020.02.14)。
ホームヘルプ・サービス、あるいはホームヘルパーの減少は、介護が必要な人の家族、つまり同居する配偶者や、別居介護をする子どもなど家族の負担の増大と表裏一体の関係にあります。
政府が掲げた「2020年代初頭に介護離職ゼロ」が実現不可能であることに、反論する人はいないでしょう。
給付に逆流する総合事業
3月6日、通常国会に介護保険法改正案(地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律案)が提出されましたが、改正プランをまとめた社会保障審議会介護保険部会の「介護保険制度の見直しに関する意見」には、総合事業について気になる記述があります。
「Ⅰ.介護予防・健康づくりの推進(健康寿命の延伸)」に、「現在、総合事業の対象者が要支援者等に限定されており、要介護認定を受けると、それまで受けていた総合事業のサービスの利用が継続できなくなる点について、(中略)介護保険の給付が受けられることを前提としつつ、弾力化を行うことが重要である」としているのです。
要支援、あるいは「基本チェックリスト」の対象者で総合事業を利用していた人が、要介護認定になってもなお、「給付」に移行することなく「事業」を継続するという逆流の構図です。
冒頭に書いたように、介護保険は、認定を受けないと「給付」の対象になりませんが、総合事業は認定を受けても「給付」しない装置になりつつあるのです。
「介護保険の給付が受けられることを前提としつつ」という文章がはさみこまれていますが、結果として「給付が受けられない」事態は容易に想像できます。
このような「弾力化」が認められた場合、苦境に立つのは、認定を受けた人や介護する家族だけでなく、総合事業を運営する市区町村、あるいは地域包括支援センター、ケアマネジャーでもあります。
介護保険法改正案の審議入りを目前に、介護保険制度の運営に責任を持つ市区町村が、実態にもとづく意見表明をすることが求められていると思います。