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#46|早めに準備を! 労働条件明示事項及び有期雇用・無期転換ルールの改正(2024年4月)

浅川 律子(あさかわ りつこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人
社会保険労務士

労働分野の実務の参考となる情報を提供する「プロが伝える労働分野の最前線」第46回のテーマは、労働条件明示事項及び有期雇用・無期転換ルールの改正です。来年4月の施行に向けて確認しておきたい改正内容と、その対応のポイントや留意点をドリームサポート社会保険労務士法人の浅川律子さんが解説します。


「労働基準法施行規則」と「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の改正に伴い、2024年(令和6年)4月1日から労働条件の明示事項等が変更されることになりました。
そもそも使用者は、労働者と労働契約を結ぶ際、労働条件を明示しなければならない(労働基準法第15条)とされており、多くの企業に関係してくる改正です。今のうちにチェックし、準備をしておきましょう。
以下、変更点と注意点について、解説していきます。

そもそも労働条件の明示について【現状の確認】

まず、現状のルールの確認をしていきます。
使用者は、労働者と労働契約を結ぶ際、労働者に対して契約の期間、契約の更新の基準、就業の場所や従事すべき業務、労働時間や休日、賃金、退職などに関する事項を明示しなければなりません。

出典:厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」

次に、2024年4月から、どのようにルールが変更になるのか確認していきます。

明示事項の追加① 【就業場所・業務の変更の範囲】

今までも、雇い入れ直後の就業場所及び従事すべき業務について明示する必要がありました。しかし、2024年4月からは、中長期的に変更の可能性がある就業場所及び従事すべき業務の範囲についても明示することになります。

例えば、本社が東京にあり、営業所が日本全国に複数ある会社で、最初は本社に配属され、いずれ地方営業所に就業場所が変更になる可能性があるとします。変更後の営業所が労働条件明示の段階で特定できない場合は、次のような表現で足ります。

雇い入れ直後:東京本社
変更の範囲:会社の定める営業所

ただ、労使の認識を合わせるため、営業所の一覧表を提示するなどして変更の範囲をできるだけ明確にする工夫があるとベターです。

明示事項の追加② 【更新上限に関する事項】

有期契約労働者につき、「更新上限の有無、通算契約期間または更新回数の上限」が労働条件の明示事項に追加されます。
有期労働契約の更新に関しては、雇止めをしたい使用者と更新を希望する労働者の間で、トラブルになりがちです。労働契約締結時にあらかじめ労働契約の更新回数の上限の有無、更新の回数の上限、通算更新年数の上限を明示しておくことで、トラブルを未然に防ごうというねらいがあります。

更新上限等の理由の説明

こちらは労働条件明示事項ではありませんが、関連するルール改正なので、併せて説明します。
更新の上限を定めておらず、なんとなく契約更新を繰り返している会社も多いと思います。ルール改正を機に、更新上限を定めてしまおうと思った方は要注意です。
更新上限を新たに設けようとする場合や短縮しようとする場合、更新上限の新設・短縮をする前のタイミングで更新上限を設定・短縮する理由(例:事業縮小のため、任せる業務がなくなったため)を労働者に説明することが必要となります。

なお、もとから有期労働契約の更新上限を定めている場合、上記説明の義務はありませんが、トラブル防止のため、労働者から理由を問われた場合に答えられるようにしておくことをお勧めします。

明示事項の追加③ 【無期転換申込機会】

まず、前提として「無期転換ルール」(労働契約法第18条)について説明します。
無期転換ルールとは、同一の使用者との間で有期労働契約が更新され、通算して5年を超えた場合、労働者が無期労働契約へ転換の申込みをしたときは、使用者はその申込みを承諾したとみなされるルールのことをいいます。申込みや無期転換のタイミングは、下記を参照してください。

出典:厚生労働省「無期転換ポータルサイト」

労働者から無期転換の申込みがあった場合、使用者は断ることができません。有期労働契約を続けてもらいたいため、無期転換権が発生している労働者にその旨伝えていない使用者も多いのではないでしょうか。

今まで無期転換申込権が行使できることを使用者側から伝える義務はありませんでした。
しかし、2024年4月からのルール改正により、①「無期転換申込権を行使できる」旨と、②「無期転換後の労働条件」が、労働条件明示事項に追加されることになりました。

労働条件の明示としては上記①②を対応すればよいのですが、運用上、無期転換を希望する人に対し、「申込方法や申込先、申込みができる期間等」を説明できるように準備しておく必要があります。

なお、時々勘違いをしている方がいらっしゃるのですが、「無期転換=正社員」ではありません。有期労働契約のときの労働条件のまま、契約期間だけを無期にすれば足り、契約期間以外の労働条件は、別の定めをすることにより、変更することができます。

均衡考慮した事項の説明(努力義務)
こちらも労働条件明示ではありませんが、関連するルール改正なので説明します。
無期転換後の労働条件は、労働契約法第3条第2項が規定する「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」の考え方を踏まえ、定めることになります。
つまり、正社員等の通常の労働者と「業務内容、当該業務に伴う責任の程度、異動の有無・範囲など」の違いを比較し、その違いに応じて処遇を決めていきます。

2024年4月のルール改正により、「無期転換申込権」が発生する契約更新のタイミングごとに、対象となる労働者に無期転換後の労働条件に関する定めをするにあたって、他の通常の労働者(正社員)との均衡を考慮した事項(業務内容、責任の程度、異動の有無・範囲など)について説明することが、努力義務として追加されます。
例えば、「〇〇さんは、無期転換後も業務の内容は以前と変わらず接客やレジ打ちが主な業務であり、正社員が担っているクレーム処理や売り上げに対する責任がないという違いを考慮し、〇〇さんの給与水準を定めています」などという説明が考えられます。
通常の労働者(正社員)と比較して、業務内容や責任の程度等の差が明確なら、労働条件の差の説明は難しくないはずです。事前に資料としてまとめておくと説明がしやすく、かつ労働者にわかりやすくてお勧めです。
無期転換に関する明示のタイミングや、均衡考慮事項の説明のタイミング等は、下記をご参照ください。

出典:厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」

法改正を今後の人材戦略の方針を検討する機会に

厚生労働省の主要様式ダウンロードコーナーにて、すでに2024年4月以降のルール改正に対応した労働条件明示用のひな型(労働条件通知書)が入手できます。

しかし、労働条件を明示するためには、業務の内容や就業場所の変更の範囲をどうするのか、有期契約労働者が無期転換した場合の処遇をどうするのか、無期転換申込権発生を待たず、有能な人材は早めに正社員転換へ促すのか、正社員転換に試験等の制度を導入するのか、などについて、会社の方針を決める必要があります。
単に法改正に対応するだけでなく、適材適所を考慮しながら今後の人材計画を考えるよい機会になるのではないでしょうか。

また、方針が決まったら、労働協約や就業規則、個々の労働契約にも反映し、労働条件を明確にしておきましょう。
特に、定年制度に要注意です。無期雇用者のルールが整備されておらず、正社員には定年が定められているのに転換後の無期雇用者にはそのルールがないという会社が時々見受けられます。
2024年4月までまだ少し時間はありますが、会社の方針を決め、就業規則等に反映するところに時間がかかる可能性があります。早めに着手し、無用なトラブルを防止していきましょう。


浅川 律子(あさかわ りつこ)
ドリームサポート社会保険労務士法人社会保険労務士

法学部卒業後、裁判所に事務官として入所。裁判官のサポート役として、裁判運営、司法修習生の教材作成等に15年従事。2018年ドリームサポート社会保険労務士法人入社。2020年社会保険労務士登録。幅広い業種の顧問先を担当し、労務相談や手続きを行うほか、人事制度のコンサルティングや研修企画を手掛けるなど、活躍の幅を広げている。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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