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「分配の政治」に思う(中村秀一)

霞が関と現場の間で


世帯の所得は回復しなかったアベノミクス

前回のコラム執筆後に自民党の総裁選があり、岸田総裁が誕生した。臨時国会で10月4日に首相への指名が行われた。所信表明、代表質問を経て、14日に解散、総選挙となった。読者がこのコラムを読まれる際には、新内閣への国民の審判がなされているはずだ。昨年12月の本コラムで菅首相の所信表明について取り上げた。1年足らずで、新首相の政策を論じることになろうとは思わなかった。

新首相は総裁選で「所得倍増」を主張し、国会の所信表明では「新しい資本主義」を説いていた。「分配」が新政権のキーワードとなった。

国民生活基礎値調査によると、「全世帯」の平均所得は552.3万円(2018年)でピーク時の664.2万円(1994年)を大きく下回っている。どの世帯種類別(「児童のいる世帯」、「高齢者以外の世帯」、「高齢者世帯」)でも、その平均所得はピーク時の水準を回復していない。アベノミクスの「成果」は、家計には及ばなかったのである。

日本の所得再分配は

所得の平等度を示すジニ係数(低いほど平等)をOECDの統計(2018年)でみると、日本の当初所得のジニ係数は0.501で英・米・独・仏とあまり差がない(スウェーデンは0.426で低い)。だが、再分配後の所得では、日本は0.339で英・米(0.368と0.390)よりは低いものの、独・仏(0.289と0.301)よりは高くなっている(スウェーデンは0.275で更に低い)。日本の所得再分配機能は弱いことが分かる。

厚生労働省の所得再分配調査(2017年)によれば、高齢者世帯の当初所得は100.4万円であるのに対し、再分配後は365.4万円と大幅に改善している(改善率264.1%)。これに対し、母子世帯は当初所得236.7万円が再分配後285.1万円と改善率は20.5%にとどまっている。日本の社会保障は高齢者には大きな効果を上げているが、母子家庭には「効きが悪い」のである。全世代型社会保障への転換が求められる所以である。

ランキングが下がる日本の豊かさ

筆者はThe Economist のポケット統計集を愛用しているが、残念なことに1人当たりGDPのランキングで、日本は29位(2016年版)から31位(2022年版)に後退している。

人口減少社会に突入し、いわば「下り坂」での「新しい資本主義」の実現には、高度経済成長期とは比較にならないほど大きな困難が伴う。その克服は、新首相にとっての課題であるだけでなく、我々にも向けられているのである。

(本コラムは、社会保険旬報2021年11月1日号に掲載されました)


中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授
1973年、厚生省(当時)入省。老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。

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