コロナがもたらした医療費の減(中村秀一)
厚生労働省は8月31日に2020年度の概算医療費を公表した。それによると20年度の医療費は42.2兆円で、前年度の43.6兆円から1.4兆円の減少(3.2%減)である。言うまでもなく、コロナ禍に伴う国民の受診抑制(一部には医療機関の診療抑制)の影響である。受診延日数は8.5%減であり、特に医科の入院外では10.1%減と大幅減となっている。
1954年以降、5回目の医療費減
国民医療費の統計は1954年まで遡ることができるが、直近の統計がある2018年度までの64年間で医療費が減少したことは4回しかない。
最初は2000年度の介護保険の実施に伴うもので、減少幅は0.6兆円、1.8%減だが、一部の医療費が介護に引っ越したことによる見かけの減だ。
2回目と3回目は02年度と06年度でいずれも診療報酬の大幅なマイナス改定(小泉政権下で診療報酬本体も引下げ)の結果だが、減少幅は小さかった(02年度は0.5%減、06年度は0.0%減)。
4回目は16年度で、前年度にC型肝炎の治療薬が登場し医療費が急増したことの反動減(0.6%減)であった。
史上最大幅の医療費の減
このように見ると人間が意図して医療費の増加を止めることができたのは、02年度と06年度のマイナス改定だけということになる。その引下げ幅は1491億円と11億円にとどまる。コロナウイルスが医療費に与えた影響が如何に甚大であったかが分かる。
筆者は現役の公務員時代に医療保険財政対策に追われた。1997年には健康保険本人2割負担、外来薬剤別途負担、老人定額負担の大幅引上げを行ったし、02年には健康保険本人3割負担(実施は03年度)、老人1割定額負担の導入である。それでも医療費をマイナスにするまでの効果はなかった。このような経験からすると、今回の3.2%の医療費減はまさに驚異的である。
進歩した医療費の分析
窓口負担の引上げは、給付費を患者負担に変更するだけでなく、「値上げ」に伴う受診抑制作用が(一時的にせよ)働く。どの程度の抑制作用があるのか、それをどう見込むかは、国の予算編成を左右しかねない大問題である。当時、大いに頭を悩ましたものである。
制度改正による受診行動の変化は、いわば社会実験でもあり、医療費への影響を観察する貴重な機会でもあったのだ。 今回の概算医療費の公表資料を見ると、医科医療費について電算処理分を用いて、疾病分類別や診療内容別の分析が行われ、それが医療費の集計と同時に公表されている。隔世の感を禁じえなかった。
(本コラムは、社会保険旬報2021年10月1日号に掲載されました)