腰を据えた検討が必要な「年収の壁」問題(中村秀一)
2〜3月の霞が関は、国会対応に追われる毎日である。役所を辞めて「自由」を実感したのは、空港のテレビで予算委員会の中継を見た時である。現役であれば、国会対応に張り付けになり、身動きが取れないからだ。
自民党の「変節」?
今国会の冒頭の代表質問では、自民党の茂木幹事長が児童手当の所得制限の撤廃を訴え、大きな波紋を呼んだ。民主党政権で実現した子ども手当は、所得制限がなかった。それを「バラマキの典型」として口を極めて批判し、廃止に追い込んだのが自民党だったからだ。
立憲民主党から、「どの口が言うのか」と批判が相次いだ。岸田首相は、茂木氏の主張は「一つの意見」として引き取った形だが、児童手当の拡充は夏までに道筋をつけるとされる少子化対策の柱であり、その財源とともに議論が続くだろう。
「N分N乗方式」も登場
同様に代表質問で、自民、日本維新の会、国民民主の3党が言及したのが「N分N乗方式」の導入だ。子どもが多い世帯ほど所得税が軽減される方式で、高い出生率を維持するフランスで導入されている。
ただ、日本に導入した場合、高所得者以外はほとんど恩恵がないという。納税者のうち6割は所得税の最低税率の5%が適用されていて、「N分N乗方式」を採用しても税額は変わらないからだ。単純に導入すればよいというものではなさそうだ。
浮上した「年収の壁」問題
2月に入ると、「年収の壁」問題が予算委員会の質疑で取り上げられた。被扶養配偶者が、パート等で働き一定の年収を超えると、所得税や社会保険料が発生し、手取り額に影響が出る問題である。社会保険における106万円、130万円、所得税における103万円、150万円という壁である。
介護の現場も、この制度で振り回されている。年末になると、ヘルパーさん達が「年収の壁」を超えないように「働き方調整」に入り、人手不足となる。介護従事者の処遇改善で時給が引き上げられて、働く時間をさらに抑える人が出てくるという矛盾に直面する。政府が進める最低賃金の引上げについても、同じ問題が生じてしまう。
岸田首相は検討を約束し、早速、与党内からは「年収の壁」を超えた場合の保険料の免除や社会保険料補填といった案が上がっているが、弥縫策でしかない。被用者保険の適用拡大の影響を受けるし、古くから議論されているが解が得られない、年金の第3号被保険者問題とも絡む難題だ。
一方で、政府は「勤労者皆保険」を目標として掲げており、それを視野に入れた検討が必要だ。
(本コラムは、社会保険旬報2023年3月1日号に掲載されました)