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【書評】『年金制度の理念と構造-より良い社会に向けた課題と将来像』高橋俊之 著(社会保険研究所 刊)

年金制度を学ぼうとする人の最良の道案内

年金制度は難しい。評者は大学や大学院で講義をしているが年金制度の説明には苦労している。現役の役人時代、1994年の年金改正に3年間だけ年金課長として従事したが、5年に1度の財政再計算と年金改正という「昭和の年金制度」にどっぷり浸かっており、「パラダイム転換」とされる2004年改革以降の現行の年金制度についてはどうしても「身についていない」という感覚が拭えない。そのような評者にとって、本書はまことにありがたい参考書となった。年金制度を学ぼうとする人にとって最良の道案内となろう。

制度の背景や来歴を丁寧に説明

著者の高橋俊之氏は、2019年の財政検証と2020年の年金制度改革を担当した厚生労働省の元年金局長である。今年は財政検証の年に当たり、来年は制度改正が予定されている。年金改正の焦点は、2019年の財政検証のオプション試算で既に示されているという。そのオプション試算を提示した著者は、次期年金改革を語るのに最も相応しい人である。
年金制度の歴史については、吉原健二氏の『日本公的年金制度史』という優れた本があるが何分大冊である。年金財政については年金数理部会の『財政検証』を紐解けば良いのだがハードルが高い。本書は、現行制度の仕組みを分かりやすく解説しながら、その制度の背景や来歴を丁寧に説明したもので、両者の空白地帯を埋める著作となっている。カラーの図表が多く掲載されているが、B5判で、大きくて見易い。複雑な制度を理解するのに大きな助けになっている。
この4月から年金額は2.7%引き上げられたが、物価の上昇率に及ばないと報道されたりしている。なぜ、2.7%かを正確に説明できる人は極めて少ないだろう。本書のマクロ経済スライドの説明(第5章)を読めば分かる。これだけでも本書を手にする価値がある。

年金制度の教科書として申し分のない構成

本書の構成は、第1章「公的年金制度の意義と役割」から第20章「年金制度の抜本改革論と段階的改革論」までと補章「年金実務組織のこれまでとこれから」からなる。とかく制度の解説は、平板になり、退屈に陥りがちだが、本書は全く違う。あっという間に「経済と年金」、「少子高齢化と年金」というテーマに入り(第3・4章)、次期改正の主要課題である「財政検証と年金水準の将来見通し」、「基礎年金の拠出期間45年化の意義」、「マクロ経済スライドの調整期間の一致の意義」、「被用者保険の適用拡大」、「勤労者皆保険の実現に向けて」が縦横に論じられている(第6~10章)。もちろん、第3号被保険者や在職老齢年金といった昭和の時代から引き続いている難題もきちんと押さえられている(第13・14章)。
このように紹介すると制度改革を論じているだけの本と誤解されるかもしれないが、本書は老齢年金以外の遺族年金や障害年金もそれぞれ1章を割いている。「年金と税制」、「年金積立金の運用」、「企業年金・個人年金」にも記述が及び(第17~19章)、年金制度の教科書として申し分のない構成となっている。
さらに2019年10月から施行された年金生活者支援給付金制度についても1章が設けられている(第16章)。制度創設の出発点は2012年2月の「社会保障・税一体改革大綱」であり、これに関与した評者としては感慨深く読んだ。

素晴らしい「令和の年金制度の解説本」

このように多岐にわたる本書であるが、記述は平明で、極めて分かりやすい。特色は、結論を押し付けるのではなく、なぜそうなるのか、なぜそう考えるかについて、丁寧に理由を説明していることである。改革の方向性が定まらない事項については「私見」が表明されており、議論から逃げない著者の姿勢に好感が持てた。
素晴らしい「令和の年金制度の解説本」が出現したことを喜びたい。

(本書評は社会保険旬報2024年7月1日号に掲載されました)

中村秀一(なかむら しゅういち)医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
1973年、厚生省(当時)入省。老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。国際医療福祉大学大学院客員教授。


『年金制度の理念と構造-より良い社会に向けた課題と将来像』
 高橋俊之 著
定価:2,420円(税込)
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