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時々刻々|#12 被用者保険の適用拡大のずっと先を考える――新しい資本主義の社会保障から新しい社会の生活保障へ

 被用者保険(厚生年金・健康保険)への加入対象者の範囲を広げる、いわゆる適用拡大ですが、ことし令和4年10月から従業員数101人以上の企業、令和6年10月からは従業員数51人以上の企業に勤めるパートやアルバイトの方々が、被用者保険の適用の対象となります。
 一方、政府の全世代型社会保障構築会議では、勤労者皆保険の実現を考えていて、従業員数によるしばり(企業規模要件)の撤廃や被用者保険の適用除外とされてきた非適用業種の見直しなども検討していくとのことです。さらにフリーランスや、インターネットを通じて単発での仕事を請け負うギグワーカーなどへの社会保険の適用拡大については、まずはフリーランスやギグワーカーの被用者性(使用者に使用されて働いているかどうかということ)をどうとらえるか検討すべきだ、と全世代型会議の「議論の中間整理」(令和4年5月17日)は議論の方向性を示しています。

 社会保険は、資本主義経済の発展とともに、経済のしくみでは労働者の生活を維持できない場面において、労働者の生活を支えるために導入された社会のしくみです。資本主義経済が主流となっている社会では、人間は被用者(労働者)として労働する働き方が一般的ですが、被用者が経済のしくみで生活を維持できないときには、日本では社会保険(被用者保険)が被用者の生活を支えることを基本としています。
 しかし、世の中には、人に雇われて働く被用者だけではありません。自営業者や個人商店主のような働き方もあります。こうした被用者でないひとたちが、経済のしくみを通じては生活できないようなことになったときは、国の財政が生活を支えます。税財源による生活保護や給付金制度などがそれです。

 さて、岸田政権が掲げる新しい資本主義の基本コンセプトが「成長と分配の好循環」で、経済成長の結果が格差を広げるような分配となるのではなく、分配を必要としているところに行き渡らせ、そのことが次の経済成長にもつながる循環をつくっていこうというビジョンです。資本主義経済は原理的に、労働力を提供した労働者に賃金が支払われますが、これは利益(利潤)の分配ではありません。したがって、労働者も分配の対象となるという意味では、「新しい資本主義」と言っていいのかもしれません。
 資本主義経済の成長の結果を、内部留保とか市場の一部の勝者のほうにかたよった分配をするのでなく、被用者本体とされるひとたちの周辺に位置づけられている非正規被用者も含めて、経済成長(利益)を分配していく社会政策が被用者保険の適用拡大なのです。つまり、新しい資本主義では、正規の被用者のみならず、非正規の被用者も、資本主義を支えるサブシステムとしてある社会保険に取り込むことで、資本主義経済の第一義的な目的である成長(利益)を実現(好循環)していくという言い方もできます。
 そもそも資本は、利益(価値増殖)を目的に経済活動をするのですが、そのために人間の労働力を必要とします。雇われる労働者のほうも労働の対価として賃金だけをもらっていれば、安心して生活し続けていられるかというと、そんなことはなくて、「万が一」の事態に遭遇することだってあるので、そんなときのために、生活を支えてくれる社会保障(社会保険)が必要となります。

 ところで、19世紀のドイツやイギリスで資本主義社会について研究していたマルクスは、高度に生産力が発達し、資本―賃労働の階級関係がなくなった共産主義は、「各人は能力に応じて働き、必要に応じて分配を受ける」社会だと言っています。
 ここでいきなり「共産主義」というと、共産党支配の旧ソ連邦をイメージされてしまうのも厄介なので、「共産主義」ではなく、「新しい資本主義」にならって「新しい共産主義」とでも言っておきましょう。どこが、「新しい」のかと言うと、資本―賃労働の階級関係がなくなり、ただ平らな(平等な)人間集団となっただけにとどまらず、「新しい共産主義」では、その人間集団の一人ひとりの人権が保障されるところにあります。

 この10月1日、労働者協同組合法が施行されますが、労働者協同組合は、組合員自らが出資し、組合員各人の意見を反映して組合の事業を行い、組合員自らが事業に従事することを基本原理に掲げる法人組織ですが、それらに加え、「営利を目的に事業を行ってはならない」(非営利性)と「組合員との間で労働契約を締結する」(労働者性)を組合の基準及び運営の原則としています。つまり、労働者協同組合は基本原理において組織の階級関係性(主従関係)を否定し、さらに、労働者性において労働者としての人権を保障する建付けになっています。そうしたことから、労働者協同組合は、「新しい共産主義」における代表的な組織形態になりうるのではないか考えます。
 労働者協同組合が株式会社に代わって経済体制の主流となれば、資本主義に取って代わる呼び名が付けられるのでしょうが、そうなったときに経済のしくみだけではひとの生活を支え切れない局面において、経済のしくみとは違うサブシステムがひとの生活を支えることになる。資本主義における社会保障(社会保険)にとって代わる「新しい共産主義」あるいは一般的な言い方で「新しい社会」における新しい生活保障のしくみが求められることになると思う。

 ということで、まだまだ空想的な想いにすぎません。暑い夏とコロナ禍に翻弄された頭が描いた妄想にお付き合いいただきありがとうございます。とは言え、あと1ヵ月足らずで労働者協同組合法が施行され、労働者協同組合という働き方が現実になります。



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