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#09 高齢者の「負担能力」は? (小竹雅子)

データから読み解く介護保険


年末まで議論する介護保険料と利用料

2024度の介護保険制度の見直しについて、2022年12月20日、社会保障審議会介護保険部会(菊池馨実・部会長 以下、部会)が『介護保険制度の見直しに関する意見』をまとめました。意見は大量にありますが、加入者(被保険者)に大きな影響を与えるのは、第1号介護保険料(以下、保険料)と利用者負担割合(以下、利用料)の引き上げです。

部会の『意見』では「Ⅱ-2.給付と負担」に、「高齢者の負担能力に応じた負担の見直し」として、①保険料負担の在り方、②「現役並み所得」、「一定以上所得」の判断基準とふたつの項目があります。

①では、高所得者の保険料を引き上げ、低所得者は引き下げることが検討されています。

②では、利用料の負担率について、現行の「一定以上所得者」(2割負担)と「現役並み所得者」(3割負担)の対象を見直すことがテーマです。なかでも「一定以上所得者」の対象を広げるかどうか、つまり、1割負担から2割負担に、つまり2倍の利用料にできる人を増やせないかという議論がおこなわれています。

この2項目は、「第9期計画に向けて結論」を得るとして2023年夏まで継続審議になっていました。「夏」はいつまでかというと、厚生労働省は「10月は夏とは言わないですね」としているので、遅くとも9月末までと考えられていました。

しかし、2023年6月16日に『骨太方針2023』が「年末までに結論を得る」と閣議決定したので、今年12月末まで結論が延ばされました。

7月10日に開かれた第107回の部会では『骨太方針2023』の報告とともに、資料2「給付と負担について」が公表されました。

今回は①と②について、この資料を中心に考えてみます。

『骨太方針2023』:経済財政運営と改革の基本方針2023「加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」(2023年6月16日閣議決定)

第1号介護保険料には負担段階がある

介護保険制度の会計期間は3年1期で、2023年は第8期(2021~2023年度)の3年目です。

2022年度の第1号被保険者(65歳以上の高齢者)は3,578万人で、このうち75歳以上の後期高齢者が1,833万人で51%と過半数になります。

第1号被保険者の保険料は、保険者である市区町村(区は東京23区)が介護保険事業計画にもとづいて計算します。このため、住んでいる自治体によって保険料の金額は変わります。第8期の全国平均月額は6,014円ですが、これは「基準額」とも呼ばれ、負担割合が第5段階になり、掛け率(乗率と呼びます)は1.0です。

第1~第4段階は住民税非課税の「低所得層」で、保険料の掛け率は0.3~0.9と「基準額」より低く設定されています。住民税課税の収入の人は第6~第9段階になり、1.2~1.7の掛け率です。

ただし、この9段階は厚生労働省が示した基準で、住んでいる市区町村によっては「基準額」より多い第6~第9段階をさらに細かく刻んで(「多段階化」と呼びます)、増やしています。

第8期は9段階を超える設定をしているのは820市区町村で、最大で第25段階まで増やしている保険者もひとつあります。

第1号介護保険料の所得別負担段階
社会保障審議会介護保険部会(菊池馨実・部会長)第107回(2023.07.10)資料2「給付と負担について」より作成
※第6段階以上を細分化している保険者もある。

「高額所得者」の第1号介護保険料を引き上げる方法は?

介護保険制度は40歳以上の人は強制加入ですが、表をみるとわかるように、65歳以上の第1号被保険者は標準という「基準額」の第5段階にあてはまる人は13%しかいなくて、「基準額」未満が45%、「基準額」超が41%と二分されています。

第1号介護保険料は月1万5,000円以上(年間18万円以上)の年金収入がある場合、年金から天引き(特別徴収)されるシビアな設計です。保険料を集める側からは徴収率100%ですが、払う側からみれば3年ごとの保険料の引き上げとともに年金の手取り額が減っていくことになります。

第107回の部会では、第9段階(合計所得320万円以上)をさらに「多段階化」して掛け率を引き上げる「高所得者の標準乗率の引上げ」とともに、第1~3段階の「低所得者の標準乗率の引下げ」を検討することが示されています(資料2「給付と負担について」P.8「1号保険料負担について」)。

なお、2014年度まで第1と第2段階の掛け率は0.5、第3段階は0.75でしたが、消費税を5%から8%、そして10%に引き上げる時点で、増税分を投入して第1~3段階の人の掛け率を下げる負担軽減がおこなわれました。今回の見直しで、低所得高齢者の掛け率を引き下げる場合、消費税の投入額を増やせるのかどうかはまだ、わかりません。

高齢化率(現在、29.0%)が上昇しつづけるなか、サービスを利用する人も増えています。費用が増えれば、給付費(費用から利用者負担を引いた額で、保険料と税金で半分ずつ負担しています)も比例的に増えていきます。第1期(2000~2002年度)の保険料の「基準額」は月2,911円でしたが、第8期は6,014円と2倍になっています。

年金は増えず、物価高が続くなかで、どうやって天引きできる保険料を増やすのか、ということが年末まで議論されます。

2割負担以上の認定者は9%

もうひとつのテーマが、利用者負担です。現在、介護保険制度のサービスを利用した場合、利用者は1割負担を基本に、「一定以上所得者」は2割、「現役並み所得者」は3割の利用料を払います。

被保険者は40歳以上の約7,640万人ですが、認定を受けているのは694万人で、サービスを利用できる受給権があるのはわずか9%です(認定率は今回のテーマではないので、指摘するだけにします)。

2000年度に制度がスタートしたとき、利用料は「所得にかかわらず1割」で「応益負担」と説明されていました。

しかし、2014年の法改正で「一定以上所得者」は2割負担になり、利用料は2倍になりました。「一定」というのは高齢者の所得分布の上位20%に該当する「相対的に所得の高い方」を指します。2017年の法改正では、「一定以上所得」の人のうち「特に所得の高い層」(「現役並み所得」とも呼びます)は3割負担になりました。1割負担からみれば3倍、2割負担からみれば1.5倍の利用料になったのです。そして、部会では「応益負担」から、「おおむね応能負担」と言われるようになりました。

認定者の負担割合
厚生労働省『介護保険事業状況報告(暫定)2023年3月分』より作成
※()は認定者(694万人)に占める割合

認定者694万人のうち、「一定以上所得」で2割負担は33万人(5%)、「現役並み所得」で3割負担は27万人(4%)で合計すると約1割です。91%の人は1割負担です(厚生労働省老健局「介護保険事業状況報告(暫定)2023年3月分」より)。

ただし、認定者がすべて利用者にはなるわけではありません。2014年度以降、認定を受けてもサービスを利用しない「未利用者」が100万人を超えていました。2023年3月のデータでは、694万人の認定者のうち利用しているのは597万人で、97万人が「未利用者」です。

100万人を少し切りましたが、認定を受けるには、市区町村に自分で申し込みをして、訪問調査員による調査を受け、市区町村の認定審査会を経て判定されるという手続きが必要です。介護が必要な人にとってなかなか面倒な作業ともいえるのに、認定を受けても14%の人が利用していないのです。

介護付き有料老人ホームは「一定以上所得」の利用者が17%

このため、利用者が多いサービスについて、負担割合ごとの利用者数を表にしてみました。

利用者の負担割合
厚生労働省『介護保険事業状況報告(暫定)2023年3月分』より作成

認定者では2割負担以上の人が約9%ですが、在宅三大サービスとも呼ばれるホームヘルプ・サービス(訪問介護)、デイサービス(通所介護)と小規模デイサービス(地域密着型通所介護)、福祉用具レンタル(福祉用具貸与)の利用者は、少なめになります。

2割負担以上の人が約17%と際立つのは特定施設入居者生活介護です。これは、ほとんどが「介護付き有料老人ホーム」で提供されるサービスで、利用者は「一定以上所得」以上が多いことが示されています。

なお、「介護付き有料老人ホーム」と認知症グループホーム(認知症対応型共同生活介護)はまとめて「居住系サービス」とも分類されますが、グループホームの「一定以上所得」以上の利用者は6%です。

施設サービスは特別養護老人ホームが4%、老人保健施設が6%と「一定以上所得」以上の利用者が、在宅サービス以上に少ないことになります。

部会では政府の『骨太の方針2018』が「『能力』に応じた負担を求めることを検討する」として以来、利用者負担をめぐる議論が5年間、続いていますが、特定入居者生活介護をのぞけば1割負担の利用者が圧倒的に多いなかで、「一定以上所得」以上の範囲を広げることが検討されているといえます。

『骨太方針2018』:「経済財政運営と改革の基本方針2018~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現~」(2018年6月15日閣議決定)

「一定以上所得」がある後期高齢者の家計収支

制度には40歳以上の人が強制加入していますが、認定者の約9割は75歳以上の後期高齢者で、そのうち80歳以上が四分の三と多数派です。

今年の通常国会では、出産育児一時金を増額するために、75歳以上の後期高齢者の医療保険料を引き上げる法律改正が行われたばかりです。

加藤勝信・厚生労働大臣は、75歳以上の人のうち、年収153円以下の低所得者が約6割になると国会答弁しました。

では、残る約4割の後期高齢者のうち、「一定以上」の所得がある人はどのくらい負担能力があるのでしょうか?

部会では後期高齢者の家計収支について資料が出されました。

具体的には、75歳以上のひとり暮らし(単身世帯)と夫婦ふたり暮らし(夫婦2人世帯)の「年収別モデル」で、「年収水準から±50万円以内にあるサンプルの平均値」とあります。

「一定以上所得」の後期高齢者の家計
社会保障審議会介護保険部会(菊池馨実・部会長)第107回(2023.07.10)資料2「給付と負担について」P.5「75歳以上の単身世帯の収入と支出の状況(年収別モデル)」、P.6「75歳以上の夫婦2人世帯の収入と支出の状況(年収別モデル)」より作成。()内は総務省統計局「家計調査」の「用語の解説」より追加。月額は筆者が計算。

消費支出は総務省統計局の「家計調査」からの抽出で、「保健医療」の科目に入っているのは「医薬品」「健康保持用摂取品」「保健医療用品・器具」「保健医療サービス」です。

「その他の消費支出」の細目は「諸雑費」(理美容サービス、石けん類・化粧品、身の回り用品、たばこ)と「他の諸雑費」です。この「他の諸雑費」に、「婚礼関係費」や「葬儀関係費」とともに「医療保険料」と「介護サービス」が含まれています(「家計調査収支項目分類一覧(2020年1月改定)」より)。

ひとり暮らしと夫婦のみ世帯で「その他の消費支出」が同じ金額というのも奇妙ですが、厚生労働省は「一定の仮定にもとづき平均的な消費支出を推計し、収入と支出の状況をごく粗くみたもの」と苦しげな説明しています。

後期高齢者の負担能力は?

部会の参考資料2「給付と負担について(参考資料)」には、「利用者1人当たり自己負担額」について、後期高齢者医療では年間7.9万円、介護の利用者は年間16万円というデータがあります。

厚生労働省の試算では「その他の消費支出」に「介護サービス」が含まれているとはいっても、認定を受けていない後期高齢者も含めて「ごく粗くみた」データです。

今回の議論でターゲットになっているのは、1割負担の認定者のうち利用料を2倍にできる人なので、認定を受けた後期高齢者の家計収支の実態を調べなければ、対象を拡大できるのかどうかわからないのではないでしょうか。

参考資料2ではまた、「65歳以上の者のいる世帯の平均所得金額(月額)」は2021年の時点で、ひとり暮らしは17.4万円、夫婦のみ世帯は37.1万円となっています。

私も「ごく粗く」みることにしますが、後期高齢者の「年収別モデル」と比較すると、ひとり暮らしの「一定以上所得者」は23.3万円で、高齢者平均より5.9万円多いことになります。しかし、夫婦のみ世帯の「一定以上所得者」は28.8万円で、高齢者平均より8.3万円も収入が低くなります。65歳以上の高齢者と75歳以上の後期高齢者を比べると、介護が必要になる可能性が高くなる後期高齢者の負担能力のほうが、とくに夫婦のみ世帯で低いのは気になります。

参考資料2には「介護サービス利用者」の自己負担額(月額)のデータもあり、総数で在宅1.2万円、居住2.6万円、施設3.1万円とあります。負担割合別に集計したものではないようですが、在宅の利用額が低いのは、年金収入にあわせているからではないでしょうか。施設との差額1.9万円分については、民間サービスを利用する経済力があるのか、配偶者や家族、親族、NPOなどが無償で提供しているのか、あるいは支援ゼロなのか……。

「一定以上所得」層を20%から30%に拡大するのか?

もうひとつ気がかりなのは、別の「年収別モデル」が示されていることです。

介護保険制度で2割負担になる「一定以上所得」は高齢者の所得分布の上位20%に該当する層ですが、もうひとつは、後期高齢者医療で2割負担になっている上位30%の家計収支です。

厚生労働省はこちらも「ごく粗くみたもの」としていますが、介護保険制度の「一定以上所得」を20%から30%に広げる、つまり現在、1割負担になっている層の上位10%を2割負担の対象に拡大できないかということを示唆しています。

「所得上位層」の後期高齢者の家計
社会保障審議会介護保険部会(菊池馨実・部会長)第107回(2023.07.10)資料2「給付と負担について」より作成

厚生労働省が出している資料はかなり無理があるという印象ですが、『骨太方針2023』では、経済財政諮問会議(岸田文雄・議長)の『新経済・財政再生計画改革工程表2021』(2021年12月23日公表)などにもとづき「医療・介護における『現役並み所得』の判断基準の見直し」を求めています。

『骨太方針』の作成に大きな影響を与える財政制度等審議会(十倉雅和・会長)は5月29日、建議『歴史的転機における財政』で、「利用者負担(2割負担、3割負担)」のほか「ケアマネジメントの利用者負担の導入」も並べています。

財界や経済学者など数字に強い有識者委員が多いのですから、なぜ、介護が必要な高齢者に負担能力があるのか、説得力のあるデータを示して提案理由を説明してもらいたいものです。


小竹 雅子(おだけ・まさこ)
市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰

1981年、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」に参加。障害児・障害者、高齢者分野の市民活動に従事。 1998年、「市民福祉サポートセンター」で介護保険の電話相談を開設。 2003年、「市民福祉情報オフィス・ハスカップ」をスタート。 現在、メールマガジン「市民福祉情報」の無料配信、介護保険の電話相談やセミナーなどの企画、勉強会講師、雑誌や書籍の原稿執筆など幅広く活躍中。2018年7月に発刊された『総介護社会』(岩波新書)は日経新聞に取り上げられるなど、話題を呼んだ。

【主な著書】
『こう変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護保険情報Q&A』(岩波ブックレット) 『もっと変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護認定』(共著・岩波ブックレット) 『もっと知りたい!国会ガイド』(共著・岩波ブックレット) 『おかしいよ!改正介護保険』(編著・現代書館) 『総介護社会』(岩波新書)

『#10 給付カットに使われる総合事業サービス』【2023年10月6日】

『#08 2024年の介護保険制度 ホームヘルプ・サービスのゆくえ』【2023年6月27日】


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