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#01 介護労働者は確保できるのか?(小竹雅子)

データから読み解く介護保険

2019年は、国の基幹統計に長く不正があったことを知らされて、幕を開けました。

発端は厚生労働省の『毎月勤労統計』で、2004年以来、不適切な調査が行われていたことです。『毎月勤労統計』は、失業保険や労災手当などの支給額を計算する根拠になります。通常国会では、『賃金構造基本統計調査』などにも違反があったことが明らかになりました。

この統計不正により、通常国会への提出を目前にしていた2019年度予算案は、閣議決定のやり直しという二度手間になりました。そして、隠ぺいの代償は、新たな税金の支出です。

また、介護保険をはじめとするあらゆる政策は、統計データを根拠に提案され、評価され、修正されます。国民である私たちにも、注意深く統計データをチェックして、考えることが求められています。


介護労働者の給与は「30万円超」になったのか

4月10日、社会保障審議会介護給付費分科会で『2018年度介護従事者処遇状況等調査』の結果が了承され、「介護職員の平均給与30万円に 1万円増も全産業は下回る」(共同通信)、「介護職の月給30万円超 18年は1万850円増 厚労省調査」(時事通信)というニュースになりました。

同調査の「【PDF】ポイント(案)」では、「介護職員(月給・常勤の者)の平均給与額は30万970円で、前年と比較して「10,850円の増」と報告されています。平均給与額は「基本給(月額)+手当+一時金(月平均)」で計算され、「管理職」の給与も含みます。仮に平均給与額が30万円になったとして、税金や社会保険料を差し引いた後の手取り額は、個人によって異なりますが23万円くらいでしょうか。

【PDF】結果表(案)」(220ページもあります)をみると、「月給・常勤」のうち、「管理職」は32万2,890円、「管理職でない」は29万4,460円です。一般の介護労働者の平均給与額は、「30万円超」に届きません。

また、介護労働者は多様な介護保険サービスに従事していますが、特別養護老人ホーム(施設サービス)は33万2,260円、グループホーム(居住系サービス)は27万6,320円で、サービスの種類によって5万円を超える開きがあります。

さらに、介護労働者の働き方では、利用者の自宅などを訪問するのは「訪問介護」に従事するホームヘルパーのみですが、「非常勤」が約7割です(「訪問看護」の訪問看護師は、調査の対象ではありません)。「時給・非常勤」で「管理職でない」ホームヘルパーの平均時給は1,110円と報告されています。

ちなみに、最低賃金(最低賃金時間額)は全国平均874円ですが、『2018年賃金構造基本統計調査』の「短時間労働者の1時間当たり賃金」は1,128円(男性1,189円、女性1,105円)です(データ1参照)。

『2018年度介護従事者処遇状況等調査』は有効回答74.1%と高い回収率ですが、厚生労働省は「データが偏在している」として、一度も都道府県別の平均給与額を公表したことはありません。

図表1●介護労働者の給与は「30万円超」になったのか ~管理職or一般、施設or居住系
図表2●介護労働者の給与は「30万円超」になったのか ~男性or女性

最初はノーチェックだった介護労働者の給与

『介護従事者処遇状況等調査』は2009年から行われています。つまり、介護保険がはじまった2000年から2008年まではデータがありません。

調査の背景には、2007年、介護労働者の離職率が22%まで上昇したことがあります。5人にひとりが退職する事態になった原因のひとつに、介護報酬が二度にわたりマイナス改定され、合計4.7%の引き下げが行われたことがあります。

介護保険のサービスは労働集約型とも呼ばれますが、人件費の割合が高いため、売上(介護報酬)の減収により人件費が削減され、介護労働者が他産業に転職するという構造を招いたのです。

国会では介護労働者を確保するため給与を増やそうと「交付金」(介護職員処遇改善等臨時特例交付金、介護職員処遇改善交付金)が創設され、2008年9月から介護報酬とは別に税金が投入されました。この段階で、交付金の効果を確かめるため、調査がはじまったのです。

「加算」による不安定な給与引き上げ

そして、期間限定の交付金(税金)が終わる前に、賃金水準を維持するため、2012年度から介護報酬に「介護職員処遇改善加算」が新設されました。しかし、新たな加算をめぐり、介護給付費分科会では給与の決定は「経営者の裁量」、「労使交渉による」といった財界などの委員からの猛反発があり、「例外的かつ経過的な取扱い」として第5期(2012~2014年度)のみという期間限定になりました。

結果として、現在の第7期(2018~2020年度)まで加算は継続していますが、3年ごとの見直しのたびに、「例外的かつ経過的な取扱い」をめぐる攻防という不毛な審議が続いてきました。

また、介護報酬は「基本報酬」と「加算報酬」に分かれます。「基本報酬」はサービスを提供すれば支払われますが、「加算報酬」は一定の基準を満たした場合という条件つきです。

「介護職員処遇改善加算」にはⅠ~Ⅴの5段階の設定があり、各段階の条件をクリアすれば、最高の加算Ⅰ(3.7万円)から加算Ⅴ(1.2万円)まで、取得できる金額に差がつきます。つけ加えれば、介護報酬は1単位10円が基本ですが、東京23区は11.4円(訪問介護等の場合)で、事業所が所在する市区町村により1割以上、計算額に幅があります。

2018年度の調査では、「介護職員処遇改善加算」を取得している事業所は91.1%になります。サービス別にみると、認知症グループホームの99.0%をトップに、特別養護老人ホーム(98.5%)、老人保健施設(94.6%)が続きます。しかし、主要な在宅サービスである訪問介護(88.4%)、通所介護(89.6%)は9割に届きません。また、加算ランクでも取得率は変わり、加算Ⅰの取得率は全体でも69.3%まで下がります(データ2参照)。

安倍政権は2017年、消費税10%(今年10月実施予定)の増税分の使途を変更した『【PDF】新しい政策パッケージ』で、「勤続10年以上の介護福祉士」の給与を「月額平均8万円相当」増額するとしました。対象になるのは「介護職員処遇改善加算」Ⅰ~Ⅲを取得している事業所で、「特定処遇改善加算」が上乗せされる予定です(【PDF】社会保障審議会介護給付費分科会第169回資料3「介護人材の処遇改善について」)。

介護労働者の給与が低い理由

週刊誌の記者に「なぜ、介護職の給与は低いのでしょう?」と質問されたことがあります。「女性労働だからです」と即答したところ、言葉に詰まっていました。

公益財団法人介護労働安定センターが毎年公表している『介護労働実態調査』を見れば、ホームヘルパーの約9割、介護施設などの介護職員の約7割は女性が占めています(データ3参照)。

主要産業で働く人を対象とした『2018年賃金構造基本統計調査』の「賃金」(月間決まって支給する現金給与額)は、男性が37.1万円、女性が26.4万円で、女性は男性より10.7万円も低いのです。

なお、『2018年度介護従事者処遇状況等調査』の平均給与額(月給・常勤)は30.1万円で、男性が32.0万円、女性が29.2万円です。その差は2.8万円で、主要産業平均と比べれば、介護労働者は給与が低いために、「性別による賃金格差」が小さいともいえます。

慢性化している「介護人材の不足」

2007年に介護労働者の離職が問題になった頃、全産業平均の月額給与と比較して、ホームヘルパーの14万円、介護職員は15万円も低い状況にありました。12年がかりで「全産業平均と6万5000円の差」(朝日新聞)までこぎつけたのは、数字のうえでは評価するべきでしょう(データ4参照)。

ただし、「介護職員処遇改善加算」を取得していない事業所が約1割あり、民間会社(営利法人)が多く、その理由は「事業作業が煩雑」がトップです。書類手続きの簡素化は、すぐに着手できそうなテーマです。費用の約9割が公費(介護保険料と税金)で運営される全国同一サービスのはずなのに、所属する事業所の規模や事務能力によって給与が異なるという課題は早く解消してもらいたいと思います。

とはいえ、小刻みな引き上げを積み上げても、「介護人材の不足」は解消されません。今年2月の有効求人倍率(パートを含む)は、1.63でした。常用労働者(一般労働者と短時間労働者)では、1.54です。しかし、職業別をみると、「介護サービス」は4.19で、他産業に比べて人手不足が際立ちます(厚生労働省「一般職業紹介状況(2019年2月分)について」)。

介護労働者は2016年度現在、183.3万人と報告されていますが、2020年度末に約216万⼈、2025年度末に約245万⼈が必要とされています。単純計算すれば、2020年度までに約33万人、その後、2025年度までに約29万人を増やさなければならないのです。

社会保障審議会や厚生労働省の検討会では10年以上、さまざまな「人材確保策」が打ち出されています。しかし、前提としている課題の設定に誤りがあるのではないか、と思わざるをえません。

給与以外の課題はどこにあるのか

『介護従事者処遇状況等調査』は給与の調査で、ほかに労働環境など介護労働者の実情を把握する調査は見当たりません。ある程度、推測できそうなのは以下の調査です。

3月23日、『2017年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果』が公表されました。調査では、介護家族(養護者)による虐待(1.7万件)が圧倒的に多く、介護労働者(養介護施設従事者等)による虐待(510件)は少ないのですが、厚生労働省が「特に近年、養介護施設従事者等による高齢者虐待が大幅に増加しています」と市区町村に通知を出すほど、明るみに出るケースが増えています。

社会保障審議会介護給付費分科会が設置する介護報酬改定検証・研究委員会では、3月14日の第17回委員会で、特別養護老人ホームと老人保健施設の「安全・衛生管理体制等」の調査結果が公表されました。2017年の死亡事故について、特別養護老人ホームは1,117件(772施設)、老人保健施設は430件(275施設)になることが報告され、「介護施設 事故死1547人 転倒・誤薬など 17年度、厚労省初調査」(東京新聞)など各紙が一斉に報道しました。介護事故では、特に業務上過失致死を問われるケースで、誤嚥をめぐる判決への疑問(長野県)や殺人容疑の不起訴処分(奈良県)など、事実関係や真相がゆらぐ事例が気になります。

一方、2018年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金で実施された「【PDF】介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」(株式会社三菱総合研究所)では、介護労働者が利用者や家族から受けるハラスメント(身体的暴力、精神的暴力、セクシャルハラスメント)が、労働組合(日本介護クラフトユニオン)の要請で初めて調査されました。

ハラスメントの実態把握をしている事業所は半数を超えますが、「ハラスメントかどうかの判断が難しい」が約6~7割、「発生状況の把握が難しい」が約2~4割で、本格的な調査とはいえません。

この調査の詳細を分析し、さらに労働環境の実態把握につなげることが、介護労働者の定着に向けた現実的なヒントの発見になるのではないかと思います。

現在、「人材確保」のために、EPAや特定技能「介護」などによる外国人労働者の採用や、「介護助手」という補助的な労働力の導入もはじまっていますが、局地的な解決にしかならないことも懸念されます。これらの調査の詳細を分析し、給与と労働環境の改善に向けて、現実的な解決策を見いだしてほしいと思います。

データ

データ1. 介護労働者の平均給与
データ2. 介護職員処遇改善加算の取得状況
データ3. 介護労働者の労働形態と性別
データ4. 介護労働者の給与の引き上げ状況
小竹 雅子(おだけ・まさこ)
市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰

1981年、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」に参加。障害児・障害者、高齢者分野の市民活動に従事。 1998年、「市民福祉サポートセンター」で介護保険の電話相談を開設。 2003年、「市民福祉情報オフィス・ハスカップ」をスタート。 現在、メールマガジン「市民福祉情報」の無料配信、介護保険の電話相談やセミナーなどの企画、勉強会講師、雑誌や書籍の原稿執筆など幅広く活躍中。2018年7月に発刊された『総介護社会』(岩波新書)は日経新聞に取り上げられるなど、話題を呼んだ。

【主な著書】
『こう変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護保険情報Q&A』(岩波ブックレット) 『もっと変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護認定』(共著・岩波ブックレット) 『もっと知りたい!国会ガイド』(共著・岩波ブックレット) 『おかしいよ!改正介護保険』(編著・現代書館) 『総介護社会』(岩波新書)

『#02 「寿命」と「予防」の関係』【2019年7月5日】

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