#06 「高齢者虐待防止」の15年(小竹雅子)
2005年11月、「高齢者虐待防止法」(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)が成立し、2006年度から施行されました。以降、厚生労働省老健局は、「法律に基づく対応状況等に関する調査結果」を毎年度、公表しています。
2021年12月24日、2020年度の調査結果が公表されたので、15年間の調査結果データを整理してみました。
調査の対象は、「介護者」と「介護労働者」
データには全国と都道府県別の2種類ありますが、全国でみていきます。対象は、「養介護施設従事者等」(老人福祉法と介護保険法にもとづくサービス事業に従事する介護労働者、管理職、施設長、経営者など)と「養護者」(高齢者を養護する家族、親族、同居人など)です。
なお、調査結果は、相談・通報を受けた市区町村が調べ、高齢者虐待と判断したケースの集計です。介護労働者や介護家族の周辺にいる人は、虐待を疑っても、相談・通報をためらうことが多いと思います。公益通報者保護法はありますが、市区町村によっては通報者の保護が徹底されていない場合もあります。このため、実態は集計数より多い可能性が高いと思います。
調査の「件数」と「人数」は違う
データをみると、市区町村が高齢者虐待と「判断した件数」より、被害者(被虐待高齢者)と加害者(虐待者)の人数が多いことに気がつきます。
例えば、介護労働者のケースでは、市区町村は「施設・事業所」の「件数」を数えます。1件の事例に複数の被害者と加害者がいる場合があります。なお、作成したグラフは、実人数です。
2020年度でみれば、介護労働者の虐待と判断されたのは595件で、2019年度に比べて49件減りました。しかし、被害者は1,232人で、前年度より172人も増えています。
2020年度の調査結果については、「高齢者虐待、コロナ禍で深刻」、「コロナ禍介護、ストレス要因か」といった報道がありましたが、2006~2020年度を表にしてみると、介護労働者による被害者は2019年度に1,000人を超え、介護者による被害者は2017年度に1万7,000人を超えました。
介護労働者、介護者ともに感染症の拡大によるストレスはあると思いますが、高齢者虐待の大きな原因は、コロナ以前からひそんでいるのではないでしょうか。
介護労働者の虐待件数は15年間で11倍、有料老人ホームの増加が顕著
2006年度と2020年度の「件数」でくらべると、介護者の虐待は1.4倍ですが、介護労働者は11.0倍と大きく増えています。
最初のころは相談・通報件数が少なかった可能性もありますが、「虐待が認められた施設・事業所」別にみると、特別養護老人ホーム(特養)が毎年度、3割前後で一番多くなります。
認知症グループホーム(GH)はかつて、二番目に多かったのですが、2013年度以降、半減しています。
交代するように、有料老人ホーム(有料)での虐待が増え、特別養護老人ホームに追いつきそうです。
なお、有料老人ホームは2009年度調査から介護保険の指定を受けた「介護付き」(特定施設入居者生活介護)と「住宅型」を分けていますが、グラフのデータは合計で紹介しています。
介護労働者による虐待は、施設サービスのなかでも「生活施設」に位置づけられる特別養護老人ホーム、「居住系サービス」または「高齢者の住まい」と呼ばれる有料老人ホームと認知症グループホームに多く、いずれも「暮らしの場」を提供する事業所で多いともいえます。
在宅サービスは、「訪問介護等」(訪問等)と「通所介護等」(通所等)、「短期入所施設」(ショートステイ)が合計12%程度で毎年度、推移しています。
介護労働者による被害者は13倍で、「介護等放棄」が増えつつある
介護労働者による虐待では、被害者は13倍、加害者は12倍に増えました。
被害者はほとんどが介護保険の利用者で、2020年度は80歳以上が7割、認知症(認知症自立度Ⅰ~М)が約9割、寝たきり(障害高齢者の日常生活自立度A以上)が5割になります。
加害者は「介護職員」が8割です。男女は半々になりますが、介護労働者は約8割が女性なので、相対的に男性が多いことになります。
年代別では、2006年度は30代未満が5割超でしたが、2011年度に4割、2019年度に3割と減り、40~50代が増えてきています。
虐待の種類では、「身体的虐待」、「心理的虐待」が多いのですが、15年でみれば減る傾向にあり、「介護等放棄」が増えています。また、「性的虐待」が12%と微増しているのも、興味本位で注目されないよう配慮しつつも、精査すべき大切な課題だと思います。なお、2020年度の被害者のうち、「身体拘束」されている人が317人(26%)と報告されています。
介護労働者が虐待する理由
調査結果では、2013年度から介護労働者の「虐待の発生要因」を報告するようになりました。
2020年度とくらべて一番多いのは「教育・技術・知識」で、比率が下がっているとはいえ、約5割をしめる課題です。また、「組織風土や職員間の関係の悪さ」という職場環境、「倫理観や理念の欠如」というモラルの問題が増えています。
ただし、これらの項目では、介護労働者の資格や研修など制度の課題なのか、事業者の運営方針の問題なのか、介護労働者個人の資質や性格に責任があるのか、よくわかりません。
介護労働者は老人福祉法や介護保険法にもとづいて公的に働いている人たちです。
2019年度に約211万人が働いていると報告されているので、同年度の加害者835人は0.04%にすぎません。
99%以上の介護労働者が、虐待することなく仕事をしていることになりますが、アンケートでは、「職場環境の改善」を求める声がいつも上位にあります。新型コロナウイルス感染症の第6波のなか、「人手不足」の悲鳴もあがっています。
潜在する「虐待の危機」を回避するためにも、詳細な『虐待の発生要因』の分析をして、改善策を更新することが求められます。
介護者の虐待は被害者との「ふたり暮らし」が9割
家族など介護者による虐待の被害者は、認知症(認知症自立度Ⅰ~М)の人が約9割、寝たきり(障害高齢者の日常生活自立度A以上)が約7割です。
認定(要支援認定・要介護認定)を受けている人は、69%(2007年度)から66%(2020年度)と減少気味です。加害者と同居している人が、2006年度の84%から、2020年度は88%と9割近くまで増えています。
世帯構成の15年をみると、高齢夫婦世帯が1.5倍、シングルの子どもと同一世帯が1.6倍に増え、子ども夫婦と同一世帯が半減しました。つまり、介護が必要な人と介護する人が相対する「ふたり暮らし」で、特に虐待が起きていることになります。
加害者は、息子が約4割で圧倒的に多いのですが、夫が15%から22%に、娘は15%から18%に、妻は5%から7%に、それぞれ増えています。また、孫は毎年度、3~4%をしめています。
なお、息⼦の配偶者(「嫁」の⽴場の⼈)は2006年(10.7%)から2020年(2.8%)にかけて激減しました。
虐待の種類では、2006年度にくらべて、2020年度は「介護等放棄」は11%減、「経済的虐待」は13%減になりました。しかし、もっとも多い「身体的虐待」は5%増で、「心理的虐待」も6%増えています。介護労働者のケースとくらべれば、介護者には「身体的虐待」と「心理的虐待」、「経済的虐待」が多いことになります。
介護者が虐待する理由
介護者の虐待の原因ですが、2019年度から項目が増えているため、2020年度のデータでみます。市区町村ごとに項目への理解にずれがあるとは思いますが、加害者の「性格や人格」が58%、被害者の「認知症の症状」が53%、加害者の「介護疲れ・ストレス」が51%と多いことが示されています。
なお、2020年度の被害者1万7,778人のうち、認定を受けていたのは1万1,741人で、介護保険サービスを利用していたのは9,556人です。つまり、被害者の56%は、介護保険サービスを利用していなかったのです。
「ケアサービスの不足の問題」は22%と報告されていますが、介護保険サービスを利用していなかったことは、「介護疲れ・ストレス」、「理解力の不足や低下」、「知識や情報の不足」、「加害者の介護力の低下や不足」、「経済的困窮」など『虐待の発生要因』と密接な関連があるのではないでしょうか。
なお、いわゆる「家庭内暴力」では、被害者と加害者を分離することが効果的な介入方法と聞いたことがあります。しかし、介護者による虐待で、加害者と被害者を分離するケースは2006年度に36%だったのが、2020年度は27%まで減少しています。
また、虐待が致死になったケースを含めて殺人(心中を含む)の「死亡例」報告もありますが、介護保険サービスの利用は4割程度と、さらに低い状況にあります。
被害者のほとんどは、介護保険に加入している第1号被保険者です。介護保険制度の20年は、在宅サービスで人気の高いホームヘルプ・サービスとデイサービスを抑制し、特別養護老人ホームの利用は要介護3以上に制限しました。特に、ホームヘルプ・サービスでは「同居家族」がいる場合、「生活援助」の提供を認めない市区町村が増えています。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大で、介護者の「レスパイト」(息抜き)の役割もある通所系サービスとショートステイの利用が減っています。
「ひとり介護」が圧倒的に多い加害者の個人的な資質を問うよりも、「虐待防止」につながる介護保険サービスのあり方を真剣に考えてもらいたいと思います。