見出し画像

日本年金機構 理事長 大竹 和彦 さん

自律的にサービス向上を図り、更なる高みを目指す

大竹 和彦(おおたけ かずひこ)
【略歴】昭和34(1959)年4月生まれ。昭和57(1982)年3月東京大学法学部卒業、4月農林中央金庫入庫、平成14(2002)年7月青森支店長、平成16(2004)年7月JAバンク統括部副部長、平成21(2009)年6月大阪支店長、平成23(2011)年6月常務理事、平成27(2015)年6月専務理事、平成28(2016)年6月専務理事リテール事業本部長、平成29(2017)年6月代表理事専務リテール事業本部長、平成30(2018)年4月代表理事専務コーポレート本部長、令和3(2021)年4月㈱農林中金総合研究所取締役会長、協同住宅ローン㈱取締役会長などを経て、令和6(2024)年1月日本年金機構理事長に就任。

 令和6年1月1日付で日本年金機構の理事長に就任した大竹和彦さんは、「年金機構は公的なサービスを提供する唯一無二の機関であるがゆえに、お客様から信頼され続けるよう自律的にサービスを向上させていかなければならない」と話す。機構は重要な社会経済インフラの一つとして、年金の適用・加入記録の管理・相談・支給決定・給付の各業務を担う。新しい理事長のもと、これらの基幹業務を着実に推進し、全職員が現状に満足することなく、更なる高みを目指していく。


国民へのサービス提供の観点を業務の中心に

――今年1月、機構理事長を11年務められた水島藤一郎さんから、その重責を引き継がれました。そのお気持ちを改めてお伺いしたいのですが。

 三井住友銀行の副頭取であった水島前理事長と同じく私も金融機関の出身でして、農林中央金庫のリテール事業において、公的年金の受取口座の指定獲得にも関わってきました。とは言え、公的年金制度の業務運営ということでは、知識も経験もまったくありません。すべてがゼロからのスタートで、新しい職場に転職したという気持ちで、心機一転、決意を新たにしています。

 当機構は、年金制度を実務として運用する社会経済インフラの一つです。民間の金融機関のサービスであれば、お客様はより良いサービスの金融機関を選ぶことができます。サービスに納得がいかなければ、他の金融機関に代えることもできます。

 いっぽう機構は、市場の競争原理のなかで勝ち抜くためにサービスを高めるという性質の業務をしているわけではありません。社会経済インフラの一つとして、適用されるべき者を適用し、徴収すべき保険料を確実に徴収し、正確な記録に基づき正確に給付することが、当機構がやるべき業務であり、業務の遂行を通じてサービス向上を図っていく必要があります。

 したがいまして、国民へのサービス提供という観点を業務の中心にしっかり据え、その充実を図っていくことが、機構という組織のかじ取りをする理事長の役目であると認識しています。水島前理事長が成果を上げてこられた実績とそれを支えてきた組織をしっかり引き継ぎ、組織一丸となって、より良いサービスの提供を目指して取り組んでいきたいと考えています。

前理事長が築かれた組織のあり方や業務実績の更なる高みを目指す

――年金制度の業務運営を担う組織のあり方として、より良いサービスの提供という点においては、どのような意識を持ってこれに取り組んでいくことになるのでしょうか。

 年金の受取は各金融機関でできますが、年金の適用・徴収・記録管理・相談・決定・給付を行うのは日本年金機構だけです。お客様は、年金の受取先として金融機関を選べても、年金の業務運営機関を選ぶことはできません。公的年金に係る一連の運営業務を日本年金機構が担うことは当たり前なことかもしれませんが、金融機関にいた私の見方からすれば、競争にさらされることのない唯一無二の組織だからこそ、自律的にサービス向上を目指していかなければならないと考えます。そのときに参考となるのが、これまでの機構のあり方であったり、業務実績であったりするわけですから、自分自身を超えていくことをもって自律的にサービス向上を図っていく必要があります。

 そのサービス向上の目標、取組計画に当たるものが、このたび厚生労働大臣が策定され当機構に指示される第4期中期目標(令和6年4月~令和11年3月)であり、それに基づき当機構が作成する第4期中期計画です。さらに機構では、その中期計画に基づき令和6年度計画を作成いたします。

 機構では、本年令和6年の組織目標を「更なる高みへの挑戦-信頼され続ける組織であるために-」としました。これまで水島前理事長が築き上げてこられた組織のあり方や業務実績を後退させることは許されないという思いと、それを超えていけるよう、自律的なサービス向上を目指すということを、「更なる高みへの挑戦」という言葉で表現しています。金融機関のようにお客様に選ばれるためにサービス向上を図るのではなく、お客様から信頼される組織、しかもサステナブルに(持続可能な)信頼され続ける組織であることを目標としているのです。そして、この組織目標に取り組めるよう環境整備をしていくことも私の役割だと考えています。

基幹業務の着実な推進は重点取組施策の一丁目一番地

――組織目標の実現に向けてはどう取り組んでいきますか。

 組織目標の実現のためには、⑴基幹業務の着実な推進⑵デジタル化への積極的な対応⑶全チャネルを連動させた効果的・効率的なサービスの構築⑷安定的な現場の運営を支える組織・職場づくり――の4点を重点取組施策として取り組んでいきます。

 1点目の「基幹業務の着実な推進」は、組織目標実現のための一丁目一番地となるものです。その中身としては、国民年金においては保険料の最終納付率の80%台を持続的に向上させていくこと、厚生年金保険においては更なる適用の適正化に向けた加入指導及び事業所調査の実施と収納率の更なる向上、年金給付においては正確な給付に向けた体制の強化を進めるというものです。

 2点目の「デジタル化への積極的な対応」においては、「オンライン事業所年金情報サービス」の拡充や、今年6月には老齢年金請求書を電子申請できるようにするなど、お客様の利便性向上を図り、さらなるオンラインサービスの推進に努めていきます。また、事務をデジタル化することで紙の書類の提出に伴う転記や入力作業がなくなれば、作業ミスが発生する機会を回避することにもつながりますから、デジタル化は早急に進めていきたいところです。

 3点目は「全チャネルを連動させた効果的・効率的なサービスの構築」です。機構とお客様とをつなぐチャネルには、対面・電話といったリアルチャネルと、各種オンラインサービスなどネットチャネルがありますが、これらのお客様チャネルを総合的に企画管理する体制を設け、お客様が利用しやすくわかりやすいサービスを提供できるよう、お客様チャネルの再編を早期に検討・実施していきます。

――年金相談についても、対面・電話による相談、チャットなどオンラインサービスによる相談もありますね。

 受給世代の高齢のお客様のなかには、ネットチャネルによるデジタル対応には苦手意識をお持ちの方も多いかと思われますが、苦手意識を解消できるようわかりやすく説明することで、ネットチャネルの利用促進につなげていきたいと思います。

 いっぽう、ネットチャネルのみでサービスを提供すれば良いわけではありません。デジタル化された世界というのは、コンピューターの計算処理に基づきますから基本的には0か1かの計算結果から回答が導き出されます。しかし、リアルな世界では、0と1との間に、グラデーション的にさまざまなニーズや選択肢があるはずなのです。単純な相談内容であれば、オンラインサービスでの対応も可能でしょうが、自分のライフプランにあった年金の受け方となると、年金相談に精通した機構職員と対面でやり取りすることを通じて、年金制度について知らないことに気付きを得たり、相談したい内容についてもより明確にしたいといったニーズもあるでしょう。そうしたニーズに対応できるよう、お客様から質問内容を上手に引き出し、それに適切、正確にお答えできる年金相談のプロと言われる職員も育てていきたいと考えています。

 私も機構の理事長になる前のことですが、実は、自分自身の年金請求のため、年金事務所に行き、年金相談を受けてきたのですが、とても親切にご対応いただきました。対面・電話による年金相談もしっかり体制を整備して、対応していかなければならないと思っている次第です。

――こうした重点取組施策に取り組む組織の環境整備を進めることも理事長の役割だとおっしゃっておりましたが。

 それが組織目標の実現に向けた重点取組施策における4点目の「安定的な現場の運営を支える組織・職場づくり」です。年金制度を実務として安定的、効率的に運営できる組織体制を継続させていくため、働き方改革や女性活躍の促進に関連した各種施策に引き続き取り組んでいくことも重点取組施策に盛り込んでいます。また、それを支える業務執行体制や人的資源配分ということについても、絶えず見直しを行っていきます。

ライフプランの多様化を受けた年金相談の重要性の高まり

――将来、年金を受給するためには、年金制度に加入し保険料を負担しておかなければなりませんが、そのためには年金制度が私たちの老後をしっかり保障してくれるのだということを理解してもらうことが必要ですね。

 国民年金保険料の納付率について言えば、保険料の自主納付を基本とする国民年金にあって、10数年にわたり安定的に実績が上がってきているということは、国民の皆様方の年金制度に対する信頼度が上がってきていることだと思っています。若い人を中心に、自分たちもちゃんと保険料を納付すれば、年金を受けられるということをご理解いただける人がだんだんと増えてきたということです。

 機構の令和6年度計画においても、「年金セミナー、年金制度説明会等の充実」ということを掲げておりまして、実施については、公的年金制度の理解を一層深めるため、教育関係機関や企業等における年金セミナー及び年金制度説明会の実施結果を検証し、実施内容の充実を図るとともに、参加者の一層の拡大を図っていきます。特に、適正な届出の励行に向けて、事業所の担当者に対して、制度・事務手続説明会の充実を図っていきます。そのいっぽうで、年金セミナー等の質を向上させるため、厚生労働省と連携して、年金セミナーや年金制度説明会等で使用する教材を整備し、受講者に応じたセミナー等の質をさらに向上させていきます。また、各種年金制度に特化した説明動画の作成も進めていきます。年金セミナー等の充実にはセミナー講師を養成していくことも必要です。機構の若手職員を中心に講師の育成を推進するため、講師養成のための施策を検討・実施していきます。

 年金は老後生活の糧となるものですが、自分のライフプランをどのようにプランニングするかということは、ある程度若いときから考えることが大事です。そして、公的年金を中心にした老後の資産をどう形成するかということも考えなければならないと思っています。つまり、公的年金と資産運用、資産形成とは密接な関係にあり、これを全体的にとらえて、年金を含めた金融リテラシーが高まっていくことが望ましいのではないかと考えています。

 なお、民間の年金保険と比べ、公的年金の特筆すべき点の一つが、物価や賃金水準の変動に応じて、年金の実質価値が維持されるということです。将来の年金制度の持続可能性を高めるため、マクロ経済スライドにより物価・賃金の上昇分をそのまま年金額の上昇改定分として反映させることはできませんが、一定程度、年金の購買力を維持させることになっています。そうした機能を備えている公的年金だからこそ、老後生活を支える中核としての役割を果たしていくことができるのです。

――年金制度では多様なライフプランに対応して、自分に合った年金の受け方を選択できるよう、制度改正が行われています。たとえば、もっと長く働きたいという希望をお持ちの方に対しては、在職老齢年金を受けながら働いたり、年金の受給開始時期を繰り下げたり、受給者のライフプランに合わせた年金受給の選択肢も増えています。そうした場合、自分にとってどういう年金の受け方が合っているのかを確かめるためにも、年金相談の重要性が高まっているのではないかと思うのですが。

 そうですね。機構も公的サービスを提供しているのですが、サービス業において最も大切だと考えていることは、お客様のニーズに対してサービスという形でどうしっかりお応えするかということです。だから、お客様がお考えの老後のライフプランに対して、どのような年金の受け方がふさわしいか教えてほしいというニーズに対しては、その選択肢をお示ししたり、受給のための手続について教えたりする年金相談は、今後ますます重要となるサービスだと考えます。

良質な緊張感ある組織になるよう「和」をもってリードしていきたい

――さて最後に、理事長のお人柄についてお聞きしたいのですが、何か趣味はお持ちでしょうか。

 一つのことを継続してやるということがなかなかなく、中学のときは剣道部、高校のときはアマチュア無線部、大学に入ってからは混成合唱のサークルに所属していました。
 社会人になってからはゴルフを始めましたが、最近はだいぶ回数も減りました。休日は気分転換を兼ねて温泉に行くなど、できるだけ仕事とは関係ないことをするようにしています。

――座右の銘などがありましたら、お願いします。

 特にそういうものはないのですが、ただ、これまで農林中央金庫という協同組合の組織にいたこともあり、協同組合の原則である「一人は万人のために、万人は一人のために」を信条としています。仕事をしていくためにはチームワークが大事ですし、社会の中で生きていくうえでも、家族も、地域のコミュニティも、職場もそうですが、チームの「和」ということを大切にしています。とは言え、そこには良質な緊張感も必要ですし、それがあっての「和」があることが理想だと考えます。そういった職場になるよう、日本年金機構という組織をリードしていきたいと考えています。

――本日は、ありがとうございました。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

社会保険研究所ブックストアでは、診療報酬、介護保険、年金の実務に役立つ本を発売しています。