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厚生労働白書への違和感(中村秀一)

霞が関と現場の間で

公衆衛生は社会保障の柱なのだが

1950年の社会保障制度審議会勧告は、わが国の社会保障は社会保険を中心とし、社会扶助をその補完として位置づけ、これに公衆衛生と社会福祉をもって構成するとした。社会保障には公衆衛生が含まれるのである。というのは、「新型コロナウイルス感染症と社会保障」をテーマに掲げる厚生労働白書(令和3年版、7月30日閣議報告)を読んで違和感を感じたからである。

テーマを扱う第1部は、いきなり「新型コロナウイルス感染症を契機に国民生活はどう変わったか」で始まる。「雇用・収入への影響」、「働き方の変化と家庭生活への影響」、「外出自粛が日常生活に与えた影響」、「日常生活におけるオンラインの浸透」という具合だ。

不思議なことに、第1部ではわが国の陽性者数、死亡者数、その国際比較などは紹介されない(わずかに病床確保の関連で陽性者数、病床専有率等は記載されているが)。保健所の取組み、海外からの流入防止、緊急事態宣言・蔓延防止対策、ワクチン関連施策についてはほとんど触れられていない。この白書の執筆者には、公衆衛生が社会保障に含まれるという認識がないようである。

感染防止はギブアップした?

それとも厚生労働省は感染防止対策は諦め、「被害拡大」の敗戦処理としての雇用調整助成金、定額給付金などの経済対策に集中するという姿勢の表れなのだろうか。

田村厚生労働大臣によれば、「リーマンショック時との比較でありますとか、国際比較等も交えながら分析をしているということでございます。今後とも新型コロナウイルスとの戦いは続いていくわけでありますので、こういう経験を踏まえながら、社会保障というものをどういう形で社会的危機、これはコロナだけでありませんが、どう乗り越えていくかというようなことを取り組むべく、今回の白書をお示しさせていただい」た(閣議後の記者会見)とのことだが。

各論に埋もれた新型コロナ感染症対策

第2部は各論(全11章)である。その第8章(健康で安全な生活の確保)まで読み進めると(500頁の白書の373頁目)、第3節「感染症対策、予防接種の推進」に「国際的に脅威とされる感染症対策について」として、やっと新型コロナ感染症対策が登場。新型コロナウイルス感染症の国内発生状況、死亡者数等の全体像とそれに対する保健医療分野の対応の記述に接するのだ。

政府の白書であり、作成に当たり様々な制約があるのではあろうが、これでは、国民の健康と生命を守る省としてのメッセージが伝わらないというのは酷だろうか。  

(本コラムは、社会保険旬報2021年9月1日号に掲載されました)


中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授 1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。

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