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#15|年金制度改正法案に向けた議論
高橋 俊之(たかはし としゆき)/日本総合研究所特任研究員、元厚生労働省年金局長
2025年の年金制度改正に向けて、12月25日に「社会保障審議会年金部会における議論の整理」がまとめられ、12月27日には、「社会保障審議会企業年金・個人年金部会における議論の整理」がまとめられました。
その後、年末の段階で明確になっていなかった施行時期や、具体的な金額などについても、1月下旬に開かれた与党の会議(自由民主党社会保障制度調査会年金委員会、公明党年金制度委員会)で、厚生労働省の案が説明され、議論が進められています。
現在、厚生労働省で法律改正案を作成中であり、与党の法案審査を経て、3月上旬には法律改正案が国会に提出される見込みです。これまで公表されている資料を基に、本稿執筆時点(2025年1月末)で検討されている年金制度改革案の検討内容について、解説します。
2024年の財政検証の結果を踏まえた2025年の次期年金制度改正については、①働き方に中立的で、ライフスタイル等の多様化を踏まえた制度の構築、②高齢期における生活の安定や所得再分配機能の強化といった方向性の下で、以下のように多岐にわたる改正事項が検討されています。
1.被用者保険の適用拡大
(1)短時間労働者への適用拡大
短時間労働者への適用拡大は、2012(平成24)年の改正で、週労働時間20時間以上、月額賃金8.8万円以上、勤務期間1年以上見込み、学生は適用除外、従業員500人超規模の企業の5つの要件が設けられ、2016(平成 28)年 10 月から施行されました。そして、2020(令和2)年改正では、勤務期間1年以上見込みの要件が撤廃されて、一般被保険者と同様に勤務期間2か月超見込みで適用されるととともに、企業規模要件は2022年10月から100人超規模、2024年10月から50人超規模に適用拡大されました。
①企業規模要件
この企業規模要件は、中小の事業所への負担を考慮して、激変緩和の観点から段階的な拡大を進める目的で設けられたものであり、年金部会の議論の整理では、「『当分の間』の経過措置として設けられた企業規模要件については、労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、撤廃する方向で概ね意見が一致した。」とされました。撤廃されると新たに70万人が適用対象となると推計されています。
厚生労働省が与党の会議で説明した見直し案では、企業規模要件の撤廃の施行時期は、2027(令和9)年10月から35人超規模、2029(令和11)年10月から20人超規模、2032(令和14)年10月から10人超規模、2035(令和17)年10月それ以下の規模の企業にも適用拡大とされています。施行前でも、短時間労働者が事業所単位で任意に加入できる制度が活用可能です。
2016年の500人超規模の施行から数えれば19年かかることとなり、経過措置としては異例の長期をかけて、中小企業に十二分の配慮をしたものになっています。
②賃金要件
賃金要件については、年金部会の議論の整理では、「月額賃金8.8万円以上とする賃金要件については、就業調整の基準(いわゆる「106万円の壁」)として意識されていることや最低賃金の引上げに伴い週所定労働時間20時間以上とする労働時間要件を満たせば賃金要件を満たす地域や事業所が増加していることを踏まえ、撤廃する方向で概ね意見が一致した。」とされました。対象者数は110万人と推計されていますが、これは賃金要件の撤廃の効果というよりも、最低賃金の引上げによる効果です。
厚生労働省が与党の会議で説明した見直し案では、賃金要件の撤廃は、「法律の公布の日から3年以内に政令で定める日」から施行としています。現在の最低賃金が最も低い秋田県の951円でも、3.4%以上の上昇が2年続けば、2026年10月には1,016円を上回り、全ての都道府県で賃金要件は意味が無くなりますので、それを見極めた上で施行するものです。
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③労働時間要件
週所定労働時間20時間以上とする労働時間要件については、年金部会の議論の整理では、「働き方に中立的な制度とする観点から雇用保険の適用拡大に伴い引き下げるべきとの意見や労働時間で就業調整する者の存在を懸念し要件の撤廃も含めた議論の継続を求める意見があった。一方で、保険料や事務負担の増加という課題は対象者が広がることでより大きな影響を与え、また、雇用保険とは異なり、国民健康保険・国民年金というセーフティネットが存在する国民皆保険・皆年金の下では、事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みである被用者保険の「被用者」の範囲をどのように線引きするべきか議論を深めることが肝要であるという考え方もあることに留意しつつ、雇用保険の適用拡大の施行状況等も慎重に見極めながら検討を行う必要がある等の意見があった。こうしたことから、今回は見直さないこととする。」とされました。
働き方に中立的な制度にして、週20時間での就業調整を無くすためには、次の段階として週10時間以上への適用拡大(対象者は410万人)が必要です。雇用保険では、2028年10月1日から、現在の週20時間以上から週10時間以上に適用拡大することが、既に法律改正が成立して決められています。社会保険についても、次の2030年改正では、重要な論点になると見込まれます。
週20時間未満でも、雇用労働である以上、雇用主は使用者として、被用者の社会保障についての一定の責任がありますし、週10時間以上20時間未満の従業員は、被用者という被保険者集団の支え合いのグループの中に、当然含まれるべきと考えます。パート労働者が多い職場では、週10時間以上のパートは、重要な戦力ですし、同じ職場で働く仲間と認識されていると思います。週20時間未満に適用拡大を行う際に検討課題となる国民年金保険料との調整方法については、厚生年金保険料の基礎部分を本人に還付する案や、国民年金保険料と厚生年金保険料との差額を本人が負担する案なども提案されていますので、システムで効率的に事務処理を行う方法を検討すれば良いと考えます。
④学生除外要件
年金部会の議論の整理では、学生除外要件については、「就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とする意義は大きくない、適用対象とする場合には実務が煩雑になる等の意見があったことから、今回は見直さないこととする。」とされました。
⑤複数事業所勤務
年金部会の議論の整理では、「複数の事業所で勤務する者の現行の適用事務について、事業所における事務負担の軽減の観点から見直しの方向性について検討したが、医療保険者における財政調整の仕組みや保険料の算定方法の見直しに伴う保険者等におけるシステム改修が必要となるなどの課題があり、関係者と丁寧に調整していくべきとの意見があったことを踏まえ、医療保険者や日本年金機構、事業者団体等と議論しつつ、複数の事業所で勤務する者の現行の適用事務の見直しを引き続き検討していく。」とされました。
複数事業所勤務の現行の適用事務は、事業主にとっても保険者にとっても、手作業が多く煩雑ですので、簡素化が是非必要であり、今回の改正では検討が整わず見送られましたが、今後の改正で検討が急がれる課題です。
また、「複数の事業所で勤務する者の労働時間等を合算し、被用者保険を適用することについては、社会保障におけるDXの進展を視野に入れながら、実務における実行可能性等を見極めつつ、慎重に検討する必要があるとの意見があり、引き続き検討していく。」とされました。
この論点については、私は、複数の事業所勤務で合算して20時間となる場合に適用することを検討するよりも、③のとおり、週10時間以上での適用拡大を検討する方が良いと考えます。
(2)適用事業所の拡大
適用事業所の範囲は、1984(昭和59)年の健康保険法改正と1985(昭和60)年の年金改正法により、法人については従業員規模にかかわらず、全ての事業所が強制適用となりました。一方で、個人事業所では、従業員5人以上の事業所に限られている上に、1953(昭和28)年の健康保険法と厚生年金保険法改正以来、法定16業種のまま適用業種に変化がありませんでしたが、2020(令和2)年の年金改正法により、弁護士や公認会計士など法律や会計に係る業務を取り扱う士業を適用業種に追加し、法定17業種になっています。
①個人事業所における非適用業種
年金部会の議論の整理では、「常時5人以上の従業員を使用する個人事業所における非適用業種については、労働者の勤め先等に中立的な制度を構築する観点等から、解消する方向で概ね意見が一致した。」とされ、長年の懸案である非適用業種の解消の方針が明確となりました。これによる対象者数は、短時間労働者を含めて20万人と推計されています。
厚生労働省が与党の会議で説明した見直し案では、5人以上個人事業所の非適用業種の解消の施行時期については、新規の事業所については2029(令和11)年10月から施行とした上で、既存の事業所については「経過措置として当面期限を定めないこととし、任意包括適用の活用を促しつつ、適用拡大の施行状況も踏まえて検討」とされており、事業所に特別の配慮をした案になっています。
②5人未満の個人事業所
一方、年金部会の議論の整理では、「常時5人未満の従業員を使用する個人事業所については、本来的には適用すべきとの意見があった一方で、適用拡大により発生する事務負担・コスト増が経営に与える影響が大きいこと、対象事業所が非常に多く、その把握が難しいと想定されること、国民健康保険制度への影響が特に大きいこと等から、慎重な検討が必要との意見もあったため、今回は見直さないこととする。なお、将来的には常時5人未満の従業員を使用する個人事業所についても適用を拡大すべきとの意見があった。」とされました。
この論点は、零細な個人事業者が対象であり、大変難しい課題です。しかし、5人未満個人事業所で働く従業員も、将来低年金のまま放置して良いはずはありませんし、雇用や在り方に対して中立的な社会保障制度とする必要があります。対象者数70万人と推計されており、今後の検討課題です。
③フリーランス等
このほか、「労働基準法上の労働者に該当しない働き方をしているフリーランス等への適用の在り方については、まずは労働法制における議論を注視する必要があること、被用者保険が事業主と被用者との関係性を基盤として働く人々が相互に支え合う仕組みであること等の意見を踏まえ、諸外国の動向等を注視しつつ、中長期的な課題として引き続き検討していく。」とされており、将来に向けた検討課題です。
(3)「年収の壁」への対応
厚生労働省が1月末に与党の会議で説明した次期年金制度改革案では、「年収の壁」への対応、事業者への支援策として、以下の新たな案が提示されました。
①適用拡大に伴う小規模事業主の行う人材確保措置に対する保険料調整の仕組みの導入
「106万円の壁関係」としては、上記(1)で説明した賃金要件(月額8.8万円)の撤廃に加え、適用拡大に伴う小規模事業主の行う人材確保措置に対する保険料調整の仕組みを導入するという案です。
これは、年金部会に年金局が提示した「事業主が任意で負担割合を増加させて被保険者の保険料負担を軽減する特例」については、年金部会でも多くの委員から慎重意見がありましたし、事業主団体からも慎重な意見があったことから、対象範囲や内容を見直し、今回の適用拡大に関連した支援措置として検討されたものです。
具体的には、今回の改正で適用拡大の対象となる比較的小規模な企業(従業員数50人以下の法人等や一部業種における5人以上の個人事業所。任意で適用を受ける企業を含む。)については、就業調整の影響がより大きいと考えられます。そのため、こうした企業で働く短時間労働者(年間106万円から151万円程度の収入を得る者を念頭)について、被用者保険(厚生年金・健康保険)加入に伴う手取りの減少を緩和することで、就業調整を減らし、被用者保険の持続可能性の向上につなげる観点から、国が定める負担割合を前提に、事業主が労使折半を超えて保険料を負担することができる特例的・時限的な経過措置を設けるとともに、この特例措置を利用した事業主に対して労使折半を超えて負担した保険料のうち一定割合を制度的に支援するという案です。
この案では、特例措置の適用を受ける短時間労働者の給付は本来の給付と同等のものとするとしています。また、特例措置の適用を希望する事業主は、適用開始時に年金事務所等にその旨の簡素な申込みを行うことで適用できることとし、特例措置の適用期間(3年間)の期間中は、特段の申請等を要することなく、制度的支援を活用できるものとするとしています。
② 被扶養者認定における雇用契約ベースの判断の導入
130万円の壁関係では、いわゆる「106万円」の取扱いと同様に、被扶養者の認定時点で労働契約の内容(基本給および諸手当等)によって年間収入が 130万円未満であることが明らかな場合には、その時点で被扶養者認定を行うという案が示されました。
併せて、当面の措置とされている事業主証明による一時的な収入変動の場合の迅速な被扶養者認定を恒久化するという案も示されました。
③ 学生等を対象とした被扶養認定基準の見直し
また、130万円の壁関係として、税制改正による特定扶養控除の所得要件の引上げに併せて、社会保険の被扶養者認定基準においても、19~22歳の学生等についての被扶養者認定の収入要件を現行の年間130万円未満から、年間150万円未満に引き上げるという案が示されました。
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