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#07 介護労働者の「処遇改善」の13年(小竹雅子)

データから読み解く介護保険

新型コロナウイルス感染症の第6波では、全国各地の介護保険施設やデイサービスでクラスター(感染集団)が発生し、「施設内療養」が要請され、慢性的な人材不足のなかで、介護労働者の疲労蓄積が懸念されます。また、在宅サービスでは利用控えがあっても、実情が把握されないまま、自宅勤務の家族など介護者と本人の間でストレスが高まっているとの指摘もあります。

そうしたなかで、4月7日、社会保障審議会介護給付費分科会(田中滋・分科会長)が開かれ、介護事業経営調査委員会(田中滋・委員長)の『2021年度介護従事者処遇状況等調査』の報告案が了承されました。

介護従事者処遇状況等調査」(以下、調査)は、介護労働者の給与が1年前に比べてどのくらい増減したのかを調べるもので、2009~2021年度の13年間に10回行われました(2011年度、2014年度、2019年度は調査がありません)。

介護労働者は、2025年度までに約32万人、2040年度までに約69万人も増やす必要があると言われています。しかし、「処遇改善」を積み重ねても「人材不足」が解消できないのは、13年も続いてきた“ベースダウン”のせいではないかと考えざるを得ません。

平均給与額は「平均基本給プラスアルファ」

調査の発端は15年前、2007年に介護労働者の離職率が22%まで上昇したことにあります。当時、月額給与は全産業平均に比べて、ホームヘルパーは14万円、施設などの介護職員は15万円も低い状況にありました。

介護労働者の給与は、サービス料金である介護報酬に影響されます。介護報酬は3年ごとに見直しが行われますが、小泉内閣の第2期(2003~2005年度)、つまり最初の見直しがマイナス2.3%の引き下げであったことが大きな原因だと思います。

しかし、再び介護報酬の引き上げとなれば、被保険者の負担(介護保険料と利用料)をはじめ、国や地方自治体の負担(税金)も上がるため、社会保障審議会の議論は足踏み状態でした。一方、国会では介護労働者の給与を増やすために交付金が新設され、2008年9月から2012年3月まで、介護報酬とは別に税金が投入されました。

そして、交付金の効果を確かめるため、はじめて介護労働者の給与が調査、公表されるようになりました。その後、交付金は介護報酬になり、「介護職員処遇改善加算」(以下、加算)が新設されました。

「処遇改善」と「給与」の13年

「処遇改善」は給与だけじゃない

厚生労働省は2009年度から2019年度の11年間で、「介護職員の処遇改善」は平均7.5万円と報告しています。しかし、「平均給与額」でみると、4.3万円の増額です。残りの3.2万円はどこへいったのでしょうか?

同省の説明では、「処遇改善」には「給与」のほか、介護福祉士の資格を取るなど「資質の向上」、健康診断など「労働環境の改善」が含まれるためとのことです。つまり、事業所が取得した加算の約4割は、「給与等の引き上げ以外の処遇改善」に使われてきました。

また、安倍内閣の『新しい経済政策パッケージ』(2017年12月8日閣議決定)では、「勤続10年以上の介護福祉士に月額平均8万円相当の処遇改善」をするため、「介護職員等特定処遇改善加算」(以下、特定加算)が追加されました。ここでも「処遇改善」ですが、特定加算を新設した結果、ベテラン介護福祉士は「平均2.1万円の給与引き上げ」と報告されました。こちらも「8万円じゃなかったの?」と思ったら、残りの約6万円は「その他の介護職員」や「その他の職種」に配分されていました。これは博愛的な「緩和」だそうです。

2022年は、岸田内閣の『コロナ克服・新時代開拓のための経済対策』(2021年11月19日閣議決定)で、「保育士等、介護・障害福祉職員を対象に、収入を3%程度(月額9,000円)引き上げる」ことになり、今年2月~9月は税金(介護職員処遇改善支援補助金)、10月以降は介護報酬の臨時改定(プラス1.13%程度)で「介護職員等ベースアップ等支援加算」(以下、支援加算)が新設されることになりました。

今回の支援加算では、「加算額の3分の2は介護職員等のベースアップ等に使用する」とされ、給与の引き上げに使う分が初めて定められました。でも、給与に当てるのは3%ではなく2%程度、月額9,000円じゃなくて6,000円になってしまうのでしょうか?

ともあれ、「処遇改善」というネーミングは、給与に直結していないのです。

加算を取る事業所は87%から94%に上昇

給与引き上げ以外にも使われる加算は現在、事業所がクリアする条件に応じて加算Ⅰ(3.7万円相当)からⅤ(1.2万円相当)まで5段階に分かれています。これに、特定加算が追加され、今年10月からは支援加算も加わり、組み合わせパターンがどんどん増えています。

まず、おもな介護保険サービス事業所の加算取得率を、データがそろっている2012年度から2021年度までグラフにしてみました。

おもなサービス事業所の加算取得率

「処遇改善」の対象になる全てサービスの事業所で、5段階いずれかの加算の平均取得率は、2012年度の86.7%から、2021年度の94%まで上昇しました。

サービス別にみると、施設サービスの特別養護老人ホーム(特養)と老人保健施設(老健)、居住系サービスとも呼ばれる地域密着型サービスの認知症グループホーム(GH)が、四捨五入すれば100%で、基本報酬並みに取得していることになります。

しかし、在宅サービスの中心であるデイサービス(通所介護)とホームヘルプ・サービス(訪問介護)は2018年度以降、追い上げていますが、平均取得率を下回り、約7%の事業所がいまだに加算を取れていない状況です。

介護給付費分科会では、特に小規模な事業所にとって、加算請求の事務手続きが煩雑で負担になっているという指摘があり、簡素化を提案する意見もありました。しかし、加算請求に「適正」を求める厚生労働省は、支援加算にも新たな条件をつける方針なので、さらに事務負担が増えそうな気配です。

「平均給与額」と「平均基本給」の差がひろがる

介護労働者のために介護報酬に加算がつくようになり、「月給・常勤」の介護労働者の平均給与額は2012年度の27.6万円から、10年後の2021年度は31.7万円に増えました。

ただし、平均給与額の計算には、「管理職」が含まれます。2021年度の31.7万円は、「管理職」は34.5万円、「管理職でない」は31.0万円です。

また、介護労働者の約8割は女性ですが、性別でみれば、男性(平均勤続年数8.2年)は33.6万円、女性(平均勤続年数8.9年)は30.7万円と報告されています。

それにしても、平均年齢が約45歳、手当や賞与込みの平均給与額約32万円から、住民税と所得税、社会保険料を引いたら、“平均手取り額”はいくらになるのでしょうか?

また、2012年度の平均基本給は17.6万円で、平均給与額の64%です。2021年度の平均基本給は18.7万円で、平均給与額の59%です。

平均基本給は10年間で1.1万円しか増えず、平均給与額に占める割合でみれば、「月給・常勤」の介護労働者は、5%のベースダウンになったのではないでしょうか?

加算報酬による「処遇改善」は、手当や賞与の増額には効果があっても、ベースアップにはつながらないことが示されています。

「平均時給」は10年間で50円のアップ

また、介護給付費分科会では話題になりませんが、「非常勤・時給」の介護労働者の平均時給は、2012年度が1,080円、2016年度から2020年度まで1,110円と足踏み状態で、2021年度に1,130円になり、10年間で50円のアップです。

「非常勤・時給」の場合は5%ベースアップしたことになりますが、介護労働者の平均年齢56.1歳です。『賃金構造基本統計調査』では、2021年の「短時間労働者の1時間当たり賃金」は男女計1,384円(男性1,631円、女性1,290円)で、「55~59歳」では男女計1,406円(男性2,093円、女性1,297円)です。

おもなサービスの「常勤・月給の者」の平均給与額

調査データから、おもなサービス別に、「常勤・月給の者」の平均給与額もグラフにしてみました。

おもなサービスの「平均給与額」

2021年度をみると、加算の取得率が100%近い特別養護老人ホームが34.6万円、老人保健施設が33.8万円で、平均の31.7万円を上回ります。しかし、同じく取得率が高い認知症グループホームは29.2万円で、平均より少ない状況です。

調査では「常勤」が正規雇用の正社員なのか、非正規雇用か把握していないそうですが、ホームヘルプ・サービスのホームヘルパーの多くは「時給・非常勤」なので、「常勤・月給」はサービス提供責任者が該当すると思われます。

また、2020年度と2021年度では、デイサービスの落ち込みが気になります。平均給与額が高い特別養護老人ホームと老人保健施設も下がり気味です。新型コロナウイルス感染症が流行しはじめた時期ではありますが、関連は明らかになっていません。

「デジタル介護」による人員基準の「柔軟化」と「合理化」

岸田内閣の「収入を3%程度(月額9,000円)引き上げる」では、なにが交換条件になるのかなと思っていたら、「人員配置基準の柔軟化」という予想外の提案が登場しました。

最初に出てきたのは、介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)です。

2月17日、規制改革推進会議(夏野剛・議長)が『先進的な特定施設(介護付き有料老人ホーム)の人員配置基準について』を書面議決しました。背景には、昨年12月20日、同会議の医療・介護ワーキング・グループに、SOMPOケア株式会社(遠藤健・代表取締役社長)が「ビッグデータ解析やセンサー類の最大活用により、現行法上のいわゆる3対1の人員配置基準よりも少ない配置職員数で介護サービスの提供を実現できる見通し」があるとして、「人員配置基準の柔軟化」を要望したことがあります。

下記のように、厚生労働省が6月以降、実証事業を行い、年明けの2023年に社会保障審議会で検討するスケジュールが組まれています。

規制改革推進会議(夏野剛・議長)「先進的な特定施設(介護付き有料老人ホーム)の人員配置基準について(これまでの議論の取りまとめ)」(書面議決)(2022.02.17)より抜粋

規制改革推進会議の書面議決の翌日、2月18日には、岸田総理大臣が「デジタル臨調において、例えば制度改革により、介護施設における人材配置規制などの合理化を進めてまいります」と記者会見しました。

そして、3月30日、デジタル庁が担当するデジタル臨時行政調査会の第3回資料「デジタル原則を踏まえた規制の横断的な見直しの進捗と課題について」に、介護サービス事業所の「常駐・専任規制」について、「見直しの方向性」が掲載されました。

すべての介護サービス事業所なのか、「参考」にあげられているデイサービスがターゲットなのかわかりませんが、介護付き有料老人ホームと同じように、実証などの把握を行い、社会保障審議会の意見を聞くとされています。

デジタル臨時行政調査会第3回(2022.03.30)資料1「デジタル原則を踏まえた規制の横断的な見直しの進捗と課題について」より抜粋

デジタル化による人員配置基準の「柔軟化」と「合理化」は、経済団体も応援しています。4月22日、経済同友会は『持続可能な財政構造の実現に向けて―「骨太方針2022」に対する意見―』を公表し、特別養護老人ホームの「3:1と定める職員配置基準の見直し」を提案するほか、「AIケアプラン」も推奨しています。

なお、経済同友会の櫻田謙悟・代表幹事は、SOMPOホールディングスグループCEO取締役代表執行役会長で、傘下に「特定施設を経営する事業者」のSOMPOケア株式会社があります。

公益社団法人経済同友会(櫻田謙悟・代表幹事)『持続可能な財政構造の実現に向けて―「骨太方針2022」に対する意見―』(2022.04.22公表)「5.社会保障改革」より抜粋

厚生労働省の調査は、「処遇改善」の効果をみるのが目的ですが、処遇改善加算のバリエーションが増えるとともに、報告書も300ページを超え、なにが課題なのか、わからなくなってきています。新型コロナウイルス感染症と向き合う介護労働者のみなさんにも、チェックしているゆとりはないでしょう。

新型コロナウイルス感染症の流行のなかで、介護労働者の心身疲労が心配されるなか、これまでの対策では「人材確保」ができないから、デジタル化で人員配置基準を減らすという、数字あわせのようにも見えます。「処遇改善」の13年の効果を大いに疑います。  

小竹 雅子(おだけ・まさこ)
市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰

1981年、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」に参加。障害児・障害者、高齢者分野の市民活動に従事。 1998年、「市民福祉サポートセンター」で介護保険の電話相談を開設。 2003年、「市民福祉情報オフィス・ハスカップ」をスタート。 現在、メールマガジン「市民福祉情報」の無料配信、介護保険の電話相談やセミナーなどの企画、勉強会講師、雑誌や書籍の原稿執筆など幅広く活躍中。2018年7月に発刊された『総介護社会』(岩波新書)は日経新聞に取り上げられるなど、話題を呼んだ。

【主な著書】
『こう変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護保険情報Q&A』(岩波ブックレット) 『もっと変わる!介護保険』(岩波ブックレット) 『介護認定』(共著・岩波ブックレット) 『もっと知りたい!国会ガイド』(共著・岩波ブックレット) 『おかしいよ!改正介護保険』(編著・現代書館) 『総介護社会』(岩波新書)

『#08 2024年の介護保険制度 ホームヘルプ・サービスのゆくえ』【2023年6月27日】

『#06 「高齢者虐待防止」の15年』【2022年2月4日】

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