プロが伝える労働分野の最前線 #6~10
こちらは2020年8月18日~12月15日に「Web年金時代」に掲載したものです。
#6 自宅におけるテレワークの労働時間管理
労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。6回目は新型コロナウイルス感染拡大とともに急速に普及したテレワークにおける労働時間管理がテーマです。筆者は、労働分野の最前線で実務を担う専門家集団――ドリームサポート社会保険労務士法人の髙橋麻弥さんが担当します。
新型コロナウイルス感染症に伴い、テレワークという言葉を耳にしない日はなくなりました。
そんなテレワークですが、最近までは、言葉はあるものの日本企業においてはなかなか普及していませんでした。それが現在、新型コロナウイルス感染拡大とともに一気に広がりつつあります。場所に捉われない自由な働き方が可能であるテレワークは、優秀な人材の確保にもつながる制度です。今後うまく活用して定着を期待したいところです。
では、何故今までテレワークがそれほど普及していなかったのでしょうか。
労働時間管理の必要性とテレワークにおける適正な把握の難しさ
普及が進まなかった理由のひとつとして、「労働時間の管理の難しさ」が挙げられます。オフィスワークでは、毎日決まった時間に出勤退勤がなされ、時間管理も現認可能です。そして、基本的に自由に働く時間を決めることはできません。しかしテレワークでは、オフィスに出向く必要がないため労働者が実際に何時から何時まで働いているのか、きちんと休日をとっているのかも把握しにくくあります。場合によっては、申告時間以上働いていても、それを確認できないこともあります。
とはいえ、就業場所が自宅等であるテレワークであってもオフィスワーカー同様に労働基準法は適用されます。通常と同じく使用者は、その労働者の労働時間について適正に把握する義務を有し、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)に基づき、適切に労働時間管理を行わなければなりません。
もちろんテレワークにおいても、始業・終業時刻や休憩時間を管理し、業務時間はパソコンの前に常にいることを義務づけたり、チャットツール等を常にアクティブにしておき、即時対応できる状態で業務遂行が管理者の目に明らかにされるようにするなどして、労働時間を管理することも可能です。
しかし、実際には、自宅を就業場所とする時点で、私生活と仕事の区別が曖昧となりやすいため、労働時間の管理が適切にできないという場面が多くなっています。たとえば、自宅に届いた宅配便受け取りの対応、急に降り出した雨により洗濯物を取り込むなどは当然労働時間ではありません。とはいうものの、自宅である以上、業務時間中にこのような時間が紛れ込む方がむしろ自然です。このような場合は、どのように対応していけば良いのでしょうか。
テレワークでの労働時間管理
繰り返しになりますが、労働時間管理の原則は、テレワークでも同じで次のような方法があります。
①フレックスタイム制の導入
フレックスタイム制は、清算期間(1〜3ヵ月間)を平均し、1週間当たりの労働時間が法定の労働時間を超えない範囲において、その期間における総労働時間の範囲内で、日々の始業・終業時刻を労働者自身が決定することができる制度です。
この制度では、育児や介護といったプライベートな都合と合わせて、1日の労働時間を労働者自ら調整することができ、テレワークとの相性も良く導入企業も増えています。ただし、フレックスタイム制であっても、会社が労働時間の把握義務を負っていることには変わりありません。始業・終業の連絡をメールで受けるなどの対応が必要です。
②みなし労働時間制の採用
労働時間の算定の仕方について特例を認めている制度があります。「みなし労働時間制」です。こちらは実際に業務に従事した労働時間とは直接的に関係なく、あらかじめ労使協定などで定められた労働時間分を働いたものとみなしてしまう制度です。
みなし労働時間制度について説明しましょう。
専門業務型及び企画業務型裁量労働制
研究開発業務や労働者の専門性が高いなど、仕事の進め方や時間配分等に関し、使用者が具体的な指示をせず、労働者の裁量に任せた方が業務遂行に有益とされる場合に活用可能です。
こちらは、たとえば労使協定で定めたみなし労働時間を9時間とした場合、ある日の実際の労働時間が6時間であったとしても9時間働いたとみなします。反対に12時間働いても9時間とみなします。
裁量労働制は、テレワークのための制度ではなく、職種などにより労働時間に縛られることが有益でない場合で、法律上の条件に合うときに採用することができるものではありますが、テレワークにおいても活用することができます。
事業場外みなし労働時間制
会社の外(事業場外)で働く場合において労働時間の算定が難しい際に、この取り扱いが認められています。実労働時間に関係なくあらかじめ就業規則等で設定した時間を働いたものとみなします。
以下の要件をクリアすることで、テレワークでも事業場外みなし労働時間制を採用することができます。
要件1 業務が自宅など事業場外で行われていること
要件2 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態となっていないこと
「使用者の指示により常時」とは、在宅勤務者が自分の意思で通信可能な状態を切断することが認められていない状態を指します。
「通信可能な状態」とは、在宅勤務者に対して電子メール等により具体的な指示を随時行うことが可能であり、在宅勤務者がそれに即応しなければならないような状態の意味を指します。たとえば、インターネット等の回線の接続がされているだけで、在宅勤務者がパソコン等の情報通信機器から離れることが自由である場合には、「通信可能な状態」にはあたりません。
したがって、回線が常時接続されており、労働者が自由にその場を離れたり、通信を切断することが認められていない場合は該当しません。実際に常時指示が可能な通信状態であれば労働時間の管理が可能といえるためです。
要件3 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
上司の指示どおり具体的に業務を実行し、結果を報告する直接的な指揮下であるような自由裁量性のない状態がこれにあたります。ただし、具体的な指示には、業務の目的、目標、期限などの基本的事項を指示することや、基本的事項について変更を指示することは含まれていません。
以上の要件を満たすことができれば、「労働時間を算定することが困難」とされ、テレワークにおいても事業場外みなし労働時間制を採用することができます。
このように、みなし労動時間制は、定めた時間を労動したものとみなすため、労働時間の管理がしやすくなります。また、ムダな残業の抑制にもつながるというメリットもあります。一方で、次の点は注意してください。
●労働時間管理
事業場外みなし労働時間制を適用する場合のみなし労働時間は、所定労働時間、または、当該業務の遂行に通常必要とされる時間です。よって、みなし労働時間と実労働時間がかけ離れることがないよう適正に運用することが非常に重要です。
そのため、「みなす時間」は、業務の実態を最もよく分かっている労使間で協議して決めることが望ましいといえます。また、定期的に実態に合ったみなし時間であるかどうかも確認し、場合によってはみなす時間を見直す必要があります。
労使で話し合った時間が法定労働時間を超えるのであれば、実際の労働時間に関係なく、その時間分の割増賃金の支払いは必要となります。更に休日や深夜労働にも割増賃金が発生するのは、通常と同じです。
また、使用者が健康確保を図る必要があることから、労働時間の状況を把握しておく必要があります。
労働者の仕事内容と自律性
テレワークをしようとするときの労働時間管理について、フレックスタイム制の導入や、みなし労働時間制の採用が有効であることについては、前述したとおりです。
しかし、最後に、重要なポイントについて説明しましょう。
これらの労働時間制を適用するにあたっては、現実的には、テレワークの中でも一定の人に限られてくるかもしれません。
それは、業務内容とその人の自律性に起因します。
そもそも細かい指示を受けながら作業を進める業務に就く人や、顧客とのやり取りが頻繁に発生する業務に就く人には向きません。もし、より多くの人に事業場外みなし労働時間制などを導入したい場合は、仕事を切り分けて寄せ、テレワークの日とオフィスワークの日に分けます。そして、テレワークの日は、みなし労働時間制などが適用できるような仕事のみに従事させるようにします。
また、業務の遂行に関する時間配分を労働者に委ねることが前提となっていますので、各自の業務状況が見えにくくなります。そのことにより、見えない過重労働が増えては良くありません。したがって、自律性型が高く、自らを主体的にマネジメントできるスキルのある人、もしくは、そのような業務に就く人にしか就かせることができなくなるのです。
以上見てきたとおり、テレワークにおける時間管理を適正に実施するには様々な方法がありますが、よくよく検討の上、会社の実態に合ったものを導入しましょう。
その中で可能であれば、フレックスタイム制や、みなし労働時間制などの導入を検討してみてください。
髙橋 麻弥(たかはし まや)ドリームサポート社会保険労務士法人
大手出版社入社後、広告営業・企画立案・企業マーケティングに約6年間従事。出産を機に、多様な働き方やワークライフバランスの実現、女性のキャリアアップについて考え、2016年ドリームサポート社会保険労務士法人に入社。現在は、多数の顧問先企業を担当し、労務相談等を行うほか、担当部門のリーダーとして、顧問先インハウス研修の企画・運用や、就業規則、人材育成制度のコンサルティングも手掛ける。また、顧問先企業の労務・人事担当者の指導育成にも力を注いでいる。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
#7 ダブルワーカーの労務管理
労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。7回目は今、注目される副業・兼業(ダブルワーク)について、政府の動きや労務管理上の課題、労災保険法の改正などをドリームサポート社会保険労務士法人代表社員の安中繁さんが解説します。
私の生まれ育った山形では、多くの大人が「副業」を持っていました。田んぼや畑の仕事がそれです。本業が農業である場合は、外に働きに出るほうが「副業」になります。
政府は、働き方改革実行計画(平成29年3月28日働き方改革実現会議)において定めた19の政策の9番目に「副業・兼業の推進に向けたガイドライン策定やモデル就業規則改定などの環境整備」を掲げています。前回の連載(第6回)でご紹介したテレワークがいよいよ普及すれば、在宅で複数の事業に携わることはさらに容易になっていくでしょう。そのため、実務の現場では、副業する労働者を対象とした労務管理を実施していかなければなりません。
副業のパターン
そもそも、副業・兼業について定義づけた法令はありません。一般的には「あるひとつの業務以外に仕事をし、収入を得ること」を指します。副業は大まかに以下のタイプに分類することができます。
□雇用型
本業と別の会社に会社員として雇われるタイプ
□非雇用(自営)型
本業とは別に、自営業等非雇用で働くタイプ。例えば、家業を手伝う、作家として執筆するなどがこのタイプに入ります。
□ネット型
輸入ビジネス、データ入力等、主としてネットを活用して収入を得るタイプ。以前から「気軽な副業」として話題になることの多かったものです。その多くは非雇用型として実施されているもののようです。
政府の動き
平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表しました。これと同時に、厚生労働省は「モデル就業規則」を改定しました。「モデル就業規則」とは、厚生労働省が公開している就業規則のひな形です。この中で副業・兼業に関する規定が、大きく変更されました。変更前のモデル就業規則には、労働者が遵守すべき事項の一つとして「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定がありました。副業は原則禁止であり、これに違反したときは服務規律違反として懲戒の対象となることも明記されていたのです。
しかし、今回、この副業禁止の規定が削除され、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」と、規定内容が大転換されました。
もともと労働基準法や労働契約法上には、副業を禁止する規定はありません。憲法で職業選択の自由が保障されているためです。しかし、各企業が就業規則上の服務規定として副業・兼業を禁止した場合は、社員はそれに従わざるをえないのが実際でしょう。モデル就業規則は、このとおりに自社の就業規則を定めなければならないという拘束性をもつものではありませんが、これに倣って自社規程を整備する組織が多いことを考えると、この大転換が与えるインパクトは小さくないといえます。
副業の課題
・労働時間の通算
労働基準法においては、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」(法38条1項)と規定されており、他の企業に雇用されて副業をする場合であっても、労働基準法が求める労働時間の上限を遵守することが求められます。例えば、A社で6時間労働した労働者が、その後、B社でも3時間労働した場合は、その日の労働時間は9時間となり、1時間分は時間外労働として、時間外・休日労働の上限規制の対象としてカウントしなければならないというわけです。
・割増賃金の精算
労働時間を通算した結果、法定労働時間を超える場合には、割増賃金の支払義務が生じます。A社、B社でそれぞれ雇用される場合、「法定労働時間を超えて労働者を労働させるに至った使用者」が割増賃金の支払義務を負うこととされています。下図にて事例を紹介します。
【事例】
事例の着目ポイントは、割増賃金の支払義務を負うのは、1日のうち時間的に後に労働させた使用者ではなく、労働契約の締結の時期が後であった使用者が負うという点にあります。そのため、雇い入れの際には、既に他社で雇用されているかどうかを確認しておくことが必要になります。
・健康管理上の問題
労働時間の通算と割増賃金の精算については、副業が非雇用(自営)型の場合には、問題になりません。しかし、非雇用(自営)型の副業をしている労働者について、マネジメントがまったく必要ないわけではないのです。使用者が安全配慮義務を全うするために、副業先での労働時間等の実態を把握しておくことが求められます。
副業・兼業ガイドラインの改定
平成30年1月に策定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」についても、令和2年9月に改定されました。特筆すべきは、労働時間の通算について、自己申告等によるマネジメントが提案されている点です。
ガイドライン中、使用者は、労働者からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認するための仕組み(労働者の自己申告制度等)を設けておくことが望ましい、とされています。
これは、割増賃金や、残業の上限規制に関しては、本業・副業を通算した労働時間に基づいて算定しなければならないためです。
労働時間の通算のしかたですが、まず労働契約の締結の時期の順に所定労働時間を通算します。さらに、所定外労働の発生順に所定外労働時間を通算し、通算した労働時間全体を把握し、そのうち法定労働時間を超える部分で自ら労働させた時間について、時間外労働の割増賃金を支払うことになります。
管理が非常に煩雑になりますね。
簡便な管理モデルとして、副業・兼業の開始前に、先契約事業主の法定外労働時間と後契約事業主の労働時間について、通算時間が上限規制(単月100時間未満、複数月平均80時間以下)の範囲内に収まるようにそれぞれ上限を設定し、労働者にその範囲内で副業・兼業を行うことを求めることにより、当事者の負担を軽減しつつ労働基準法が遵守されやすいようにすることなどが新ガイドラインでは示されています。
今秋から変わる!! ダブルワーカーの労災保険
ダブルワーカーに対する労災保険の保護は、平成18年には、副業をしている労働者が副業先に移動する途中に起こした事故も通勤災害として認められるようになるなど、順次、保護が充実していますが、令和2年9月1日にも大きな改正がなされました。
今後は、ダブルワーカーである方について、保険給付額の算定が従来よりも有利になります。
◆従来
ケガや病気が発生した職場で受けていた賃金のみに基づいて、労災保険の給付額が算定されていました。
◆9月1日から
すべての勤務先の賃金額を合算して、労災保険の給付額を算定することとなりました。
例えば、本業のA社では、月額30万円の賃金を受けている労働者が、副業のB社で勤務中にケガをしたという場合であってB社では月額5万円の賃金であったという場合、労災保険から受ける保険給付の単価となる「給付基礎日額」は、従来は5万円を基に計算されていたところ、9月以降は35万円に基づいて計算されることになるのです。
計算例:従来
5万円×3ヵ月÷91日=1,648円
この例の場合、1,648円は、最低保障額(自動変更対象額)である3,970円に置き換えられます。
※自動変更対象額は、毎年8月1日に自動改定される
計算例:9月1日から
35万円×3ヵ月÷91日=11,539円
従来は3,970円
今後は11,539円
その差、なんと7,569円!
もしも、副業先でケガをして、当面本業も含めて勤務できないという状況が一定期間続くような事態が起こったときのことを考えると、従来の労災保険の保障は必ずしも十分なものとはいえなかったわけです。
さらに、労災認定の基準も9月から変更になります。従来は、副業先で労災事故を起こした場合、副業先での労働時間やストレス等のみを評価の対象として、労災認定できるかどうかを判断していましたが、今後は、すべての勤務先における労働時間やストレス等を総合的に評価して労災認定できるかどうかを判断する取扱いになりました。
まだ残る! 今後の課題
・雇用保険は、1カ所のみ
労災保険と異なり、雇用保険は主たる生計を維持する1つの事業所でのみ加入します。2社同時加入はできません。そのため、副業をしている労働者については次のような課題が残ることになります。
□複数勤務をしている労働者が雇用保険の適用基準を満たさない例
A・B社での労働時間を通算すれば、週20時間以上となるものの、単独での労働時間は週20時間に達しないという場合、この労働者は雇用保険の被保険者になりません。
□本業離職時、引続き副業した場合の失業認定
本業を離職した後、副業を続け、一定水準以上の収入を得ている場合は、原則として、その日の基本手当は減額されるか受けられないことになります。この場合の収入とは、雇用型の副業のみならず、自営、内職や家事手伝いまで広く指すものであることにも留意が必要です。
令和4年4月以降、この点についても法改正が予定されています。65歳以上の副業を持っている方を対象として、本人が希望すれば雇用保険に特別に加入できるようにするというものです。
まとめ
これからは、テレワークのおかげで、または働き方改革による労働時間の短縮の副産物としても、副業する労働者が増えていくことが見込まれます。
労務管理上は、自社の社員が、副業をしているかどうか、副業をしているとしたら、その実態はどうであるか、といったことまで適正に把握しマネジメントの対象としていくことが求められます。
安中 繁(あんなか しげる)ドリームサポート社会保険労務士法人 代表社員/特定社会保険労務士
2007年安中社会保険労務士事務所開設。2015年法人化し代表社員に就任。約300社の顧問先企業のため労使紛争の未然防止、人事制度構築支援等にあたる。新しいワークスタイル「週4正社員制度」の導入コンサルティングを得意とする。地方自治体、各種経営者団体での講演実績多数。主な著書に『週4正社員のススメ』(経営書院) 『中小企業は『懲戒処分』を使いこなしなさい』(労働新聞社)他。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
ドリサポ公式YouTubeチャンネル
代表 安中繁が、労働分野の実務のポイントをわかりやすく解説している動画です。是非ご覧ください。(下記QRコードからもご覧いただけます)
#8 2021年1月、育児・介護休業法の改正! 子の看護休暇、介護休暇で時間単位の取得が可能に! ~準備することは意外と多いかもしれませんよ!
労働分野の旬なテーマを取り上げて、実務の参考となる情報を提供する連載企画。8回目は2021年1月1日から改正される育児・介護休業法について、改正の内容や改正に伴い求められる準備などをドリームサポート社会保険労務士法人社員・特定社会保険労務士の竹内潤也さんが解説します。
年明けの2021年1月1日に育児・介護休業法が改正され、子の看護休暇、介護休暇の時間単位での取得が可能になります。改正に備えて、今から就業規則の改定と従業員への周知を進めましょう。場合によっては、勤怠システムや給与計算システムの変更、労使協定の結び直しも必要になります。
子の看護休暇、介護休暇とは
子の看護休暇とは、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者が、病気やけがをした子の看護などのために、1年に5日(子が2人以上の場合は10日)まで取得できるものです。
介護休暇とは、要介護状態の家族を介護するために取得できるものです。1年に5日(対象者が2人以上の場合は10日)まで取得できます。
もともと、1日単位での休暇でしたが、2017年の改正で半日単位でも取得できるようになりました。
今回の改正事項
今回の改正で、さらに使い勝手が良くなるよう、時間単位の取得が可能となりました。現行では、1日の所定労働時間が4時間以下の労働者はこれらの休暇を取得することができませんでしたが、時間単位での取得が可能になります。
また、業務の途中の「中抜け」は法律上は求められていませんが、中抜けありの休暇取得を認めるよう、企業側の配慮も求められています。
現状の子の看護休暇の取得状況
子の看護休暇と介護休暇は、あまり馴染みがないという職場もあるかもしれません。子の看護休暇についていえば、厚生労働省の雇用均等基本調査によると2018年度にやっと、調査対象の1年間に取得実績のある事業所の割合が5割を超えたところです。小学校に入学するまでの子供についての対象なので、利用可能な従業員の範囲は育児休業よりも広いことが想定できますが、利用者はあまり多くない印象です。
取得実績が少ない理由として、法律上、休暇中は無給でよく、有給としている事業所はまだまだ少ないことが考えられます。年次有給休暇や事業所で用意されている他の休暇制度の方が有利であるのが実際のところでしょう。
また、子の看護休暇や介護休暇の利用シーンとして、1日や半日単位としていることが現実的には使いにくくしているのかもしれません。前述のとおり、2017年の改正でこれらの休暇が半日単位でも取得が可能になりましたが、調査結果によると、そのころから急速に取得実績の割合が増加しており、1日単位よりも半日単位の方が使いやすいということのあらわれかもしれません。
法改正に向けて準備すること
では、改正に向けて、事業所として何を準備すればよいのでしょうか。
年次有給休暇など既存の制度に時間単位で取得できる休暇があれば、その応用で勤怠管理ができるかもしれません。しかし、年次有給休暇の時間単位の取得は労使協定によって定めた事業所のみが導入することになっていますので、今回が「時間単位の休暇制度が初めて」となる事業所も多いのではないでしょうか。その場合、新たな勤怠管理の方法を考えないといけません。また、勤怠システムの設定をしなければなりません。
この時、所定労働時間がキリのよい7時間や8時間の場合は管理しやすいのですが、例えば7時間30分のように分単位の端数がある場合には、端数を切り上げ時間単位として管理しなければなりません。つまり、7時間30分であれば8時間分として1時間単位を8回取得できるということになります。
このあたりは、少し理解しにくいところですので、具体例を示しながら見てみましょう。
①所定労働時間が7時間30分など1時間単位でない場合
下記、いずれも所定労働時間が09:00~17:30(途中1時間の休憩)の7時間30分で、初めての休暇取得で5日分の権利を持っているところから考えます。また、無給の制度とします。
例1)
09:00~17:30のすべて休暇を取得した➡1日分の休暇を取得した➡残数は4日、欠勤控除は7.5時間
例2)
09:00~09:30の30分は労働し、09:30~17:30の7時間の休暇を取得した➡7時間分の休暇を取得した➡残数は4日と1時間、欠勤控除は7時間
例3)
09:00~17:00の7時間は労働し、17:00~17:30の30分の休暇を取得した➡1時間分の休暇を取得した➡残数は4日と7時間、欠勤控除は30分
※所定労働時間に端数がある場合の例であり、所定労働時間が7時間や8時間などの場合に分単位での取得を認める義務はありません。
ここで注意が必要なのは、休暇の残数の減り方と欠勤控除の時間数が異なる場合があり、分けて管理をしないといけない点です。
②変形労働時間制やシフト制などで日によって所定労働時間が異なる場合
この場合、日によって労働時間が異なるわけですが、その際、1日分を何時間とするのかが問題になります。この場合は1年間の「平均所定労働時間数」で見ることになります。
具体例で考えます。
下記、いずれも平均所定労働時間数が7時間で、初めての休暇取得で5日分の権利を持っているところから考えます。また、無給の制度とします。
例1)
休暇を取得する日の所定労働時間が6時間の場合で、全6時間の休暇を取得した➡1日分の休暇を取得した➡残数は4日、欠勤控除は6時間
例2)
休暇を取得する日の所定労働時間が8時間の場合で、うち6時間の休暇を取得し、2時間労働した➡6時間分の休暇を取得した➡残数は4日と1時間、欠勤控除は6時間
例3)
休暇を取得する日の所定労働時間が8時間の場合で、全8時間の休暇を取得した➡1日分の休暇を取得した➡残数は4日、欠勤控除は8時間
例4)
休暇を取得する日の所定労働時間が10時間の場合で、うち8時間の休暇を取得した➡1日8時間分の休暇を取得した➡残数は3日と6時間、欠勤控除は8時間
その日の所定労働時間が何時間であってもすべて休んだ場合は「1日分(7時間分)」休暇を取得したことになりますが、所定労働時間の一部を休んだ場合には、その休んだ時間分の休暇を取得することになるので、同じ時間数を休んでも残数が異なることがあります。
この例では、従業員にとっても、有利不利の感覚を持ちかねないので、利用する従業員へ理解を促さないといけませんし、複雑な残数管理の方法も考えないといけません。
また、フレックスタイム制のように従来から1時間単位の始業・終業時間の変更が柔軟な制度であっても、時間単位の休暇の取得を認めなければいけません。
対象除外者について
現行でもこれらの休暇の半日単位の取得は、休暇が取得できる者は全員が対象となるのが原則であるものの、労使協定により、業務の性質や実施体制に照らして半日単位では取得が困難と認められる業務に従事する者は、対象外とすることが認められています。例えば、航空会社の国際線の客室乗務員、流れ作業方式による業務に就いている場合などです。法改正後の時間単位での取得も同じように、原則は全員が対象となりますが、労使協定により時間単位の取得が困難と認められる業務に従事している者は対象外とすることができます。ここで注意が必要なのは、従前の半日単位の取得は難しく、労使協定で除外できたとしても、時間単位では取得が可能ということがある、ということです。したがって、労使協定で除外する者の範囲について再度検討が必要です。
いずれにしろ、労使協定の結び直しをしなければいけませんので、過半数代表者との協議を進めていくこととなります。
いかがでしょうか。法改正の内容としては「子の看護休暇・介護休暇で時間単位でも取得可能に」の一文ですが、実際の運用場面まで考えるとこれ以外にもいろいろなことが想定されます。
準備がまだの場合には制度設計について早めに議論を始めていただき、就業規則(育児・介護休業規程)や労使協定の改定作業を進める必要があります。実務的には、運用が複雑になりますので、システム変更も考えなければいけないかもしれません。早めにシステム担当者と連携することが大切となるでしょう。また、利用者となる従業員だけでなく、その同僚や上司など職場全体への理解のための機会を作るよう、段取りを進めてください。
竹内 潤也(たけうち じゅんや)
ドリームサポート社会保険労務士法人社員/特定社会保険労務士
早稲田大学法学部卒、旅行会社に16年間勤務。2011年 たけうち社会保険労務士事務所設立。2013年 特定社会保険労務士付記。2015年 法人化(ドリームサポート社会保険労務士法人)。約300社の顧問先企業のために労使紛争の未然防止、社内活性化のための人事制度構築支援、裁判外紛争解決手続代理業務、経営労務監査、創業支援(雇用と人材育成の視点を持った事業計画の策定支援)にあたる。大学、新聞社、地方自治体、各種経営者団体での講演実績多数。東京都商工会連合会エキスパートバンク専門家。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
#9 同一労働同一賃金に関する最高裁判決から
同一労働同一賃金に関連する5つの最高裁判決が10月13日と15日、相次いで示されました。9回目となる今回の連載では、この5つの判決の内容と今後の実務の対応について、ドリームサポート社会保険労務士法人社員・特定社会保険労務士の下田直人さんが解説します。
10月に判決が出た同一労働同一賃金関連の判決
同一労働同一賃金に関する最高裁判所の判決の主な内容は、以下の表のとおりです。
今回の判決では、契約社員などの非正規労働者への賞与・退職金の支払いの有無から年末年始手当などの各種手当の支給の有無が、改正前の労働契約法第20条(現パートタイム・有期雇用労働法第8条)に照らして適法か否かが判断されました。
旧労働契約法第20条は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」としています。
労働条件の相違が不合理であるかどうかは、⑴業務の内容、⑵責任の程度、⑶職務の内容・配置変更の範囲、⑷その他の事情という4つの観点から判断することとなります。
今回、立て続けに示された最高裁判所の判決からは、抽象的であるこの4つの観点に一定の一般的枠組みが示されたと読み取ることができます。
なぜ賞与と退職金は不合理な相違ではないと判断されたのか
まずは、13日に大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件において賞与と退職金についての判決が出されました。新聞報道などでも取り上げられましたが、この判決では、非正規労働者に賞与や退職金を支払わなくても不合理とまでは評価できないと示されました。
これを受けて、人事部門の方などから、「非正規労働者には今までどおり賞与や退職金は支払わなくてもいいということですね」と質問されることがありました。しかしながら、必ずしも支払わなくてもいいということではありません。今回のケースでは、支払わなくても不合理ではなかったということです。
同一労働同一賃金裁判では、前述のとおり、⑴業務の内容、⑵責任の程度、⑶職務の内容・配置変更の範囲、⑷その他の事情という4つを考慮して不合理か否かが判断されます。
そして、大阪医科薬科大学事件では、
・アルバイトも正職員も同じ教室事務員だったとしても、アルバイトは軽易な業務である一方、正職員は英文学術誌の編集業務や広報作業、病理解剖に関する遺族対応等があった(上記⑴業務の内容と⑵責任の程度の判断)
・正職員は人事異動により他業務の担当になり得ることもある一方で、アルバイトは業務命令により配置転換されることはない(上記⑶職務の内容・配置変更の範囲の判断)
・教室事務の仕事内容の過半が簡単作業のため、正職員からアルバイトへ置き換えを始めていた。また、アルバイトから契約職員、正職員への登用制度が設けられていた(上記⑷その他の事情の判断)
を考慮して、不合理ではないと判断をしました。
また、メトロコマース事件では、正社員には退職金の支給があるが、契約社員B(契約社員の区分はAとBがある)にはその支給がないことについて、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対してのみ、退職金を支給することは不合理でないとしました。
こちらについては、
・売店の販売業務という点では同じであるが、正社員には他者に欠勤等があった場合、代わって早番や遅番に入る代理業務があり、また、エリアマネージャーとしての業務がある(上記⑴業務の内容と⑵責任の程度の判断)
・正社員には配置転換があるが、契約社員Bは勤務場所の変更はあっても業務内容が変わることはない(上記⑶職務の内容・配置変更の範囲の判断)
・売店業務に従事する正社員は関連会社の再編や契約社員Bからの正社員登用であり、他の部署に配置転換するのは困難という特殊性がある(上記⑷その他の事情の判断)
・契約社員Bから契約社員A、そして正社員への登用制度があり、かなりの数の登用実績がある(上記⑷その他の事情の判断)
を考慮して、不合理ではないと判断しました。
以上から考えて、賞与や退職金はその性質から現段階の職務が同じであるというだけの判断ではなく、もっと大きな雇用の構造も考慮に入れて判断することを最高裁判所は示したと考えます。つまり、上記⑷の「その他の事情」が大きく考慮されるということです。
賞与や退職金は長期視点における企業の採用戦略と密接に関連してくることから考えれば、これは至極当然のことといえます。例えば、退職金は優秀な人材を確保するために有効な手段と考えられること。また、金額が高額となりその原資を用意するのは、今日明日で簡単にできることではないこともあげられます。
さらに、同一労働同一賃金の概念が法制度となってから日が浅いことも表立った理由にはなっていませんが、関連しているのではないかと考えます。そのことは、メトロコマース事件の判決につけられた林景一裁判官の補足意見からも読んで取ることができます。
林景一裁判官は、「有期契約労働者と比較対象になる無期契約労働者の間に退職金に係る労働条件に相違を設けることが不合理となる場合もあり得るとしながらも、退職金制度を持続的に運用していくためには、その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから、退職金制度の在り方は、社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右される」として、退職金制度の構築は使用者の裁量の余地が大きいとしています。
その一方で、近年の法律に合わせて、「有期契約労働者には、企業型確定拠出年金制度を導入したり、労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めている」と、その解決策の方向性を指し示しています。これは、将来にわたって今回の判決のような判断枠組みが有効になり得ないというメッセージでもあろうと私は考えます。
日本郵便事件の判決内容
他方、15日に判決が出された日本郵便に関係する3つの判決は、非正規労働者に各種手当が支給されないのは不合理として、支給すべきであるという判断が下されました。
13日の判決と対照的な感じもしますが、その手当の性質等を読み取っていくと、そこには一貫したメッセージが感じられます。
日本郵便で不合理とされた手当や休暇も、⑴業務の内容、⑵責任の程度、⑶職務の内容・配置変更の範囲、⑷その他の事情の4つの要素を検討し、通常の労働者と非正規労働者の労働条件の差に説明がつかないものを不合理としています。例えば、扶養手当は、通常の労働者でも非正規労働者でも、扶養する家族がいるとすれば、その事実は、雇用形態に関係なく変わりません。年末年始手当でいえば、年末年始に働くという事実は、通常の労働者であっても非正規労働者であっても変わりがありません。つまり、業務の内容や責任の度合い、職務の内容・配置変更の範囲などに大差がない場合に、その他の事情を考慮する余地がないということです。
これらは、2018年に判決の出ている、ハマキョウレックス事件や長澤運輸事件においても、同じような考えで、通勤手当や無事故手当などが非正規労働者に支給されていないことが不合理とされています。これも、通勤は正規労働者であろうが非正規労働者であろうが同様にあるものですし、無事故であることは正規労働者であろうが非正規労働者であろうが求められるからです。
まとめますと、賞与や退職金は非正規労働者に支給しなくても違法にはならない、扶養手当や年末年始手当は支給しないと違法になるという単純な話ではありません。上記のような早合点をする方は少ないと思いますが、念のために記しておきます。
繰り返しになりますが、⑴業務の内容、⑵責任の程度、⑶職務の内容・配置変更の範囲、⑷その他の事情の4つの要素で待遇差が説明できるのかが重要な鍵となってきます。しかし、そうはいっても、この差を機械的に判断することはできません。
その中でも、その他の事情をどうとらえ、どう判断するのかが重要になってきます。
判決を踏まえた今後の対応
私自身は、この判決が出たからといって、今までの企業の対応が大きく変わるとは考えていません。
「非正規労働者と正規の労働者が実質的に同じではないか」といわれないように、職務の範囲や責任、職務の内容・配置転換の範囲などを明確にしておくことが引き続き重要です。
そして、その時に大事な視点は、非正規労働者から何か言われても「言い訳できるように」という消極的な発想で、理屈をこねくり回すような論理展開をするのではなく、真に自社のビジネスの構造、それに紐づく人事の構造を考え、場合によっては大幅に人事施策を見直す、という王道でいくべきです。
判断に迷ったら「良心」を基準に
それでは、⑴業務の内容、⑵責任の程度、⑶職務の内容・配置変更の範囲、⑷その他の事情の4つの要素について、何を判断基準にすればいいのでしょうか。
実務上はここが一番大事なところになります。
同一労働同一賃金の具体的な判断場面では、「こうすればいい」という機械的に仕分けれるマニュアルのようなものは存在しません。
このような時は、最初に「良心」を判断の基準に持ってくることが大切だと考えます。実は、同一労働同一賃金に限らず、人事労務の現場全体にこのことはいえます。
人事労務の現場は、具体的な判断基準がないことは珍しくありません。
過去の判例などは参考にはなりますが、その判例の前提条件が自社と全く同じということはありません。したがって、判例が絶対唯一の回答にはなりません。そんな時は、「良心」を基準に物事を考えていくと、解決策が自然と収まるところに収まっていきます。
最高裁の判決を受けて、私は「人事労務は良心なんだ」という思いを深めました。社会が成熟していくほどに、「心」の重要性が相対的に上がっていくのだと確信しました。
同一労働同一賃金の問題でいけば、必要以上に人を安く使おうという動機が働いたり、企業側の都合のいいように人を使おうという動機が働くと正しい判断ができなくなります。
企業は営利を追求するところですから、経費の削減等を追求するのは当然のことです。しかし、ここに良心を挟むと、それが行きすぎなのかどうなのかがおぼろげながら浮かび上がってきます。その感覚を信じて判断するのが結局のところ一番正しいと考えます。
そして、それが見えない時は、人事部門も積極的に現場に出ることが大事です。現場で働いている方との対話が大事です。そのような丁寧な対応が良心を引き出してきます。
あるラーメンチェーン店の話です。その会社では、人事部員も1日10分でもいいからどんなに忙しくても、本社1階にある店頭で接客するそうです。人事部の方が「そうしないと現場の感覚を忘れた人事になる」とお話しされていたのが印象的でした。
ちなみに、良心とは「良い心」という意味ではなく、本当は、「人間が持つ本来の心」という意味だそうです。頭で考える損得を脇に置いた時に、人間の心に湧き上がってくる「本当はこうしたほうがいいんだよな」「本当はこうしないほうがいいんだよな」という感覚です。つまり、どうしたらいいか本当は人は知っている。人間は本来そういうバランスの取れた判断基準を生まれながらにして持っているということです。
この感覚で見ていった時に、この手当は待遇差をつけるべきか、つけるとしたらどのくらいの待遇差が妥当なのかが浮かび上がってきます。それを原点に形にしていく。前述のメトロコマース事件での林景一裁判官の意見は、それを司法という中で言葉にしたものだと私は受け取っています。
下田 直人(しもだ なおと)
ドリームサポート社会保険労務士法人社員/特定社会保険労務士
1974年生まれ。大学卒業後一般企業を経て2002年に独立開業。当時は、まったく重要視されていなかった就業規則を戦略的に使用することを提唱し、全国に多くのクライアントを抱える。その後、コーチング、ファシリテーションのスキルを習得し、幸せな会社、やりがいを感じる会社づくりのお手伝いをメインの仕事として、企業研修や経営者のディスカッションパートナー、企業の労務顧問を行っている。近著『人が集まる会社 人が逃げ出す会社』(講談社)『「就業規則の神様」が明かす 幸せな会社の社長が大切にしていること』(大和出版)。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
#10 派遣労働者の同一労働同一賃金――労働者派遣事業の令和3年度の「労使協定方式」に関する通達について
いわゆる派遣労働者の同一労働同一賃金が令和2年4月に施行され、来年で2年目を迎えます。10回目となる今回の連載では、令和3年度に適用される新型コロナウイルス感染症による特例について、厚生労働省の通達をもとにドリームサポート社会保険労務士法人社員・特定社会保険労務士の下田直人さんが解説します。
新型コロナウイルス感染拡大による特例
いわゆる派遣労働者の同一労働同一賃金の問題として、労働者派遣を事業とする企業や派遣労働者を受け入れている企業は、この春までに派遣労働者の公平な待遇の確保に向けた対応が迫られていました。
多くの企業では、労使協定による待遇の確保(以下「労使協定方式」)により、派遣労働者の待遇を確保したのではないかと思います。
この労使協定方式の場合は、派遣労働者の賃金の決定の方法を労使協定に定めることとされ、当該方法については、「派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の平均的な賃金(以下「一般賃金」)の額として厚生労働省令で定めるものと同等以上の賃金の額となる」ことが必要とされています。その一般賃金については、直近の統計調査等の結果等を踏まえ、毎年更新されることになっています。
令和3年度に向けて、今年の統計調査結果が発表されたわけですが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う労働市場への影響等を踏まえ、特例的な取り扱いを認める通達が出されました。
厚生労働省ホームページ▶厚生労働省職業安定局長通達
今回は、その通達について紹介します。
労使協定方式とは
そもそも労使協定方式とは何かを確認しましょう。
「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」では、派遣労働者の待遇の確保について、2つの方式が認められています。
その一つが、派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案して賃金決定する方式です。その方式を「派遣先均等・均衡方式」といいます。
それに対して、派遣元従業員の過半数を代表する者との協定により、派遣労働者の待遇を決定していくことも可能です。これを「労使協定方式」といいます。
この「労使協定方式」を採用する場合は、以下のことについて協定内に定める必要があります。
① 労使協定の対象となる派遣労働者の範囲
②賃金の決定方法(次のア及びイに該当するものに限る)
ア 派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般賃金の額と同等以上の賃金額となるもの
イ 派遣労働者の職務の内容、成果、意欲、能力又は経験等の向上があった場合に賃金が改善されるもの
③派遣労働者の職務の内容、成果、意欲、能力又は経験等を公正に評価して賃金を決定すること
④労使協定の対象とならない待遇及び賃金を除く待遇の決定方法
⑤派遣労働者に対して段階的・計画的な教育訓練を実施すること
⑥その他の事項
・有効期間(2年以内が望ましい)
・労使協定の対象となる派遣労働者の範囲を派遣労働者の一部に限定する場合は、その理由
・特段の事情がない限り、一の労働契約の期間中に派遣先の変更を理由として、協定の対象となる派遣労働者であるか否かを変えようとしないこと
例外的な取り扱いが認められる条件
前述のとおり、労使協定の中で定めなければならない一般賃金の額については、毎年最新のものが厚生労働省より提示され、その額を下回ることはできないのが原則ですが、令和3年度については、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う労働市場への影響等を踏まえて、例外的な取り扱いが認められます。
その例外的な取り扱いというのは、以下⑴~⑷の条件をクリアすれば、令和2年度の一般賃金の額をそのまま用いることができるというものです。
⑴ 派遣労働者の雇用維持・確保を図ることを目的とするものであって、その旨が労使協定に明記されていること
⑵ 労使協定を締結した事業所及び当該事業所の特定の職種・地域において、労使協定締結時点で新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、事業活動の指標(職種・地域別)が現に影響を受けており、かつ当該影響が今後も見込まれるものであること等を具体的に示し、労使で十分に議論を行うこと
これについては、厚生労働省は一例として次のようなことを示しています。
・「労使協定を締結した事業所において、労使協定締結時点で、雇用調整助成金の要件(事業活動を示す指標が5%以上減少)を満たしていること」など、新型コロナウイルス感染症の影響による事業所全体の事業の縮小状況
・特定の職種・地域において
「労働者派遣契約数が、令和2年1月24日以降、継続的に減少していること」
「労働者派遣契約数が、対前年同月比で継続的に減少していること」
「新規の労働者派遣契約数が、対前年同月比で継続的に減少していること」
などの職種・地域別のこれまでの事業活動を示す指標の動向
・上記を踏まえた令和3年度中の労働者派遣契約数等への影響の見込み
⑶ 労使協定に、例外的取り扱いを行う旨及びその理由を明確に記載していること。理由については、⑴の目的及び⑵の要件で検討した指標を用いた具体的な影響等を記載することとし、主観的・抽象的な理由のみは認められないこと
⑷ ⑴の要件に係る派遣労働者の雇用維持・確保を図るために講じる対応策、⑵の要件に該当する根拠書類、例外的取り扱いの対象労働者数等を、事業報告書提出時に都道府県労働局に提出すること
実務上の注意点
実務上は、反対のことも想定されます。つまり、令和3年度通達の一般賃金の額が、前年度適用の一般賃金の額より下がった場合です。この場合、協定対象派遣労働者の賃金を引き下げることができるのか否かといったことが疑問に上がると思われます。
これについて、厚生労働省は、「労使協定方式に関するQ&A【第3集】」にて、「一般賃金の額が下がったことをもって、協定対象派遣労働者の待遇を引き下げる対応は望ましくなく、見直し前の労使協定に定める協定対象労働者の賃金の額を基礎として、協定対象派遣労働者の公正な待遇の確保について労使で十分に議論することが望まれる」としています。
つまり、それだけをもって、賃金の額を下げることはできませんが、してはいけないということでもありません。十分に労使で話し合いをして結論を出すこととしているのです。
これは、労使共々、自分の主張だけを押し通すのではなく、誠実に話し合い落とし所を見つけなさいということです。私は、前回の同一労働同一賃金の裁判の結果からも、社会の成熟に伴い、裁判や行政が判断するのではなく、お互いがお互いの立場、事情を理解し合いながら誠実に話し合いをして結論を導くことが労務の現場でもより一層求められてきている世の中になっていると感じています。
下田 直人(しもだ なおと)
ドリームサポート社会保険労務士法人社員/特定社会保険労務士
1974年生まれ。大学卒業後一般企業を経て2002年に独立開業。当時は、まったく重要視されていなかった就業規則を戦略的に使用することを提唱し、全国に多くのクライアントを抱える。その後、コーチング、ファシリテーションのスキルを習得し、幸せな会社、やりがいを感じる会社づくりのお手伝いをメインの仕事として、企業研修や経営者のディスカッションパートナー、企業の労務顧問を行っている。近著『人が集まる会社 人が逃げ出す会社』(講談社)『「就業規則の神様」が明かす 幸せな会社の社長が大切にしていること』(大和出版)。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。