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#17 積立金の役割――米国の場合

「数理の目レトロスペクティブ」は、『月刊 年金時代』(社会保険研究所発行)に掲載された「数理の目」(坂本純一著)に、必要に応じて加筆・修正を加え、著者自身が今の視点でコメントを加えた企画です。

(年金時代編集部)

 公的年金における積立金の話を続けよう。

 積立金保有国は、わが国のほかに、アメリカ、カナダ、スウェーデン、ノルウェー、韓国などがある。それぞれの積立金はその国のGDPに対し相当規模の金額になるので、運用の原則の確立に各国とも努力している。

 そうしたなかで極めてユニークな運用原則を採用しているのがアメリカである。他の国々は資本市場で積立金を運用しているのに対し、アメリカだけは資本市場での運用を行わないことを原則としている。公的年金の積立金のような連邦政府の資金が民間の資本市場で影響力を持つのは市場を歪める源になって良くないという考え方に立ち、このような制約を課している。

 具体的には、保険料から給付等の費用を除いた「余裕金」は市場性のない国債、もしくは財務省の借用証書で運用される。社会保障信託基金は余裕金を財務省に渡す代わりに、市場性のない国債、もしくは財務省の借用証書を手に入れるわけである。

 財務省はこうして得られた現金を一般会計に組み入れ、予算の財源として費消してしまう。すなわち、アメリカの公的年金の積立金は、一般会計への貸付になっており、一般会計からクーポンや満期償還金の支払いの約束をされている状態になっているにすぎない。

 アメリカの基本的な考え方はひとつの検討すべき命題と言えるのかもしれないが、現実には近い将来に問題が起きる可能性がある。2008年の社会保障信託基金理事会による財政報告書によれば、2017年に歳出が社会保障税(保険料)収入を上回り、保険料のほかにクーポンを歳出に充てなければ給付が行えない見通しとなっている。

 さらに、そのうちに元本の取り崩しも始まり、2041年には積立金が枯渇する見通しとなっている。クーポンを歳出に充てるということは、一般会計がそれだけの現金を用意して社会保障信託基金に渡さなければならないことを意味し、元本を取り崩すということは、満期を迎えた国債や借用証書に対し満期償還金を一般会計が用意して、社会保障信託基金に渡さなければならないことを意味している。この規模は2017年で237億ドル、2020年で1,068億ドル、2030年で4,714億ドルと急激に増加することが見通されている。

 アメリカ財務省はこの事実に危機感を抱いており、自ら率先して公的年金改革の提言を行うべく、論点整理メモを2007年9月から連載で公表している。アメリカがこの事態をどのように解決していくのか、注目されるところである。

 しかしながらアメリカがなぜこのような仕組みを導入したのかは明らかではない。理念的考え方があっても、現実に起こりうる問題は比較的容易に予見できたと思われる。このような大胆な仕組みはアメリカのダイナミズムであると同時に、市場原理主義と同様、時として観念的な実験をしてしまうという問題点の発露であるとも言えるのではなかろうか。

[初出『月刊 年金時代』2008年10月号(社会保険研究所発行)]


【今の著者・坂本純一さんが一言コメント】

 アメリカのOASDI制度は、2021年に積立金の取崩しが始まった。2022年の財政報告書では、これからも毎年取崩しが継続する見通しとなっている。2010年に利子収入を用いて支出に充てる状況が始まったので、13年目で保険料収入と利子収入、および年金課税相当額の一般会計からの年金勘定への還元による収入だけでは支出を賄うことができなくなったことになる。船後正道先生(故人)が年金数理部会長をしておられた頃、「公的年金制度において利子収入を支出に充てるようになると、割と早く積立金の取崩しが始まる」と言っておられたのを思い出す。

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