居酒屋ねんきん談義|#7 第15回年金部会「社会保障審議会年金部会における議論の整理」を巡って その3
まちがったことを言う人には、きちんと反論しておくことが大切
権丈:年金って、ほんっと、実にくだらない話がいろいろとあったわけでして、むかしは債務超過600兆円だとか年金が破綻しているというバカバカしい話をつぶすのに、ぼくたちはずいぶんと時間を費やされました。堀勝洋先生が今年1月に「執筆活動もこの辺で終えるべきときがきた」と書かれてまとめられた最終論文*の最後の文章は「筆者はトンデモ論にかかわり過ぎたことに対し若干の悔いは残る…」でした。堀先生の、この空しく残念なお気持ちを最も理解できるのは、おそらく私だと思います。堀先生も論じられているように、トンデモ論は「泡と消え」、いまようやく前向きに議論することができる環境になってきました。
出口:年金が破綻するとか、積立方式のほうがいいとかいう、世界のどこにもない非常識な議論を、日本ではまだ言っている人が何人かいますが、以前に比べると、だいぶ消えてきましたね。ぼくは、これには日本のアカデミズムの体質が深くからんでおり、年金のことを正しく理解していない素人が何を言ってもほうっておくという体質がフェイクニュースの根源になっているのではないかと思っています。だから、これはフィクションで、ファクトとは違うのだと指摘する義務が学者にはあるわけです。もっと言えば、そういうまちがったことを言う人に対しては名指しで、この人が言っていることはここがおかしいと、ちゃんとメディアも含めて指摘しなければいけません。それをやっておかないと、いつまでたっても、フェイクニュースがはびこることになってしまいます。だからもっとアカデミズムが社会の前面に出て、おかしなことを言うフェイクな論客がいたら、一人ひとりつぶしていく努力が必要です。
権丈:うーん。残念ながら、年金については、フェイクニュースの震源はほとんどが学者だったんですよね*1。2004年に、当時一橋にいた高山憲之さんが、公的年金バランスシート論とか言うのを唱え始め、日本の年金には数百兆円もの超過債務があると言い始めたとき、ぼくはある学会で彼に直接おかしいですよと言いましたら、自分は忙しいのだから意味のある質問とそうでないのを見分けて答えるとおっしゃられたので*2、彼のバランスシート批判を文章に書いてホームページで公開し、こういうのを書きましたとメールで高山さんに送ったんですよね*3。
すると、いま、出口さんがおっしゃったことと同じ話がぼくの文章の読者からメールで送られてきました*4。
日本で年金論がここまでおかしくなったのは、おっしゃるように、学会の責任なんですよね。ぼくはずっと年金学会を敬遠してたのですけど、平成26年財政検証の後の学会主催のシンポジウムの内容を雑誌で見て、登壇者たちが、坂本さんを除いてオプション試算の意義をまったく理解していない様子があまりにもひどかったので、翌年入会しました。いまは坂本さんたちといっしょに幹事をやっていて、ことし出る年金学会40周年記念論文集で、巻頭の「公的年金制度を取り巻く環境と課題」を書きます。
いまの日本年金学会は、代替わりも進んでものすごく風通しが良くって明るくて、年金学会が日本で一番、財政検証のオプション試算の重要性を言ってくれていますよね、坂本さん。
坂本:年金学会のこれまでの変遷を思い起こしますと、社会保障の草創期に活躍された世代がおられた時期から、徐々に次の世代に移るにつれて、個人の主張が強調されるようになりました。しかし、その主張は過去の議論を踏まえない主張が多く、現行制度のここがおかしいというときには、現行制度がそのようになっているベースの議論を踏まえないで、単に好事家的に主張される議論が多くなってきたという印象があります。権丈さんがいつか言っておられましたように、年金制度は議論を積み重ねて形成されてきた制度であるので、現行制度に対するアンチテーゼを主張するのは自由ですが、現行制度がよって立っている議論について検証をしたうえでアンチテーゼを述べるのが筋論でしょう。そのような議論のかたちがいまは形成されつつあるというのが、わたしの感想です。そのような年金学会の雰囲気のなかで、オプション試算は確かに大きくズームアップされて議論の素材に使われていると言えるでしょう。
権丈:一昨年の2018年10月の年金学会総会時のシンポジウムのテーマは「2019年財政検証に向けて」で、「居酒屋ねんきん談義」にこれまでご来客された、藤森克彦さん、玉木伸介さん、そして、あのシンポジウム当日に、いまや、高齢期の目指すべき所得保障システムとして超有名になった「WPP(Work longer Private Pensions Public Pensions)」を提案した谷内陽一さんに、坂本さんも総出演されて、ぼくはモデレーターとして、学会当日に次のスライドをまとめて会場に示し、ご異論ございませんかと問うた後に数時間会場も交えて議論して、当日のシンポジウムの提言としてまとめ、翌年の財政検証に向けて年金学会から、こういうオプション試算をするべきではないかと要望したんですよね*。あの日の登壇者は、いまは、全員、年金学会幹事ですから、年金界、ずいぶんと明るくなってますよね(笑)。
坂本:そういえばそうなっていますね。とにかく、このような地に足の着いた議論を積み重ねていく規律が定着していくことを祈っています。年金制度はほんとうにもろい制度で、風評だけでおかしくなります。それを避けるためにも、この明るさは必要ですね。
出口:これは本当にあった話なのですが、時代小説をたくさん書いている有名な作家がいるのですが、その人と対談したときに、本能寺は光秀の出来心ではないか、徳川政権ができたのは単に家康が長生きしたからではないかと話したのです。そうしたら、その作家がなんと答えたかというと、ぼくもいろいろ資料を読んでそう思わないわけではありません。でも、それでは本が売れないのです、と。ものすごく正直で、いい人なのだと思いましたが、作家や小説家ならまだしも、学者としての良心をひとかけらでも持っていたら、事実に反したことを言ってはいけません。だから、まちがいを指摘することはものすごく大事なことだと思いますね。しかし、いまだに講演会などで、年金制度が破綻すると思う人は手を挙げてと言うと、6割前後の人が手を挙げます。市民のなかには、いまだに年金は破綻すると思い込んでいる人が多いのですね。
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