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#4 「こども保険構想」について

香取 照幸(かとり てるゆき)/上智大学総合人間科学部教授、一般社団法人未来研究所臥龍代表理事

※この記事は、2017年7月2日に「Web年金時代」に掲載されたものです。

みなさんこんにちは。日本では「こども保険」の話が結構盛り上がっていると聞きました。自民党の若手議員の提言がきっかけとの由。いよいよ少子化対策が永田町・霞が関の政策論議の中心的な話題になってきたようで、実に喜ばしいことです。で、「こども保険構想」についても、いろんな人からコメントを求められました。正直な話、つい最近までこの分野の現役局長だった身としては、自分のしてきた(できなかった?)仕事の通信簿を自分で書くような話になって非常にコメントがしづらい(笑)のですが、まあせっかくなので、「こども保険構想」に限らず、「少子化対策」全体について、みなさんに考えてほしい論点、議論してほしいポイントについて、少しコメントしたいと思います。なお、毎回のことですが、内容はすべて筆者個人の見解です。外務省とも厚労省とも在アゼルバイジャン日本大使館とも関係はありません。

まずはじめに――こども保険構想は昔からあった

こども保険構想―育児保険構想―というのは実は昔からあって、これまでもいろんな人が提言してきています。かつて公明党の政策提言にもありましたし、元経済財政諮問会議有識者委員だった八代尚宏さんも提言されたことがあります。

制度設計や給付の考え方はそれぞれに違いますが、共通していることは、施策遂行に必要な財源を公費だけに求めるのではなく、広く企業や個人の拠出—社会的な拠出—に求める、その手法として「保険」という手法を使おう、ということです。

実は旧厚生省でも、この「少子化対策に必要な給付の財源を社会的拠出に求める」という構想は昔からありました。

90年代、政権の枠組みが目まぐるしく変わった「政治改革の時代」、当時の自社さ政権から自自公・自公政権へと政権の枠組みが変わっていく過程で、児童手当の拡充が大きな政治課題になったことがありました。

当時の公明党が与党として政権に参画する際の政権合意の中に、児童手当制度の拡充が合意事項として盛り込まれたのです。

児童手当制度は、昭和48年の制度発足当時、被用者家族に給付される児童手当財源の7割は企業拠出によって賄われていました。当時の「児童福祉」施策の中で、公費以外の財源が入っている唯一の制度が児童手当制度でした。

当時厚生省では、児童家庭局を中心に、介護保険に続く、「一元的な少子化対策の構築」の必要性が議論されていて、児童手当制度のスキームを拡充して、保育サービスや一時保育など子育て支援にかかる現物給付を一体的に組み込んだ「一元的・包括的子育て支援給付制度」を構築する、という構想が議論されていました。

結局この構想は実現するに至ることはなく、児童手当は税制改革(扶養控除の縮小)による財源捻出を行なって公費による給付拡充を行う、という形で決着しました。

当時私は児童家庭局児童手当管理室長としてこの時の制度改正(政策議論)に関わっていました。もしこの構想が実現していたら、「介護の社会化」に続いて「子育て(保育)の社会化」が実現していたことになり、世の中もうちょっと違っていたかもしれません(笑)。

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