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謎の新興国アゼルバイジャンから|#22 ノヴルズ祭―春を告げる平和な祭りとそれを支える「社会の安定」

香取 照幸(かとり てるゆき)/アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使(原稿執筆当時)

※この記事は2018年4月17日に「Web年金時代」に掲載されました。


みなさんこんにちは。
本稿は外務省ともアゼルバイジャン大使館とも一切関係がありません。全て筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等は全て編集部経由で筆者個人にお寄せ下さい。どうぞよろしくお願いします。

アゼルバイジャン最大の祝祭ノヴルズ

前回お話ししたように、ここアゼルバイジャンでは、3月下旬に「ノヴルズ Novruz」という大きなお祭りがあります。今年は3月19日から26日までの1週間、官公庁も職場も学校もお休みとなり、国中でノヴルズを祝う行事が行われました。
「ノヴルズ」とはペルシャ語で「新しい日=新年」という意味だそうで、春の到来=新年を祝う祭りです。古代ペルシア・ゾロアスター教に起源のある3,000年以上の歴史のあるお祭りで、2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されています。
アゼルバイジャンだけでなくイランや中央アジア各国でも祝われており、アゼルバイジャンでは一年間を通じて最大の祝祭日です。

人類は古今東西、寒い冬が明けて春になるのを待ちわびて暮らしてきました。春は草木が芽吹き、動物に新しい命が産まれる「復活と再生」の時でもあります。
中国の「春節」、キリスト教世界の「復活祭Pâques (Easter)」、日本の旧正月、春=新年を祝う祭りというのは世界中にありますよね。
(ちなみに復活祭は旧約聖書時代の「過越の祭り」を雛形とした祝日ですが、英語(Easter)の語源はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」に由来しているそうです)

この時期になると、どこの家庭でも、緑の植栽(小麦の若穂)や色とりどりのお菓子を用意してノヴルズを祝います。

こんな感じの飾り付けです。手前の平行四辺形のお菓子は「Pafurava」という菓子。
トルコや中央アジアにもあるこの地域の伝統的なお菓子。ものすごく甘いです。


伝統衣装で着飾ったカップル2組(すてきな写真でしょ!)。

この時期、外国からも多くの観光客がバクーを訪れますが、一番多いのはイランからの観光客なんだそうです。もちろんイランでもこの時期はノヴルズで休日になるということがありますが、アゼルバイジャン人に言わせると「イランは戒律が厳しくて息苦しいからね、みんなここに来て息抜きするんだよ。イランじゃお酒はもちろん飲めないし、女性が彼氏と腕組んで歩くのだって難しいだろ」とのこと。確かにこの時期、街には一見してイラン人とわかる観光客(家族連れ、カップル)をたくさん見かけました。

谷口参与はアゼルバイジャンを「創業オーナー企業のような国」と評す

さて。平和なお祭りのお話の後は仕事の話です。
ノヴルズ祭前の3月上旬、谷口智彦内閣官房参与が南コーカサス3国歴訪最後の訪問地として当地を訪問されました。有識者が日本の外交政策について海外で講演を行い、日本と日本外交に対する諸外国の理解を深める、という国の事業の一環です。

ご存知の方も多いと思いますが、谷口参与は現在慶応大学教授、日経ビジネスの記者を長く務め、その後外務省の副報道官を経験されました。その幅広い国際経験と卓越した知見を買われ、官邸にあって総理の「地球儀外交」を支える内閣官房参与(国際広報担当)としてご活躍されています。官邸に詳しい記者たちの話では、多くの安倍総理の外交スピーチは参与が書かれているらしい(まさに「国際広報担当」!)とのこと。

実質1日半の短い滞在期間でしたが、谷口参与はアリエフ大統領・アリエヴァ第一副大統領との会談、シンクタンク・大学での講義、メディアインタビューなど、多くの公務を精力的にこなされました。

谷口参与の訪問は、「日本の安倍総理の側近にして外交政策アドバイザーの訪問」ということで当地でも大きく報道されました。誌面の制約もあり、当地での報道ぶりの詳細については在アゼルバイジャン日本大使館FBでの紹介に譲るとして、本稿では、今回の参与訪問、特に政府要人との会談の中で私が感じたことをいくつかお話ししたいと思います。
https://www.facebook.com/pg/JapanEmb.Azerbaijan/posts/
(在アゼルバイジャン日本国大使館Facebookページ)

アリエフ大統領との会談は大統領の離宮で行われ、通訳を介さず当初の予定を大幅に上回る30分以上の会談となりました。

アリエフ大統領との会談。大統領の奥にいるのはママドフ大統領府副長官。
大統領の会談には必ず同席する側近中の側近です。
フランス留学経験があり流暢なフランス語を話します。
動画(報道)は以下のリンクを参照下さい。https://video.azertag.az/video/61351

会談の中でアリエフ大統領は「わが国は歴史的にも地政学的にも東西文化の交差点にある国であり、多くの民族、多くの宗教、多くの文化が共存するわが国は、『多様性と寛容』を社会の基本的価値においてきた。わが国はイスラム世界最初の共和国であり、西欧諸国に先駆けて女性参政権を認めたのもわが国である(注:第5回連載でも述べましたが、ロシア革命直後の1918年にアゼルバイジャンは短期間ですが独立を果たし「共和国」を建国しました。女性参政権(選挙権・被選挙権)も同年この共和国で実現しています)。しかるに今日、わが国を取り巻く国際情勢は緊張(tension)に満ちている。大国に囲まれ、緊張の輪の中にあるこの小国で一番重要なのは社会の安定(stability)ということだ。社会の安定なくしては『独立』も『経済の発展』も『多様性と寛容の実現』も望めない。自分が最も腐心しているのはそのことだ」と話されました。

この話は本連載でも何回も言及しているので読者各位はご理解いただけていると思いますが、一方で内政面では「権威主義的政治体制」「政治的自由の制限」「人権抑圧」を繰り返し西欧諸国から批判されているアゼルバイジャンですが、他方で中東・コーカサス地域にあって例外的とも言える政治的安定と経済発展を遂げている国でもあり、同時にイスラム原理主義の嵐が吹き荒れるイスラム社会にあって、アゼルバイジャンはこれまた例外的とも言える「孤高の世俗国家」であり続けています(誤解を恐れずに言えば、ISISなどのイスラム原理主義者から見たらこの国は「西欧文明に毒され、信仰心を失い、イスラムの教えを忘れた堕落しきった破戒国家」ということになるでしょう)。

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