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数理の目レトロスペクティブ|#2 和算と洋算

坂本 純一(さかもと じゅんいち)/(公財)年金シニアプラン総合研究機構特別招聘研究員

 平成16年の年金改革はマクロ経済スライドの導入で特徴付けられる。同じ年、ドイツでも年金改革が行われ、マクロ経済スライドと酷似したスライド調整措置が導入された。今回はこの点を眺めてみたいと思う。

 わが国の改革では、少子高齢化が限りなく進行するので、どこまでも保険料が上がり続けるのではないかという不安を払拭することがテーマのひとつだった。このため、例えば厚生年金の場合、保険料率を毎年少しずつ引上げ、平成29年以降は18.3%で固定することを法定した。しかしこの措置だけでは年金財政が均衡しない。このため年金額のスライドを少しずつ抑制しながら支出の伸びを抑え、財政の均衡を図る措置が導入された。この財政が均衡するまでスライドを少しずつ抑制する措置がマクロ経済スライドで、給付を支える力が弱まる時、その分だけ給付の伸びを抑えるという考え方である。給付を支える力が弱まる主なケースは、現役被保険者数が減少する時や、支給開始年齢以降の平均余命が伸長する時である。そのため、通常のスライド率から公的年金の被保険者数の減少率と65歳における平均余命の伸び率だけ減じた率でスライドを行う方法が考案された。

 一方、2004年のドイツの年金改革では持続可能係数という率が導入され、通常の賃金スライド率に持続可能係数を乗じた少ない率でスライドを行い、給付費の伸びを抑制することとされた。ドイツも少子高齢化に伴う保険料率の上昇を抑えようとしていたのである。

 ドイツの考え方はこうだ。ある年の給付に必要な保険料率は、その年の給付費をその年の報酬総額で割った比率で表すことができる。これを総合費用率と呼んでいるが、年金額が賃金スライドされる場合、総合費用率は受給者数の被保険者数に対する割合、すなわち成熟度に比例する。総合費用率を一定にしようとすれば、成熟度の増加割合だけ賃金スライドを圧縮すればよい。ドイツはこの点に着目して、成熟度の増加割合の全部または一部を賃金スライドの圧縮に反映することとした。この圧縮率が持続可能係数である。

 ところが成熟度の増加率は、受給者数の伸び率と被保険者数の減少率を合わせたものに等しい。受給者数の伸び率は、新規裁定者数の伸び率と支給開始年齢後の平均余命の伸び率を合わせたものに等しいから、持続可能係数は新規裁定者数の伸び率と平均余命の伸び率と被保険者数の減少率を合わせた分だけ圧縮するものとなる。新規裁定者数の伸び率以外はマクロ経済スライドによる調整率と同じだ。

 時期と内容がこのように酷似した年金改革が、日独で別々に行われたのは驚嘆に値する。一方で上記のようにわが国の場合、個々の事例からアプローチする帰納的手法であるのに対し、ドイツの場合、必要十分条件を繋ぎ合わせて結論を導く演繹的手法である。ここに和算と洋算の違いを見るようで、更に面白い。
                [初出『月刊 年金時代』2007年7月号]

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