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数理の目レトロスペクティブ|#3 財政を健全に保つには

(公財)年金シニアプラン総合研究機構特別招聘研究員
 坂本 純一(さかもと じゅんいち)
 

 前回からのマクロ経済スライドに関わる話を続けよう。「#2和算と洋算」で、ドイツの2004年改正において導入された持続可能係数によるスライド調整は、マクロ経済スライドに酷似していることに触れたが、この意味で非常に親しみが湧く考え方である。更に導き方が演繹的でいかにもドイツらしい感があることにも触れた。

 マクロ経済スライドも持続可能係数も、1990年代に行われたスウェーデンの年金制度改革からヒントを得たものである。スウェーデンも人口の高齢化に伴う公的年金制度の持続可能性の問題に直面し、政治バトルにならないように年金財政を安定化させる方法を模索した。そこで編み出されたのが、①保険料を財源とする公的年金の給付を老齢年金給付のみとし、その給付は支払った保険料の元利合計(利率は賃金上昇率)を年金化する計算方法で算出する(概念上の拠出建て制度)、②保険料率を固定する、③財政の均衡の定義を変更する、④③の意味での財政が均衡しない場合には③の意味で財政が均衡するようにスライド率や元利合計の利率を削減する(財政の自動均衡措置)、等を柱とする制度改正であった。こうしてみると、わが国のマクロ経済スライドやドイツの持続可能係数は②や④からヒントを得たと言える。

 スウェーデンのこの改革は、斬新な考え方として一部の学者や世銀などの注目を集めた。そして世銀などは、概念上の拠出建て制度と財政の自動均衡措置を今後の年金改革の方向として推奨している。しかしながら公的年金制度はそれぞれの国の置かれている環境の下で微妙に成立している側面がある。スウェーデンの年金改革の③については、財政の均衡の定義を変更した場合に、新しい意味で均衡している財政は従来の意味で均衡しているのか、という問題が残る。それは、それぞれの国の社会経済環境により微妙に違ってくる。

 スウェーデンの場合、出生率が先進国の中では比較的高いことや移民の流入が一定規模期待されるという環境のもとで、従来の意味での財政の均衡を保つことができることを確かめた上でこの改革の実施に踏み切った。しかしながら、わが国のように人口の高齢化が加速的に進むケースでは従来の意味での財政の均衡が保たれない。この点は年金制度の運営の難しい点のひとつであろう。スウェーデンも将来人口構造が微妙に変化して、移民の流入や出生率の低下が長期的に起こる見通しとなった場合には、③による財政均衡の概念を再度修正する必要が出て来るかもしれない。

 わが国でも、ドイツでも、スウェーデンでも、当面起こっているそれぞれの国の環境変化に対し対処できた面はあると言えよう。しかしながら、社会経済環境はこれからも大きく変わることもあり得る。年金財政を健全に保つには、今後もたゆまぬ監視と人智の結集が必要なのであろう。

                [初出『月刊 年金時代』2007年8月号]


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