謎の新興国アゼルバイジャンから|#60 2020年新年雑感(下)
(承前)
当事者として社会に立ち向かう勇気
私がアゼルバイジャンにいるこの3年間に、世界では、ISなどの宗教原理主義者たちのテロ、白人至上主義者など極右集団のテロ、イスラム教徒やユダヤ教徒に対するあからさまな差別、移民排斥、排外主義的・民族主義的イデオロギーの蔓延など、私たちの社会の「寛容」、「多様性」、私の言葉で言えば「民主主義の強さ」が問われる事件が数多く起こりました。
同時に他方では、#Me Too movementやLGBT、人種差別と闘う様々な運動が世界中で展開され、多くの人たちが声を上げました。
一つみなさんに見ていただきたい映像があります。2年ほど前、アメリカ空軍の士官学校(予備校―prep school)で起きたある事件について、士官学校校長が士官学校の全生徒・全教員を前に行った訓示です。
https://www.bbc.com/japanese/video-41466810
事案の発端は、米コロラド州にある空軍士官学校予備校の学生寮で、黒人学生を侮蔑する人種差別的な罵倒が学生の部屋のドアに付いた伝言板に書かれたことです。士官学校校長のジェイ・シルベリア中将は2017年9月28日、士官学校の全校生徒と教職員を集めて、このような振る舞いはまったく受け入れられないと強い調子で訓示をしたのです。
日本語の字幕が付いているのでみなさんも理解できると思いますが、この中で私が大事だと思ったことは、校長が言った以下の言葉です(太字筆者)。
「あのような振る舞いは予備校でも士官学校でも空軍でもあってはならない。諸君は空軍兵としてだけではなく、人間として怒らねばならない」
「君たちはこれは予備校で起こったことで自分たちには関係ないと思っているかもしれない。だとしたらそれは大きな間違いだ。ここは空軍士官学校で、ここではそんなことをする奴はいない、ここはちゃんとしてるからそんなことは起こらない、だからこの話はここでする必要はない、などと思ったとしたら、それはあまりにも愚かでおめでたい考えだ。
この国で起こっている様々なことがこの背景にある、ということに思いが至らないとしたら、君らは鈍感(innocent)に過ぎる」
そう言って、校長はシャーロッツビル事件(*)に言及し、ファーガソン事件(**)に言及し、NFLの抗議行動に言及し、こう続けます。
「我々はこのことを正面から議論しなければならない」
「こういう『許されないhorribleな発言』へのふさわしい反応とは、『もっとましな考え better idea』を返すことだ」
「ここには4000人の生徒諸君がいる。教員を含めれば5500人だ。5500人の集団の力、多様な集団としての力、様々な境遇、様々な地域からあらゆる人種、あらゆる生い立ち、あらゆる性別の人が集まっているこの「多様性の力」、これこそが我々を強くするのだ。狭量でとんでもないhorribleな考えよりもずっとマシな考えだ」
「掲示板にあんなこと書いて我々の価値観を試そうなど、そんな真似は誰にもできない。誰も我々の価値観を奪うことはできないのだ」
そして、彼は自らの訓示をこの言葉で締めくくります。
「どんな性であれ、その性(gender)ゆえに相手を尊敬し尊重できない者、人種の違いや肌の色の違いゆえに他者を尊敬し尊重できない者、たとえどんな形であっても他者を侮辱するような者は、ここから立ち去れ」
校長は、書き込みをした生徒や書き込みの内容そのものを問題にするのではなく、この事件をどう受け止め、どう行動すべきなのかを問うています。
「この事件を他人事として考えてはいけない。諸君自身の価値観が問われているのだ。黙って何も言わないことは許されない。この事件の背景にある様々な問題をきちんと理解し、自分自身に問い、行動しなければならない」と力説し、それができないものは、「この場を去れ」とまで言っているのです。
学校でのいじめ。会社でのセクハラ・パワハラ。ヘイトスピーチ。家庭内暴力。幼児虐待。性犯罪。残念ながら日本でも、基本的人権に関わる事案が頻発しています。
自分の組織でこんなことが起こった時、この校長のように、自らの言葉でこれだけのことを公に語れる管理者、自分自身の問題として考えてなすべきことをしろ、と言える管理者が日本にどれだけいるでしょうか。そしてその管理者を支え共に行動できる(このアメリカ空軍司令部のような)組織はどれだけあるでしょうか。
翻って、日本。
12月、伊藤詩織さんの準強姦事件に関する民事訴訟判決が出されました。合意のない性行為であったという原告の主張が認められ、被告に損害賠償の支払いが命じられました。
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