「打出の小槌はない」(中村秀一)
ミッチー節を思い出す
「打出の小槌はない」とは1978年当時厚生大臣であった故・渡辺美智雄氏が、その演説で繰り返し語ったところである。健保本人の2割負担、3割負担への引上げの際、小泉純一郎氏は厚生大臣、総理大臣であったが、「社会保障の財源は保険料と税と利用者負担しかない」という答弁で、長時間の国会審議を貫き通した。
「負担なくして給付なし」は社会保障の基本である。だが、長らく「55年体制」が続いた戦後の日本の政治においては、野党は常に減税と福祉の充実を求め、必要とする財源については口をつぐんで恥じなかった。
責任ある政党とは
そのような日本から1981年にスウェーデンで勤務することになった。1932年以来44年間政権の座にあった社民党が76年に下野していたが、6年振りに政権に復帰する82年の総選挙をつぶさに観ることができた。
スウェーデンでは公約についてその財源を明示しない政党は信頼されない。当時、同国の国会では5党が議席を有していた。左翼党(他国でいえば共産党)のみが給付増を主張するが財源は言わない政党であり、この党は最低限の支持しか得られていなかった。社会保障の充実を主張する社民党は「大きな政府」を志向する。そのためには当然のように増税を掲げた。
日本においては、ついにそのような社民勢力は出現しなかった。さすがに与党は政権運営に責任を負っており、国民に不評でも給付を行う以上は負担を求めないわけにはいかなかった。それが与党としての矜持であったろう。
現政権では
岸田首相は、首相就任早々にこども予算の倍増を表明した。その後、給付改善については華々しく発信するものの、それに伴う負担については明らかにされていない。この1月に6月の骨太方針で「大枠を示す」としていたが、年末の予算編成まで先送りとなった。
6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」では、「2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しなから、実質的に追加負担を生じさせない」とする。予算を3兆5000億円増やす(給付増)と言いながら、負担増がないということはその分「他の給付」の削減を意味する。
削減対象で想定されるのは医療と介護であり、世代間の対立を招きかねない構図である。物価・賃金の上昇下での診療報酬等の抑制は、副作用大である。利用者負担の増は、国民の私的な負担の増を招く。やはり「打出の小槌はない」のである。
(本コラムは、社会保険旬報2023年7月1日号に掲載されました)