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#16 積立金の役割

「数理の目レトロスペクティブ」は、『月刊 年金時代』(社会保険研究所発行)に掲載された「数理の目」(坂本純一著)に、必要に応じて加筆・修正を加え、著者自身が今の視点でコメントを加えた企画です。

(年金時代編集部)

 公的年金制度は、老齢・障害・遺族という人生における経済リスクに遭遇した人々が困窮化しないように、その時々に生産された財・サービスの一部を分配するルールであることは、これまでもしばしば触れた。その意味で、公的年金制度は基本的に強制的な所得移転の制度であり、その運営で積立金を保有する必然性はない。

 もちろん歳入だけでは給付が賄えないとき、積立金を取り崩せば給付が行えるため保有価値は十分にあるが、仮に企業年金のように積立金を保有しても、それによって、公的年金制度が実現しようとしている所得保障が行えるかどうかは不明という側面がある。事前積立による積立金は約束した金額を支払えても、その金額で一定の生活水準を維持できるかは不明だからである。公的年金制度はその一定の生活水準の維持を保障しようとしている。

 それでは、わが国の公的年金はなぜ積立金を保有するのだろうか。公的年金の積立金はその国の経済・財政と密接に関わるため、理由は年金制度固有の理由に止まらず様々な要素がある。積立金保有の経済効果を見越して、インフラ整備や、「#14 厚生年金の財政運営の特色」で見たように、時にはインフレ抑制政策と関わっていたりする。ノルウェーの公的年金基金にはオイルマネーの国内流通を抑制し、通貨の供給を抑えてインフレを抑制するという機能もあるのだろう。

 そのような多面的な理由があるなか、年金制度の運営から理由を考えると、当初はできるだけ負担が平準的になるようにする目的があったと思われるが、制度が成熟化してきた現在では、制度の円滑な運営のためということが考えられる。

 年金制度を取り巻く社会経済情勢は絶えず変化しており、給付と負担はその変化に合わせて調整していかなければならない。時にはその調整に時間が掛かることがある。そしてその間、定められた保険料収入だけでは給付が賄えないことも起こり得る。そのような事態に立ち至っても、給付が滞りなく支給されるように積立金が保有されているのである。現在(2008年当時)、厚生年金は年間給付費の約5年分の積立金を保有していたが、調整に十分な水準であったろう。ただし、望ましい積立金の水準については様々な角度からの検討が必要である。

 世界の趨勢を見れば積立金をほとんど持たない国が多い。ドイツもそのひとつで、公的年金制度は所得移転の制度という趣旨を徹底している。ドイツでは、1950年代に積立金を取り崩す決定を行ってしばらくは制度が安定的に推移したが、少子高齢化が顕著になり、1980年代後半から本格的な年金改革に取り組むようになった。しかし、不足する財源を一般会計から補填するなど、制度運営は必ずしも安定的と言えない面もある。

 一方で、積立金を増やす決定を行った国も少しずつ出始めた。カナダ・オランダがそうであり、フランスは積立金を保有する運営を検討している。

 厚生年金に大きな積立金が残されており、制度が安定的に運営できるということは、人口構造が比較的若い時期に積み立ててくれた先人の大いなる遺産といえよう。

     [初出『月刊 年金時代』2008年8月号(社会保険研究所発行)]

【今の著者・坂本純一さんが一言コメント】

 前回(#15「厚生年金の財政方式の変遷」)で見たように、公的年金制度の財政運営は基本的に賦課方式で運営するしか方法はない。その時々に生産される財・サービスの一部を受給者に移転する制度だからである。しかしながら、厚生年金保険制度も国民年金制度も積立金を保有している。それは急激な経済変動があっても、また人口構造が急激に高齢化していく場合にも、制度を安定的に運営していくためである。積立金は先人たちが残してくれた大いなる遺産である。

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