#5|遺族年金制度の仕組みと論点
高橋 俊之(たかはし としゆき)/日本総合研究所特任研究員、前厚生労働省年金局長
1.遺族基礎年金の仕組み
⑴遺族基礎年金は子を育てている配偶者又は子に支給される
老齢年金と比べて、遺族年金の仕組みはご存じない方が大多数だと思いますので、まず、その仕組みについて、簡単に説明します。
遺族年金は、死亡した被保険者等によって生計を維持されていた人の生活を保障するための給付です。遺族年金には、定額の遺族基礎年金と報酬比例の遺族厚生年金がありますが、「遺族基礎年金」は、子どもを育てている配偶者や子どもに支給される遺族年金という特徴があります。
一方、「遺族厚生年金」は、遺族基礎年金の受給者への上乗せ給付という役割のほか、子どもを育てていない配偶者等へも支給される遺族年金であり、また、65歳以上の高齢期には、老齢基礎年金の上乗せ給付として、老齢厚生年金を補完して、配偶者を亡くした人の老後生活の保障の役割も果たしており、より広い役割があります。
遺族基礎年金の「支給対象者」は、死亡した人に生計を維持されていた「子のある配偶者」又は「子」です。遺族基礎年金で「子」とは、18歳になった年度の3月31日までの人、又は20歳未満で障害年金の障害等級1級又は2級の状態の人であり、婚姻をしていない人をいいます。
父(又は母)が死亡した場合、母(又は父)と子に遺族基礎年金の受給権が発生しますが、母(又は父)に遺族基礎年金の受給権がある場合は、子の遺族基礎年金は支給停止となります。
また、遺族年金は、死亡した被保険者等によって生計を維持されていた人の生活を保障するための給付ですから、生計維持要件があります。「生計維持要件」は、死亡の当時、死亡した者と生計を同じくしていた者(生計同一)であって、死亡時の前年の年収が850万円未満(所得の場合は655.5万円未満)であることとされています。
この年収850万円という収入要件は、厚生年金の被保険者の上位約10%の年収額を基に定められています。生計維持要件は、受給権の発生要件ですから、著しく高い収入を得ている人以外は、遺族給付の支給対象とするという考え方に基づいています。
⑵支給要件には短期要件と長期要件があり、短期要件には保険料納付要件がある
遺族基礎年金の「支給要件」は、次のいずれかに該当することです。
このうち、①②を短期要件、③を長期要件と呼びます。短期要件の場合は、支給要件に「保険料納付要件」があり、死亡日の前日において、死亡日の属する月の前々月までの被保険者期間について、保険料納付済期間と保険料免除期間をあわせた期間が3分の2以上あることが条件です。ただし、死亡日が2026(令和8)年3月31日までにあるときは、死亡日の前日において、死亡日の属する月の前々月までの直近1年間に保険料の未納がない場合は、特例として条件を満たしたものとなります。なお、この「保険料納付済期間」とは、国民年金の保険料納付済期間、第2号被保険者(厚生年金保険の被保険者)期間、第3号被保険者期間の合計です。
⑶年金額は老齢基礎年金満額と同じであり、子の人数に応じた加算額がある
遺族基礎年金の年金額(2024年度)の年額は、子のある配偶者が受け取るときは、老齢基礎年金満額(816,000円)に、子の加算額を加えた額です。子の加算額は、1人目および2人目の子の加算額は各234,800円で、3人目以降の子の加算額は各78,300円です。
子が受け取るときは、子が1人の場合は、老齢基礎年金満額(816,000円)の額です。子が2人の場合は、2人目の子の加算額234,800円を加えた額です。子が3人以上の場合は、これに3人目以降の子の加算額78,300円を加えた額です。それぞれ、子の数で割った額が、1人あたりの額となります。
2.遺族厚生年金の仕組み
⑴遺族厚生年金の支給対象者には子のない配偶者や父母等も含まれる
遺族厚生年金の支給対象者は、死亡した人に生計を維持されていた次の遺族のうち、最も優先順位の高い人です。(①と②は同順位で最も優先順位が高く、以下、順に低くなる。)
このように、遺族厚生年金の支給対象者は、子のある配偶者と子に限られている遺族基礎年金の支給対象者よりも広くなっています。遺族基礎年金を受給できる遺族は、遺族基礎年金もあわせて受給できます。
「子」や「孫」は、18歳になった年度の3月31日までにある人、又は20歳未満で障害年金の障害等級1級又は2級の状態にある人であり、婚姻をしていない人に限られます。
また、夫については、妻の死亡当時に55歳以上である人に限られますが、その場合でも、受給開始は60歳からです。ただし、子があることにより遺族基礎年金をあわせて受給できる場合は、55歳から60歳の間でも遺族厚生年金を受給できます。父母、祖父母も、死亡当時に55歳以上である人に限られ、受給開始は60歳からです。
一方、夫の死亡当時に子のない30歳未満の妻については、2004(平成16)年の年金制度改正により、5年間のみ受給できる有期給付となっています。なお、遺族基礎年金の受給権を失権した当時30歳未満である妻(夫の死亡当時にいた子がその後いなくなった場合など)も、遺族基礎年金の受給権を失権した時点から5年後までの受給となります。
⑵支給要件には短期要件と長期要件があり、長期要件は高齢期の年金で役割が大きい
遺族厚生年金の「支給要件」は、次のいずれかに該当することです。
このうち、①②③を短期要件、④を長期要件と呼びます。また、短期要件の①②の場合は、遺族基礎年金と同様の「保険料納付要件」を満たすことが必要です。
現役世代で配偶者を亡くした場合の遺族厚生年金は、短期要件が中心となります。在職中に亡くなった場合は、①の要件に該当しますし、在職中の傷病が原因で退職後に亡くなった場合にも、②の要件に該当すれば、遺族厚生年金の対象となります。
一方、退職して高齢期になってから配偶者を亡くした場合は、長期要件による遺族厚生年金が中心となります。受給資格期間25年以上の老齢厚生年金は、受給権者の死亡後に、配偶者の遺族厚生年金に振り替わります。死亡した配偶者の老齢厚生年金の額が大きかった一方で、遺族配偶者に老齢厚生年金が無いか金額が少ない場合には、これが役立ちます。
⑶遺族厚生年金の額は死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額
遺族厚生年金の年金額は、死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額です。ただし、若いときに死亡した場合は、被保険者期間が短いことから、そのままでは、報酬比例部分の金額は小さいものになってしまいますので、短期要件に基づく遺族厚生年金の場合は、報酬比例部分の計算において、死亡した人の厚生年金の被保険者期間が300月(25年)未満の場合は、300月とみなして計算することとなっており、低い年金額にならないよう配慮されています。
⑷現役期の子のない妻には40歳から65歳まで中高齢寡婦加算が加算される
次のいずれかに該当する妻が受ける遺族厚生年金には、40歳から65歳になるまでの間、中高齢寡婦加算として、遺族基礎年金の4分の3の額(年額612,000円(2024年度))が加算されます。
中高齢寡婦加算の支給が65歳未満とされているのは、妻が65歳になると、自身の老齢基礎年金が支給されるようになるためです。
中高齢寡婦加算が設けられたのは、制度が設けられた当時は、夫を亡くした中高齢の女性が就労して十分な所得を得ることが難しかったからです。
⑸高齢期の年金は本人の老齢厚生年金を優先して差額を遺族厚生年金で受け取る
65歳以上で老齢厚生年金を受け取る権利がある人が、配偶者の死亡による遺族厚生年金を受け取るときは、A「死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の4分の3の額」とB「死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の2分の1の額と自身の老齢厚生年金の額の2分の1の額を合算した額」を比較し、いずれか高い方が遺族厚生年金の額となります。
そして、自身の老齢厚生年金の全部を受け取った上で、遺族厚生年金の額から自身の老齢厚生年金の額を差し引いた額を、遺族厚生年金として受け取ることとなります。(遺族厚生年金の額のうち老齢厚生年金に相当する額が支給停止となる。)
亡くなった夫の老齢厚生年金の額が大きく、妻の老齢厚生年金との金額の差が大きい場合は、A>Bとなりやすくなります。一方、夫婦の老齢厚生年金の金額の差が小さいときは、B>Aとなりやすくなります。妻の老齢厚生年金の方が大きいときは、遺族厚生年金は支給されません。
3.遺族厚生年金の論点
⑴遺族厚生年金は男性が主たる家計の担い手であった時代の古い給付設計となっている
遺族年金制度は家計を支える人が死亡した場合に、残された遺族の所得保障を行う制度ですが、現行の遺族厚生年金の制度は、男性が主たる家計の担い手であった時代の古い給付設計のままとなっており、男女がともに就労することが一般化している今の時代に合うように、見直しが必要です。
遺族基礎年金は、子がある配偶者又は子に対する年金であり、2012(平成24)年の社会保障・税一体改革の年金改正法により、遺族基礎年金の支給対象を、それまでの母子家庭のみから父子家庭へも拡大され、2014(平成26)年4月から施行されています。
しかし、遺族厚生年金は、妻に対しては、子がない場合でも終身で給付され、さらに、40歳から65歳までの間は中高齢寡婦加算という定額部分(遺族基礎年金の4分の3相当)も支給されます。一方、夫に対しては、妻が死亡した時に55歳以上であった場合に、60歳から支給されるのみとなっています。養育する子がいる場合には、子に遺族厚生年金が支給されるため、事実上、男女差は無いとも言えますが、養育する子がいない場合には、大きな男女差があるのが現状です。
遺族厚生年金の制度が作られた時代は、夫が就労し、妻が家事・育児・介護等の形で家庭を支えるという家族構成が典型的であった社会状況でした。また、中高齢女性の就労が難しく、就労ができても賃金が低いという労働環境がありました。そのような中で、主たる家計の担い手である夫の死亡は、世帯の稼得能力の低下を招き、その状態は将来にわたって続くと見込まれたことから、妻を主たる支給対象とする無期給付として制度設計されたものです。
しかし、男女がともに就労することが一般化し、雇用環境も当時と大きく異なっている今の時代には、この制度は合わなくなっており、見直しが必要です。遺族厚生年金の男女の要件の違いを図で示すと、次の2つの図のとおりです。
⑵夫に対する遺族厚生年金の年齢要件(55歳以上)の撤廃の論点
男女差の解消の論点には、まず、夫に対する遺族厚生年金の受給権が発生するための年齢要件(妻の死亡時に55歳以上)を撤廃すべきという論点があります。昨年5月や本年3月の年金部会でも、「男性のみに設けられた年齢制限の撤廃を検討すべき」という意見は、多くの委員の共通する意見となっています。
現行制度では、子がいる妻には、遺族厚生年金が支給されますが、妻の死亡時に55歳未満であった夫には、遺族厚生年金は支給されず、代わりに子に支給されます。年金部会では、夫についての年齢要件を廃止することにより、子のある夫には、子ではなく、夫に遺族厚生年金が支給されるようにする必要がある、という意見が出されており、私もそう考えます。
この場合、子のない夫についても年齢要件を廃止して、妻と同様の無期給付とすることには、給付の必要性が疑問、という意見が多いと思います。年金部会では、配偶者の死亡直後の激変に際して生活を保障するための給付として、妻を亡くした夫に子がない場合には、有期給付の遺族厚生年金を給付してはどうか、という意見が出されており、私もそのように考えます。
⑶現役期の子のない妻に対する遺族厚生年金の有期化や中高齢期の無期給付の論点
これまでの年金部会では、現役期の子のない妻又は夫に対しては、死亡直後の激変に際して生活を保障するための給付として有期給付としてはどうか、といった意見が多く出されています。その際、現行制度では現役期の子のない妻に対して無期給付を行っているので、これを有期化するには、十分な経過措置が必要という意見や、男女差の解消は、今回の改正で行うべきという意見が出されています。
一方で、有期給付化には慎重な意見も出されています。「現在の家族類型、働き方、生活スタイルなどに照らして、幅広い視点での検討が必要」として、その際、「単に女性の就業率だけを見るのではなく、遺族年金を受給している人の生活実態を踏まえるとともに、子を養育していなかったとしても、介護や病気などで働きたくても働くことができない遺族に対し、公的年金制度としてどの程度の期間にどのような所得保障が必要なのかという観点で議論を進めるべき」という意見です。
私も、中高齢の遺族配偶者について、無期給付とする配慮がなお必要だと考えます。1つの方法は、夫を亡くした40歳以上の妻には、遺族厚生年金を無期給付(中高齢寡婦加算も現行のまま)で行う方向が考えられます。当面は、男女差が残ることを許容し、将来、就労環境の変化を見た上で、段階的に見直していくことが考えられます。
あるいは、別の方法として、年金部会では出ていない意見ですが、私は、給付要件の男女差の解消を早期に実現できる方法として、40歳以上の男女に、所得による支給停止の要件付きで無期給付(中高齢加算も行う)とする方法も考えられると思います。中高齢の女性の就労環境が一般的には男性よりも厳しいとはいえ、男性でも低賃金で不安定な非正規雇用の人はいますし、女性でも安定的な就労所得を得ている人もたくさんいます。男女の性別ではなく、十分な所得を得ているかどうかで判断して、生活再建に至っていない人を対象に、無期給付を継続するという考え方も、一つの考え方ではないでしょうか。この場合は、就労意欲を阻害しないように傾斜をなだらかにすることや、マイナンバー情報連携で前年所得を把握するなど事務の効率化を図ることも、必要だと思います。
⑷高齢期の遺族厚生年金の論点
これまでの年金部会では、65歳以上の老齢厚生年金受給者が亡くなった場合は、現行制度のままでよい、という意見が出されています。また⑵や⑶の論点と関連して、現役期の子のない配偶者の遺族厚生年金を有期化する場合には、現役期に死別した遺族配偶者の高齢期の保障についても別途検討が必要という意見が出されています。
有期化した場合の対応については、死亡時分割の方式の提案が、多くの委員から出されています。これは、離婚時分割を参考に、死亡した配偶者の年金記録の一部を遺族配偶者に分割し、本人の老齢厚生年金の水準を高める方式です。離婚時の年金分割は、婚姻期間中の厚生年金保険料を夫婦が共同で負担したという考え方に立って、婚姻期間の厚生年金の保険料納付記録(標準報酬)を分割する制度です。年金分割が行われた場合は、分割後の標準報酬で算定した厚生年金を受給開始年齢から受け取ります。分割割合は、夫婦の合計の2分の1が上限で、双方が合意した割合で分割します。死亡時分割は、婚姻期間中の加入記録の標準報酬額が、死亡した配偶者よりも遺族配偶者の方が多い場合は、夫婦の記録を合算して2分の1とすると、将来の年金額が減ってしまいますので、年金部会では、自動的な記録分割ではなくて、本人の選択とする方法がありうるという意見が、出されています。
このほかの方法として、支給停止を解除する方式も提案されています。これは、有期給付が終わった時点で一旦支給停止とした上で、65歳になった際に支給停止を解除して、遺族厚生年金として支給する方式(本人の老齢厚生年金との併給調整を行い、現行と同じ給付)です。
私は、いくつかの点で、死亡時分割よりも支給停止を解除する方式の方が良いと考えていますが、わかりにくい論点ですので、図の具体例で比較しながら解説します。
例えば、事例1のように、亡くなった夫が、老齢厚生年金(報酬比例部分)で8万円に相当する加入記録(うち婚姻期間分が7万円)を持ち、遺族である妻が、厚生年金が適用されない働き方であったため、報酬比例の年金額が0円であった場合は、現行制度では遺族厚生年金は8万円の3/4で6万円(2⑸で説明した併給調整のAの方法)です。これに対して、死亡時年金分割の場合は、7万円と0万円を足して2で割って3万5千円の老齢厚生年金となり、死亡時分割の方が、年金額が大幅に少なくなります。
一方、夫婦の報酬比例部分の額の差が小さいときは、影響が変わります。事例2のように、亡くなった夫の報酬比例の年金額が8万円(うち婚姻期間分が7万円)で、妻の報酬比例の年金額が7万円(うち婚姻期間分が6万円)であった場合、現行制度では遺族厚生年金は夫の8万円の1/2と妻の7万円の1/2の合計7.5万円(併給調整のBの方法)ですが、妻本人の老齢厚生年金7万円が優先して支給され、遺族厚生年金は差額分の0.5万円のみ支給ですから、合計7.5万円です。これに対して、死亡時年金分割の場合は、婚姻期間の夫の7万円と妻の6万円を足して2で割った6.5万円に、妻の婚姻期間外の部分1万円を加えて7.5万円の老齢厚生年金となり、この場合は、結果として同額です。
また、比較的若く死別するなどにより、妻の報酬比例部分の額が多い場合は、死亡時分割の方が年金額が多くなる場合があります。事例3のように、亡くなった夫の報酬比例の年金額が5万円(うち婚姻期間分が4万円)で、妻の報酬比例の年金額が8万円(うち婚姻期間分が3万円)であった場合、現行制度では金額が少ない遺族厚生年金は全額支給停止となり、妻本人の老齢厚生年金8万円となります。これに対して、死亡時年金分割の場合は、婚姻期間の夫の4万円と妻の3万円を足して2で割った3.5万円に、妻の婚姻期間外の部分5万円を加えて8.5万円の老齢厚生年金となり、死亡時分割の方が、若干、年金額が増えます。
死亡時分割の方式にすると、現役期の死亡か高齢期での死亡か、制度の境目で、死亡日の1日の違いで65歳以上の年金額が大きく異なるケースが生じてしまいます。一方、有期給付が終わった時点で一旦支給停止とした上で、65歳になった際に支給停止を解除する方式であれば、65歳以上は現行と同じ給付となるので、そのような段差は生じません。支給停止を解除する方式は、死亡した年齢により、老後の年金額に段差が生じないというメリットがあります。私がこの方式が良いと考える最大の理由です。
また、遺族配偶者が、厚生年金が適用されない働き方をしていた場合は、死亡時分割の方式では、支給停止の解除の方式に比べ、年金額が大幅に低くなります。私は、遺族年金の保険制度の役割としては、こういった収入の柱を失ったときに、しかるべき保障をすることが、重要と考えます。
一方で、支給停止を解除する方式では、遺族配偶者が、自身の老齢厚生年金が遺族厚生年金の額を超えるまでの間は、死別後に就労して厚生年金加入期間を増やしても、年金額が増えないことになります。しかし、この場合も、現役期の遺族年金が有期化された下では、生活の糧を得るために就労しなければなりませんから、年金が増えないからといって、就業調整が生じることはないと考えます。
また、支給停止を解除する方式では、遺族厚生年金は再婚により失権となりますが、死亡時分割の方式では、分割を受けた年金記録は、再婚によって影響を受けません。この点については、私は、再婚によって新しい生計関係となるのですから、遺族年金の役割の観点からは、給付の必要性がなくなると考えます。
4.遺族基礎年金の論点
⑴生計を同じくする父や母があるときの支給停止規定の論点
遺族基礎年金については、遺族厚生年金に比べて、大きな論点はありませんが、いくつか個別の論点があります。
遺族基礎年金は、国民年金の被保険者(第1号、第2号、第3号被保険者)又は被保険者であった者が死亡した場合に、その者によって生計を維持されていた「子のある配偶者」又は「子」に支給されます。その際、子に対する遺族基礎年金は、「①配偶者が遺族基礎年金の受給権を有するとき」や、「②生計を同じくする父若しくは母があるとき」は、支給停止となります。②の支給停止規定は、遺族厚生年金には無く、遺族基礎年金の特有の規定です。
②の支給停止の規定については、2015(平成27)年1月の社会保障審議会年金部会の議論の整理でも、論点が指摘されています。父が亡くなって、子が母に育てられているときは、母に遺族基礎年金が支給されますので、子の支給停止は問題ありませんが、例えば、離婚して再婚していない元配偶者に子が引き取られたケース(図のA)では、生計同一の母(又は父)があるために子に対する遺族基礎年金が支給停止となる一方、離婚した元配偶者には遺族基礎年金の受給権がないため、子から見れば死別の母子(父子)家庭でありながら、このような世帯には、遺族基礎年金が支給されません。
この点については、子の育成支援の観点や、遺族厚生年金の規定と整合的にする観点から、②の支給停止要件を見直して、子が遺族基礎年金を受給できるようにしてはどうかという論点があります。その場合、単純に②の支給停止規定を削除すると、遺族配偶者が再婚したことによって遺族基礎年金が失権した場合(図のB)や、遺族配偶者が、高年収等により生計維持要件を満たさない場合(図のD)などでも、子に支給されることとなります。
このような場合には、支給する必要性は高くないという考え方もあり、受給できるようにする対象を、離婚して再婚していない元配偶者に子が引き取られるようなケースに限定することも考えられます。
なお、②の支給停止規定を削除すると、配偶者以外の直系血族・姻族(祖父母)に引き取られ、養子縁組をした場合(図のC)も支給対象となります。子の養育のための新たな家族関係の形成を妨げないようにするという観点であれば、直系血族・姻族以外と養子縁組した場合(現行制度では遺族基礎年金も遺族厚生年金も失権)の扱いをどうするか、という論点もあります。
これまでの年金部会では、「年金制度は、少しでも家族形成が容易になるよう設計する必要がある。具体的には、遺族基礎年金の受給権を有する18歳未満の子のある親とその子について、再婚による親の失権で子が支給停止とならないようにすべき。」「再婚すると遺族年金が停止する制度は、遺族の再婚を阻害する要因になっている。」「母親の再婚後も父親の養育費が続く事例も踏まえ、子に対する遺族基礎年金について、支給継続してもよい。」などといった意見がありました。
私も、②の支給停止の要件については、子に着目することによって、遺族厚生年金の整理に合わせる形で、削除を検討しても良いのではないかと考えます。
⑵子の加算額が第3子以降は第1子・第2子よりも少ないという論点
1⑶で説明しましたように、遺族基礎年金の子の加算額は、2024年度で、1人目と2人目の子の加算額は各234,800円(月額19,566円)で、3人目以降の子の加算額は各78,300円(月額6,525円)です。3人目以降の子の加算額が、1人目・2人目と比べて、大幅に少なくなっているのは妥当でないため、3人目以降についても、1人目・2人目の額と同額に引き上げる必要があるのではないか、という論点があります。これは、障害基礎年金の子の加算額や、老齢厚生年金の子の加給年金額でも同様です。
昨年7月の年金部会では、「第3子以降の子の加算について、かつて参照していた制度(国家公務員の扶養手当)が変わっているが、年金制度では引き続き加算額を下げるというのが、現在も合理的なのか。」と言う意見が出されています。
なお、基礎年金の財源には、2分の1国庫負担がされていますから、⑴の支給停止の見直しや、⑵の加算額の引上げを行うには、年金制度の他の部分の見直しなどにより、財源確保を図ることも検討しなければならないことに、留意が必要です。
※今回とりあげたテーマについては、筆者の書籍『年金制度の理念と構造―より良い社会に向けた課題と将来像』(社会保険研究所、2024年4月23日新刊)の「第11章 遺族年金の仕組みと課題」でも論じています。
※このほか、年金制度についての詳しい説明は、筆者の日本総合研究所の研究員紹介のページに掲載している解説もご参照ください。
『年金制度の理念と構造―より良い社会に向けた課題と将来像』は社会保険研究所ブックストアにてお買い求めいただけます。
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