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法律で読み解く 令和4年度の年金額

大山 均(おおやま ひとし)/年友企画株式会社

1.年金額改定の前提となる基本数値

令和4年1月21日に総務省から前年(令和3年)の年平均の消費者物価指数(総合指数)が公表されるとともに、厚生労働省のホームページでは、令和4年度の年金額に関する“Press Release”が行われた。厚生労働省の“Press Release”によると、令和4年度の年金額は、令和3年度から0.4%引き下げられるということである。

ここでは、令和4年度の年金額が令和3年度から0.4%引き下げられることになった根拠について、法律の条文を手がかりにして読み解いてみたい。

“Press Release”で示された年金額算出のための基本数値は、以下のとおりである(“Press Release”2頁「参考1:令和4年度の参考指標」参照)。

・物価変動率  ▲0.2%
・名目手取り賃金変動率  ▲0.4%
・マクロ経済スライドによるスライド調整率  ▲0.3%

いうまでもなく、これらの数値は実際の変動率ではなく、変動幅を百分比で示したものである。

このうち、名目手取り賃金変動率については、変動幅▲0.4%の算出根拠として、物価変動率(令和3年の年平均)の変動幅▲0.2%、実質賃金変動率(平成30年度から令和2年度までの平均)の変動幅▲0.2%、可処分所得割合変化率(令和元年度)の変動幅0.0%によるものとされている。

これを数式で整理すると、

物価変動率(0.998)×実質賃金変動率(0.998)×可処分所得割合変化率(1.000)≒0.996

となる。

また、マクロ経済スライドによるスライド調整率については、変動幅▲0.3%の算出根拠として、令和3年度のスライド調整率の繰越し分0.1%と、公的年金被保険者数の変動率(平成30年度から令和2年度までの平均)の変動幅0.1%と平均余命の伸び率▲0.3%によるものとされている(公的年金被保険者数の変動率はプラスで反映され、平均余命の伸び率はマイナスで反映される)。

これもとりあえず数式で整理すると、

令和3年度のスライド調整率の繰越し分0.1%

令和4年度分のスライド調整率:公的年金被保険者数の変動率(1.001)×平均余命の伸び率(0.997)
≒0.997

となる。

これらの基本数値から、厚生労働省の“Press Release”では、令和4年度の年金額の改定について次のように述べている。

年金額の改定は、名目手取り賃金変動率がマイナスで、名目手取り賃金変動率が物価変動率を下回る場合、年金を受給し始める際の年金額(新規裁定年金)、受給中の年金額(既裁定年金)ともに名目手取り賃金変動率を用いることが法律で定められています。(参考3参照)
このため、令和4年度年金額は、新規裁定年金・既裁定年金ともに、名目手取り賃金変動率(▲0.4%)に従い改定されます。
また、賃金や物価による改定率がマイナスの場合には、マクロ経済スライドによる調整は行わないことになっているため、令和4年度の年金額改定では、マクロ経済スライドによる調整は行われません。
なお、マクロ経済スライドの未調整分(▲0.3%)は翌年度以降に繰り越されます。

はじめの2つの段落で述べられている内容は、平成16年の年金制度改正で定められた年金額改定の基本的なルールが、平成28年の年金制度改正によって改められることになったもので、令和3年度から実施されることになった新たな年金額改定のルールのことである。

冒頭で「名目手取り賃金変動率がマイナス」とあるが、これはあくまで前年度と比較した場合の変動幅のことで、変動率としては上で示したとおり、マイナス0.4%ではなく0.996である。法律上はここが重要である。

平成16年の年金制度改正による改正当初の年金額改定の基本的なルールによれば、名目手取り賃金変動率が物価変動率ほどに上昇しない場合には、物価変動率ではなく名目手取り賃金変動率に合わせて年金額を改定することになっていた。しかしながら、例外的な取り扱いとして、名目手取り賃金変動率と物価変動率がともにマイナスとなり、名目手取り賃金変動率が物価変動率を下回るときには物価変動率に合わせて年金額を改定し、名目手取り賃金変動率のみがマイナスであるときには年金額は据え置かれることになっていた。

しかし、平成28年の年金制度改正では、将来世代の給付水準を確保し、年金制度の支え手である現役世代の負担能力に応じた給付水準とするという観点から、名目手取り賃金変動率が物価変動率を下回る場合には、名目手取り賃金変動率に合わせて年金額を改定するようにルールが見直されることとなった。この改正事項は平成33(令和3)年4月から施行されることになっていたが、施行日から早速適用されることになったものである。

上記の“Press Release”の最初の段落の最後に「参考3参照」とあるが、この「参考3」の内容はこのことを説明している。

なお、令和3年度には、物価変動率が前年と同水準(1.000)となり、名目手取り賃金変動率が▲0.1%(0.999)となったため、「年金額の改定(スライド)のルール」でいう⑤のパターンに該当していたが、令和4年度では、物価変動率が▲0.2%(0.998)、名目手取り賃金変動率が▲0.4%(0.996)となったため“Press Release”の「参考資料 年金額の改定(スライド)のルール」でいう④のパターンに該当することになる。

以下、具体的に令和4年4月から実施される年金額の改定について、法文に即して読み解いていきたい。

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出典:https://www.mhlw.go.jp/content/12502000/000725140.pdf

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