遺族年金のしくみと手続~詳細版~ 無料記事 #5~#8
#5 DV被害者の遺族年金~別居中の夫が死亡した場合
今回は、DV(ドメスティック・バイオレンス)被害者の女性の事例です。DV被害者が配偶者の暴力から逃れるために一時的に別居している期間などに配偶者が死亡した場合、遺族年金の生計同一要件をどのように取り扱うのか、がポイントです。
その事情を勘案して、被保険者の死亡時という一時点の事情だけでなく、別居期間の長短、別居の原因やその解消の可能性、経済的な援助の有無や定期的な音信・訪問の有無等を総合的に考慮する必要があります。では、事例を通じて具体的に見ていきましょう。
令和元年12月初旬、60代の女性(A子さん)が遺族厚生年金の相談で年金事務所に来所されました。別居中の夫(B男さん)が死亡したとのことで、次のように話し始めました。
亡くなったB男さんは大学を出てから一流企業で永年働いて、それなりのポストに就いていました。しかし、60歳の定年再雇用によって給料が大幅に低下した上、社内の人間関係でもトラブルがあったようで深酒が続き、帰宅後にA子さんに暴力を振るうようになりました。A子さんは〇〇警察署の保護を受け、その後、一時的な避難のため〇〇女性センタ-に入所しました。
その間の生活費はA子さんのわずかな貯金を取り崩して、やり繰りしていました。なお、A子さんには、嫁いだ娘が1人いますが、夫の勤務の都合により外国で暮らしているとのことでした。
老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合
老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合、死亡した者(以下「適格死亡者」という。)の配偶者で、当該死亡の当時、適格死亡者によって生計を維持していたものには、遺族厚生年金が支給されます。そして、適格死亡者によって生計を維持していた配偶者とは、適格死亡者と生計を同じくしていた配偶者で、年額850万円以上の収入または年額655万5,000円以上の所得(以下、「基準額」という。)を将来にわたって有すると認められる者以外のものとされています(厚生年金保険法第58条第1項第4号、第59条第1項及び第4項、厚年法施行令第3条の10並びに「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知)。
ここまでの話から見えてくるのは、B男さんが死亡した当時、B男さんは適格死亡者であったこと、また、A子さんはB男さんの妻であって、基準額以上の収入または所得を将来にわたって有すると認められる者以外のものであった、ということです。
問題となるのは、A子さんがB男さんの死亡当時、B男さんによって生計を維持していた配偶者であったと認めることができるかどうか、ということであります。
遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定基準
遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定基準には、生計維持認定対象者が死亡した者の配偶者であり、住所が死亡者と住民票上異なっている場合に、死亡者による生計維持関係が認められるためには、次のいずれかに該当する必要があるとしています。
ア 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められること
イ 単身赴任、就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、次のような事実が認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められるとき
1)生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること。
2)定期的に音信、訪問が行われていること。
このような基準は、一般的・基本的なものとしては相当と解されるので、本件をこれに照らしてみます。
まず、A子さんが上記のアに該当しないことは明らかなので、上記のイに該当すると認められるかどうかが問題となります。B男さんとA子さんの住民票上の住所が異なっているのは、B男さんのDVが原因でA子さんが家を出たからです。B男さんからA子さんに対する経済的援助、及び音信・訪問はなかったと言えるので、上記イにも該当しません。
しかし、配偶者が死亡した時点という一点を捉えて、その時点において配偶者の生計が支えられていないからといって、生計維持関係を認めないのは、合理性を欠くのではないでしょうか。
「実態と著しく懸け離れ、かつ、社会通念上妥当性を欠く」場合は、この限りでない
前述の遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定基準には、「これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない」とあります。
たとえば、配偶者の死亡時点において、別居のため一体の生計が営まれておらず、また、仕送り等経済上の援助がない場合であっても、それが配偶者の一方または双方の疾病、老齢、老人保健施設入所その他やむを得ない事情によるものである場合が、認定基準に例示されています。
また、双方に婚姻関係解消の意思が認められず、常態から逸脱した状況が長期間続いているわけでなく、やむを得ない事情が解消すれば速やかに夫婦の共同生活が再開されることが期待されるような場合には、生計維持関係が失われたか否かの判断は、その間の事情を、実態に即して総合的に考慮してなされるべきものである、とも記されています。
本事例の場合、B男さんとA子さんの別居は、A子さんが生命・身体の危険を感じるほどのB男さんによる暴力や心身に有害な影響を及ぼす言動が原因で、その暴力等からの保護を求めるための別居であったと認めることができます。
そして、その別居期間は、40年近い婚姻期間のうちの末期の数ヵ月にすぎません。また、別居の状態はまだ固定化しているとはいえず、A子さんとB男さんの間に離婚の合意は認められません。A子さんとB男さんの婚姻や同居、協力扶助等に関しては、その行方が定まらない時期にあり、その生計維持関係に係る事態は極めて流動的であったとみることが相当です。
別居が短期間で一時的なものであったと評価できることも併せ考えると、本件においては、A子さんとB男さんの生計同一関係は失われていないと認めるのが相当です。認定基準のア及びイに当たらないことをもって生計維持関係を否定することは、実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上、妥当性を欠くといえます。
実は過去、A子さんのような状態で遺族厚生年金の受給が認められた社会保険審査会の裁決や、大阪・名古屋地裁等の判決例があります。厚生労働省は留意点を「事務連絡」にまとめて令和元年10月3日に日本年金機構に対して発出し、年金事務所への周知を求めておりましたが、さらに、令和2年1月24日、ホームページにこれを公表して周知徹底を求めています。
そこで、A子さんに次の書類を用意して再度来所することを促しました。
①B男さんとA子さんの戸籍謄本(婚姻日・死亡日の確認のため)
②A子さんの世帯全員の住民票
③B男さんの住民票(除票)(死亡当時の住所の確認のため)
④生計同一関係に関する申立書 ※記事最後に掲載
⑤配偶者からの暴力の被害者の保護に関する証明書(〇〇女性センターの証明を所得したもの)
⑥A子さんの令和元年度の所得証明書(収入要件確認のため)
⑦死亡診断書(死亡の事実及び年月日の確認のため)
⑧A子さん名義の金融機関の通帳(写し可)
その後、A子さんは上記の書類を揃えて年金事務所を再訪しました。このときにA子さんが持参した書類を確認した後に「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書(様式105号)」に必要項目を記入してもらい、当該請求書を受理いたしました。
後日、A子さんは遺族厚生年金を受給できることとなりました。
#6 夫死亡時に年収1,500万円の妻が遺族年金を受けるには
今回は、印刷会社の社長が亡くなり、同社の役員である配偶者のA子さんが遺族年金を請求した事例です。A子さんの役員報酬は1,500万円ありました。しかし、63歳という年齢と体調不良から同社を退職する予定です。
ポイントは、A子さんの収入要件をどのように立証するか、です。今回は、最高裁判決の事例を引用して、夫が生存していたからこそ高額の収入を得ていた実態を申し立て、収入要件をクリアすることができました。では、事例を具体的に見ていきましょう。
老齢基礎年金・老齢厚生年金を受給している夫が死亡したので、遺族厚生年金の請求にA子さんは年金事務所を来所しました。夫のB男さんが死亡の当時、老齢厚生年金の受給権者であったこと、請求人がB男さんの妻A子さんであり、B男さんの死亡の当時、生計を同じくしていたことについては、持参書類(戸籍謄本、住民票、所得証明書)等から明らかでした。
ところが、A子さんには年収が1,500万円ありました。つまり、B男さんの死亡時において収入要件を満たしていません。
遺族厚生年金の生計維持要件
遺族厚生年金の生計維持要件については、厚生年金保険法第58条第1項第4号、第59条及び「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知)に規定されています(以下、「23年通知」)。
また、厚生年金保険法施行令第3条の10に規定する「厚生労働大臣の定める額」については、「国民年金法等における遺族基礎年金等の生計維持の認定に係る厚生大臣が定める金額について」(平成6年11月9日庁保発第36号)に規定されています。
一般的には、老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合、死亡した者の配偶者であって、死亡者の死亡の当時、死亡者によって生計を維持したものに遺族厚生年金が支給されます。
「死亡者によって生計を維持した配偶者」とは、死亡者と生計を同じくしていた配偶者であって、「基準額」=年額850万円以上の収入または年額655万5,000円以上の所得を将来にわたって有すると認められる者以外の者とされています。
「近い将来の収入見込」も収入要件として認められる
なお、法第59条において「その者によって生計を維持したもの」という抽象的な定めを置いているのは、生計維持要件該当性の有無の認定は、社会経済状況の変化に応じて不断に変動し得る性質のものであり、固定的かつ数量的な基準を設けるのが相当でないため、と最高裁判決(平成14年11月)に記載されています。
さらに、このような判例等によると、施行令及びこれに基づく通達の定める基準を満たさない場合には、当該事案の個別的事情の下で、前記法の定める生計維持の趣旨に照らし、同要件を実質的に満たすか否かを検討すべきことになりますが、現に、通達の基準により生計維持関係の認定を行うことが実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くことになる場合には、通達によらないものとする旨を定めていることからも裏付けられます。
「23年通知」の中で収入要件については、受給権発生の日、すなわち、死亡者の死亡の当時において、「次のいずれかに該当する者は、厚生労働大臣の定める金額(年額850万円)以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者に該当するものとする。」と定め、次の①から④までの要件が列挙されています。
①前年の収入(前年の収入が確定しない場合にあっては、前々年の収入)が年額850万円未満であること
②前年の所得(前年の所得が確定しない場合にあっては、前々年の所得)が年額655.5万円未満であること
③一時的な所得があるときは、これを除いた後、上記①または②に該当すること
④上記①②③に該当しないが、定年退職等の事情により近い将来(おおむね5年以内)、収入が年額850万円未満または所得が年額655.5万円未満となることが認められること
以上から、A子さんのケースが具体的事実関係に照らして④に該当するかどうか、がポイントとなります。しかし、A子さんは現在、役員であるため単純には行きません。
A子さんから聴取した会社の経営実態は、B男さんが経営方針及び実際の運営方法の決定権限を名実ともに独占的に掌握する、いわゆるワンマン経営であったようでした。
他方、A子さんは5年前から同社の監査役に就任し、かつ、経理責任者の肩書きを有していたものの、取締役の職務執行の監査や会社の業務・財産状況の調査等を行っていたとは到底認められず、かつ、経理に関する専門知識や経験を何ら有していませんでした。A子さんの実際の業務内容は、他の低賃金の従業員により代替可能な定型的な事務処理の範疇に属するものであったようです。
近い将来の収入見込を立証する
そこで、いくつかの書類を添付して「近い将来(おおむね5年以内)収入が年額850万円未満となる」ことを立証することが必要となります。
まず、同社の役員規定によれば監査役の定年は65歳となっていたのでこの規定を添付することを検討しましたが、役員規定だけで立証することは困難でした。
次に、妻が監査役である場合の事例として、平成14年11月5日の最高裁判決に類似した例があったのでこの判決文と、A子さんから聴取した実態を次のような「申立書」として作成し、所得証明書に添付しました。
さらに、補足資料として、次のような新社長の申立書も添付しました。
一般的には、単に夫の死亡後に作成された役員会議事録等に、収入要件を満たさない役員である遺族が、おおむね5年以内に要件を満たすとの記載があっても認められませんが、最高裁判決の事例を引用して、夫の生存中に高額の収入を得ていた実態を申し立てることによって、遺族厚生年金の収入要件をクリアすることができました。
本件を検討するにあたり参考とした最高裁判決文では、次のように述べています。
#7 失踪宣告により死亡者とされていた夫が現れた! 妻が受給していた遺族厚生年金はどうなる?
今回は、20年以上前に行方不明になり、失踪宣告により死亡したことになっていた夫が自分の年金請求に年金事務所を訪れた事例です。妻は17年前から遺族厚生年金を受給しています。夫が生きていたことで、妻の遺族厚生年金はどうなるのでしょうか。非常に稀有な事例をご紹介します。
年金請求に来所したA男さんは死亡していた
ある日の午後、年金事務所に予約なしにA男さんが老齢基礎年金・老齢厚生年金を請求したいと言って来所されました。年金手帳は持っておらず基礎年金番号も不明でしたが、マイナンバ-・カ-ドにより本人確認ができたので、年金記録を見てびっくりしました。
「基礎年金番号情報照会回答票(基本情報)」を確認すると、A男さんは、平成15年1月(58歳時)に死亡し、配偶者(B子さん)が遺族厚生年金を受給していました。また、持参した戸籍謄本では、平成28年12月に簡易裁判所で「失踪取消し」とされ、戸籍が復活していました。
A男さんは多くを語る人ではなかったのですが、50歳当時、人間関係が嫌になり会社を退職して家出し、食事と宿舎付きの建設現場を転々としていたそうです。しかし、70代になり体力的に仕事を続けられなくなり、生活保護を受けていたそうです。
その後、平成29年8月から受給資格期間が10年に短縮され、市役所の生活保護担当職員から年金を請求するように何回も勧奨されたので、来所したとのことでした。
年金加入歴をみると、中学卒業と同時に厚生年金保険に加入し、その後、複数の会社を転々として最後の記録は平成7年10月でした(合計299月)。途中、国民年金の保険料納付期間が9ヵ月、全額免除期間が10ヵ月あり、60歳から特別支給の老齢厚生年金の受給資格があったのですが、今まで未請求のままでした。
A男さんは平成8年1月に行方不明となり、7年後の平成15年1月に民法の規定による「失踪宣告」の効力発生で死亡したとみなされたのです。
失踪者の生死が不明となり、その後、生死が7年間明らかでない場合、家庭裁判所に失踪の申立てができ、申立てが認められると失踪から7年を経過した日に失踪者は死亡したものとみなされます。A男さんはこの「普通失踪」による失踪宣告を受けて死亡したものとみなされました。
なお、失踪宣告にはもう1つ、「特別失踪」があり、危難により失踪し、その危難が去ったときから1年間経過すると、家庭裁判所に失踪宣告の申立てができ、申立てが認められると危難が去ったときに死亡したものとみなされます。災害などにより行方不明になったケースが該当します。
妻B子さんの遺族厚生年金はどうなるのか
失踪宣告を受けた場合の遺族年金の請求にあたっては、死亡者の「死亡当時」を「行方不明当時」と読み替えて、生計維持関係の認定を行います。請求者が妻であれば年齢制限はありません(厚年法第59条第1項)。従って、遺族である配偶者B子さんは合法的に遺族厚生年金を平成15年から受給していました。
しかし、A男さんは簡易裁判所で平成28年12月に失踪の取消しが認められ、戸籍が復活しています。B子さんの遺族厚生年金は、どうなるのでしょうか。
これについては、民法第32条に次のように規定されています。
「失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。この場合において、その取消しは、失踪の宣告後、その取消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない。」
まず、B子さんが現在、受給している遺族厚生年金は平成28年12月に失権となります。しかし、失踪取消し前に受給していた遺族厚生年金については、「善意でした効力に影響を及ぼさない」ため、返納の必要はありません。
B子さんは失踪取消しの時期に裁判所等から連絡があり、写真等が送付されてきたので、このような事態を覚悟していた様子がうかがえました。遺族厚生年金の返納については、B子さんは現金分割を希望され、「返納方法申出書」を送りました。
●年金の返納方法について
「返納方法申出書」には、返納方法とその内容を記入することとなっており、今後支払われる年金から返納いただく場合は、次の2つのいずれかを選択していただくこととなっています。
ア 各期に支払われる年金の全額から返納各期に支払われる年金の全額(返納額が全額に満たない場合はその額)を返納に充てることを希望する
イ 各期に支払われる年金の一部から返納
各期に支払われる年金の(2・3・4・5・6・7・8・9・10~)分の1に相当する額を返納に充てたうえで、各期に支払われる年金から返納額を差し引いた残りの額を受け取ることを希望する。(10分の1よりも少ない割合での分割返納の申出もできるようにはなっています。)
一般的には、今後支給される年金の2分の1を返納に充てるケースが多くみうけられます。
なお、厚年法第39条第2項は「その後に支払われるべき年金の内払とみなすことができる。」となっているので、逆に言えば内払とみなさなくても構わないということなので、今後受給する老齢年金はそのまま受給し、それとは関係なしに、もらいすぎた遺族年金を現金で返納することもできます。この場合、返納申出書の「現金により返納いただく場合」の「現金による一括返還を希望します。」または、「現金による分割返還を希望します。」を選択することとなります。現金による分割返納を希望される場合は、返納開始年月と毎月の返納額も記載することとなっています。(返納期間が5年を超える場合で、生活が困難である等の個別事情がある人は、申出により、返納期間延長の相談に応じてもらえる運用となっています。)
A男さんの老齢年金と消滅時効について
次に、すでに70歳を過ぎているA男さんの老齢年金は消滅時効にかかるのかどうか、見ていきます。
まず、「時効」について、確認しておきましょう。年金を受ける権利には「基本権」と「支分権」があります。「基本権」とは、年金を受給する権利のことで、厚年法第92条に関わらず消滅時効にかかりません。一方「支分権」とは年金の支払いを受ける権利のことで、5年の消滅時効にかかります(厚年法第92条、会計法第30条)。また、A男さんには新たに記録が見つかったのでもなく、記録を統合して受給権を取得したわけでもありませんから、年金時効特例法(平成19年7月施行)は適用されません。
A男さんは、60歳時点で特別支給の老齢厚生年金の受給資格があり、74歳まで請求しませんでしたが、年金を受ける権利=基本権は時効により消滅しません。一方、年金の支払いを受ける権利=支分権については、請求せずに5年を経過した分が時効により消滅することになっています。
民法第147条に「時効は請求行為により中断する。」とあります。A男さんの年金請求書を受理したのは令和2年4月12日です。その5年前の平成27年4月(支払期月)の翌月1日=平成27年5月1日が時効起算日、令和2年4月30日が時効満了日となります。
以上のことから、A男さんは平成27年2月分(支払期月=4月)以降の老齢年金を受給することになりました。
なお、B子さんは失踪取消しのあった平成28年12月分まで遺族厚生年金を受給していました。つまり、平成27年2月から平成28年12月までの1年10ヵ月間は、両者の年金が重複して支払われたこととなります。
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今回の事例に対応したことにより、失踪宣告と遺族厚生年金、失踪宣告の取消し、返納の申出、時効等、通常ほとんど考慮しないことを経験することとなりました。
#8 障害厚生年金(3級)の受給権者が死亡すると、障害等級が上がる?
今回は、57歳の夫が病気で会社を退職後、障害厚生年金の請求手続きをしている最中に死亡したケースです。障害の状態は3級と想定され、初診日から約9年が経過しています。また、夫には国民年金保険料の未納期間が20年以上あり、25年の保険料納付要件を満たしません。一見して、遺族厚生年金の受給要件を満たせそうにありません。では、実際にはどうなったのか、見ていきます。
A子さんは、会社員であった夫(B雄さん)が病死し、遺族厚生年金を請求するため来所しました。夫は病気で会社を退職後、障害厚生年金の請求手続をしている最中に亡くなりました。障害厚生年金のみの請求なので、障害等級は3級ということになります。
A子さんが持参した年金手帳を基に加入歴を確認すると、B雄さんの年金加入歴は以下の通りとなっています。
A子さんの話によれば、B雄さんは20代から30代にかけてはアルバイトや自営業などで生計を立てていましたが、40代に入り会社勤務を始めました。しかし、持病が徐々に悪化して令和2年3月31日に会社を辞めました。
障害年金で生活するつもりで書類をそろえたところ、B雄さんの持病の初診日は平成23年6月でした。すでに9年ほど経過していましたが、令和2年4月4日に事後重症の障害厚生年金を請求しました。そして、B雄さんは障害厚生年金を受給することなく、4月25日に死亡したとのことでした。
なお、A子さんとB雄さんは戸籍上の夫婦で同居しており、18歳未満の子はおらず、夫婦間の生計維持関係がありました。A子さんの年収は250万円程度とのことで、収入要件も満たしているため生計維持関係は問題ありません。
遺族厚生年金の受給要件
遺族厚生年金を受給するには、次の4つの要件のいずれかを満たす必要があります。4つの受給要件は、厚生年金保険法第58条第1項に以下のように規定されています。
①死亡の当時、厚生年金被保険者の死亡である場合(同法同条同項第1号)
②厚生年金保険の被保険者若しくは共済組合の組合員の資格を喪失した後に死亡したときであって、厚生年金の被保険者又は共済組合の組合員だった間に初診日がある傷病が原因で、その初診日から5年以内に死亡した場合(同法同条同項第2号、一元化法附則第20条及び27年措置令第64条)
③死亡の当時、障害等級2級以上に該当する障害の状態にある障害厚生年金の受給権者若しくは共済組合の2級以上の障害年金を受けている場合(同法同条同項第3号、60改附則第72条及び27年措置令第88条)
④保険料納付済期間等が25年(300月)以上ある老齢厚生年金若しくは共済組合の退職共済年金の受給権者又は保険料納付済期間と保険料免除期間及び合算対象期間を合算して25年以上ある者が死亡した場合
①~③を短期要件、④を長期要件といいます。
いずれかにB雄さんが該当するか順にみていくと、①は死亡日前に厚生年金被保険者資格を喪失しているため該当しません。
②は初診日から死亡日まですでに9年近く経過しているので該当しません。④については、A子さんの知らない加入歴、納付歴がないか、さらに合算対象期間がないかを聞き取ったのですが、25年以上の要件を満たすことはできませんでした。
A子さんの今後のことを考えたときに、何か受給要件を満たす可能性がないかと、さらに確認しましたが、B雄さんは会社勤務を始めた40歳過ぎまで国民年金保険料を納付しておらず、合算対象期間になる期間もないために、どうしても①、②及び④を満たすことはできません。
死因と障害年金(3級)の傷病に相当因果関係があると、2級以上とみなされる
もしかすると③に該当するかも知れないと思い、その日にA子さんが持参した死亡診断書に記載された死亡の原因等と障害厚生年金の診断書の傷病名が同一であることを確認しました。
B雄さんは3級の障害の状態に該当すると思われますが、3級の障害厚生年金の受給権者が死亡した場合、「直接の死因の傷病」と「障害厚生年金(3級)受給中の傷病」とが相当因果関係にあると認定された場合には、死亡時において1級または2級の障害にあったとみなされることになっています。
これは、平成23年7月1日に厚生労働省年金局事業管理課の「障害厚生年金の受給権者が死亡した場合の遺族年金の要件について」に見解として示されています。
なお、障害年金を受給中に障害の程度が重くなったときには、障害給付の額改定請求をすることになっています。これについては厚年法第52条に規定があり、第1項では保険者が障害状態を診査し、年金額を改定できることを規定し、第2項で受給権者が障害の状態が増進した際に額改定を求めることができることを規定しています。
とはいえ、この規定は障害の状態に変動が生じた場合に受給権者に届出を義務付けているものではありません。したがって、額改定の請求行為を行っていないことをもって障害の状態が1級または2級の状態でない、とは言い難いとも言われています。
そうすると、障害厚生年金の請求日の属する月に亡くなっているので支分権は発生しませんが、障害厚生年金の基本権が発生するならば、上記の③「障害等級の1級又は2級に該当する障害の状態にある障害厚生年金の受給権者の死亡」に該当する可能性が見えてきました。③に該当すれば、保険料納付要件を問われることもありません。
以上のことから、A子さんに遺族厚生年金が支給される可能性が高いと考え、筆者は遺族厚生年金の請求書(様式第105号)をA子さんから受理しました。その際、死亡したB雄さんが障害厚生年金を請求中であることを付記しました。
障害年金センターでの内部処理
日本年金機構の内部処理としては、被保険者だった者の「死亡の原因となった傷病」と「障害厚生年金を請求した傷病」との間に相当因果関係があると思われる場合は、障害厚生年金を請求したときの受診状況等証明書等を回付し、事務センタ-経由で障害年金センタ-に回付することになっています。
障害年金センタ-において両傷病の相当因果関係の有無について認定を行い、相当因果関係が認められれば、同一傷病による死亡とみなされ、前述の厚生労働省見解および厚年法第58条第1項第3号により、遺族厚生年金の受給権が発生することとなります。
結論として、障害厚生年金の3級の受給権者の死亡の場合、死亡時に障害基礎年金の受給権の有無や死亡時の年齢等にかかわらず、直接死因の傷病と障害厚生年金の傷病に相当因果関係があると認められるときは、短期要件の遺族厚生年金が支給されることになります。
そして、4ヵ月ほど時間はかかりましたが、無事に遺族厚生年金の年金証書がA子さんの手元に届きました。
今回の事例に対応したことにより、遺族厚生年金の受給権がないように見える場合であっても、請求者にいろいろ聞くことによって、可能性を引き出せるケースがあることを再認識しました。