プロが伝える労働分野の最前線#21~26
(こちらは、2021年11月18日~2022年3月17日に「Web年金時代」に掲載したものです。
#21 パワハラ研修のススメ ~社員階層別の実施が効果的!~
中小企業にも適用されるパワハラ防止法
令和2年6月に改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)が施行され、大企業に続き、職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)防止措置が、いよいよ令和4年4月から中小企業でも義務化されます。
法律によってパワハラ防止対策が企業に義務付けられたことは、この問題が個人ではなく、企業で取り組むべき課題であることを明確に示しています。
すでに何らかの対応を開始した企業が多いと思われますが、その中でも、ぜひ行ってほしい重要な取り組みの一つとして、ハラスメント研修があります。
本稿では、社労士として企業のハラスメント研修に数多くかかわった経験から見えてきた、研修の効果と必要性についてお伝えします
企業(事業主)が取り組まなければならない防止措置
パワハラとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、であり、①から③の要素全てを満たすものです。客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲の業務指示や指導は、職場におけるパワハラには該当しません。
厚生労働省のパワハラ指針では、事業主が雇用管理上講ずべき措置等について、主に以下が定められており、令和4年4月1日より、中小企業も必ずこれらの措置を講じなければなりません。
1.事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
2.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(相談窓口の設置)
3.職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
4.そのほか併せて講ずべき措置(プライバシー保護、相談したこと等を理由とした不利益取扱いをしない旨の定め)
取り組みの柱として、まず事業主の方針を明確化し社内に浸透させることが必要です。「当社はパワハラ対策に真摯に取り組む」「パワハラがあったら相談してほしい」「プライバシーや人権を守る」という会社のメッセージを伝える手段として有効なのが、研修です。
ハラスメント研修は階層別に実施する
このハラスメント研修については、3つの階層別(①経営層、②管理職層、③一般社員)に実施することがキーポイントです。
まず最初に、経営層です。「経営層に研修?」と驚かれることも多いのですが、経営層の意識改革こそが重要です。
経営者の中には、激しい競争にもまれてきた団塊の世代や、猛烈に働いてきたバブル世代も多く、「昔は何日も徹夜したものだ」「ノルマを達成するまでは帰ってくるな」など、「長時間働くこと」「頑張ること」を『美学』と考えている方もいます。
あるパワハラ研修で、経営層の一人から「言っていることはよくわかるが、そんなことをやっていたら中小企業は生き残れない」と言われたことがありました。
もちろんパワハラをなくすだけで業績アップにつながるものではありません。
経営層には「パワハラがあっては、企業は健全な成長はできず、社員も幸せにはならない。研修だけでなく、会社の理念浸透や労使の良好な関係、公正な評価ができるしくみなどをあわせて実施することで、良好な人間関係と高業績の両立が達成できる」と説明します。パワハラが会社にもたらすリスクと、パワハラをなくす必要性を改めて確認していただき、人財面からも会社を預かる経営者としての自覚をしっかりと持っていただくことになります。
次に、管理職層です。管理職は、一般の社員に比べパワーを持っています。熱心に指導しているつもりでも、ハラスメントにつながることがあることを認識し、部下とのかかわり方や指導方法を見直す機会とします。
管理職は経営者のメッセージを社内に伝達する役目もあります。ハラスメントを起こさない、起きないようにするためにハラスメントについての広い知識を持っておく必要があります。
管理職向けの研修では、ハラスメントをしていると思われる対象者に、やんわりと気づかせてほしい、というリクエストをいただくことがありますが、ハラスメントは無自覚で行っているケースが多く、研修を聞いて自分のことと自覚する管理職は少ないでしょう。自覚を促すためには、研修とともに、アンケートやチェックリスト等を活用するのも効果的です。
最後に、一般社員です。どのような行為がパワハラにあたるのか、同僚間、部下から上司へのパワハラもあり得ること等の理解を促し、ハラスメントが職場にもたらす影響について、改めて考える機会とします。
そして、どの研修でも、経営トップが直接社員にメッセージを伝えることをおススメします。研修そのものは社労士やコンサルタントを招くことで、より専門的な内容で行うことができますが、その場合であっても、ハラスメントに対する方針を経営者自らが話すことで、自社の取り組みの本気度を伝えることができます。
相談窓口担当者のための研修も
「雇用管理上講ずべき措置等」の一つとしてハラスメント相談窓口の設置・運用がありますが、これにかかわる担当者についても、同様に研修を行うのがいいでしょう。
社内に相談窓口を設置したものの、担当者がどう対応したらいいかわからない、といったご相談をいただきます。
厚生労働省が実施した令和2年度の「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、47.1%の労働者がハラスメントを知った後の勤務先の対応について「特に何もしなかった」と回答しています。
ハラスメントを起こさないことはもちろんですが、万が一起こってしまった際に、何の対応もしなかった、できなかった、といったことのないよう、相談窓口の担当者は、ハラスメントに対する正確な理解と知識を持つとともに、対応の仕方、話を聞くスキルなども身につけておく必要があります。
例えば、研修では、以下のような、窓口担当者が相談者に対して行うべきではない言動についてお伝えしています。
・相談者にも問題があるような発言⇒「あなたの行動にも問題があったのではないか」
・行為を一般化するような発言⇒「男性(女性)はみんなそうだ」
・きちんと対応する意思を示さない発言⇒「また何かあったら連絡ください」
このような発言や事務的な対応は、相談者に会社への信頼を失わせかねません。もしも、そのためにパワハラの実態が把握できなくなれば、会社にとって大きなリスクになります。
ハラスメント研修は計画的に
社員を集めての研修は、日程や業務の調整の面でハードルが高いと感じる企業もあるかもしれませんが、内容はもちろんのこと、普段集まることのないメンバーが一堂に会することで、コミュニケーションを深める良い機会ともなります。
研修の内容は、一度で身につくものではありません。「定期的に、継続的に、計画的に」繰り返し行うことが大事です。
ハラスメント対策は、小さなことではありません。経営を安定させるための大きな取り組みです。ぜひこれを機に具体的な計画を立ててみてはいかがでしょう。
#22 相談窓口を利用しやすく ~リモート勤務の増加と企業のメンタルヘルス対策~
テレワーク環境でのコミュニケーション不足やストレスは継続的な課題
2021年11月に発表された内閣府の「第4回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によると、テレワーク経験者の36.1%がテレワークのデメリットとして「気軽な相談・報告が困難」、30.3%が「コミュニケーション不足やストレス」を挙げています。
2020年6月の第1回調査から、これらの理由が常にデメリットの上位にあがっており、テレワークによるコミュニケーション不足・ストレスは、継続的な課題といえるでしょう。
メンタルヘルス不調の防止策
令和2年「労働安全衛生調査(実態調査)」のうち、労働者10人以上の企業を対象とした事業所調査の結果をみると、メンタルヘルス不調により、連続1か月以上休業、または退職した労働者がいた事業所の割合は全体の9.2%でした。このうち、10~29人の事業所では連続1か月以上の休業者がいた割合は3.3%、退職者がいた割合は2.0%でしたが、企業規模が大きいほどその割合は増加し、300~499人の事業所では、休業者がいた割合は63.8%、退職者がいた割合も27.4%と高い数値を示しています。
どの企業にとってもメンタルヘルス不調からの休職・退職は他人事ではありません。企業にとって痛手であるだけでなく、従業員本人のキャリアの面でも、なるべく避けたい状態です。従業員が健康的にイキイキと働ける職場をつくるため、メンタルヘルス対策が重要です。
メンタルヘルス対策として、3つの取り組み(①未然防止、②早期発見と適切な措置、③職場復帰支援)があります。
メンタル不調の防止策に二次予防が大切である
休業が必要なほどのメンタルヘルス不調にならないようにするための防止策として、二次予防であるストレスチェック制度、労働者からの相談対応は、早期発見と適切な対応という面でとても重要だといえます。
ストレスチェック制度は50人以上の事業場では義務とされていることもあり、50人以上の事業所規模ではほぼ9割以上の企業で取り入れられています。10人以上の事業所規模でも半数以上がストレスチェックを行っており、制度として普及していることがうかがえます。
事業所内での相談体制の整備については、50人以上の事業所規模では55.2%、労働者10人以上の全事業所平均でも50.7%が実施しています。ストレスチェック制度ほどは普及していませんが、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)の改正もあり、相談窓口の設置は多くの事業所で取り入れられています。(令和2年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況より)
では、会社が設置した相談窓口は有効に利用されているのでしょうか。
実際のところ、相談窓口の存在は認知されているのに、利用率が低いという現状があるようです。
相談窓口の利用に抵抗を感じる人が多い
株式会社NTTデータ経営研究所が2021年9月に発表した「働く人のメンタルヘルスとサービス・ギャップの実態調査」によると、新型コロナウイルス感染拡大以降、ストレスや悩みが増加したという人が増えていることがわかりました。しかし、これらの人の中で、相談窓口を利用した人の割合は3割程度にとどまっており、その多くは、相談窓口を利用することに抵抗感があると回答しています。
抵抗感の理由としては、社内の相談窓口の場合は、相談内容が周囲に漏れてしまうことへの不安や、相談の実施内容がよくわからないという点が挙げられています。相談窓口をより利用しやすいものにするため、この不安を取り除く工夫が必要となるでしょう。
相談窓口の安全性や相談イメージの周知が重要に
相談窓口の利用率アップにはどのような施策が有用なのでしょうか。
以下に一例を挙げます。
①相談の重要性を管理職に啓発し、先入観を減らす
・管理職研修の実施
・経営トップから必要な際には気軽に相談してほしいというメッセージを発信する
②相談内容が漏れることはないという安全性を伝える
・面談の時間や場所を社内の他者に知られないよう配慮する
・本人が望まない場合は相談の事実を上司などに報告しないことを約束する
③社内ポータルなど常に目に入るところで相談窓口の存在を周知する
④相談室の雰囲気や相談のようすを伝える
・原則として二人の相談者が対応する(本人の希望も考慮する)
・相談を受け対応する人が誰で、誰にまで内容を伝えるかを明示する
相談窓口を活用することの大切さ
今まで同じ職場にいて様子がわかりやすい部分がありましたが、テレワークにより労働場所が離れるケースも増えました。軽い相談もしづらくなり、抱え込む傾向を防ぐためには、意図的に相談できる場と時間をもつことが大切になってきます。
前述の「働く人のメンタルヘルスとサービス・ギャップの実態調査」によると、コロナ禍でストレスや悩みが増加した人に、「長く企業に勤め、同居者もいる40~50代、週1~2日でテレワークを実施している」という特徴があることが挙げられています。
この層の人は、生活がほぼ安定し、企業では管理職になっている人も多いと考えられますが、急な環境の変化による自らのストレスに対応しきれていないようです。本来はケアが必要なこれらの人たちが、実際には相談窓口の存在を認知しているにもかかわらず、抵抗感があり、相談窓口を利用していないのです。より利用しやすく実効性のある相談窓口の設置・運用が課題といえるでしょう。
社内の相談窓口の運用が難しい場合には、外部の相談機関を利用するのも一つの方法です。
外部の相談窓口を利用したことのある従業員のコメントとして、「会社の人事に伝えてほしいか伝えてほしくないかを聞いてもらえたので、人事に直接言いづらいことも安心して話せた」「予め、秘密は保持します・会社には伝えないという表記があり、正直に話せた」「24時間いつでも電話できるので、思い立った時に電話ができて良かった」「話を聞いてもらっただけで、問題を客観的にみることができて精神的に落ち着いた」などがあります。
外部の相談機関によっては、ストレスチェックの結果分析、相談窓口に寄せられた相談内容などから包括的に職場環境の改善を提案してくれるところもあります。活用しやすい相談窓口のあり方を考えていきましょう。
#23 コロナで変わった働き方 ~未来に向けた働き方のルールづくり~
コロナで変わったテレワーク
これまでテレワークは、限られた職種や、育児や介護、病気などの事情による場合において行われてきました。しかし、2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発出され、日常生活や企業活動の制限が社会に大きな影響をもたらし、これを機に日本のテレワークは大きく変化しました。大企業に限らず、中小企業でも緊急対応としてテレワーク導入に踏み切ったのです。
その後、テレワークの実施状況はどう変化していったのでしょうか。そこには、働き方の大きな変化が見てとれます。
現在のテレワークの状況
新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020年3月から2021年8月までのテレワーク実施率の推移を見てみます(【図1】2021年8月)。緊急事態宣言下で26.0%から67.3%まで一気に跳ね上がったテレワーク実施率ですが、コロナに慣れてきたともいえる1年後の2021年には、再び38.4%まで下がりました。
しかし、2020年3月の緊急事態宣言発出前と比較すると、緩やかではありますがテレワーク実施率は増加傾向にあることがわかります。これは、テレワークに、コロナによる緊急対応という以外に何らかの効果があったからだと考えられます。
【図1】 テレワーク実施率の推移
テレワークで感じた効果
テレワークを実施したことで感じた効果として、次のようなものが挙げられます。
・通勤時間や移動時間の削減
・業務効率の向上
・業務プロセスの見直し
混雑した公共交通機関での通勤は体力が消耗し、ストレスを感じますが、テレワークによりそれらから解放されたことをメリットと感じた方は多いでしょう。また、顧客との打ち合わせのための移動時間がなくなったことで、以前より効率よく打ち合わせを行うことができたとの実感もあると思います。
また、作業に集中する時間が増えたこと、ペーパーレス化、ICT導入が加速したことなどが、業務効率の向上や業務プロセスの見直しという効果につながったといえます。
テレワークで感じた課題
一方で、課題もあります。労働者調査(【図2】)、企業調査(【図3】)の結果を見てみましょう。
労働者側の課題としては、「仕事とプライベートの区別がつかない」「コミュニケーション不足」「運動不足」などが高い数値を示しています。中でも、「テレワーカーの労働実態(【図4】)」にある、通勤時間や移動時間が削減されているにもかかわらず、出勤しての勤務よりも労働時間が増えたという結果は、注目すべき点です。
企業側の課題としては、「情報セキュリティへの対応」「社内のコミュニケーション不足」「PC、通信環境の整備」という回答が上位を占めていました。
これらの結果から、テレワークという働き方でも従来と同じパフォーマンスを上げるための仕組みを整えていく必要性が見えてきます。
【図2】テレワーク/リモートワークの課題(労働者調査)
【図3】テレワーク実施の課題(企業調査)
【図4】テレワーカーの労働実態
テレワークを定着させるための規程整備が必須
緊急対応として実施したテレワークでしたが、今後は定着していく働き方になっていくでしょう。そのためには、社内制度としての仕組みを整える必要があり、規程の整備が必須です。
テレワークで変化した働き方に対応した就業規則の変更は、企業の法令遵守の姿勢だけでなく、労働者の安心にもつながります。とりわけ、テレワークでは、出勤して働く場合と異なるルールが想定されるため、「テレワーク規程」として独立させた規程を整備することをお勧めします。以下で規程整備のポイントを紹介します。
テレワーク規程整備のポイント
1.労働時間制度の工夫
テレワークを実施する多くの企業は、出勤時と同様の勤務をしていることが多い印象です。しかし、労働時間を柔軟に運用していく観点から、申告ベースによる始業・終業時刻の変更を認めるルールを検討しましょう。例えば、所定労働時間の中で1時間中抜けを認め、その分終業時刻を後ろにスライドさせることなどです。適度な中抜けであれば、時間を有効活用することができます。ただし、中抜けする場合は、「○回まで」のように制限を設け、長時間労働とならない工夫をすることがポイントです。
2.原則、時間外労働を認めない
テレワークでは、お互いの仕事の状況が見えづらく、自分のペースで仕事を進めた結果、出勤時より労働時間が長くなったり、わからないことをすぐに確認できないため、作業が止まってしまうことがあります。メリハリを付けずに働き、労働時間が長くなってしまえば、健康を損なう原因となるため、テレワークでは原則として時間外労働を認めないことを定めます。もし残業が必要になった場合は、「申請+上司の許可」というフローにより時間外労働を行う仕組みも併せて整備しましょう。
3.休憩時間
労働基準法では一定の事業を除き、休憩は一斉に付与しなければなりません。テレワークであっても、一斉付与のルールは適用されるため、一斉付与しない場合は、規程に明記する必要があります。
4.テレワークに特化した服務規律の整備
企業の資産である情報は、特に取り扱いに注意が必要なため、具体的にルールを記載しておきましょう。例えば、資料の持ち出し方法や保管方法、家族であっても情報を見られないようにすることを規程に明記します。
また、運動不足の解消のため適度な運動を行うことを服務規律に記載すれば、運動不足解消と気分転換ができ、作業効率がアップし効果的です。
さらに、コミュニケーション不足を解消するためには、オンライン上でのコミュニケーションを積極的に行うことをルール化することも一案です。出社していれば、ちょっと声をかけることができますが、テレワークでは難しいため、仕組みとして整備します。業務報告として利用するのもいいですが、雑談レベルから業務の相談まで幅広く実施してみるとよいでしょう。
5.費用負担
通勤をしなくなったため、通勤手当の支給は不要という考えは合理的です。しかし、毎月定期代を支給しており、実費支給に切り替えた場合、労働者は不利益感情を抱く可能性があります。通勤手当に限らず、テレワークによりインターネット環境や自宅の在宅勤務環境を整備した労働者には何らかの経済的負担があるため、労働者に過度な負担を強いることは好ましくありません。そのため、労働者と十分話し合い、通勤手当の支給ルール変更、テレワークにおける費用負担の取り決めをします。なお、労働者に費用を負担させる場合は、労働基準法第89条により就業規則に記載する必要があります。
テレワークを定着させるために
企業にテレワークを定着させるには、規程整備はもちろん、実際にスモールステップで慣れていくことも大切です。例えば、社内ミーティングだけオンラインで実践してみると、オンライン会議に抵抗がなくなるきっかけになるかもしれません。
未来に向けた働き方へ
コロナで緊急対応的に始まったテレワークですが、実施率が増加傾向にあることから、今後は当たり前の働き方の一つになりつつあります。活用次第では企業にも労働者にもメリットがあり、パンデミック対策などのBCP対策だけでなく、採用戦略、優秀な人材の確保、仕事と家庭の調和など、柔軟な働き方ができることは、企業力の強化に効果的です。そのために、会社のルールを社会の状況にしなやかに対応させていくことが大切です。
#24 休職・復職支援 〜治療と仕事の両立ができる職場づくりのご提案〜
病気を治療しながら仕事をしている人は、労働人口の3人に1人
日本の労働人口の約3人に1人が何らかの疾病を抱えながら働いていると言われています。働き方改革実行計画のロードマップの中でも、育児や介護だけでなく、治療と仕事の両立に向けた支援は重要なテーマです。しかし、現実には困難な状況に直面している人も多いのではないかと推測します。
日本人の死因トップの「がん」疾病。国立がん研究センターのデータによると、日本人の2人に1人は生涯でがんに罹患しています。一方、5年生存率は6割を超え、以前より大きく改善しています。しかし、未だにがん=不治の病であるといった誤った認識や偏見も少なくありません。私達の知識もアップデートする必要があります。
がん患者の就労に関する実態調査によると、8割が仕事を続けたい、仕事をしたいと思っています。会社はどのようにその支援をすれば良いでしょうか。また、「適切な」配慮とはどのようなものでしょうか。
治療と仕事を両立する上での困難
病気の治療をしながら仕事を続ける人は、何が困難と感じているのでしょうか。
図1のように、大きく4つのことが考えられます。
【図1】
①経済的な問題
治療費がかさむことへの不安や、休職や欠勤による所得の減少があります。これらは、主に社会保障の仕組み(高額療養費や限度額適用認定証、傷病手当金や障害年金)が助けになります。
②働き方の問題
医療技術の進歩によって、入院ではなく通院で治療を受ける人が増えています。また、通勤が困難な人もいます。より柔軟な勤務制度の設計や業務量の調整が求められます。
③相談先の問題
病名を会社に伝えることで人事評価や給与が下がるのではないかと心配したり、病気の再発への不安を持ちながら、どこに相談したら良いのかわからない人もいます。まずは社内に、働き方に関して相談しやすい仕組み(相談窓口など)をつくり、同時に、人事部や上司となる管理職等の担う役割も、研修を行うなどして再確認しておきましょう。
④職場の理解や風土に関する問題
病気や治療について、周囲に話しづらい雰囲気であったり、上司や同僚の理解を得られないと感じると、職場に居づらくなり退職につながってしまいます。職場の理解や協力は、治療と仕事の両立支援の大きなカギを握りそうです。
「制度」について考える
これら4つの問題を解決するには、個々人の努力や職場の慣習だけではなく、会社の制度として整え、支援していくことが重要ではないでしょうか。
具体的には、休職制度や病気休暇制度、時間単位有休、フレックス勤務、時間外労働の免除、時差出勤、短時間勤務、在宅勤務などが考えられます。職種や職場にあった制度を取り入れると良いでしょう。その際、就業規則も忘れずに改訂します。
また、制度の導入だけでなく、休憩スペースの確保や休憩時間の延長、中抜けを認める、席替えやトイレの配慮など、柔軟な対応が求められるケースもあるかもしれません。どこまで認めるのか、どんな支援が必要なのか、アンケートやヒアリングを行うのも有効です。会社が複数の選択肢を示せれば、本人だけでなく家族の安心感も増します。
昨今、健康経営への期待や関心も高まっています。たとえば、がんの罹患年齢は男女ともに50歳代から増加しますが、がん治療も進行度に応じて手術だけでなく化学療法や放射線療法などがあり副作用の影響も個人差があります。育児の両立支援とは違い、今後の見通しも読みにくく中長期の支援が必要になることが大きな特徴です。今後、高年齢者雇用も増えてくることを考えると、ますます両立支援の重要性が増してきます。
これらのため最初にすべきことは、経営トップが両立支援の方針を明確にし、治療をしながらも働き続けられる会社にするというメッセージを社内に発信することです。それにより、安心感と信頼感が醸成され、従業員の定着率が上がり、優秀な人材の確保にもつながることでしょう。
休職時の支援・対応ポイント
療養のために休職する社員への対応は、日頃からのコミュニケーションが最も重要と考えます。
復職の支援は休職の開始時から既に始まっています。さらに言えば、その前からの関係性がオープンな話し合いや周囲の協力体制にも影響します。健康保険の制度や会社の制度などの情報提供ももちろん必要ですが、治療の経過や今後の見込みなどについても、負担にならない程度に定期的に連絡を取りましょう。そして、社員が孤独に感じないよう、社内の情報も伝えます。休職した社員の業務をフォローしている同僚や上司にも、負荷がかかっていると思われます。周囲や人事部がしっかりサポートしましょう。
復職時の支援・対応ポイント
復職の見込みがついたら、まずは主治医の意見を聞きましょう。その仕事をきちんとできる状態なのかを見極めることが最も大切です。口頭だけではなく、【図2】のような書面や診断書などにより確認しましょう。
その上で、本人との面談を行い、今後について話し合います。通勤を含め通常業務が可能か、治療のスケジュールや頻度、配慮してほしい事項などをヒアリングします。
休職前と同じ職場に復帰させるのが原則ですが、場合によっては配置転換や職種変更があること、給与等の待遇が変わる可能性がある場合にはその点についても、十分な説明をし、納得を得るようにします。同時に、抱えている不安についてもざっくばらんに話してもらい、会社で利用できる制度や、配慮で補える点などについて具体的に話し合うと良いでしょう。必要に応じて産業医との連携も検討します。
【図2】
対話の場を続けましょう
復職後も、定期的に面談を続けましょう。
無理しすぎていないか、困っていることはないか、長時間労働になっていないかなど、定期的に確認し、配慮が適正でない場合は再検討する必要があります。1年も過ぎたら慣れてきて、配慮の意識が薄れてくることもありがちです。積極的にコミュニケーションしましょう。
相談窓口・管理職の研修
病気になった社員が相談しやすいよう、人事部など相談窓口を設置、周知することは大切ですが、一番相談されることが多いのは、直属の上司かもしれません。初動が大切ですので、管理職への両立支援の研修も有効です。
病気で退職した人の退職理由の中で多いのは、「迷惑をかけたくない」「職場に居づらくなった」などです。病気の知識も大切ですが、会社の制度を知り、活用することで、「すぐに仕事を辞める必要はない」ということを伝えることができます。
なお、相談を受ける際にはプライバシーへの配慮も重要です。社員が話したい、伝えたいと思っているところまでを聞くようにしましょう。本人が話したくないことを無理やり聞き出すとハラスメントになる可能性があります。回復の見込みがあるのに、いきなり解雇や退職の話を切り出すことも、トラブルとなる場合があるので、注意しましょう。
体験者の声が助けになる
社員が同僚に相談するケースも多いようです。意外にも同じ体験を有する人や、家族が同じ病気を体験している場合もあります。本人も内心は葛藤しています。人事部や直属の上司以外でも、相談しやすい雰囲気、場をつくることを心がけたいものです。
病気休職を経験した私の友人の例では、寄り添いだけでなく、干渉しない、期待しない、ということも、良い意味で助かるときがあったそうです。
最後に
私の友人の中には、難病指定の病気を持ちながら、会社の制度を利用して生き生きと働くことができている人がいます。彼女は、病気の治療と仕事の両立を会社と一緒に考えるなか、働き方のみならず、生き方まで考えるようになり、自分の体験がどうしたら誰かの役に立てるかも考えるようになったそうです。別の友人は、週3日大学で教える仕事に転向していましたが、よりハードに見える観光の現場に戻って行きました。
人それぞれ病気と仕事の考え方や向き合い方は違います。その多様性を認められる仲間、許容できる会社が増えることが、日本社会の成熟や成長に通じると信じています。
#25 2022年4月・10月育児・介護休業法改正~大切なことは意外とシンプルです~
これまでも時代の動きに合わせて改正が繰り返されてきた育児・介護休業法。2022年4月1日より段階的にさらなる改正が行われます。
今回の改正は、男性の育児休業取得促進が主な狙いです。今こそ「仕事と育児を両立するために柔軟に休業することができる環境づくり」に一歩進むことができるのではないでしょうか。
全ての事業主に適用される今回の改正のポイントについて、具体的な内容と会社がやるべきことを確認していきましょう。なお、4月と10月の改正点はそれぞれのタイミングで実施しましょう。
2022年4月改正のポイント
【育児休業取得のための環境整備 実施義務】
以下のいずれかを実施することが必要
4月の改正では、仕事と育児を両立する制度が会社に導入されていることを前提に、さらに「育児休業を申し出しやすい社内環境に整える」という措置が義務化されます。
①管理職に対して研修を実施することで、育児休業取得について上司の理解がある職場を目指します。一般社員にも同様の研修を実施することにより、身近に育児環境のない若手社員にも理解を促します。
②育児休業取得を考えた時に、まずどこに相談すればよいのかを周知します。
③未来に向けて自社での事例を記録し、積み上げ、労働者へ情報提供を行います。同じ環境で育児休業取得をした例は、取得に迷いがある労働者の不安を払拭し、職場での育児休業取得促進につながります。
④会社の方針を従業員に周知し、安心して育児休業を取得してもらえる環境を目指します。周囲の人にも理解を深めてもらうことにより、気持ちよく制度を利用できるようにすることが狙いです。
【育休取得のための個別働きかけ 実施義務】
妊娠、出産等を申し出た従業員(本人・配偶者いずれも対象)に対して、申し出があった時点からできるだけ早い段階で、会社のほうから個別に育児休業に関する制度の説明を実施し、育児休業取得の意向を確認するための面談等を行うことが義務づけられます。
これまで、長く休業に入る女性従業員だけに意向の確認をしてきた企業も多いようですが、改正により男女を問わず、個別に確認が必要になります。その際、育児休業取得を控えさせるような言動は認められません。
以下の事項の周知と休業取得の意向確認
個別周知・意向確認の方法としては、面談(オンライン面談可)・書面交付・FAX・電子メール等のいずれかとなります(FAXと電子メールについては従業員が希望した場合に可能)。
会社は育児休業取得者と、申し出時だけでなく休業に入る前・復帰してくる直前・復帰後しばらく経ったときなど、都度面談によるヒアリングを実施し、休み方や今後の働き方の提案などを行います。育児休業申し出から復帰後までのスケジュールを含む、面談用チェックシートを作成しておくとスムーズでしょう。
【有期雇用労働者の取得要件緩和】
今回の改正では、育児休業取得の対象者の「入社1年以上であること」という要件が廃止されました。正社員以外の有期雇用の従業員が多い会社にとっては、大きな影響があるでしょう。ただし、労使協定によって対象者に「雇用期間が1年以上」という条件を設けることは可能です。すでに労使協定で雇用期間が1年未満の者を除外としている場合でも、改めて労使協定を結ぶ必要があります。
一方で、有能な人材を契約社員として迎え入れた直後に妊娠が判明、育児休業取得不可で泣く泣く退職というようなことを避けるためにも、今後、入社1年未満の者でも育児休業取得ができるよう、前向きに検討してみる良い機会ではないでしょうか。
2022年10月改正のポイント
【出生時育児休業(産後パパ育休)の創設】
今回創設された「産後パパ育休」は、通常の育児休業とは別に取得できることがポイントです。1度に4週間ではなく、2回まで分割して取得することが可能です。
加えて通常の育児休業も、配偶者の職場復帰や体調に合わせて、2回の分割取得が可能となりますので、産後パパ育休と合わせると、男性は子が1歳になるまでに4回に分けて取得ができるということになります。
また、労使協定を締結している場合に限り、上限はありますが休業中に就労することができます。休業中に少しでも業務に携わることによって、本人だけでなく同じ部署の従業員にとっても安心感があります。長期間職場を離れることは難しいと考えていた従業員にとって、育児休業取得のハードルが低くなるのではないでしょうか。
育児休業を取るのは心苦しい?
同じ部署の男性社員が「3ヵ月育児休業を取得したいと考えているのだけど」と話してきたらどう思いますか。
「君の業務は誰がやるの?」
「こんなに忙しいのに3ヵ月なんて無理だろう!」
この状況が男性の育児休業取得率を伸び悩ませている原因です。育児休業取得者本人にも、若干の心苦しさがあるかもしれません。
私が新卒で入社して間もなかった20年以上前、お腹の大きな上司は、いつも申し訳なさそうにしていました。休憩するスペースはあちこちにあるのに、身体が辛くなるとトイレの個室で休み、度々「迷惑をかけてごめんね」と周りに声をかけていました。
まだ若かった私には「出産・育児をしながら仕事を続けるのはとても難しいこと」と映りました。また、男性で育児休業を取る人など、周りには皆無でした。
その後、私自身が産休に入る時には、その頃より育児休業は一般化されていたものの、やはり「申し訳ない」という気持ちが大きく占めていました。ある時、同じ部署の後輩が「私もいずれ結婚・出産をして育児休業を取得するつもりでいますから、その時はお願いしますよ! 今は任せてください」と声をかけてくれました。
あの当時、申し訳なさそうにしていた上司にこの言葉をかけてあげることができたら、どんなに気持ちが楽になったことでしょう。
これからの育児休業取得に必要なこと
育児休業の取得に限らず、従業員の誰かが突然働けなくなるということは、ある日突然起こり得ることです。そう考えると、事前に休業期間がわかっている育児休業は段取りもできるので、何とかなりそうに思えませんか。
男性の育休取得を促進するには、まずは事業主から「育休を取得しましょう」と発信し、従業員の理解を得ることが必要です。
上司が自ら育児休業を取得してみるというのも、申し出しやすい雰囲気づくりにつながります。
制度や環境の整備をすることは会社として取り組まなければなりませんが、育児や介護だけでなく、休業した人の業務をカバーすることができる職場のチーム力に勝るものはありません。後輩に「任せてください」と言われた私も、復帰する時には「次は私が力になろう」という職場への想いを抱いていましたし、安心して休業できた分、仕事への意欲を失うことはありませんでした。むしろ、この自分の経験を次に育児休業を取得する人のために活かしたいという気持ちまで芽生えたほどです。
制度が充実していても、使う人がいなければ使いづらいままです。最初は時間も労力も必要ですし、うまく進まないこともあるでしょう。あとになって、会社にとって重要な戦力を失ったことに気づくことがないよう、日ごろからコミュニケーションを大切にし、育児休業取得を考えている従業員を後押しできる職場の環境づくりをはじめてみませんか。
#26 雇用保険マルチジョブホルダー制度~兼業・副業社会へのスモールステップ!~
雇用保険マルチジョブホルダー制度新設の背景
令和4年1月1日から、「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が始まったことをご存じでしょうか。
兼業・副業で働く人が、複数の会社にまたがって雇用保険に入ることができる制度です。
次の図1では、2か所以上で雇用者として働くことを希望する人、実際にそのように働いている人がともに増えていることが読み取れます。
図1
これは5年に一度行われる就業構造基本調査の2017年版データですので、2022年に実施される調査では、これよりも増えていることが予測されます。誰もが柔軟な働き方を実現できるように環境整備を行う一環として、兼業・副業を推奨・促進する動きが見られます。
そんな中で課題点の一つとされていたのが、雇用保険の適用要件についてです。
雇用保険は、週20時間以上労働し、31日以上の雇用見込みがある人が加入するものです。しかし、複数の企業で働いている人の場合、例えば、一方の会社では週10時間、もう一方の会社では週15時間など、通算で20時間以上働いていても雇用保険には加入できません。
政府は、複数の職場で働く人に対するセーフティーネットを拡大する足掛かりとして、この雇用保険の問題について2016年頃から審議を重ねてきました。そして2020年3月、複数の企業で働く人の労働時間を通算して考え、本人が希望すれば雇用保険に加入できる「雇用保険マルチジョブホルダー制度」の試行的な導入を盛り込んだ「雇用保険法等の一部を改正する法律」が成立しました。
マルチジョブホルダー制度の内容について、詳しく見ていきましょう。
どんな人が対象?
マルチジョブホルダー制度で雇用保険に加入するためには、次の3つ全てを満たすことが必要です。
以上3つの要件を満たし雇用保険に加入した人は、「マルチ高年齢被保険者」となります。
副業する従業員の情報にアンテナを張る
「65歳以上」という年齢制限があるので、制度に該当する人はかなり限定されます。私が所属する社労士法人でも、関与企業で、マルチジョブホルダー制度で新たに被保険者になったという例は、ほとんどありません。65歳以上のパートの人がたくさん働いている会社でも、状況は同じです。
ただ、要件に当てはまる・当てはまらないの前に、そもそも掛け持ちして働いている人の情報を会社側が把握しきれていないことが一般的のようです。現場ではまだ制度の認知度が低く、そのため該当していても制度を知らなくて加入していない人がいる可能性があります。
例えば、高齢で非常勤の人が多く働いている訪問介護(ホームヘルプ)などの業種の場合、資格を持って他の会社と掛け持ちをしている人も少なくないのではないかと推測できます。
副業をしている従業員がいることがわかったら、副業先・本業先の労働時間などの情報にも、アンテナを張りましょう。
年齢制限は兼業・副業社会へのスモールステップ
シニア層の人がそもそもあまりいない企業にとっては、マルチジョブホルダー制度は気にしなくてよいものだと思うかもしれません。前述の通り、65歳以上で複数の企業に雇われている人は少なく、まだ事例としても少ないのが実際です。
しかし、兼業・副業で働く人は今後も増えることが予測されますので、将来的にはマルチジョブホルダー制度の適用範囲が拡大されることも充分に考えられます。法律には施行5年後の見直し規定もあり、65歳という年齢制限は、兼業・副業社会が推進されるためのスモールステップとして設けられたものと言えるかもしれません。
また、マルチジョブホルダー制度は、雇用されて働く人が対象ですが、雇用者ではない方々のセーフティーネットの問題も、今後の検討課題になっています。
2020年から続くコロナ禍で、アプリなどのプラットフォームを介して展開されるシェアリングエコノミーの普及や、一つの企業に縛られず単発の仕事を請け負って働く人の増加が加速しました。フリーランスなど、雇用かそうでないかに関わらず、新しい働き方についてどのような動きがあるか、注目していく必要があります。
手続上の注意点(通常の雇用保険加入との相違点)
始まったばかりのマルチジョブホルダー制度は、特例的な措置のため、従来の保険加入と異なる点があります。申請の手続を行うのは保険加入を希望する本人ということになっていますが、現実的には、事業主がサポートすることになると思います。どのような点に注意して対応していけばよいか理解しておきましょう。
(1)加入は労働者本人の申し出が必要
該当者が「マルチ高年齢被保険者」になるには、労働者本人の任意の申し出が必要となります。
前述のように制度の認知度が低く、他の会社で働いている人の情報を会社側が整理できていないことも多いかと思います。情報を把握し、あらかじめ声をかけてあげるなどの周知をしましょう。また、本人からの申し出があったら、事業主はそれを拒むことはできません。適用要件該当者から加入希望の申し出を受けたら速やかに手続をサポートしていきましょう。
(2)手続の申請日が起点で、過去に遡って加入をすることはできない
従来の雇用保険では、加入の手続日が入社日より後になっても実際の入社日から保険に加入することができますが、マルチジョブホルダー制度ではそれができず、手続の申請日が起点となります。
(3)届出は労働者の住所の管轄のハローワーク
通常、雇用保険の資格取得届は事業所の管轄のハローワークに届け出ますが、マルチジョブホルダー制度の場合、本人の居住地の管轄のハローワークに届け出る必要があります。届出後は、ハローワークからの手続完了の通知をしっかり確認しましょう。
また、通常の雇用保険と同じように、一度加入すると労働者の任意で脱退はできません。該当の労働者が希望して雇用保険に入った場合、当然雇用保険料がかかります。手続が終わったら、それぞれの事業所で雇用保険料を徴収し、年度更新を行うなど、保険料の納付については通常通りですので注意が必要です。給与計算など、管理システムへの反映なども、忘れないようにしましょう。
通常の雇用保険と違い注意点が多いマルチジョブホルダー制度の手続上でお困りの際は、社会保険労務士に代行してもらうなどして、手続がスムーズにいくようにサポートしていきましょう。
労働者にとってよりよい職場を目指すために
マルチジョブホルダー制度は、副業・兼業することを選択した人が、より主体的に職業人生を送れるきっかけになるものです。離職時の給付や教育訓練給付の支給など、被保険者になることで得られる保障により、副業・兼業がキャリアの発展につながる働き方なのだと労働者が感じられることが、同制度のよいところなのではないでしょうか。
シニア層の活躍のためにも、兼業・副業社会へのスモールステップとしても、まずは副業している従業員がどれほどいるか情報を把握し、手続に備えてみましょう。従業員に言われてから受け身で手続をするのではなく、あらかじめ周知し、今後の適用拡大に注視していくことをおすすめします。