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[インタビュー]このひとに聴く③年金数理人 小野 正昭さん

人口減少社会の日本、「平等」の観点から年金制度の改革を

年金数理人の多くが金融機関に所属し、資本主義市場経済の経済理論をベースに活動するなか、小野正昭さんは公的年金制度に関わり、社会保障が社会を安定させることで資本主義経済を支えていることを知った。人口減少社会に突入した日本。小野さんは年金制度に「平等」の観点から改革を求める。

[略歴]小野 正昭(おの まさあき)年金数理人。1956(昭和31)年生まれ。東京大学理学部卒業。安田信託銀行、みずほ年金研究所などを経て、2021年退職。社会保障審議会年金部会・人口部会・年金数理部会の各委員、日本年金学会幹事なども務める。

人口減少社会では長期的に「平等」を政策目標とした社会保障が重要

――前回2019(令和元)年の財政検証に伴い制度改正を検討してきた社会保障審議会年金部会は、議論を終えた2019(令和元)年12月27日、「社会保障審議会年金部会における議論の整理」をまとめていますが、そのなかで、「今後の年金制度改革の方向性」について、次のように記しています。
「公的年金制度が、2004(平成16)年改正の財政フレームの下、長期にわたり老後生活の基本を支えるという役割を引き続き果たすためには、今回(令和2年――引用者)の年金制度改革が与える影響や今後の社会経済の変化の動向などを検証し、社会経済や労働市場の変化に対応した制度の在り方について雇用政策とも連携しながら今後とも検討を進めていく必要があることは言うまでもない。」
小野さん自身、この報告書をまとめたときの年金部会の委員のおひとりでもあり、次の制度改革を議論するこのたびの部会の委員でもあるのですが、これから本格的な議論が始まる次期年金制度改革の方向性をどのようにお考えでしょうか。

「社会経済や労働市場の変化に対応した制度の在り方」ということでお話ししますと、最近、野原慎司さんの『人口の経済学――平等の構想と統治をめぐる思想史――』(2022年、講談社選書メチエ)という本を読んだのですが、そのなかで、著者の野原さんは、イギリスの経済学者であるケインズ(1883-1946年)の理論を紹介されています。ケインズが生きた時代のイギリスは、人口が増加して経済が成長している時代から、人口の増加が鈍化してきている時代で、ケインズ自身も人口の減少までも考えて社会経済を考察しているのです。そして、ケインズが言うには、短期や中期を視野にした経済理論は、制度やしくみをある種、与件として扱えば成り立つのですが、長期の議論をするときには、この制度やしくみが、いかにあるかということが社会の豊かさ――庶民の暮らしの質の向上――にかなり影響してくるというのです。そして、制度やしくみがいかにあるかを考えるうえでのキーワードになるのが「平等」だと指摘しているのです。

同書はケインズを取り扱った章を次のように締めくくっています。
「ケインズ人口論の現代的意義は何か。社会の平等化という政策目標は、人口減少社会への対応としてもみなし得る。ケインズは、人口減少社会になると需要の低迷などの問題が生じ得ることを認識していた。短期政策としては効果のある金融施策(低金利政策)に加えて、長期的には所得分配政策が重要となる。福祉政策を通じた所得再分配は、人口減少社会の抱える需要減少などの問題に対応し得ると言えるだろう。そして人口減少社会に向きあうには、既存の制度を前提とするのは不十分で、どのような制度が最適かを考えることが重要である。」(250-251頁)

私の理解ですが、感覚的には、「平等」を実現することは限界消費性向が高い人への分配・再分配を強化することになりますので、循環を通じた経済成長が促進されるということになりましょうか。総務省の「人口推計」によると、日本は2014(平成26)年に総人口約1億2,708万人となり、前年比で約21万5千人減少して、人口減少社会へと突入しました。日本にとっても社会保障を「平等」ということを踏まえて、しっかり機能させていくことが重要なのだと改めて思いました。

ところで、慶應義塾大学の権丈善一教授は、生産された財やサービスを分配する市場に対して、ある特別な財・サービス(社会保障給付)の分配については市場から外して、必要に応じて利用できる機会を平等に保障(再分配)する「特殊平等主義」を組み込んだ市場社会(図)について述べています。そういった社会の中心にダイナミックな市場があり、その周りをだれもが利用できる共有地のような社会保障があると説明しています。私は「共有地」をあえて「セーフティネット」と言わないことも含めて、この図が好きですね。

権丈善一著『ちょっと気になる社会保障V3』(勁草書房、2020年、16頁)

権丈教授が共有地に「年金」を入れなかったことには意味があると思いますので、ここからは私の考えで間違っているかもしれませんが続けます。ところが、ダイナミックな市場に立脚する経済学(主流派経済学)は、しばしば共有地に干渉してきます。しかし、資本主義市場経済の理屈や基準は社会保障では成り立たないと言いますか、適用すべきでないと考えるようになりました。

そうしたダイナミックな市場(資本主義市場経済)と共有地との関係を考えると、私のようなダイナミックな市場のプレーヤーである金融機関で生きてきた年金アクチュアリーは、公的年金への接し方ということを考え直さないわけにはいきません。そこで、昨年2022(令和4)年の社会保障審議会年金数理部会(オンラインセミナー)で、私は次のように発言しました。

「年金数理部会に対する考え方について、私見を述べさせていただきます。
私を含め、年金数理部会には複数の民間企業出身の委員が在籍しています。民間企業は資本主義市場経済という社会のダイナミズムのなかで活動する主体ですので、結果として、私たちの知識のベースは主流派経済学と整合する金融経済学等になります。しかし、公的年金にかかわらせていただき、公的年金等の社会保障制度は社会の安定を提供することで経済のダイナミズムを支える存在であることを強く認識するとともに、社会保障制度に市場経済の理論や基準をそのまま適用することには疑問を感じるようになりました。 (以下省略)」(第93回社会保障審議会年金数理部会2022年11月28日小野委員提出資料「公的年金の財政検証とピアレビュー」33頁)

一例として掲げたのが「確率論的将来見通し」に関する批判的見解です。同じ資料の32頁では、ピーター・ドラッカーや数学者のラプラスを引用しつつ、2009年から示された現在の財政検証の考え方、つまり「投影であり予測ではない」という見解に対して、前回までのピアレビューはどのように受け止めたかが問われていると指摘させていただきました。聞きかじりの知識で恐縮ですが、数学者のポアンカレが天体の軌道に関する3体問題で指摘した初期値鋭敏性や、気象学者エドワード・ローレンツが指摘したバタフライ効果は、初期値の観測誤差をなくさなければ正確な長期予想は困難であり、初期値のほんの僅かな差が将来を様変わりさせることを指摘しています。自然科学の世界でさえこのような状況ですので、複雑な利害関係を持つ組織が多数存在する、合理的な個人ばかりでない現実の社会において、すべてを方程式で記述できるのか、エルゴード性は前提とできるのか、さらに社会科学において初期値は正確に計測できるのか、こうした問題を意識することもなく「確からしさ」を示すことについて、私は否定的にならざるを得ませんと発言しました。世の中には中心極限定理が成り立たない確率事象が多いとは吉川洋先生が教えるところでして、確率モデルを作って100年間の結果を示すのは意味がありません。もっとも、金融経済学そのものは、ダイナミックな市場で活動する人々にとっては丸腰で戦うわけにはいきませんので、必要なツールだとは思います。

ということで、きょうは、私は年金アクチュアリーではありますが、その立場からは離れて、年金制度改革についてお話ししたいと思います。

適用拡大で「平等」を追求する

――では、「平等」ということから、年金制度改革の方向性について、お聴きしたいと思います。

昨年12月16日に公表されました全世代型社会保障構築会議の報告書における「目指すべき社会の将来方向」にもありましたとおり、「働き方に中立的な社会保障制度を構築し、労働力を確保する」ために、制度が生み出している不平等といいますか、不公正をなくすための改革が必要だと思います。社会保障はだれもが平等に制度を利用できるようにしなければなりませんが、被用者年金の適用拡大はそのための改革であり、今回は人数要件の撤廃とともに非適用業種の解消を実現することが必須だと考えています。それとともに、労働者が被用者保険の適用になるよう、被用者保険が適用されることのメリットをわかりやすく説明する広報活動が重要と思います。

そのうえで、報告書にもありましたとおり「週労働時間20時間未満の短時間労働者についても、被用者にとってふさわしく、雇用の在り方に中立的な被用者保険を提供する観点からは、被用者保険の適用除外となっている規定を見直し、適用拡大を図ることが適当と考えられることから、そのための具体的な方策について、実務面での課題や国民年金制度との整合性等を踏まえつつ、着実に検討を進めるべきである」ということだと思います。権丈教授が指摘していますが、事業主にとって週20時間未満の労働者を雇用することは、労働者が第2号被保険者であれば負担すべき社会保険料の事業主負担分を免れることを意味します。これは、労働者からは「見えない壁」であり、事業主に裁定機会を与えることになります。昨今、「年収の壁」とか「働き損」といったおかしな議論が出てきていますが、むしろ、この「見えない壁」を取り払う施策が「平等」の実現のために求められていると思います。

日本の公的年金の特徴として「国民皆年金」が言われますが、こと被用者に限って言えば、被用者年金のカバー率は他国と比べて胸を張っていられるような状況ではないと思います。私は日頃、アメリカの年金制度の動向をフォローしているのですが、昨年末に成立した通称SECURE Act 2.0と言われる法律は、導入が任意の企業年金でさえも、新規で導入する401(k) 制度はパートタイム従業員が2年間連続して勤務した場合に加入資格を与えることを義務付けています。ここで、1年間の勤務と認められるためには最低500時間の勤務を達成すればよいとされています。週に換算すると約10時間ということになりますね。

また、第1号被保険者期間の延長というのも必要だと思います。自営業者や家族従業員と言われる人たちの半数は60歳を超えているわけですので、働いて付加価値を生産している人たちが制度に参加しないというのはおかしなことで、保険料を払うことによって基礎年金を充実させていく。基礎年金は被用者年金も含めて60歳以上の人たちも全員で支えていくというやり方にするというのも「平等」の確保の一つだと思います。将来の施策の在り方として、社会の豊かさを実現させていくための平等の確保ということでは、被用者年金の適用拡大とともに、第1号被保険者の被保険者期間の延長も必要な施策だと思うのです。

――ギガワーカーの被用者性ですが、実体的に雇われているような形で働いている人たちがいるのですが、雇用関係にないことから、社会保険にも入れないことになっています。大妻女子大学短期大学部の玉木伸介教授は被用者性の周辺部分も含めて、もっとおおらかに考えて救済の傘に入れるのが社会保障じゃないかという言い方をしているのですが……。

そのとおりですね。まずは雇用従属性のある人たちには被用者保険を適用するということでいいのではないでしょうか。構築会議の報告書にもあるとおり「労働基準法上の労働者に該当する方々については、被用者性も認められ、適用除外の対象となる場合を除いて被用者保険が適用される旨を明確化した上で、その適用が確実なものとなるよう、必要な対応を早急に講ずるべき」ということだと思います。そのうえで、「労働者性が認められないフリーランス・ギグワーカーに関しては、新しい類型の検討も含めて、被用者保険の適用を図ることについて、フリーランス・ギグワーカーとして働く方々の実態や諸外国の例なども参考としつつ、引き続き、検討を深めるべきである。」ということだと思います。世の中の変化が先行しており、こういった問題を議論しなければいけない段階に入ってきているはずですので、その意味でも、被用者保険の適用拡大は早々に片づけなければならないと思います。こうした課題を進めていくにあたっては技術的な検討も必要ですが、マイナンバー制度等、デジタル技術の活用が欠かせないことも、構築会議の報告書で指摘されています。

財政検証で子育て支援連帯基金をどう考えるか

――人口減少という社会経済の変化に対応した制度の在り方を検討していくということでは、どうお考えですか。

財政検証では、いろいろなパターンを想定するのですが、今回の人口推計では出生率が低下しそうです。それを踏まえると厳しい見通しになるかもしれません。そのときに、権丈教授が提唱する医療保険、年金保険、介護保険など公的保険制度が拠出して、子育て支援策の財源とする子育て支援連帯基金のようなしくみを財政検証においてどう考えていくかです。こうした政策と出生率との関係を明示的に示すことはできないと思います。ただ、出生率の改善を成果として期待できるかもしれませんが、それを負担ではなく、投資と捉えることができるかがポイントになると思います。投資というからには、運用パフォーマンスだけではなく、国民のみなさんに世の中を変えるためのしくみという見方をしてもらえる環境づくりが、まずもって必要だと思います。年金や社会保障に限らず、構築会議の報告書が指摘するとおり、少子化は「国の存続そのものに関わる問題であると言っても過言ではない」ため、「少子化・人口減少の流れを変える」ことの重要性を浸透させることが求められていると思います。

――人口への好影響が期待できるのであれば、年金財政にもプラスに作用するということになるわけですね。

これまでの財政検証では、将来推計人口のうちの一つのシナリオ(出生中位・死亡中位)をベースに、経済前提だけを変えて将来に投影したものを示すというやり方をとってきました。ただ、将来推計人口も「投影」ですし、実際には出生や死亡に関するすべての仮定で検証結果を算出しています。今後は、一つの人口推計のシナリオだけでなくて、別のシナリオの結果も、これまで以上に前面に押し出す必要があると思います。少子化・人口減少は重大な問題ですので、世の中を変える努力によって実現するかもしれない将来の例を示す、頑張れば未来は変わり得るというメッセージも必要だと思います。

同性婚は事実婚として遺族年金を支給?

――そのほか、次期制度改正の課題として、なにかありますか。

私は遺族年金のことについては素人ですが、前回の財政検証で議論できなかった遺族給付の派生的問題としても、「平等」といいますか、昨今の言葉でいうと「多様性」が求められてもいいのではないかと思います。具体的には同性婚についてですが、人口部会では、出生率が低下する一方で外国人の流入超過の増加が示されています。海外からの入国者が同性婚であった場合、日本の公的年金制度では、パートナーが死亡したとき、法律婚で入国したのに、遺族年金が支給されないという問題が起こりかねないのではないかと思います。そうなったときに、日本の理屈を押しとおしていけるのかなあというのが、気になるところです。日本では同性婚は法律婚となっていませんが、外国人に限らず、こうしたカップルが子を育てるケースもあり、検討は必要なのだろうと思います。

以前、同性婚に関するアメリカの判例を調査しました。同性婚を法律婚として認められていたカナダ人のカップルが、アメリカ・ニューヨークにきて生活していたのですが、一方が亡くなり、亡くなった人には結構な遺産があったのです。配偶者に対する遺産相続はアメリカでは優遇されており、配偶者は課税の免除を求めましたが、内国歳入庁(IRC)はこれを認めなかったために合衆国を相手取った訴訟となりました。アメリカ合衆国の連邦法には、婚姻関係は一人の男性と一人の女性によって成立すると規定した結婚防衛法という法律があるのですが、ひとまずこの法律が違憲とされました。一方で、婚姻関係を認めるのは各州でしたので、各州の対応がまちまちであったことから訴訟があり、2015年の最高裁判決で同性婚を認めない州の対応は違法と判断され、全米で同性婚が認められるようになりました。この判断が公的年金である社会保障にも適用されることになりました。

先進国が基本的に同性婚を法律で認め、日本と社会保障協定を締結するなか、日本だけが同性婚は認めないし、給付もしないということが通用するのかどうか。一方で、日本の遺族年金制度では法律婚だけでなく、事実婚も認めています。一足飛びにはいかないとは思いますが、外国で法律婚として認められた同性婚については事実婚として認めることを契機に、同性カップルに対する遺族年金の支給の道を拓くことも考えられないでしょうか。

――きょうはインタビューをお受けいただき、ありがとうございました。

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