居酒屋ねんきん談義|#11 On-line居酒屋ねんきんの店主が著者に聞く――原佳奈子・川端薫・望月厚子さん『社労士さんに聞いた年金と老後とお金の話』を語る
社労士会の研修は、公的年金は意義・役割を重視、周辺知識で私的年金とライフプランを
権丈:まずは、この本はどういった本なのか、編著者である原さん、存分にご紹介いただけますか。
原:全国社会保険労務士会連合会では、2015年度から、「公的年金制度及び周辺知識に関する研修」という、社労士が年金制度について必要となる知識を理論編と実践編とにわけて、それぞれ年1回ずつ、全国の社労士に向けて実施している研修があるのですが、公的年金についてはあらためてその意義や役割を中心に講義、また、公的年金制度の周辺知識ということでは企業年金、個人年金やライフプランについて研修をしています。特に、周辺知識では、社労士は公的年金制度を通じて顧客である個人や事業主・従業員の老後のライフプランに関わっているのですが、これまであまり企業年金や個人年金、さらには将来設計のことまで考える機会がなかったものですから、この研修内容をベースにオリジナルな書籍として、1冊にまとめました。
権丈:ぼくはこの研修の第1回から理論編の講師として、「公的年金制度への不信や誤解を解くために」をテーマに講義を担当しているんだけど、ぼくの講義は「公的年金制度及び周辺知識に関する研修」の「周辺知識」の部分だと思っていました。いまの原さんの話を聞いてわかったんだけど、「周辺知識」というのは、企業年金・個人年金、ライフプランなどのことで、ぼくの講義は、公的年金制度に関する内容だったんですね。周辺知識だから何話してもいいんだと思って、年金と関係ない話ばっかりしてたけど(笑)。
原:先生は、研修の中では、公的年金制度のほうに入るんですけど、先生のお話は、あの感じがいいんです。社労士試験では国民年金法、厚生年金保険法が試験科目ということもあって、社労士は、年金というと法律、条文を通じて制度に関わるようなところがあります。そうしますと、研修などでも、国民年金と厚生年金保険の給付のしくみが中心になってしまうのですが、この本では、公的年金については、「第Ⅰ部」にあるように、その意義や役割ということに重きを置いた構成になっています。権丈先生には、研修において、「公的年金制度及び周辺知識」のうちの「公的年金制度」のなかの意義・役割ということに関連して、「公的年金への不信や誤解を解く」というまさに中心部分の講義をご担当いただいてきました。
権丈:どうして、このような研修を開こうと思ったのですか。
原:日本年金学会など年金に関係する組織や関係団体にも関わらせていただいているのですが、そこでは、いろいろなお立場の方から、「なぜ年金が必要なのか」、「どうして年金がないといけないのか」ということをテーマに議論されているのを目の当たりにしました。
年金制度の財政方式(賦課方式)、年金制度の損得論、世代間不公平論などの議論もそうです。しかし、社労士は公的年金制度の実務には関わっているのですが、なかなかそうした制度論の議論には関わってこなかったのではないかと感じまして、これからの時代、社労士も公的年金に対して国民が抱いている不信感や誤解に対して、しっかり説明していかなければいけないと思ったんですね。
権丈:なるほど。異質な人たちとの出会いが生んだ新鮮な思い、ダイバーシティから、あの研修が生まれてくるわけか。
原:たしかに、そうですね。それから、公的年金は老後の生活設計の基本であり、柱でもあるのですが、それぞれが希望する老後を過ごすためには、公的年金プラスアルファが必要になってきます。そういった意味では、就労と組み合わせたり、企業年金や個人年金と組み合わせたりすることも必要になります。実際の相談現場からもプラスアルファの部分にどう対応したらいいのかといった相談も増えています。しかし、一方で、企業年金やiDeCoなどの個人年金には、なかなか対応できていないということも社労士の皆さんからは聞いていました。公的年金制度についての深掘りだけでなく、広がり、つまり公的年金制度の周辺知識についても知っておかないと、老後の所得確保という点については、事業主への相談もそうですし、個人への相談もこれからの時代は対応できないのではないかと感じまして、こうした研修の開催を全国社会保険労務士会連合会にご提案させていただきました。
権丈:ふ~ん、なるほど。望月さんは、どうですか。
望月:だいたい年間に400~500件くらい、年金の相談を受けているのですが、60歳で定年を迎えていた時代は、子育ても終わり、住宅ローンの返済も終わっている方が多かったのですが、しばらく前からは50代でも子育てをしている方がいたり、住宅ローンを返している方もすごく多く、そうした状況にあって、公的年金だけでどうやって生活していけばいいのかという質問が多くなってきました。たしかに、老後は、公的年金が収入のベースになりますが、公的年金だけで生活するわけではありません。そうした方には、本書を参考にご自身、あるいはご家族でキャッシュフローやライフプランを作ってみることをおすすめしています。実際に作ってみると、公的年金だけでは生活できそうもないと実感するかもしれませんが、そうした状況把握が大切なのです。そのうえで、どうしたらいいのかを考えるのがライフプランですから。当初、予定していた年齢よりも長期間働いたり、共働きの期間をつくったり、さらには、支出を見直して貯蓄を増やしたり、公的年金に上乗せする確定拠出年金など自助努力の方法を検討したり、自分に合った対策を立てればいいのです。また、さらに知っておきたい知識として、介護保険、成年後見制度などの情報についても、この本には盛り込んであるので、ぜひ、老後のライフプランづくりの参考にしていただきたいです。
権丈:なるほど、望月さんが担当されたのは、「周辺知識」でも、企業年金とか私的年金に加えて、住宅ローンとか、教育ローンとかの支出項目との兼ね合いというところで、この研修に関わられているのですね。これ、すごく大事なポイントだと思うんだけど、人それぞれのライフイベントを実行するにしても、現在は以前に比べて後ろのほうに年齢がシフトしているわけだから、社労士にとっては目の前で相談を受けている人たちの相談内容が変わってきている。社労士の仕事の内容も、それに応じて、もっと厚みとか深さとか広がりを持ったかたちで対応できるようにしておかないことには、うまく相談対応ができなくなってきている。そうした変化に対応した研修内容が、この本にも盛り込まれているんですよね。
権丈:川端さんは、この本ではマネープランを担当されていますが。
川端:周辺知識についての研修で一番良いところは、自分らしく生きるためにはどうしたら良いのかをテーマにできることだと思っています。年金制度について社労士会が行う一般的な研修では、年金の手続はこうする、年金の質問にはこう答えるという実務や相談対応のノウハウについて、初級・中級・上級と難易度をつける内容になっています。そのような年金相談業務に対応したスキルは必要には違いありませんが、実は社労士が行う年金相談のスキルには、公的年金制度の知識や手続に精通しているだけでなく、周辺知識も含めて理解されているかということも大切なのではないかと考えています。
以前、わたしは年金事務所の窓口で相談対応をしていました。実は、わたしが開業している社労士事務所の地域で、月額約22万円のモデル年金額をもらえる人はどのくらいいるのだろうかということにすごく興味があり、実際に地域住民が年金の手続や相談に来る年金事務所の窓口に入って、現状を知りたかったのです。そうしたところ、その地域の年金事務所ではモデル年金を受けられるような方はたまにしか会えませんでした。しかし、それが現実なのだなあと実感しまして、そうであれば、モデル年金に足りない人、それどころか年金を全然受けられない人もいますが、さまざまな人たちが自分らしく生きていくためには、どのようなアドバイスをしたら良いのだろうと、そうしたことをテーマにしたのがマネープランなのです。
そこで、老後のマネープランと言っても60歳から考えれば良いということではなく、もっと幅広く20代、30代、40代と年齢層それぞれのライフステージがあり、自分らしさ実現のテーマがあると思いますので、それぞれの年齢でその時点から、自分らしく生きていくためには将来どうしたら良いのか考えていくことを、社労士は、年金制度だけでなく、ほかの社会保障制度、たとえば健康保険、雇用保険なども絡めながらアドバイスできるようになると、マネープランについてアドバイスするうえでは、パーフェクトな社労士になれるのではないかと思っています。
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