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地域医療における動画配信の活用|第1回:なぜ医師が動画投稿?(益田裕介)

初めまして。
早稲田メンタルクリニック院長、益田裕介と申します。私は2010年に防衛医大を卒業し、陸上自衛隊で勤務したのち、民間病院を経て、2018年より精神科の診療所を開設し、院長職をやっています。

皆様がご存知の通り、精神科臨床では患者さんのお話を十分に聞く時間がとれず、また疾患教育に充てる時間もなかなかとれません。そのため当院では、動画を使った情報提供を2019年12月より開始しました。当初は自院の患者さんやご家族だけが見ていましたが、次第に他院の患者さんにも見ていただけるようになり、最近では広告収入なども得つつ、副業的に動画制作を行っています。もちろん、広告収入はあまり得られるものではなく、動画制作を手伝ってくれるスタッフの人件費でほぼほぼなくなります。なので、動画制作をしているのは、ほとんどボランティアというか、やりがいや、「正しい医療情報を伝えたい。臨床をもっとよくしたい」という使命感からやっています。

もしよかったらYouTubeで「精神科医がこころの病気を解説するチャンネル」を検索し、見ていただければと思います。


テキストではなく、動画で伝えるメリット

読者の中には、すでに書籍やブログ、HPなどで情報発信されている方も多数おられるかと思います。テキストで伝えられるのに、どうしてわざわざ動画にしないといけないのか? やってみたいけれど、作業が煩雑なのではないか? と思っている人もいるでしょう。

ここでは、テキストではなく、動画で伝えるメリットをお話しします。

1.視覚的な理解

動画は視覚的な情報を伝えられるため、テキストや図だけで説明するよりも、直感的に理解しやすいようです。また声の抑揚や、表情などからも、どの情報が重要か、わかりやすいようです。

2.再生・一時停止・巻き戻し

患者さんは何度も動画を見直すことができ、自分のペースで理解を深めることができます。診察室で一度説明されても、忘れてしまうことも多く、YouTubeで繰り返し視聴できることにも安心感があるようです。

3.インパクト

テキストよりも写真、写真よりも動画のほうが注意を引きやすく、関心を持ちやすいです。また印象にも残りやすいので、学習効果が高いです。

4.人柄が伝わる、親近感

動画では医師の顔や声、言葉遣い、ジェスチャーなどが伝わるため、患者は医療者の人柄を感じ取ることができます。これは患者と医療者との信頼関係を築く上で有効です。
診察前に医師の顔を確認できることも、初診の患者さんにとって、安心できるようです。

また、繰り返し動画を見ることで、単純接触回数が増え、医師に対し、信頼感を持ちやすくなります。さらに、信頼感はプラセボ効果さえも高めるので、それ自体が治療的にとても有効だと感じています。

5.視聴それ自体が治療効果

動画を通じて、患者がリラックスしたり、知識を得たことで治療に対する希望やモチベーションを得ることができるので、おそらく、それ自体が治療の一環としての効果をもたらしているだろう、と実感しています。

6.患者さん同士のつながりができる

YouTubeのコメント欄などを利用して、患者さん同士がコミュニケーションを取るきっかけを作ることができます。コメント欄では、自らの苦悩や回復までの体験談などを書いてくれる人が多く、同じ疾患を抱える者同士のサポートや共感は、精神的なサポートとして非常に価値があるようです。
問題あるコメントは手作業で削除していますが、それほど多くなく、またAIでも自動で削除できるようになっているので、あまり手間はかかっていません。

動画作成はブログ執筆より難しい?

YouTubeへの投稿作業についてですが、編集にこだわらなければ、そんなに難しくはありません。ブログを書くよりも、むしろ、簡単なような気がします。僕の場合は要点のみをあらかじめ台本にして、細かいところは考えず、いつも診察室で話しているようにスマホの前で病気の解説をするところから始めました。

当初は無編集であげていましたが、広告収入が得られるにつれて、編集スタッフなどを増やし、彼らに編集などを手伝ってもらっています。僕自身は、いまだに編集ソフトを触ったことすらありません。

僕の場合、開始直後の少ない再生数でも「ありがとうございます」と感謝の言葉を聞くことができていましたので、再生数などにこだわらず、ゆるりと始めてみたらいかがでしょうか?

誹謗中傷や炎上は大丈夫?

インターネットでの露出が増えると、残念ながら誹謗中傷を受けてしまうことがあります。場合によっては炎上に発展することがあります。医師らは高給と思われ、そもそも疎まれていたり、また人格者であることが求められているので、彼らの期待に少しでもそぐわないと、誹謗中傷などに発展してしまうことがあります。

なので、情報提供の際には細心の注意を払わなくてはなりません。また情報に対し、責任も持たねばならず、それらのプレッシャーは心身に堪えます。

一生懸命やればやるほど、誹謗中傷や炎上は、強いストレスになります。たった一件の心無い一言でも、慣れないうちは心身に堪えます。その場合、家族や友人に相談しつつ、忘れてしまったほうがいいです。そして、誹謗中傷コメントは次の誹謗中傷コメントを呼ぶので、炎上に発展する前に、早めに削除しておきましょう。燃え広がる前に削除しておくことが大事です。

動画配信をしていて楽しいことは?

動画配信をすることは、患者さんやスタッフのためだけでなく、やはり僕自身のためでもあります。単調になりがちな臨床も、動画配信をすることで、学び続けなくてはならないモチベーションになったり、色々な人から見られているんだという自負が、より良い臨床をしようというモチベーションになります。

それ以外にも、動画配信を通じて、遠方の同業者と友達になれたり、他の分野のYouTuberともコラボしたり、情報共有したりするのは、新しい刺激になり、面白いです。

また知名度が上がると、講演やインタビューの依頼が増えたり、テレビ出演などもあり、「テレビ局ってこんな感じなんだなあ」と普段見ているテレビの裏側を知れて、そういうのもなんとなく面白いです。患者さん以外の人に精神医学を伝えるのは、普段とは違った角度からの質問や説明が求められるので、それ自体も刺激になり、学びになります。芸能人や作家さんと話をすると「案外普通だな」と思ったり、「やっぱり僕の方が人間やこころのことを知っているな(精神科医だから当然か?)」と内心、優越感を感じたりして、そういうのも面白かったです。

普通の医師をしているだけでは得られない、新しい出会いやキャリアの機会が得られるのは、動画配信の楽しみだとも言えます。

オンライン自助会/家族会とは?

動画配信をしていく中で、自然と人が集まってきました。そこで、他の有名人がオンラインサロンを開くように、2022年3月に僕自身も「オンライン自助会」という名の、患者会および家族会をオンライン上につくることにしました。

ちょうどその頃、通院中の患者さんで、英語圏出身の方がオンライン上の患者会に参加していたことを聞いていて、その刺激も受け、始めようと思った次第です。その患者会は寄付で運営費を賄っているそうですが、僕らの場合は参加者からそれぞれ3000円を運営費としてもらうことにしました。将来的に、日本にも寄付文化が根付き、寄付だけで運営できるようにしたいのですが、まだまだ難しそうだな、というのが僕らの実感です。

混合診療にならないように、YouTube制作メンバーと新たに会社をたちあげ、そこでオンラン自助会および家族会の運営をしています。

オンライン自助会で扱えること、扱えない事

Slackというテキストコミュニケーションツールを使い、患者さん同士が情報共有をしたり、自らの悩みを相談したり、回復の体験談などを同行しています。気になったテーマは、他の人が質問したりすることで、そのスレッドは伸びていきます。2ちゃんねるの誹謗中傷がないようなものを想像してもらえれば、と思います。

また、風紀を乱すような発言や発言者には、運営が削除や注意、強制退会などをすることで治安を守っています。強制退会というのも、これが医療行為ではなく、あくまで営利団体の活動だから、できることだと思います。

もちろん、参加者にはあらかじめ「病状が安定していること」「病状が不安定な場合は主治医に相談し、利用を控えること」「本自助会は医療行為ではないこと」など、数々の規約を確認し、同意をしてもらっています。この規約は弁護士と一緒に作成しました。

運営メンバーがやれること、やれない事

Zoomなどのビデオ会話を使った座談会なども開いています。運営スタッフが司会をすることもあれば、当事者の人に司会をしてもらうこともあります。この司会はボランティアで行われます。

このように当事者同士でケアし合うことをピアサポートといいますが、そのピアサポートをするうえで、必要な精神医学知識やカウンセリングの技法なども、動画で解説したり、講義をしたりしています。司会の方法についても同様で、そうすることでトラブルを減らし、安心して語れる場ができると考えています。こちらについても、大変、好評です。

そうはいっても、トラブルが全くゼロになることもなく、時折、退会者が僕を誹謗中傷したり、保健所にクレームを入れることなどがありましたが、とりあえず、今のところ継続できています。

今後、日本にもオンライン上でこのような患者会、家族会が増えれば良いな、と思っています。なので、こちらもほとんど赤字なのですが、継続してやっていきたいと思っています。

「『死にたい』と言いたくなったら、別の言葉で言い換えてみよう」。
このようなルールをたくさん作っています

動画投稿は医療のイノベーションになるかも

イノベーションとは、これまで人類が解決することができずにいた課題や問題を、新しい技術を用いることで解決していくことです。「YouTubeで病気を解説する」ことは一見だれでもできそうなことですが、後からこの時代を振り返ってみると、それは新たな試みが医療界にもたらした大きなイノベーションだった、ということになる可能性はないでしょうか?

自分は精神科医として動画投稿を始めましたが、医療職にかぎらず、他職種・他分野の皆様の専門知識を生かした動画投稿が、大きなイノベーションにつながるかもしれません。

私はこの連載を機に、自分も動画配信をしてみたいという方が一人でも増えると良いな、と思っています。


さて、連載のはじまりとなる今回は、自分のやっていること、よく受ける質問などをまとめて記事にしてみました。

全部であと2回の連載なので、皆様からのご意見などを受けて、また色々とお話ししたいと思います。よろしくお願いします。

(次回は2023年11月掲載を予定しています)


筆者プロフィール

益田裕介(ますだ・ゆうすけ)/早稲田メンタルクリニック院長
防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て現職。精神保健指定医、精神科専門医・指導医。
YouTube:精神科医がこころの病気を解説するCh



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