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遺族年金のしくみと手続~詳細版~     無料記事 #13~#16

石渡 登志喜(いしわた としき)/社会保険労務士・年金アドバイザー

こちらは2021年3月9日~6月8日に「Web年金時代」に掲載した記事です

#13  17年前に行方不明になった夫の遺族年金の請求手続

今回は、夫が長年にわたり行方不明だったケースです。夫は行方不明になる前から老齢厚生年金を受給しており、夫が行方不明になっている間、17年にわたり妻は夫の老齢厚生年金を受給して生活費に充てていました。

最近になって裁判所から夫の失踪宣告を受け、妻は遺族年金を請求することにしたのですが、現在、受給している夫の老齢厚生年金はどうなるでしょうか。また、新たに請求する遺族厚生年金は、どの時点から受給できるでしょうか。ポイントは、遺族厚生年金の受給権がいつ発生し、その消滅時効の起算日がいつなのか、ということです。では、事例に沿って具体的に見ていきます。

今回は、会社員の夫が肺がんで亡くなり、夫の死亡後に障害厚生年金の受給権を行使して、妻が遺族厚生年金を請求する事例です。夫は会社勤務中に肺がんが見つかり、体調が悪化して退職し、その後に亡くなりました。年金加入期間が25年に満たないので、一見すると遺族厚生年金を請求できないように思われます。しかし、本事例は「障害等級2級以上に該当する障害の状態にある障害厚生年金の受給権者が死亡した場合」という短期要件を満たすとして、遺族厚生年金を請求しました。同時に、障害厚生年金も未支給分を請求しました。

事例概要
請求者:A子さん(昭和26年12月13日生まれ)
失踪者:B男さん(昭和18年6月10日生まれ)
・平成15年6月 60歳で会社を定年退職し、老齢厚生年金を受給
・平成16年7月 行方不明になる
・平成23年7月 死亡したとみなされる日(行方不明から7年経過)
・令和2年10月 失踪宣告の裁判確定日

失踪者の遺族年金の請求

令和2年12月、A子さんは、長期間行方不明の夫の遺族厚生年金の請求手続のために年金事務所に来所されました。夫のB男さんは老齢厚生年金受給権者で、「失踪宣告の裁判確定日」が令和2年10月15日となっています。A子さんは、裁判確定日が記載された戸籍謄本を持参しています。

A子さんの話によると、B男さんは高校卒業後、地元のX社に入社して40年以上、厚生年金保険の被保険者として勤務し、60歳に到達した平成15年6月に定年退職しました。老齢厚生年金を受給していたのですが、61歳の夏に一人で登山に行ったまま行方不明となっていました。

その後、A子さんはB男さんがいつか戻ってくると信じて、引き続き夫の老齢年金を受給し続けて、生活費に充てていました。最近、失踪届を家庭裁判所に提出し、「失踪宣告の裁判確定日」が確定したので遺族年金の手続をすることにしたのですが、受給中の老齢年金はどのようになるか、心配されていました。

失踪宣告と時効消滅について

失踪宣告とは、生死不明の者に対して法律上、死亡したものとみなす効果を生じさせる制度です。このような事例において、厚生労働省は、平成24年4月までは「失踪宣告の裁判」が確定した時点が消滅時効の起算点になるという解釈をとっていました。

しかし、同年5月に日本年金機構が「疑義照会回答書の差し替え」を行い、厚労省は失踪宣告の場合の消滅時効の起算点を「死亡したとみなされた日」に解釈を変更しました。これにより、年金相談の取扱いも変更となりました。

消滅時効は、民法第166条(債権等の消滅時効)第1項で権利を行使することができるときから進行するものであり、「権利を行使することができるとき」とは、権利行使に法律上の障害がなくなったときを指しており、権利者の一身上の都合で権利を行使できないことや権利行使に事実上の障害があることは影響しないこととなっています。

本事例の場合、行方不明となった日から7年を経過した時点において、失踪宣告の手続を行い、その審判が確定した後に、遺族年金の請求は可能であったため、失踪宣告の審判の確定がないことを「法律上の障害」とすることはできません。

所在不明高齢者問題について

この解釈変更は、平成23年頃に、多数の長期間所在不明高齢者の家族に老齢年金の支給が継続されていることが社会問題になった「所在不明高齢者問題」に関連して行われたものです。

当時、厚労省と年金機構は、老齢年金を受け取っている所在不明高齢者の家族に失踪宣告申立てをするように勧奨しました。そして、長期間、所在不明だった高齢者に失踪宣告が出され、失踪後7年目に死亡したとみなされると、それ以降は長期間にわたり遺族年金が支払われることになります。

一方で、「死亡したとみなされた日」以降に支給されていた老齢年金は返還する必要が生じますが、会計法により、返還請求権は5年で時効消滅してしまうので、最大でも5年分しか返還を求めることができません。

そのため、老齢年金と遺族年金が重複して支給される期間が生じ、事実上、老齢年金を不当に受け取っていた所在不明高齢者の家族に対し、さらに遺族年金を支給せざるを得ないケースが続出することになってしまいました。

そこで、厚労省は、失踪宣告の場合の消滅時効の起算点を「死亡したとみなされた日」に変更することで、老齢年金と遺族年金の重複支給をしないで済むようにしたと思われます。

さらに、このような重複給付期間が生じないようにするため、平成24年8月22日公布の「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法の一部に改正する法律(年金機能強化法)」の一部施行に伴い厚生年金保険法施行規則の一部改正が同日に行われ(年発0822第1号第二の2の(4))、「所在不明の年金受給者に係る届出制度」が創設されました。

これにより、改正厚生年金保険法第98条第3項の規定に基づき、受給権者の属する世帯の世帯主等は、当該受給権者の所在が1月以上明らかでないときは、速やかに、氏名、生年月日、基礎年金番号等を記載した届書を、年金証書を添えて、「年金受給権者所在不明届」を機構に提出しなければならないことになりました。

なお、誤って届出された場合の確認のために、機構は届出後に年金受給者本人宛に「現況申告書」を郵送し、1か月を経過しても「現況申告書」の提出がない場合は、支払の一時差止めをできることにしました。

事例の場合は

本事例は年金請求が解釈変更後であるため、図表の下のパターンが適用されることとなります。すなわち、行方不明となったのが61歳(平成16年)時点なので、その7年後(平成23年)に遺族厚生年金の受給権が発生します。「失踪宣告の裁判確定日」は令和2年10月15日ですが、遺族厚生年金の受給権発生日は行方不明となった7年後(平成23年)の死亡日なので、この日が消滅時効の起算日となります。

そのため、令和2年12月に遺族厚生年金の請求をした場合、直近の5年分(平成27年12月~令和2年12月)のみが支給され、その前の期間は時効消滅となります。また、行方不明となっている間に受給していた老齢厚生年金は、会計法により直近5年分を返納することとなります。

なお、年金の支払いを受ける権利である「支分権」は会計法第31条の規定により、5年経過したときは時効を援用しないことになっています。支分権を行使して時効消滅を逃れることはできないでしょうか。

行方不明者の遺族年金請求の場合、受給権が発生する死亡推定日(行方不明から7年経過した日)が到来しても、失踪宣告が裁判確定するまでは遺族年金を請求することができません。ですから、受給権発生後、支分権の発生する日において失踪宣告がされていなければ、実質的に支分権を行使することができません。

最後に具体的な手続について見ていきます。生計維持関係の確認ポイントとしては、行方不明となった当時の住民票が同一であることと、A子さんの平成16年度の所得証明書が必要となります。しかし、5年以上前のものは入手できないので、直近5年分と当時の所得に関する申立書で対応することとなります。

                *

今回のような失踪は、「失踪宣告により死亡者とされていた夫が現れた! 妻が受給していた遺族厚生年金はどうなる?」(2020年9月4日掲載)に記述したように「普通失踪」です。この場合、失踪宣告があった場合の遺族厚生年金の消滅時効の起算日は「死亡したとみなされた日(行方不明となった日から7年を経過した日)であり、「審判の確定日」ではないことに留意する必要があります。


#14   別居中の夫が死亡した場合の遺族年金について

今回は、夫が別居中に死亡した場合の遺族年金の請求事例をご紹介します。別居に至った原因は夫の暴力ですが、以前に本コーナーでご紹介した事例(DV被害者の遺族年金~別居中の夫が死亡した場合/2020年7月3日掲載)と異なり、今回は請求者がDV被害者として女性センターへ入所していたわけではありません。夫婦の別居生活が一時的で、かつ生計維持関係も非常に流動的な本事例について、遺族年金がどのようになったか、見ていきましょう。

事例概要
請求者 A子さん(昭和52年5月10日生まれ)
・18歳未満の子あり(生計同一)
・夫のB男さんと別居中にB男さんが死亡
死亡者 B男さん(昭和50年6月20日生まれ)
・短期間の厚生年金保険被保険者期間あり
・国家公務員共済組合の組合員期間中に死亡

令和3年1月初旬、別居中の夫、B男さんが亡くなったとのことで、A子さんが遺族年金の相談のために年金事務所に来所されました。A子さんは現在、B男さんとの子ども(18歳未満)と一緒に暮らしています(生計同一)。なお、死亡した夫のB男さんは、若いころに短期間の厚生年金保険の被保険者期間があり、死亡時には国家公務員共済組合の組合員でした。

このようなケースでは、子*と生計を同じくする妻には、短期要件の遺族厚生年金と遺族基礎年金が支給されることとなっています。短期要件のため、B男さんが保険料納付要件を満たしていることを要しますが、記録の確認をすると、いわゆる「3分の2要件」を充分満たしていました。

*18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあり、未婚であること。

国家公務員共済組合の組合員の死亡

国家公務員共済組合の組合員が死亡した場合、死亡日が被用者年金一元化後であり、保険料納付要件を満たしていれば、厚生年金保険法第58条第1項第1号に該当する死亡者(以下、「適格死亡者」という。)とされます。その配偶者が当該死亡の当時、適格死亡者によって生計を維持していれば、短期要件の遺族厚生年金が支給されます。

なお、適格死亡者によって生計を維持した配偶者とは、適格死亡者と生計を同じくしていた配偶者で、年額850万円以上の収入または年額655万5000円以上の所得(以下、上記の収入額または所得額を「基準額」という。)を将来にわたって有すると認められる者以外の者とされています。

本事例の場合、B男さんの死亡時点においてA子さんは別居していましたが、B男さんが死亡の当時、適格死亡者であったこと、A子さんがB男さんの妻であって基準額以上の収入または所得を将来にわたって有するとは考えにくいことは、話の内容から明らかです。

問題となるのは、A子さんが別居中のB男さんの死亡の当時、B男さんによって生計を維持した配偶者であったと認めることができるかどうか、ということです。

別居中の夫が死亡した場合の生計維持要件

生計維持要件については、「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて 平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知」(以下、「23年通知」という。)で確認する必要があります。

23年通知では、遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定基準は、「これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。」としたうえで、生計維持認定対象者が死亡した者の配偶者であり、住所が死亡者と住民票上異なっている場合に、死亡者による生計維持関係が認められるためには、次のいずれかに該当する必要がある、としています(通知3(1)認定要件①ウ)。

ア 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められること
イ 単身赴任、就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、次のような事実が認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められるとき
(ア)生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること。
(イ)定期的に音信、訪問が行われていること。

なお、国民年金制度は、憲法第25条第2項に規定する理念に基づき、老齢、障害または死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とするものであり(国年法第1条)、死亡によって国民生活の安定が損なわれることを防止するために遺族基礎年金が支給されることとなっています。

したがって、死亡者によって配偶者が現に生計を維持していなかった場合には、原則として遺族基礎年金が支給されないこととなります。

別居=生計維持関係にない、とは言えない

本件をこれに照らしてみると、判明している事実により、A子さんが上記のアに該当しないことは明らかであるので、上記のイに該当するものと認められるかどうかが問題となります。

B男さんとA子さんの住民票上の住所が異なっていることについては、B男さんによる暴力的言動により、A子さんは警察が介入して家を出たと言っています。B男さんからA子さんに対する経済的援助、及び音信・訪問はなかったとのことですから、上記イの(イ)にも該当するとはいえません。

しかし、配偶者が死亡した時点という一点のみを捉えて、その時点においてもう一方の配偶者の生計が支えられていないとして、生計維持関係を認めないとすることが著しく合理性を欠く場合、たとえば、配偶者の死亡時点において、別居のため一体の生計が営まれておらず、また、仕送り等経済上の援助がない場合であっても、それが配偶者の一方または双方の疾病、老齢、老人保健施設入所その他やむを得ない事情によるものであって、双方に婚姻関係解消の意思が認められず、いわば常態から逸脱した状況が長期間続いているわけでなく、上記やむを得ない事情(暴力的言動)が解消すれば速やかに夫婦の共同生活が再開されることが期待されるような場合には、生計維持関係が失われたか否かの判断は、その間の事情を、実態に即して総合的に考慮してなされるべきものであり、認定基準においても、前述のとおり、「これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には、この限りでない。」とした取扱いとなっています。

●事例の別居の実態について
本事例の場合、B男さんとA子さんの別居は、A子さんがその生命・身体に明白かつ現在の危険を感じられるB男さんによる暴力またはこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動によるものであって、その暴力等からの保護を求めるための別居であったと認めることができます。

そして、その別居期間は婚姻期間のうちの最近の数ヵ月にすぎず、別居中に夫とは連絡をとらないように警察等から言われていたものの、A子さんは病弱な夫の様子を周囲の人に確認していました。

別居の状態はまだ固定化しているとはいえず、A子さんとB男さんの間に離婚の合意は認められず、婚姻や同居、協力扶助等に関しては、いまだその行方が定まらない時期にあり、その生計維持関係に係る事態は極めて流動的であったとみることが相当です。

別居が短期間で一時的なものであったと評価できることも併せて考えると、本件においては、いまだA子さんとB男さんの生計同一関係は失われていないと認めるのが相当と考えられます。

認定基準のア及びイに当たらないことをもって、生計維持関係を否定することは、実態と著しく懸け離れたものとなり、かつ、社会通念上、妥当性を欠くといわなければならない状態と思われます。なお、このような状況は、過去に遺族厚生年金の受給が認められた社会保険審査会の裁決等があります。

具体的な請求手続について

A子さんには、一般的な遺族年金請求の添付書類の他に、①生計同一関係に関する申立書(指定の様式をA子さんに渡しました)、②配偶者からの暴力の被害者の保護に関する証明書(〇〇婦人相談所の証明を取得を要する)を用意して再度、来所することを促しました。

その後、A子さんは上記の書類を揃えて1月下旬に年金事務所を再訪しました。このときにA子さんが持参した書類を確認した後に「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書」(様式第105号)に必要項目を記入してもらい当該請求書を受理しました。後日、A子さんは遺族厚生年金を受給できることとなりました。

本事例のポイントは、一時的に別居している間に配偶者が死亡した場合、被保険者の死亡時という一時点の事情だけでなく、別居期間の長短、別居の原因やその解消の可能性、経済的な援助の有無や定期的な音信・訪問の有無等を総合的に考慮して認定を行うこととなっているので、訪問者の生活実態を正確に聞き取ることが重要となります。


#15   姻族と縁を切っても遺族年金を受給し続けられるか

今回は、夫の死亡により遺族年金を受給している妻が、舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)などの姻族との関係を断ったときに遺族年金がどうなるのか、見ていきたいと思います。夫の死亡後に実家に帰って旧姓に戻しても、遺族年金を受給し続けることができるでしょうか。

事例概要
相談者:A子さん(昭和48年生まれ・48歳)
・2年前に夫が死亡し、遺族厚生年金と遺族基礎年金を受給中
・子ども(21歳と17歳)と同居
・舅や姑と縁を切り、復籍して実家に戻りたいが、遺族年金を継続して受給できるのか、相談するために年金事務所を来所

A子さんには現在21歳と17歳の子がいて、2年前に夫が死亡して遺族厚生年金と遺族基礎年金を受給中です。

「結婚当初から姑や小姑(こじゅうと)に意地悪されていた」、「夫が亡くなり、舅や姑の介護負担が大きくなった」、「夫が亡くなったことを自分のせいにされ、ネチネチ責められる」など、悩み多き生活が続いているとのことで、姻族との縁を断ち、復籍して実家へ戻ることを考えているそうです。この場合に受給中の遺族年金がどうなるのか、年金事務所に相談に見えました。

遺族年金の失権事由

遺族厚生年金の失権事由を確認すると、厚生年金保険法第63条第1項には、受給権者が次のいずれかに該当したときに遺族厚生年金の受給権が消滅すると規定されています。
第1号 死亡したとき
第2号 婚姻(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)をしたとき
第3号 直系血族及び直系姻族以外の者の養子(届出をしていないが、事実上養子縁組関係と同様の事情にある者を含む。)となったとき
第4号 離縁によって、死亡した被保険者または被保険者であつた者との親族関係が終了したとき

また、同法第63条第2項には、子または孫の有する遺族厚生年金の受給権は、次のいずれかに該当したときに消滅すると規定されています。
第1号 子または孫について、18歳に達した日以後の最初の3月31日が終了したとき
第2号 障害等級の一級または二級に該当する障害の状態にある子または孫について、その事情がやんだとき。ただし、子または孫が18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあるときを除く
第3号 子または孫が、20歳に達したとき

また、遺族基礎年金についても、国民年金法第40条第1項、第2項及び第3項に遺族厚生年金とほぼ同様に規定されています。

以上の失権事由をA子さんの事例で確認すると、「復籍して実家へ戻る」場合はどの事由にも該当しません(上記第4号の「離縁」は、養子縁組を解消した場合のことです)。

姻族とは

次に、「姻族」について確認します。法律上では、結婚すると配偶者との婚姻関係とともに、配偶者の血族(両親や兄弟姉妹など)と姻戚関係が結ばれます。つまり、血のつながりがなくても配偶者の血族と「姻族」になります(このほかにも自分の血族の配偶者も姻族です)。

また、姻族のうち三親等内である場合には「親族」とされます(民法第725条第3号)。たとえば、配偶者の父母や兄弟姉妹のほかに、配偶者の曽祖父母や父母の兄弟、兄弟の子などの三親等内の姻族は親族に該当します。

姻族であることの効果はほとんどないと考えられていますが、次のような場合には効果があると言われています。たとえば、民法第877条第1項では「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と定めています。ここでは姻族は関係ありませんが、第2項において、「家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。」と定めています。

特別の事情があるときには家庭裁判所の審判により、三親等内の親族、つまり三親等内の姻族にも扶養義務が課せられることがあり得ます。ただし、第1項が原則ですので、直系血族や兄弟姉妹などが扶養できない場合に初めて、姻族にも扶養義務が課せられることがあり得ると考えられます。

また、民法第730条では「直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない。」と定めています。前記のとおり三親等内の姻族も親族になりますので、同居している場合には「同居の親族」に該当することになります。

姻族関係を終了させる「姻族関係終了届」

民法第728条には、次のような規定があります。
1 姻族関係は、離婚によって終了する。
2 夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする。

つまり、姻族関係は配偶者と離婚したら自動的に終了します。一方、配偶者が死亡した場合には、配偶者が亡くなった後も姻族関係はそのまま継続されます。姻族との縁を切りたいと望む場合には、その意思を示して姻族関係を終了させます。一般的には「死後離婚」という言葉が使われています。

手続については、戸籍法第96条に「民法第728条第2項の規定によって姻族関係を終了させる意思を表示しようとする者は、死亡した配偶者の氏名、本籍及び死亡の年月日を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。」と規定されています。

具体的には、「姻族関係終了届」を居住地の市区町村役所に提出することになっています。本人の意思のみで提出でき、姻族の了承を得る必要もありません。また、提出したことがほかの親族に通知されることもありません。提出期限もないため、配偶者の死後から年月が経過しても手続が可能です。

ただし、通常の離婚では旧姓に戻るか、婚姻時の苗字を名乗り続けるか選べますが、姻族関係終了届を提出しただけでは、姓と戸籍は変わりません。戸籍の原本に「姻族関係終了」と記載されるだけで、引き続き、亡くなった夫の戸籍に入ったままとなります。

結婚前の戸籍や姓に戻したいときには、別途「復氏届」を提出します。ただし、復氏届を提出しても、子どもの姓と戸籍は変わりません。子どもを自分の戸籍に入れたい場合は家庭裁判所に「子の氏の変更許可申立書」を提出し、許可を得たうえで市区町村役場に「入籍届」を提出します。

なお、子どもの姓や籍を変更しても、子どもにとって夫の両親が祖父・祖母であることに変わりなく、相続権を失うことはありません。

いったん姻族関係届を提出すると、原則として姻族関係を復活させることはできません(復活させたい場合は養子縁組が必要です)。また、婚家を頼ることができなくなり、顔を合わせる機会がある場合に気まずくなる等のデメリットもあります。

姻族関係の終了と遺族年金

最後に、姻族関係終了届を提出しても、遺族年金の失権事由には該当しません。遺族厚生年金・遺族基礎年金ともに継続して受給することができます。復氏届を提出して旧姓に戻しても、新戸籍をつくって夫の戸籍から抜けても同様に、遺族年金の受給を継続することができます。

本事例のように、年金相談の現場では突然、びっくりするような質問を受けることがあります。そのときに慌てず、的確なアドバイスができるようにあらゆる分野の知識を日頃から身に着けておくことが、お客様の信頼を得ることができる相談員になるために必須なことです。


#16   夫死亡時の「戸籍上の妻」が2人存在する場合、遺族年金の受給権者をどのように決めるか

今回は、夫が2人の妻との二重生活中に死亡したケースをご紹介します。この夫は妻が知らない間に離婚の届出をして別の女性と婚姻し、2人の女性とそれぞれ夫婦生活を送っていました。夫の死亡当時、戸籍上は別の女性が妻となっています。その後、元々の妻が裁判により離婚を取り消し、夫とその女性との婚姻も無効となりました。その結果、夫の死亡当時の「戸籍上の妻」が2人存在することになりました。

夫の死亡による遺族年金の受給権は、どちらの妻が得るでしょうか。

事例概要
請求者:X子さん
・平成8年8月頃   夫のA夫さんが単身赴任で別居
・平成10年5月10日 A夫さんと協議離婚(本人は知らないまま)
・令和元年4月5日  A夫さんが死亡
・令和2年6月20日  A夫さんとの協議離婚は裁判で無効に
・令和2年12月15日 年金事務所へ来所
死亡者:A夫さん
・平成8年8月頃   X子さんと別居
・平成10年5月10日 X子さんとの協議離婚を届け出る
・平成10年7月20日 B子さんと婚姻
・令和元年4月5日  死亡(老齢厚生年金受給中/戸籍上の妻はB子さん)
・令和2年6月20日  X子さんとの協議離婚・B子さんとの婚姻が無効となる

事例の経緯

X子さんは、老齢厚生年金の受給権者であった夫が死亡したとのことで、令和2年12月15日に年金事務所に遺族年金の相談に来所しました。X子さんが持参した戸籍謄本等の書類によると、今までに経験したことがないことばかりで実体を把握するのに苦労しました。経過は次の様になっていました。

A夫さんの死亡の当時、戸籍上では平成10年5月10日届出の協議離婚が記載され、X子さんとA夫さんは離婚し、法律上の婚姻関係は解消された状態となっていました。A夫さんの死亡後、令和2年6月20日に家庭裁判所の判決により、協議離婚は無効とされ、戸籍上はX子さんとA夫さんの婚姻関係は、婚姻当初からA夫さん死亡まで継続している状態に是正されていました。

また、A夫さんの死亡の当時、戸籍上は「B子さん」との婚姻が平成10年7月20日届出で記載され、A夫さんとB子さんは戸籍上、婚姻関係が継続した状態となっていました。そして、A夫さんの死亡後、家庭裁判所の判決により婚姻は取り消され、令和2年6月20日、戸籍上はA夫さんとB子さんとの婚姻関係は存在しなかった状態に是正されていました。

なお、X子さんは、住民票上では平成10年5月10日の離婚以降、A夫さんと同居していた事実は確認できないものの、X子さんの話によれば、離婚の前後においてA夫さんとの生活状況に変化はなく、実体として夫婦としての共同生活が営まれていたことが認められます。

また、X子さんは離婚の届出がなされていることを当時は知らず、A夫さんの死亡後、戸籍上で自分がA夫さんと離婚していることを知り、裁判によりこれを是正しました。当然、B子さんとA夫さんの婚姻も無効となりました。

なお、A夫さんは仕事の都合で平成8年8月頃からワンルームマンションに転居し、X子さんと別居するようになりましたが、B子さんとは婚姻後も同居はしていません。

遺族年金の規定は「届出による婚姻関係」と「内縁関係」のみ

老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合、死亡した者の配偶者であって、死亡者の死亡の当時、死亡者によって生計を維持した者に遺族厚生年金が支給されます。

なお、配偶者には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含むと規定されています。また、届出による婚姻関係にある者が重ねて他の者と内縁関係にある場合については、届出による婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっているときに限り、内縁関係にある者を事実上婚姻関係にある者として認定するとされています。

また、死亡者によって生計を維持した者とは、死亡者と生計を同じくしていた者であって、別途規定されている収入要件を満たしていることとされています(厚年法第3条第2項、第58条第1項第4号及び第59条、厚年法施行令第3条の10、並びに「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(平成23年3月23日年発0323第1号))。

本件について状況を確認していくと、裁判の結果、最終的にはX子さんがA夫さんの死亡の当時の戸籍上の妻ということになります。一方、B子さんも裁判の判決が出る前、現実にA夫さんが死亡したときには戸籍上の妻であったと言えます。つまり、X子さんとB子さんのどちらもA夫さんが死亡した当時の戸籍上の妻と言えます。

そこで、具体的な仕送りや音信等の事実関係に照らし、X子さんとB子さんのどちらがA夫さんの死亡当時、A夫さんによって生計を維持した者と認めることができるかがポイントとなります。

生計維持関係について

遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定の取扱いについては、前述の通知に定められています。A夫さんとの生計維持関係が認められるためには、次のいずれかに該当する必要があります。

ア 現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき
イ 単身赴任、就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、次のような事実が認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められるとき
(ア) 生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること
(イ) 定期的に音信、訪問が行われていること

本件をこれに照らしてみると、まず、X子さんがアに該当しないことは明らかなので、イに該当するものと認められるかどうかが問題となります。そして、離婚以降もA夫さんとX子さんとの間で実体として、夫婦としての共同生活が営まれていたことが推認されます。

次に、B子さんについて見ていきます。B子さんは、A夫さん死亡時において住民票上は同居していた事実は確認できません。しかし、戸籍上はA夫さんとの婚姻関係が継続していることが当時、記載されていました。また、B子さんが居住していた家がA夫さんとの共有となっていたこと、A夫さんがB子さんと同じ区内で暮らしていたことなどからすると、夫婦としての共同生活の状態は、A夫さんの死亡時まで継続していたものと認めることができます。

A夫さんは2人の妻と共同生活を営む二重生活をしていた

このように、A夫さんは平成8年頃からX子さん及びB子さん両名と、それぞれ夫婦としての共同生活を営む二重生活をしていたことになります。A夫さんは二重生活の問題が発覚しないよう、自らはB子さんの居住区を中心とした生活を送り、X子さんを元の住居に住まわせたものと思われます。また、X子さん及びB子さんが生活できるだけの住居と経済的援助をそれぞれに提供し、音信・訪問等をしていたことがうかがわれます。

A夫さん死亡時のX子さんとの関係を見るに、平成20年10月10日の親戚の結婚披露宴への出席、X子さんへの生活費の定期的な振込みが認められることから、夫婦としての共同生活が継続していたものと推認されます。

そして、これらの認定事実は、2人が別居した平成8年8月以降もA夫さんがそれまでの関係を継続し、夫婦としての共同生活、経済的援助を継続しようとしていたことの意思の現れであると解することができます。

また、A夫さん死亡当時のX子さんとの音信の状況については、客観的に確認できる資料はないものの、前述のような二重生活を維持しようとしていた2人の間において、なんら音信がないというのは不自然です。2人の間には、関係を維持するために必要な音信が存在していたと思われます。

以上のような状況把握はできましたが、年金事務所においてその場で受給権者を決定するのは困難だったので、日本年金機構で協議することになりました。

X子さんが遺族厚生年金の受給権者となる

後日、年金機構本部から連絡があり、X子さんが遺族厚生年金の受給権者に決定したことがわかりました。その経緯は次のとおりです。

まず、A夫さんが二重生活を維持していくために、戸籍上の妻ではない状態になっていたX子さんと住民票上、住所を異にするのは、当然のことであり、この点において、X子さんにはなんら責められるべき点はありません。また、A夫さんは、X子さんとの関係を維持するために経済的援助を継続し、必要な音信も続けていた状況が確認できますので、前述の「生計維持関係の認定の取扱い」のイに該当します。

つまり、X子さんは、A夫さんの死亡の当時、A夫さんによって生計を維持したものと認められ、X子さんとA夫さんの間の婚姻関係について、その実体が全く失われていたもの、ということはできません。

一方、B子さんは、A夫さんの死亡の当時、単なる「内縁の妻」ではなく、「法律上の妻」として戸籍上の届出がなされていました。法律上の妻として届出がなされていた期間は長きにわたるので、通常の「重婚的内縁関係」とは異なります。

ですから、「婚姻届をしていない内縁の妻」(判決前のX子さん)と「戸籍上の婚姻届出をしている法律上の妻」(判決前のB子さん)が存在する場合に、後者の立場を、より重視して解釈する昭和58年4月14日の最高裁判決を参考にすると、B子さんこそが、遺族厚生年金の真の受給資格者である、との見方もあります。

しかし、X子さんが何らそれまでと変わることなく夫婦としての共同生活を営んでいたところ、自分の意思に反して自ら関知しないところで離婚の届出がなされていました。その事情が重視され、元々の妻であるX子さんが遺族厚生年金の受給権者となりました。



石渡 登志喜(いしわた・としき)/社会保険労務士・年金アドバイザー
電子計測器メーカーで資材部長・営業部長・厚生年金基金常務理事を経験。定年退職後、社会保険労務士事務所開業。千葉県内の年金事務所の年金相談員経験者。豊富な相談事例をもち、雑誌、書籍等多数執筆。

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