#38 月60時間超の時間外労働の割増賃金率UPに関する実務解説
2023年4月より、中小企業の月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率が50%になりました。
遡ること2008年。労働者の健康確保の観点から長時間労働を抑制するために、月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率が25%以上から50%以上に引き上げられ、引き上げた分に関しては割増賃金の支払いに代えて有給の休暇を付与できる代替休暇制度が創設されました。
当初、中小企業は適用を猶予されていましたが、2023年の4月より大企業とともに中小企業も適用されることとなりました。
もう対応は済んでいるという企業もそうでない企業も、改めて気をつけるポイントを見直しましょう。
60時間超の算出にあたって
勤怠ソフト若しくはエクセルで勤怠管理をしている企業は、60時間超に対応した設定にしたり、明細に60時間超の時間を表示できるような設計に変えたりするなどの準備が必要になってきますが、まずは60時間超の算出の仕方について確認しましょう。
実際の例を見てみます。このケースでは勤怠は月末締め、法定休日を日曜日、週の労働時間の起算日を日曜日としています。
・B週の8日(日)は、休日を9日に振り替えているため通常の労働日として扱います。これにより、8日~13日で週の労働時間の合計が40時間となるため、14日(土)の労働については時間外労働として60時間にカウントします。この週は、振替により9日が法定休日という扱いです。
・C週の15日(日)は法定休日の労働となるため、休日労働時間にカウントし60時間には含めません。
・D週は27日の時点で週の労働時間の合計が40時間に達しています。そのため所定休日である28日の8時間の労働時間は時間外労働時間として60時間にカウントします。
・この月は17日をもって時間外労働の累計が60時間に達するため、18日以降の時間外労働については50%以上、その時間外労働が深夜に及んだ場合は75%以上の割増率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
エクセル等で勤怠集計をするときは、60時間超の確認がしやすくなるように60時間超の項目を1列追加して、起算日から時間外の累計がカウントできるようにしましょう。合わせて、60時間を超えた部分の割増率の変更についても正しく設定されているか確認します。
法定休日を明確にする
ところで、皆様は自社の法定休日がどのような扱いになっているか把握できているでしょうか。
法定休日の特定がしっかりされていないと、例えば、法定休日の労働時間が60時間のカウントに含まれてしまったり、所定休日の労働時間が60時間のカウントに含まれなかったりすることで賃金の過不足が生じてしまうことがあります。休日労働時間の把握ができないと休日労働時間の割増賃金の計算もできなくなるので、法定休日はいつ(何曜日)なのかなど、扱いがどうなっているか明確にしておきましょう。
法定休日とは、週に1日の休日、または4週を通じて4日付与する休日のことです。どの休日を法定休日と扱うのかは、就業規則に明記しておきます。たとえば「法定休日は日曜日とする」などです。
法定休日が定められていなくても違法ではありませんが、法定休日を特定しておくことで、時間外労働と休日労働の区別が明確となり、給与計算の間違いを防ぐことができます。この機会に特定しておくとよいでしょう。その場合は、必ず就業規則にも記載しておきます。
なお、法定休日が特定されていない土日休みの週休2日制の会社で、土日の両方に労働させた場合は、その暦週(日曜日~土曜日)の後順に位置する休日(土曜日)が法定休日の労働とみなされます。(昭和63.1.1基発第1号)
代替休暇の導入
1か月60時間を超える法定時間外労働を行った労働者の休息の機会を確保するため、引上げ分の割増賃金の代わりに有給の休暇(代替休暇)を付与することができます。代替休暇を取得するかはあくまで労働者の意思ということに注意しなければなりません。
実施する場合は、労使協定を締結する必要があります。また、「休暇」に関する事項のため就業規則への記載も忘れないでください。
労使協定で定める事項は以下の通りです。
①から見ていきましょう。代替休暇として与えることのできる時間数の算定方法は1か月について60時間を超えて時間外労働をさせた時間数に「代替休暇を取得しなかった場合に支払う割増賃金率(50%以上)」と「代替休暇を取得した場合に支払う割増賃金率(25%以上)」との差に相当する率を乗じます(この率を換算率と言います)。
上記は就業規則上、賃金の決定、計算及び支払いの方法に該当しますので就業規則にも記載を忘れないようご注意ください。
②の代替休暇の単位については、1日単位または半日単位(もしくは両方)で定めます。この1日は1日の所定労働時間であり、半日については必ずしも日の所定労働時間の半分にする必要はありませんが、その場合労使協定で半日の定義を定めておきます。
ちなみに、代替休暇の時間数に端数が出てきたような場合として、例えば代替休暇の時間数が10時間で1日の所定労働時間が8時間ならば、1日(8時間)分は代替休暇を取得し残りの2時間は賃金を支払うという方法。そして、1日代替休暇を取得して残りの2時間を他の時間単位有給休暇と合わせて半日の休暇として取得することも可能です。
③の与えることのできる期間については、時間外労働が1か月に60時間を超えたその月の末日の翌日から2か月以内とされておりこの範囲で期間を定めてください。
期間が1か月を超える場合は、1か月目の代替休暇と2か月目の代替休暇を合算して取得することもできます。しかし、代替休暇を管理するコストなども考慮して1か月以内の期間にするのが望ましいでしょう。
最後に④の代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日についてです。
取得日の決定方法については、該当する労働者に代替休暇を取得するかどうかを確認して取得したいのであれば取得日を決定するというようなフローを明確にしておいてから協定をしましょう。就業規則には「代替休暇取得日は労働者の意向を踏まえ決定する」というような具合で記載します。
割増賃金の支払日についてですが、代替休暇を取得する・しない、あるいは取得するつもりだったが結局は取得しなかった場合などがあるため、支払いはいつになるのかを整理する必要があります。
以下の例で整理してみましょう。
取得の申出がある場合は、その賃金計算期間に発生した支払義務のある割増賃金についてはその賃金支払日に支払わなくてはなりません。
したがって、25%の割増賃金を支払います。しかし、取得の申出がなければ、取得がされないことが確定した月の賃金支払日に残りの25%の賃金を支払います。
続いて、期間内に取得の申出がない場合ですが、これは通常通り賃金支払い日に50%の割増賃金を支払います。しかし割増賃金が支払われた後に「やはり代替休暇が欲しい」と言われたらどうするのでしょうか。
その場合の対処として1つは、労使協定に「割増賃金が支払われた後に代替休暇の取得の意向があった場合には、代替休暇を与えることのできる期間内でも労働者は代替休暇を取得できない」旨を定めること。
もう1つは労使協定に「期間内に申出を行わなかった労働者から代替休暇を取得できる期間内に改めて取得の申出があった場合には会社の承認により、代替休暇を与えることができる。この場合代替休暇の取得があった月に係る賃金支払日に過払分の賃金を精算するものとする」という旨を定めることです。
前者のほうが管理のしやすさという点では優れていますが、長時間労働を抑えたいという目的に沿えば後者のような備えも必要になるかもしれません。
まとめ
60時間という時間外労働時間はかなりの長時間労働であり、これを超えてしまうと単に勤怠の集計が煩雑になるだけでなく労働者のワークライフバランスを損ねている可能性があります。「賃金を多く支払わなければならない」あるいは「賃金が多くもらえる」というような意識ではなく、この60時間超に対する割増賃金の支払いというものが労働者の健康の確保という目的の下にあるのだという意識を持つことが大切です。
勤怠管理システムの導入や、その他の職場環境整備の取組を支援するため、厚生労働省から中小企業事業主を対象とした2023年度「働き方改革推進支援助成金」も紹介されていますので、要件が合えば活用しましょう(助成金の申請期限などは必ず最新情報を確認してください)。労務管理の効率を改善することは労働時間の削減にもつなげることができます。
労務管理の面だけでなくこの機会に自社が抱えている課題を整理し、どうすれば少ない時間で効率よく働くことができるかを意識することで、職場で改善できることを提案・実行し、一人ひとりが高いパフォーマンスを発揮できるようになるのではないでしょうか。
中村 泰賀(なかむら たいが)
ドリームサポート社会保険労務士法人
法学部で労働法・社会保障について学び、企業とそこに働く人を共に支えることができる社会保険労務士業務に興味を持つ。2021年4月、「週4正社員制度」など先進的な働き方を実践しているドリームサポート社会保険労務士法人に新卒で入社。主に給与計算、社会保険手続業務を担当、顧問先企業の業務改善や円滑な労使関係の構築のサポートを目指し日々奮闘している。
ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。
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