令和6年度の年金額
大山 均(おおやま ひとし)/株式会社 社会保険研究所 顧問
1.年金額改定の前提となる基本数値
令和6年1月19日に総務省から「令和5年平均の消費者物価指数」(生鮮食品を含む総合指数)が公表されるとともに、この消費者物価指数の公表を受けて、厚生労働省のホームページでは令和6年度の年金額に関する”Press Release”が掲載された。それによると、「令和6年度の年金額は、法律の規定に基づき、令和5年度から2.7%の引上げ」となるとのことである。
ここでは、令和6年度の年金額が令和5年度から2.7%引き上げられることになる根拠について、公表された数値と法律を手がかりにして読み解いてみたい。
“Press Release”で示された年金額算出のための基本数値は、以下のとおりである(“Press Release”2頁「■参考:令和6年度の参考指標」参照)。
いうまでもなく、これらの数値は実際の変動率ではなく、変動幅を百分比で示したものである。
このうち、名目手取り賃金変動率については、変動幅3.1%の算出根拠として、実質賃金変動率(令和2年度から令和4年度までの平均)の変動幅▲0.1%、物価変動率(令和5年の年平均)の変動幅3.2%、可処分所得割合変化率(令和3年度)の変動幅0.0%によるものとされている。
これを数式で表記すると、
となる。
また、マクロ経済スライドによるスライド調整率については、変動幅▲0.4%の算出根拠として、公的年金被保険者総数の変動率(令和2年度から令和4年度までの平均)の変動幅▲0.1%と平均余命の伸び率▲0.3%(定率)によるものとされている(平均余命の伸び率はマイナスで反映される)。
これも数式で表記すると、
となる。
なお、令和6年度におけるマクロ経済スライドの未調整分は、令和5年度において、令和3年度のマクロ経済スライドの調整率の繰越し分▲0.1%と令和4年度のマクロ経済スライドによる調整率の繰越し分▲0.2%とを合計した▲0.3%が実施されているため、繰越しは解消されている。そのため、「算出率」の計算上は1.000として計算することになる。
これらの基本数値から、厚生労働省の“Press Release”では、令和6年度の年金額の改定について次のように述べている。
このように、令和6年度においては、物価変動率(1.032)が名目手取り賃金変動率(1.031)を上回るため、名目手取り賃金変動率(1.031)によって年金額を改定することになる。
まず、この点から、実際の法律の条文で確認しておきたい。
国民年金法第27条の4および第27条の5では、それぞれ第1項で次のように規定されている。なお、第27条の4は、マクロ経済スライドによる調整期間中の新規裁定者の年金額の改定について規定した条文で、第27条の5は、同じマクロ経済スライドによる調整期間中の既裁定者の年金額の改定について規定した条文である。
このように、第27条の4、つまり新規裁定者については、「名目手取り賃金変動率」を基準に改定することが明記されているが、第27条の5、つまり既裁定者については、第一号で「物価変動率が名目手取り賃金変動率を上回るときは、名目手取り賃金変動率」で改定することが規定されている。これは、国民年金法の条文であるが、同様の内容は、厚生年金保険法では第43条の4と第43条の5で規定されているが、国民年金法と同じ規定となっている。
ところで、“Press Release”では、例年のように1頁の下にその年度の「年金額の例」を表にして紹介しているが、その表の下の注※1では次のように記載されている。
新規裁定者の年金額と既裁定者の年金額が別の金額となったのは令和5年度がはじめてであった。令和5年度の年金額の“Press Release”(令和5年1月20日掲載)では、同じ「年金額の例」の表の注※1では次のように記載されていた。
令和6年度に既裁定者となるのは、令和6年度から68歳に達する昭和31年4月2日以後生まれの人である。令和6年度の“Press Release”の※1の注でいう「昭和31年4月1日以前生まれの方」とは、すでに令和5年度において68歳に達し既裁定者となった人たちであって、1年経過した令和6年度においては「昭和32年4月1日以前生まれの方」とするべきではないか、というよりも、そもそもなぜ令和5年度の場合と同じように「令和6年度の既裁定者(68歳以上の方)」という表記をしなかったのか、という疑問が出てくる。
今回は、この点について見ていくことから始めたい。
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