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地域医療における動画配信の活用|第3回:これからの精神科医療について(益田裕介)

早稲田メンタルクリニック院長、益田裕介です。最終回となる第3回目の今回は、これからの精神科医療について掘り下げ、僕ら精神科医インフルエンサーは何をすべきなのか、その役割について考察してみたいと思います。


これからの精神科医療を考えていく意義とは?

内科や外科などの身体疾患の場合、生物学的な側面のみに注意を払えば良いので、医療未来を予測するにも、新しい病気が生まれるということはほとんどなく、科学技術の進化に伴い、治療法が洗練されていくことにさえ注意を払えば良いです(おおげさに言えば)。

しかし、精神科医療は身体の病気と異なり、人間の精神や感情に密接に関わってくるため、社会や周囲の環境の変化、価値観や生活スタイルの変化によって、新しい病気や症状、病因が生まれたり、治療法についても、薬物療法が洗練されたり、カウンセリング技法も時代や文化に合わせて誕生していきます。

また身体疾患の場合、治療の大部分は治療者任せですが、精神疾患の場合は、治療において患者本人の学びや認知の変化が重視されるため、より正しく疾患や治療を学ぶ必要性があります。

これらの観点から、これからの精神科医療を考えていく意義は大きいと考えます。

これまで起きた社会変化と精神疾患

具体的に、どんな変化があったか、簡単にふりかえってみましょう。ただし、この記事は学術的なものではないため、以下の内容が益田の主観が大きく左右されている点はご了承ください。

戦後時代(1940年代後半-1950年代)、第二次世界大戦後の混乱の中で多くの人々が苦しんでいましたが、精神疾患が取り立てて注目されることは稀でした。多くの人は戦争によるトラウマ、貧困、社会的不安定さで苦しみ、そこまで注意を払えなかったと思われます。

高度経済成長期(1960年代-1970年代)、経済成長に伴う労働環境の変化や都市化により、ストレス関連疾患が増加しました。社会に余裕が生まれる中で、精神疾患も注目され、差別や偏見、疾患がある人への人権問題に取り組むようになっていました。

バブル経済期(1980年代後半-1990年代初頭)、経済バブルの時期には、高い社会的期待とストレスが、心身症などの精神疾患を引き起こす一因となりました。統合失調症のような内因性疾患のみならず、神経症や人格障害に注目され始めたのもこのころで、親子問題などから起因する摂食障害や各種依存症、境界性パーソナリティ症などがその代表でしょう。

バブル崩壊後(1990年代-2000年代)、経済バブルの崩壊後、大量のリストラや失業が社会問題となり、うつ病や自殺が大きく注目されるようになりました。SSRIという新しい抗うつ薬が発売されるとともに「心のケア」への関心が高まり、精神健康への理解が広がりました。

21世紀(2000年代-現在)、長時間残業による過労死やメンタル疾患に注意が向けられ、働き方改革が施行されました。その結果、長時間残業が減り、働く人のメンタルヘルスが改善、パワハラなどのハラスメントも減り、社内トラブルから生まれるうつ病の患者数が減りました。
反面、労働時間が短くなった分、またIT技術の進化や職場導入に伴い、勤務時間内での高い生産性が求められるようになりました。その結果、うまくコミュニケーションがとれない人、集中力を維持できない人が発達障害として注目されるようになりました。背景には、学校教育の中での発達障害に対する理解の深まりがあり、児童精神医学の流れが、大人の精神医学にも影響を与えたようにも考えられます。

精神病から、神経症、社会背景による原因と理解が深まり、最近では人間の知的能力の差が注目されるようになってきている、と考えられるかもしれません。

今後起こりうる社会変化と流行しそうな精神疾患

これらを踏まえ、今後、どのような精神疾患が増えるのか、予測していきましょう。まずは社会変化について考えてみましょう。

少子高齢化、女性の社会進出、移民の増加……などから、家族の形が変化していくことが予想されます。変化の先についてはより多様であり、多様な形であるが故に家族同士での衝突や衝突を避けるために分断化されることも予想されます。離婚件数や、シングルマザーなどの人数も増えるでしょうし、子供を作らない夫婦や、生涯独身の割合も増えることが予想されます。親族が助け合うような、昔ながらの家族形態はより減っていき、少人数の家族形態が増える結果、家族一人ひとりの存在感が増すため、例えば、一人の精神疾患患者を抱えるだけで、機能不全家族に陥りやすいと考えられます。

グローバル化はますます進み、異なる価値観を持つ人と暮らす機会が増えると思われます。新しい気づきや学びを得られる一方、衝突の回数も増えるでしょう。多様性を受け入れ、新しい価値観に移行すべきですが、それについていけない人たちも一定数いることが予想できます。

ITやAIの技術が洗練され、われわれの生活や労働を大きく変えることが予想されます。頭脳労働においても、単純作業が減り、より複雑で、人とのコミュニケーションを必要とする仕事に置き換わっていくことが増えそうです。そうした中、高い知的能力や柔軟性、コミュニケーション能力が求められるようになるため、そこについていけない人たちが、これまで以上に出てくることが予想されます。

このような多様性や格差の広がりは、社会不安を増大させ、治安を悪化させる可能性があります。治安悪化から生み出される貧困や虐待、教育格差なども問題になるでしょう。これらの変化は、今後10〜20年で起こりうる問題です。

では、このような変化に伴い、どのような精神疾患が増えるでしょうか?

家族内の問題が増えることで、そのトラウマで苦しむ人が増えるでしょう。それらは複雑性PTSDと診断されうるものですが、現在の診断基準では判定が厳しいため、グレーゾーンと呼ばれたり、うつ病やパニック障害という形で診断されるのかなと思います。しかし、病気の本質としてはトラウマという記憶の障害であり、そこへのアプローチが必要となると思います。

複雑な知的労働を求められる中で、それについていけない人たちが発達障害と診断される傾向は今以上に加速するのではないか、と思われます。かれらは発達障害グレーゾーンと診断されたり、適応障害と診断されるかもしれませんが、知性という問題をどのように扱うべきか、人類が問われることになるでしょう。
これまでの労働は、身体性に強く依存するものが多かったので、一人ひとりの生産物の量がそこまで大きく変わりませんでした。しかし、労働が少しずつ、ロボットやAIに置き換わっていくと、残った知的労働には、個人差が大きく現れます。この中で、人間の尊厳や平等性、人権というあり方についても、考え直さねばならない日がくるでしょう。

治安が悪化していく中、違法薬物の流布にも注意を払わねばなりません。薬物依存症が増えることも予想されます。また犯罪被害によるトラウマをもつ患者さんも増える可能性があります。また、その周囲の人々も、二次的な被害としてうつ病に陥るケースが増えることが考えられます。
さらに、心身の疲労が原因で、うつ病の患者数自体が増加するかもしれません。

どんな解決策が考えうるか? 何をして準備する?

こうした中、僕が注目しているのはもちろんAIです。AIの高い演算能力によって、新しい薬物の開発や、遺伝子配列なども考慮したオーダーメード医療も洗練されていくと思われます。
ただ僕自身が関われるのは、そのような生物的な研究ではなく、YouTubeを中心としたSNS活動なので、その点を中心に今後の変化ややるべきことについて考えてみようと思います。

コンテンツ体験はどのように変化していくのでしょうか?

AIによるリコメンド機能は強化されていくでしょう。より個人個人に合ったコンテンツがお勧めされるようになるため、これまでは発掘されなかったコンテンツもお勧めされる可能性があります。なので、より専門的でマニアックなコンテンツも視聴者に届きやすくなり、細かい症状や治療の解説動画も作っておけば、見られる可能性が大きいです。

自動翻訳機能が進化し、言語の壁がより取り払われるでしょう。その結果、海外からの医学コンテンツも自由に見られるようになり、医学研究や教育の発展が期待できます。また質の高いコンテンツもより自由に見られるようになるでしょう。一方で、国ごとの文化の差が治療上重要になるにもかかわらず、軽視されるようになったり、誤った医学知識がより早く、深く刺さってしまうこともあります。日本人はまだまだ欧米への信頼があつく、陰謀論的なニュースに支配されてしまう人も出てきそうです。文化の違い、社会背景や社会問題をしっかり扱った上での病気や治療の解説は需要がありそうです。

AIとのコミュニケーションも増えるでしょう。なので、一般的な病気や治療の解説などは、AIで確認する日が遠くないように思います。AIによる精神科医や心理士の真似事?もすぐに開発されると思います。しかし、相談の仕方には工夫がまだまだ必要と思われるので、AIとどのように上手にコミュニケーションを取ればいいか、を解説することは需要がありそうです。例えば、認知行動療法におけるリフレーミングのスキル習得に、AIは役立ちます。

リフレーミングとは、ネガティブな出来事も視点を変えることでポジティブな面を見出すテクニックですが(例:頑固→我慢強い)、そのためには感情的な抵抗を取る以外にも、俯瞰的に見る力や高い言語能力(作文能力)が求められます。なので、通常は医師もしくは心理士が補助をしながら、その作業を行うのですが、AIはこのような言い換える作業も得意なので、人の手を借りなくても、自分一人でトレーニングすることが可能です。

AIの力を借り、SNSはより洗練され、物理的に離れていても、人と人が繋がっていくことはより容易になると思われます。そうした中、悪いつながりも増えるでしょうが、患者会や家族会などの良いつながりを増やすことも可能です。なのでインフルエンサーである精神科医がシンボルになり、そのようなつながりを作る活動を促進させることにも、意義があると思います。

その解決策があっても、どんな問題があるのだろう?

こうした技術変化は、自分から動ける人、助けを求めたり、変化を受け入れていける人にとっては、より良い治療体験が得られやすくなるのではないか、と思います。自分が動けなくても、周囲に助けてくれる家族や友人がいる人は、今まで以上に、より良い治療を受けやすくなるでしょう。

一方で、そうでない人との格差はますます広がってしまうのではないか、と予想されます。

何か自分に異変があった時、最初に気づいてくれる家族がどんな対応をしてくれるのか? その時の友人関係が良い繋がりではなく、犯罪などにもつながるような悪いものだった場合は? 会社や上司に精神医学を学ぼうとする姿勢はあるのか? こうしたちょっとした差によって、患者さんのその後はとても大きく変わってしまうかもしれません。

3回の連載の最後に、僕らがやるべきことが見えてきたように思います。
それは、正しい医療情報のネットワークを広く作っていくことで、そこに引っ掛かってくれる人を増やしていくことだろう、ということです。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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筆者プロフィール

益田裕介(ますだ・ゆうすけ)/早稲田メンタルクリニック院長
防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て現職。精神保健指定医、精神科専門医・指導医。
YouTube:精神科医がこころの病気を解説するCh

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