遺族年金のしくみと手続~詳細版~ 無料記事 #9~#12
#9 遺族年金を受給できるのは誰? 死亡時の妻とその連れ子か、前妻と前妻との実子か
今回は、夫婦ともに再婚で、それぞれに離婚した配偶者との子(18歳未満)のみがいるケースです。夫が死亡したときに、妻には前夫との子がいて夫婦と同居していました。この子は死亡した夫と養子縁組していません。一方、死亡した夫には前妻との子が2人いて、毎月養育費を送っていました。
関係者は、死亡時の妻、その連れ子、前妻、前妻との実子2人の5人です。夫婦に実子はいません。果たして遺族年金を受給できるのは、誰でしょうか。
夫婦ともに再婚で、夫婦の実子がいないケース
会社員の夫、A男さんが病死したとのことで、妻のB子さんが遺族年金の請求手続きをするために年金事務所に来所されました。亡夫A男さんは20歳から26年間、厚生年金に加入し、46歳で亡くなりました。
このご夫婦はともに再婚で、請求者であるB子さんには、前夫D男さんとの間に8歳の子Zがいます。この子はA男さんB子さん夫婦と一緒に生活していましたが、A男さんと養子縁組はしていませんでした。なお、B子さんの年収は約250万円くらいとのことです。
また、亡夫A男さんには、前妻C子さんとの間に子どもが2人います。15歳のXと12歳のYはC子さんと同居しており、A男さんは2人の子どもに対して、毎月一定金額を養育費として継続的に振込んでいました。
なお、今回の相談事例の登場人物の関係は下図のようになっています。
遺族年金の長期要件と短期要件
亡くなったA男さんには厚生年金保険の被保険者期間が26年あったので、厚生年金保険法第58条第1項に規定されている遺族厚生年金の4つの受給要件のうち、短期要件である同条同項第1号(死亡の当時、厚生年金被保険者の死亡である場合)と、長期要件である同条同項第4号(保険料納付済期間と保険料免除期間及び合算対象期間を合算して25年以上ある者が死亡した場合)をともに満たしています。
短期要件と長期要件の両方に該当する場合には、遺族から別段の申し出がなければ、短期要件が適用されます。厚年法第58条第2項に「死亡した被保険者又は被保険者であつた者が同項第1号から第3号までのいずれかに該当し、かつ、同項第4号にも該当するときは、その遺族が遺族厚生年金を請求したときに別段の申出をした場合を除き、同項第1号から第3号までのいずれかのみに該当し、同項第4号には該当しないものとみなす。」と規定されています。
そこで、短期要件と長期要件の両方の年金額を算出し、金額が同じであることを確認したうえで、B子さんには短期要件で計算すると説明しました。
B子さんと連れ子Zの遺族年金
遺族基礎年金については、B子さんに子がいることが受給要件として必須で、その子の年齢と死亡者との関係を確認することが求められます。本ケ-スの子は8歳なので年齢要件はクリアしますが、前夫D男さんとの子であり、A男さんとは養子縁組していません。
国民年金法第37条の2第1項は「遺族基礎年金を受けることができる配偶者又は子は、被保険者又は被保険者であつた者の配偶者又は子」となっており、死亡者の実子か養子縁組した子と規定しています。
子Zは、この要件を満たしていませんので、遺族基礎年金・遺族厚生年金ともに受給権は発生しません。
また、B子さんも「子のある配偶者」ではないので、遺族基礎年金の受給権は発生しません。ただし、死亡者の配偶者として、遺族厚生年金のみ受給権が発生します。
前妻C子さんと実子X、Yの遺族年金
一方、前妻C子さんとの実子であるXとYに対してA男さんが生前仕送りをしていたとのことなので、A男さんとX及びYの間には生計維持関係があることとなります。また、年齢要件も満たしているので、子XとYには遺族基礎年金と遺族厚生年金の受給権が発生します。
ただし、子に対する遺族基礎年金は、生計を同じくするその子の父または母がいるときは、支給停止となります。子XとYにはC子さんがいるので、遺族基礎年金は支給停止となります。
なお、C子さんは、A男さんの死亡時に配偶者ではなく生計維持関係があったとは認められないので、遺族年金の受給権は発生しません。
B子さんの遺族厚生年金の支給停止
B子さんには遺族厚生年金の受給権が発生しますが、実子のX及びYに遺族基礎年金・遺族厚生年金の受給権がある間は、B子さんの遺族厚生年金は支給停止となります。
厚生年金保険法第66条第2項によれば、「配偶者に対する遺族厚生年金は、当該被保険者又は被保険者であつた者の死亡について、配偶者が国民年金法による遺族基礎年金の受給権を有しない場合であって子が当該遺族基礎年金の受給権を有するときは、その間、その支給を停止する」とあります。
ですから、実子XYが2人とも18歳に到達する年度末を過ぎて失権した後、B子さんはようやく遺族厚生年金を受給することとなります。
遺族年金の請求手続き
それでは、具体的な請求手続きを誰がいつどのように行うのかを見て行きましょう。
① B子さんの請求手続き
まず、年金事務所に来所したB子さんには、「年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)様式第105号」に必要事項を記入していただき、戸籍謄本、死亡診断書、マイナンバ-のわかるものを提示の上で、遺族厚生年金を請求していただきました。
② 実子XとYの請求手続き
次に、実子XとYから遺族厚生年金の請求手続きをしてもらわなければなりません。B子さんから前妻C子さんに話してもらうように依頼しました。X及びYは、次の書類の提出が必要になります。
・年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)様式第105号
・年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)(別紙)様式第106号
・戸籍謄本及び住民票
・生計同一関係に関する申立書(様式3)
・定期的な仕送りの確認できる書類(預金通帳、振込明細書又は現金書留封筒等の写し)
・子Xの高校の在学証明(子Yは義務教育中のため不要)
なお、「生計同一関係に関する申立書(様式3)」は令和2年10月1日以降、新しい様式になっています。本件のように、死亡者と離婚した前妻と死亡者の実子が一緒に生活していて、死亡者から実子に対して仕送りをしていた、というような生計維持関係の認定に当たって必要となります。
●生計同一関係に関する申立書(日本年金機構ホームページ)
B子さんは支給停止事由消滅時の手続きが必要になる
ここで問題となるのは、B子さんの遺族厚生年金は自動的に受給できるわけではないという点です。
現在12歳である子Yが18歳年度末になって失権し、B子さんが支給停止事由消滅となったときに、日本年金機構からは届出の勧奨等は行われません。ですから、受給権者が忘れないように、充分説明をしておくことが大切です。
支給停止事由消滅時の手続きは、「遺族年金受給権者支給停止事由消滅届(様式第217号)」に必要事項を記入し、当該届書の⑥欄「消滅の事由」のウに〇を付した届出をします。
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本ケースのような婚姻関係、親子関係が複雑な事例においては説明誤りが生じないように、年齢確認は当然、養子縁組の有無、生計維持関係の有無などについても請求者にきちんと確認することが必要です。最終的には、戸籍謄本、住民票、生計同一関係に関する申立書(様式3)、在学証明書、仕送り確認のできるもの(振込通帳等)をしっかりと確認することが必須となります。
さらに、支給される年金と支給停止となる年金、また支給停止事由消滅時の手続きを正確に請求者に説明するよう求められます。
#10 60歳以降に初めて厚生年金に加入した夫が短期間で死亡したら?
今回は、60歳以降に初めて厚生年金に加入した夫が、数ヵ月で死亡したときの遺族年金について見ていきます。数ヵ月であっても被保険者期間中の死亡であれば、遺族厚生年金は300月分で計算され、妻が65歳になるまでは中高齢の加算がつくはずです。
では、実際の事例で見ていきましょう。
夫は62歳で初めて厚生年金に加入し、5ヵ月後に死亡
A子さんは57歳の専業主婦ですが、夫のB夫さんが死亡したために遺族年金が受給できるか、年金事務所に確認に来所されました。
B夫さんは、親の代から米穀店をやっていたのですが、腰を痛めてしまい、重量物を取り扱う自営業を継続することが困難となりました。そこで、62歳で初めて友人が経営する会社に勤務し、厚生年金保険の被保険者となりました。しかし、勤め始めて5ヵ月目に突然、脳梗塞で死亡してしまいました。
なお、B夫さんは国民年金保険料を16年(192月、付加保険料45月を含む)しか納付していませんでした。ご夫婦間は婚姻期間が30年あり、子どもは2人いますが、両者とも20歳以上です。A子さんの収入はアルバイト収入が多少とのことです。
遺族厚生年金の受給要件
遺族厚生年金の受給要件は、厚生年金保険法第58条第1項に規定されており、次のいずれかに該当することが必要です。
第1号 死亡の当時、厚生年金保険の被保険者の死亡である場合
第2号 厚生年金保険の被保険者若しくは共済組合の組合員の資格を喪失した後に死亡したときであって、厚生年金保険の被保険者又は共済組合の組合員だった間に初診日がある傷病が原因で、その初診日から5年以内に死亡した場合
第3号 死亡の当時、障害等級2級以上に該当する障害の状態にある障害厚生年金の受給権者若しくは共済組合の2級以上の障害年金を受けている場合
第4号 保険料納付済期間等が25年(300月)以上ある老齢厚生年金若しくは共済組合の退職共済年金の受給権者又は保険料納付済期間と保険料免除期間及び合算対象期間を合算して25年以上ある者が死亡した場合
第1号から第3号までを短期要件、第4号を長期要件といいます。
保険料納付要件について
<3分の2要件>
上記の第1号または第2号に該当する場合は、原則として、保険料納付要件を満たしている必要があります(厚生年金保険法第58条第1項ただし書き)。具体的には、「死亡日の前日において、死亡日の属する月の前々月までに国民年金被保険者期間があり、かつ、当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上あること」と規定されています(通称「3分の2要件」)。
<直近1年要件>
なお、上記の3分の2要件を満たさないときの救済の特例として、厚年法(60)附則第64条第2項の規定があります。この規定により、以下の①から④すべてに該当すれば、いわゆる「直近1年要件」を満たすことになります。
①令和8年4月1日前の死亡
②死亡日において65歳未満
③死亡日の属する月の前々月までの国民年金被保険者期間1年間に保険料未納期間がない(死亡日に国民年金の被保険者でなかった場合は、死亡月の前々月以前の国民年金被保険者期間の直近1年間に保険料未納期間がない)
なお、保険料納付済期間に算入される期間については、国民年金法第5条(用語の定義)第1項に次のように規定されています。
・国民年金の第1号被保険者期間で保険料を納付した期間(追納及び後納によって保険料を納付した期間を含む。)
・昭和61年3月31日以前の被用者年金制度の加入期間(昭和36年3月31日以前の期間及び20歳前と60歳以後の期間を含む。)
・国民年金の第2号被保険者期間(20歳前と60歳以後の期間を含む。)
・国民年金の任意加入被保険者に係る保険料納付済期間
・国民年金の第3号被保険者期間等
B夫さんが保険料納付要件を満たすかどうか
今回の事例では、亡くなったB夫さんはわずか5ヵ月ですが厚生年金に加入し、亡くなったのは厚生年金保険の被保険者期間中です。前述の遺族厚生年金の4つの受給要件のうち、短期要件である第1号(死亡の当時、厚生年金被保険者の死亡である場合)のみに該当しているので、保険料納付要件を満たすか否かが問題となります。
具体的に納付要件を見ていくと、まず原則である「3分の2要件」は、死亡時の国民年金保険料の納付期間が16年なので、満たしません。
次に「直近1年要件」を見ると、①②は満たしています。③については、死亡日の属する月の前々月以前の厚生年金保険の被保険者期間は3ヵ月しかありません。しかし、60歳から62歳までは国民年金の強制加入期間ではないために、保険料の納付義務がありません。つまり、直近1年間に国民年金保険料の未納期間はありません。
ここまでをまとめると、厚生年金保険の被保険者の死亡であるため、支給要件は厚生年金保険法第58条第1項第1号に該当します。これは短期要件なので同法同条同項ただし書きにより保険料納付要件を満たしている必要があります。そして、原則の「3分の2要件」は満たしていませんが、特例の「直近1年要件」を満たしていることが確認できます。
したがって、A子さんはB夫さん死亡に伴い、短期要件の遺族厚生年金受給権者となります。
300月みなしの適用と中高齢の加算
B夫さんの厚生年金保険の被保険者期間は5ヵ月しかありませんが、「被保険者期間の月数が300に満たないときは、これを300として計算した額とする」という「300月みなし」が適用されるため、相当額の遺族厚生年金が支給されます(厚年法第60条第1項第1号のただし書き)。
さらに、短期要件のため、A子さんが65歳になるまで中高齢の加算(令和2年度の額は586,300円)が上乗せされます。
国民年金からの給付も
また、B夫さんは国民年金保険料を16年間納付しているので死亡一時金を145,000円受給することができます。また、付加保険料の納付が36月以上あるので、死亡一時金に8,500円加算した153,500円を受給することができます。
なお、本事例の場合は婚姻期間が30年あり、国民年金保険料納付が10年以上あって平成29年8月1日以降の死亡であるため、60歳から65歳の間「寡婦年金」を受給することも可能です。ただし、現時点で死亡一時金を受けた場合は、寡婦年金を受給することはできません。
寡婦年金額はB夫さんの「第1号被保険者期間だけで計算した老齢基礎年金額の4分の3」なので、令和2年度額で234,510円(781,700円×192月/480月×3/4)となります。
遺族厚生年金と国民年金からの給付の組み合わせ
上記からすると、死亡一時金よりも寡婦年金のほうが有利ですが、残念ながら、寡婦年金と遺族年金を併給することはできません。ですから、A子さんは遺族厚生年金(中高齢の加算を含む)と死亡一時金を請求するのが最も有利ということになります。
手続きとしては、遺族厚生年金は「年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)」(様式第105号)で、死亡一時金は「国民年金死亡一時金請求書」で、それぞれ必要な書類を添えて請求することとなります。なお、両方に共通する書類は1通でよいことになっています。
年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)様式第105号(一部のみ表示)
国民年金死亡一時金請求書
本事例のように、60歳以降に短期間の厚生年金保険の被保険者期間がある人が65歳前に死亡した場合は、納付要件と死亡一時金、寡婦年金についてもしっかり確認することが必要です。
最後に、遺族年金の請求手続によく出てくる「戸籍謄本」の取扱いが一部、変わったので、参考として掲載します。
#11 交通事故による死亡での遺族厚生年金の請求
今回は、夫が交通事故で亡くなった場合の遺族厚生年金の請求事例をご紹介します。事故の加害者から損害賠償金等を受けた場合には、その金額に応じて遺族年金がいったん支給停止となります。遺族年金の請求書に加えて提出を求められる書類も多く、労災の適用や示談の進行状況などさまざまな確認が必要になります。
第三者行為事故による遺族年金の請求
令和2年7月24日、専業主婦のA子さんは夫が死亡したとのことで遺族厚生年金の請求に年金事務所に来所されました。夫のB男さんは会社員で3年前からH県に単身赴任していましたが、その赴任先で交通事故に遭い、意識不明のまま事故から10日後に死亡されたとのことでした。
A子さんの話によると、事故の当日、夫は仕事を終えて友人3人と飲食をした後、1人で帰宅する途中、車にはねられたとのことです。事故後、弁護士を立てて損害賠償等の交渉をしていたために年金請求が遅くなったようでした。
第三者行為事故の損害賠償と年金の支給停止
厚生年金保険法等の受給権者が第三者行為による事故に遭い、負傷し、あるいは死亡した場合、被害を受けた受給権者またはその遺族は、加害者である第三者に対し、損害賠償の請求を行うことができることになっています。また、同時にその事故による遺族年金等を受ける権利も発生することになります。
厚生年金保険法等の規定上(厚年法第40条第2項、国年法第22条第2項)は、保険者が受給権者(被害者)の損害賠償請求権を取得する「損害賠償請求権の代位取得」と、損害賠償を受けた価額を限度に給付をしない「保険給付の免責」があります。
現状では、主として「保険給付の免責」による方法がとられています。具体的には、受給権者が第三者から損害賠償をうけるのを待ち、受け取った時点で、保険者がその損害賠償額に基づき年金の支給停止を行っています。
第三者行為事故状況届・同意書・確認書
交通事故のように死亡原因に第三者が係わっていて、その事故が原因で遺族年金の受給権が発生した場合には、日本年金機構は当該事故の状況及び示談の進捗を管理するとともに、年金の支払い調整(支給停止)を行うため、通常の遺族年金請求用紙に加えて多くの添付書類が必要となります。
まず、年金を支給停止するために、年金請求時に事故の相手方や事故の状況について受給権者が申告する「第三者行為事故状況届」が必要となります。加えて、機構が直接、損害保険会社等から年金との調整のために必要な損害賠償金に関する資料の提供を受けることへの「同意書」を受給権者は提出する必要があります。
従来、機構は損害賠償や慰謝料、医療費等の実支出額を把握するため、第三者行為事故状況届を受け付けた約6ヵ月後に受給者に照会を行い、関係書類の提出を求めていました。年金請求者は損害賠償金の受領の年月日、内容、金額等を機構に届出ることとなっていました。
しかし、未提出により手続に時間がかかるほか、督促を行っても本人からの回答がなく事務が進んでいないケースがあったため、会計検査院から平成30年度会計実地検査の中で、具体的な手続を事務処理要領に定めて関係部局に周知徹底するよう指摘がありました。
機構はこの指摘に沿って事務処理要領を見直し、平成31年2月1日から機構が直接、損害保険会社等から年金との調整のために必要な損害賠償金に関する資料の提供を受けることとし、その旨の「同意書」を受給権者に求めることとしました。この「同意書」を提出することで、受給権者の年金請求手続の負担が軽減されます。
加えて、遺族年金請求時に損害賠償金を受けた場合、年金がその額に応じて停止されることを了承している旨の「確認書」の提出も受給権者に求めることとしました。
なお、支給停止期間については、「厚生年金保険法及び国民年金法に基づく給付と損害賠償額との調整の取扱い」(平成27年9月30日 年管管発0930第6号)の別添資料に示されています。平成27年10月1日以降に発生した第三者行為事故により相手方から損害賠償を受けた場合、事故日から起算して最長36か月間(以前は24か月となっていました)の範囲内で年金の調整が行われることとされました。
さらに、消滅時効の起算点について、「「厚生年金保険法及び国民年金法に基づく給付と損害賠償額との調整の取扱いについて」の一部改正について」(平成30年11月21日 年管管発1121第1号)により、損害賠償を受けたことを知った日(損害賠償の受領日がわかる書類等を受け付けた日等)の翌日となっていたものが、今回この解釈を改め、「損害賠償を受けた日の翌日」とされました。
A子さんの遺族年金について
本件において亡くなった夫(B男さん)は、死亡時において厚生年金被保険者であり厚年法第58条第1項第1号に該当します。老齢年金の受給要件(25年)も満たしているため厚年法第58条第1項第4号にも該当しており、短期要件と長期要件の両方の要件に該当しているため、同条第2項により短期要件での決定となります。
また、今回の交通事故は仕事が終ってからの私的な飲食後であるため労災の適用はありません。A子さんは無収入で、同居している子は35歳なので、請求できるのは短期要件の遺族厚生年金のみとなります。
B男さんは単身赴任中で、遠隔地に別居されていましたので、「生計維持関係の認定基準及び認定の取扱い」(平成23年3月23日 年発0323第1号)の「3①ウ(イ)」に該当します。この通知の別表2及び別表4によると「生計同一に関する申立書」が必要となります。
なお、生計同一関係を証明する書類として健康保険被保険者証の写しを提出すれば、第三者証明は不要となりますので、A子さんには健康保険被保険者証の写しを提出していただきました。
単身赴任のようなケ-スにおける生計同一関係証明書類については、令和2年9月4日の厚生労働省年金局の事務連絡により明確にされ、申立書の書式もわかりやすく改善されています。
本事例では令和2年8月14日に請求書を受理しましたが、加害者との示談が令和2年2月に成立しているため、第三者行為事故による遺族厚生年金として、いったん支給停止となります。支給停止期間は、損害賠償額が高額であったため、平成29年10月分から令和2年9月分までの36月間となりました。
A子さんの老齢年金について
また、A子さんには厚生年金被保険者期間50月を含んだ保険料納付期間が456月あるため、61歳到達の令和元年8月19日に特別支給の老齢厚生年金の受給権も発生しています。今回、遺族厚生年金と同時請求をしていただきました。
複数の年金受給権がある場合、年金選択申出書を提出して有利な年金を選んで受給できます。
A子さんの場合、遺族厚生年金が支給停止中は、少額ではありますが、特別支給の老齢厚生年金を受給し、遺族厚生年金の支給停止が解除された時点で遺族厚生年金に切り替えれば、65歳に到達するまで遺族厚生年金に中高齢寡婦加算が加算されます。
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本事例のように、第三者行為事故による遺族厚生年金の場合は、年金相談中や請求書受理にあたって、当該事故が労災適用となるか否か、交通事故証明書、事故の相手方との示談の進捗状況(示談が成立している場合は、その内容がわかる書類の添付)、損害賠償額との調整のための「第三者行為事故状況届」の遺族欄(損害保険会社に請求した相続人)及び被扶養者欄(18歳以上の子及び父母等の場合は扶養されていることが確認できる書類の添付)に全員分の記載があるか、さらに「確認書」に加えて損害保険会社等への支払照会に必要な「同意書」が添付されているか等の確認、また請求者に対する十分な説明が必要となります。
#12 事実婚の夫が死亡したときの遺族年金請求の可能性について
今回は事実婚関係に加え、夫の死亡時に妻が妊娠中というケースです。事実婚関係であっても、生計維持要件等を満たしていれば遺族年金を受給することが可能です。また、妊娠中の子と、死亡した父親との親子関係の「認知」を受ける手続についても、ご紹介します。
事実婚の場合の遺族年金の法規定
令和2年6月、内縁の夫(A夫さん)が先月、自死したと言って、妊娠中の妻(B子さん)が遺族年金の請求のために母親と一緒に年金事務所に来所されました。
まず、内縁の場合であっても厚生年金保険法第3条第2項に「この法律において、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。」となっています。
また、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、同法第59条で「被保険者又は被保険者であつた者の配偶者、子、父母、孫又は祖父母であって、被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によって生計を維持したもの」となっています。
さらに、事実婚(内縁)の妻であることが認められる条件が「平成23年3月23日(年発0323第1号)の「生計維持関係の認定基準及び認定の取扱い」5事実婚関係(1)認定の要件」に以下のように規定されています。
以上のようにB子さんに説明した上で、必要書類等で事実婚関係と生計維持が認定されればB子さんは遺族厚生年金の受給権者になることを話しました。
事実婚の生計維持関係について
では、どのような場合に「生計維持関係があるもの」と認定できるのかをみていきます。厚生年金保険法第59条第4項では、「被保険者又は被保険者であつた者によって生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は、政令で定める。」とされています。また、同法施行令第3条の10では、「・・・被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母は、当該被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のもの・・・」と規定されています。
つまり、被保険者または被保険者であつた者によって生計を維持していた遺族が生計同一要件及び収入要件を満たす場合に、遺族厚生年金を受けることができます。B子さんは、話の内容から遺族厚生年金の受給権者となると思われます。
夫死亡時に妊娠中の子どもの取扱い
一方、妊娠中で3ヵ月後に生まれる予定の子は、B子さんの子ではありますが、A夫さんはすでに死亡しています。このままでは生計維持が認められても、「被保険者であった者(死亡者)の子」ではないため、遺族基礎年金の受給権は発生しません。
戸籍上婚姻関係にない(内縁関係)男女間に子どもが生まれた場合、その子ども(非嫡出子)が父親の子となるには、父親からの認知を受けなければなりません。父親の生前に認知を受けていれば問題はありませんが、父親が認知せずに死亡した場合、死亡後3年以内の期間であれば、子ども本人もしくはその母親、または法定代理人は裁判所に訴えを提起し、認知させることができます。これを民法第787条に定められている「死後認知」といいます。
死後認知の請求では、被告となるべき父親は既に死亡しているため、検察官が被告となって裁判が行われます。母子関係は出産という事実により証明されますが、父子関係は事情が異なり、母親が複数の男性と交際していた場合、どの男性の子どもなのかは出産によってはわからないからです。厳密にはDNA鑑定をしないと本当に父子関係があるのかわかりませんが、民法では婚姻関係にある男女間の子については“嫡出の推定”がなされています(民法第772条)。
今回の相談のような父母が法律上の夫婦でない(内縁関係)場合には、たとえ血のつながりがあったとしても、出生した段階では、父親とその子はあくまでも“法律上他人の状態”です。「法律上他人の状態」とはどういうことかというと、親子間の法的義務・権利等が発生しないということです。たとえば養育費請求権、相続権、遺族年金における子などです。そこで、父親に認知を請求することによって、生物学的にも法律的にも父子関係が認められます。
この裁判で父親と子どもの親子関係が認められ認知を受けることができれば、子どもの戸籍に父親の名前を記載することができ、子どもには遺族基礎年金の受給権が発生します。
子どもが認知を受ける手続
認知の手続きには、3種類あり、①父親が存命中に自分の意思で、「自分の子どもである」と認める手続きが(民法第779条)「任意認知」、②父親が任意認知を拒む場合であっても、裁判手続きによって強制的に認知させる(民法第787条)「強制認知(または裁判認知)」、③父親がすでに死亡している場合は、死亡から3年以内に死後認知を請求する「死後認知」があります(民法第787条ただし書)。
本来であれば父親を相手取って訴訟を起こすのですが、もう亡くなっているため、代わりにこの住所地を管轄する家庭裁判所に検察官を被告として、内縁の夫死亡後の「死後認知の訴え」を起こし、認知を認める判決をもらった後、確定判決所の謄本を添えて市役所に「認知届」を提出します。この「死後認知」は第三者がすでに取得した権利を害することが無い限り、認知は出生時にさかのぼって父親の子どもであったとみなされるため(民法第784条)、相続権等が発生します。
B子さんの遺族年金はどうなるのか
本件において亡くなった夫(A夫さん)は、死亡時において厚生年金被保険者であり厚年法第58条第1項第1号に該当し、請求者である内縁妻のB子さんは収入要件を満たしているとのことです。遺族基礎年金と遺族厚生年金が受給できそうなので、出産後一段落したら弁護士に依頼して、A夫さんの死亡から3年以内に、検察官を相手として訴えること、審理内容は血縁的な親子関係の有無で、DNA鑑定や証言などをもとに総合的に判断されること、などの説明をしました。また、これからの手続の流れと必要な書類等のメモを渡して相談は終了しました。
その後、半年程経った12月に書類が揃ったとのことで、B子さんが再度、年金事務所に来所されました。書類の確認ポイントは以下の通りです。
①戸籍謄本(父親欄にA夫さんが記載されていること)
②死亡日におけるA夫さんの除票の住所とB子さんの住民票の住所が同一であること
③B子さんの前年の収入は250万円程度であること
④事実婚関係であったので「事実婚関係及び生計同一関係に関する申立書」(様式7)
⑤死体検案書
⑥預金通帳のコピ-など
以上に問題なかったので、「年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)」様式第105号及び別紙である様式第106号にご記入を頂いて、遺族年金請求書を受理いたしました。
なお、念のため死亡一時金はどうなのか受給要件を確認したところ、保険料納付月数が36月未満であり、資格はありませんでした。
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今回は事実婚関係における「子の認知」がからむ遺族年金の相談でした。ほかにも内縁関係にある年金受給者遺族年金相談、重婚的内縁関係等などの相談ではほとんどの場合、一回の相談で終了することはありません。初回の相談時に雑談を含めて正確な情報を聞き取り、請求者に対する十分な説明が必要となります。