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例外状況の社会民主主義(中村秀一)

霞が関と現場の間で

福祉国家の類型

2012年から国際医療福祉大学の大学院で社会保障の講義を行っている。そこで福祉国家を論じることになるのだが、福祉国家の類型が問題となる。有名なのはデンマーク出身のエスピン・アンデルセンによる自由主義(アメリカなどのアングロ・サクソン諸国)、社会民主主義(北欧諸国)、保守主義(独・仏などの大陸ヨーロッパ諸国)という3分類で、厚生労働白書(2012年度版)でも紹介されている。

この分類で日本はどこに位置するのだろうか。エスピン・アンデルセン自身は、日本は自由主義と保守主義の主要要素を均等に持つが発展途上であるとして判断を保留した。どうも座りが悪いと思っていたが、宮本太郎教授の近著『貧困・介護・育児の政治』(朝日選書)に接し、腑に落ちるものがあった。

日本の福祉資本主義の「三つの世界」

教授によると、社会民主主義、新自由主義、保守主義は福祉政治が展開される中でその時々に表明される立場であるが、日本ではいずれかの主張が特に通りやすくなる局面ないし「パターン」があるというのである。

介護保険制度が実現したのは1993年の非自民政権の成立とその後の「自社さ連立政権」という状況の下であった。「社会保障と税の一体改革」も2009年から12年にかけての民主党と自民党の間での政権交代が繰り返される中で実現した。

このように福祉の機能強化を唱える社会民主主義が前面に出たのは、政治的な例外状況の中であり、宮本教授は日本においては社会民主主義的施策は「例外状況の社会民主主義」の枠内にとどまるとする。

日本の福祉政治は、このほかに「磁力としての新自由主義」と「日常的現実としての保守主義」という「三つの世界」から成り立つというのである。

これからの福祉政治を考える視点

この本が分析の対象としている舞台は、筆者(中村)が行政官として働いた時期と重なる。政策形成の渦中で足掻いていた人間が漠然と感じていたことが、見事に定式化されている。「例外状況の社会民主主義」という卓抜な表現とともに、教えられることが多かった。

さて、衆議院議員の任期満了日は今年の10月21日であり、それまでの間に総選挙がある。政府・与党では選挙公約の目玉として「こども庁」構想が検討されているという。役所の機構は手段であり、大事なのは内容(政策)であろう。新たな子ども・子育て施策は社会民主主義、新自由主義、保守主義のどの要素で組み立てられるのだろうか。宮本著を手引きに考えてみたい。 

(本コラムは、社会保険旬報2021年6月1日号に掲載されました)


中村秀一(なかむら・しゅういち) 医療介護福祉政策研究フォーラム理事長 国際医療福祉大学大学院教授 1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。


  


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