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#58|女性活躍の動向分析―時間に制約があっても主役になれる職場へ【後編】

鯉沼 美帆(こいぬま みほ)
ドリームサポート社会保険労務士法人

労働分野の実務の参考となる情報を提供する「プロが伝える労働分野の最前線」第58回は、前回に引き続き女性活躍の動向分析の後編をお届けします。前編では女性活躍推進の現状と課題について見てきました。さまざまな理由から時間に制約がある従業員が、自身のキャリアを諦め、職場においてサポート役に回らざるを得ない状況は、本人にとっても企業にとっても決して好ましいものではありません。後編では、誰もが働きがいを感じながら長く働き続けられる職場を実現するために、企業が取り組むべきポイントをドリームサポート社会保険労務士法人の鯉沼美帆さんが引き続き解説します。


自社の状況把握(認定マーク取得を通じて)

まず職場の環境を整えるにあたって、自社の状況を客観的に把握し、自社に合った方針を定める必要があります。
必要なサポートは、業種や従業員の年代などによっても異なり、ニーズに合っていない制度は利用実績も少なくなってしまいます。

他社の取り組み事例を見てみたいときは、厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」で、企業規模ごとに実際にどう取り組んでいるか見てみることができます。

また、厚生労働省の各種認定マーク取得にトライしてみることも一案です。

えるぼし認定

認定の申請は、企業規模に関係なく可能です。
女性の活躍推進が優良な企業に与えられる「えるぼし」の場合、申請するにあたっては、以下の認定項目のうち、産業平均値を上回るなど基準を満たしている項目がいくつあるかを確認していきます。
1項目でも基準を満たせば、1つ星の申請が可能です。

・女性の正社員の割合
・男女間の継続勤務年数の差異
・1ヵ月あたりの平均残業時間 など 

その過程で、例えば「残業は少ないから大きく稼げないけれど、休みやすくメリハリをもって働くことができる」など、自社の強みの発見や課題分析、数値目標の設定ができます。

くるみん認定

「くるみん」は次世代育成支援対策推進法に基づき、子育て支援に積極的な企業に与えられる認定マークです。
行動計画を策定し、その期間中に男性の育児休業取得者が1名以上、または一定の割合以上であることや、女性の育児休業取得率70%以上など、いくつかの目標をクリアすることが要件となります。

「くるみん」「プラチナくるみん」「トライくるみん」の3種類があり、不妊治療のための休暇制度・両立支援制度を導入している企業は一定の基準を満たすことで「くるみんプラス」の認定を受けることもできます。

筆者が働く社会保険労務士法人は、従業員数が32名と女性活躍推進法で一般事業主行動計画策定が義務となっている101人には遠く及ばない規模ではありますが、えるぼし3つ星の認定を受けており、名刺交換の場等で話題に花が咲くこともしばしばです。

マークの取得により先進的な取り組みをしていると政府からお墨付きをもらえ、求人票やHP、名刺への記載、厚生労働省の女性の活躍推進企業データベースに公表ができるため、実際に採用の応募が増え、優秀な人材確保につながったという声も多く聞きます。

今後、義務対象は101人以下の会社にも拡大していくことが見込まれるなか、認定マーク取得に向けて動くことで、女性活躍推進の道筋を得ておくことをおすすめします。

働き方の柔軟化

ライフステージに合わせて時短勤務制度、テレワーク、フレックスタイム制、時差出勤などの柔軟な働き方を整備することが必要です。

コロナ禍が一段落して以降、テレワークの実施率は減少し、出社推奨の傾向がありますが、イレギュラー対応として家で仕事をする仕組みを残しておくことはどの会社でも重要です。

このような働き方をライフステージに応じて選んでいけることに加え、その中でもキャリアアップしていける評価の仕組みを確立し、一人ひとりが自律して働くことで信頼関係を築いていく工夫も、同時に必要です。
また、突発的な事情に対応しやすくするため、年次有給休暇を取りやすい社内風土づくりや、時間単位年休・特別休暇の導入も効果的です。

筆者が働く社会保険労務士法人では、全社で週休3日制(週4正社員Ⓡ制度)を導入しており、申請不要で平日に休みがあることが当たり前なので、今後何があってもここでなら働き続けられる、という安心感があります。 

しかし、特定の従業員の働きやすさだけに注力して、それ以外の人に不利益が出ないように注意する必要があります。
いろいろなことをすべて整備するのは難しくても、何か一つ取り入れられたら従業員の働きやすさは格段に上がり、十分自社の魅力になります。 

アンコンシャスバイアスとロールモデル

法律で義務になったから時短勤務を創設しただけなど、いくら制度を導入しても機能していなくては意味がありません。
制度を使いやすい風土をつくるには、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)への気づきが必要です。意識次第で、大掛かりな制度の導入よりも容易に取り組むことができます。人材の活躍の可能性を狭めるものとして近年注目され、内閣府での調査も行われています。

例えば、同じ年齢の子どもがいる男女の従業員でも、時短勤務を勧めるのは女性にだけという場合は、「時短勤務をするのは女性である」という意識のゆがみがあります。

子どもがいるAさんには家庭を優先させてあげたいから、海外出張や休日出勤が必要な仕事にアサインするのは子どものいないBさんにしよう、というとき、Aさんは実は子育てしながらでもフルタイムで働いて新しいことに挑戦したいと思っていて、Bさんは親の介護のために今はなるべく落ち着いたリズムで仕事がしたいと考えているかもしれません。

最近早めに帰りがちなことで、プライベート重視で昇進意欲がないのだと思い込みで判断されてしまうケースでは、実際は資格取得のため学校に通っているという場合もあります。

コミュニケーションを取らずに一方的に配慮をすることは、成長意欲のある従業員の可能性を狭めてしまいます。時短勤務については、これからは男性も選択することが多くなることもあり、無意識に制度の阻害をする発言をすればジェンダーハラスメントにもなりかねません。

また、従業員自身のアンコンシャスバイアスにも目を向ける必要があります。この職場は子育てをしながら管理職をしている人はほぼいないから、当然自分も出世できないと思い込み、本当は育児しながらでも活躍できる制度があるのにその可能性を自らなくしてしまうことがあります。

この場合、身近に前例がないためイメージができない、ロールモデルの不在が思い込みにつながっています。
当初は自分が管理職になるなどと思っていなくても、同僚が時短勤務やテレワークを活用しながらチャレンジすると聞いて、仲間がやるなら自分もやってみようと思えるというのは、女性活躍の取り組みの中で多く聞く例です。

また、男性の上司が率先して育休を取ることで、部下も躊躇せずあとに続く文化ができたという会社もあります。
ロールモデルが育児中でも活躍ができることを示すことで、「自分には無理だ」というネガティブな無意識の思い込みを防ぐことができます。
顧問先企業の育児休業手続を行っていると、同じ会社で立て続けに男性が育休を取得する場合が多く、一人が取るとあとに続きやすい例だと思います。

無意識の思い込みが、教育水準の面では世界有数のジェンダー平等を誇る日本において、ジェンダーギャップをもたらしている大きな要因と言えます。アンコンシャスバイアスによって誰かの可能性を狭めることを防ぐため、自分の中に決めつけがないかを常に問いかけ、スピーディーに物事を判断していかなくてはならない場面でも、いったん立ち止まって相手の背景に思いを馳せること、面談などで頻繁にコミュニケーションを取ることが重要です。

さいごに

誰もが望む通りに働き続けられる社会の実現が求められる時代です。
労働力不足を補うためには、時間に制約があっても働きやすい環境を整え、一人ひとりがモチベーション高く働くことが欠かせません。
採用・育成のコストを考えると、せっかくスキルを身につけた人材に定着してもらえないことは企業にとって損失であり、そこに課題を持っている会社も多いのではないでしょうか。
すべての従業員が十分に力を発揮できる環境にするために何が必要か、彼らの声を聴く場を設けることから始めてみてはいかがでしょうか。


鯉沼 美帆(こいぬま みほ)
ドリームサポート社会保険労務士法人

社会学部にて「労働と幸福が結びつく社会のありかた」を学び、企業の労働環境整備をサポートすることで、個人の生活(=ライフ=命)を大切にする社会を実現できる社労士を目指し、2021年4月新卒でドリームサポート社会保険労務士法人に入社。
現在は顧客サポート部にて複数の顧問先企業の給与計算・社会保険手続を担当。手続業務を起点とし、働く人のステップアップをハード・ソフトの両面から支えるために日々邁進している。

ドリームサポート社会保険労務士法人
東京都国分寺市を拠点に事業を展開し、上場企業を含む約300社の企業の労務管理顧問をしている実務家集団。

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代表 安中繁が、労働分野の実務のポイントをわかりやすく解説している動画です。ぜひご覧ください。


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