見出し画像

医薬品の供給不安に政府はこう対処! 迅速・安定供給への戦略と施策の方向性をさぐる(萩原雄二郎)

薬剤師5分間トピックス

最新の医薬品が医療現場に供給されるのは当たり前でなくなり、必要な医薬品が届かないという問題が生じています。この医薬品供給不安(以下「供給不安」)に対し、政府はどのような原因分析を行い、どのような戦略で安定供給を目指そうとしているのか、厚労省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」(以下「検討会」)が令和5年6月9日に取りまとめた「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会報告書」(以下「報告書」)から紐解きます。


供給不安の背景には構造的な原因

令和4年8月末の調査を見ると、医薬品全体の28.2%の4,234品目が出荷停止または限定出荷(以下「出荷制限」)に陥っています()。その内訳は先発品が7.1%(=300/4,234)であるのに対して後発品は89.9%(=3,808/4,234)と、後発品が中心になっています。後発品の全品目9,292品目のうち、41.0%が出荷制限の状態です。

表 日本製薬団体連合会の調査の概要(n=223社、15,036品目)

後発品の出荷制限の割合が大きいのは、令和3年2月の小林化工株式会社の薬機法違反による行政処分に端を発し、後発品企業による薬機法違反が相次いで発覚し、違反企業の製品について出荷停止が行われたことが最大の要因にも思われます。実際、出荷停止1,099品目のうち、7社683品目は行政処分を受けた会社によるものです。

しかし、供給不安は、一部企業の行政処分による生産量減少といった単純な構造で起こっているのでしょうか。

後発医薬品の出荷制限の多さについて、報告書は出荷制限の原因を薬機法違反だけの問題とは捉えませんでした。

出荷制限は令和3年8月末時点の調査でも把握されており、1年が経過した令和4年8月末の調査において改善しているどころか拡大していたのです。

一部企業の行政処分は、より大きな問題、供給不安という、いわば巨大な氷山の一角でした。連続して薬機法違反が発覚するに至る、日本の医薬品産業をむしばむさまざまな課題、後発品の産業構造の課題、薬価基準制度の課題、サプライチェーン上の課題等が表出した事態と言えるかもしれません。

加えて、令和2年(2020年)に始まった新型コロナウイルス感染症拡大による一部医薬品への需要増加に端を発し、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスといった課題も強く認識させられるところとなりました。

供給不安の実態と課題

わが国の医薬品供給について、報告書は以下のような課題を指摘しています。

💊顕在化した供給不安

厚生労働省は平成19年に「後発医薬品の安心使用促進アクションプログラム」を策定し、後発品の使用促進策を進めた結果、後発品の品目数は医療用医薬品全体の約半数を占めるようになりました。現在、約190社の後発品企業が、医療に欠かせなくなった後発品を供給しています。しかし、日本の後発品企業は10億円未満の売上規模のものが67%を占め(米国33%、英国11%)、1社当たりの売上規模は小さいものです。

後発品同士は同じ有効成分、効能・効果のため、価格以外では差別化しにくく、価格競争によって市場実勢価格は下落するのが常です。薬価は市場実勢価格に合わせて改定されるため、後発品の薬価は早期に下落します。薬価の下落に耐えるため、後発品企業の経営は、小規模な生産体制にもかかわらず、高い薬価が見込める新規収載品の上市を目指し、結果として少量多品目生産へ走ります。少量多品目生産が、後発品企業の収益構造をさらに余裕のない経営にするという悪循環を繰り返し、供給不安の下地を形作ります。

💊サプライチェーン上にあるリスク

医薬品の製造では世界的な水平分業が進展していますが、不安定な国際情勢により、医薬品供給の地政学的リスクが大きくなっています。特に後発品は、収益確保のため、安価な原料を海外に依存し、輸入原薬が大量に使用されています。また、バイオ医薬品も、製造工程を海外に依存し、大幅な輸入超過になっています。国際情勢、為替変動や物価高騰等による供給不安へのリスクが高まっています。

💊創薬力の低下とドラッグ・ラグやドラッグ・ロス

医療用医薬品の売上額世界上位100品目のうち、日本起源は12品目(2003年)から9品目(2020年)に減少し、売上高の世界市場シェアは 12.1%(2000年)から9.8%(2019年)に低下しました。

また、国内市場の売上シェアも、外資系企業が内資系企業を上回り、貿易収支では輸入超過による赤字が拡大しています。このことは、日本の製薬企業の創薬力が低下し、医薬品の他国への依存が増大した結果、安定供給の能力が低下していることを意味します。

他国では承認されているが日本では未承認の医薬品があることをドラッグ・ラグといいますが、令和5年3月時点でドラッグ・ラグが143品目、ドラッグ・ラグのうち日本で開発着手もされていないドラッグ・ロスが86品目(未承認薬の60.1%)あります。

日本での開発が進まない背景には、新しい医薬品の開発にかかる時間や費用(特に臨床試験の実施コストなど)が増加しているうえ、薬価基準制度による薬価引き下げや薬事行政手続きの煩雑さなどによって日本の医薬品市場の魅力が縮小し、外資系企業による日本市場への医薬品上市の敬遠、投資の減少が常態化しているからです。

💊薬価基準制度と医薬品流通の課題

医薬品は厚労省が定める薬価基準に基づいて価格(薬価)が公定される一方、製薬企業、医薬品卸売販売業者、医療機関等(薬局を含む)の流通過程は自由取引に委ねられています。

結果、医薬品卸売販売業者と医療機関等で取引される価格(実勢価格)と薬価には差額(薬価差)が発生します。厚労省は、医薬品が適正な薬価差で流通されるように、薬価を実勢価格に近づける薬価改定を行いますが、薬価差は医療機関等にとっては収益源です。

当然ながら、医療機関等は薬価差を得るための値下げ交渉を行い、医薬品卸売販売業者は販路拡大のための値下げ販売をし、薬価差は拡大する方向に動きます。厚労省は拡大する過度な薬価差の是正のために薬価改定を行いますが、それは製薬企業、特に後発品企業の経営に低収益構造をもたらす要因であり、供給不安の遠因といえます。

安定供給の確保に向けて

供給不安が顕在化していた令和4年8月の第1回検討会以来、議論が尽くされ、令和5年6月の第13回検討会に至って提示された報告書は、それまでの議論を取りまとめて医薬品の迅速・安定供給の実現のために必要な課題とその対策を政府に提言しました。

報告書では、産業構造の変化や薬価基準制度を以下のように見直すことにより、安定供給の確保を目指すべきだとしています。

💊後発品産業の構造的見直し

後発品企業は、国民に必要な後発品を安定的に供給し続ける役割があります。製造管理や品質管理の徹底は当然、非常事態に対応できる余力ある製造が必要です。しかし、実際には製造管理や品質管理の不備による薬機法違反が発覚し、出荷制限が発生、長期化し、必要な医薬品が供給されない状況が続いています。十分な製造能力を確保できず、十分な製造管理も行われない中で、少量多品目生産を行う後発品企業特有の構造的な課題が背景にあります。

今後、後発品の安定供給を確保していくには、産業構造の在り方そのものを見直す必要があり、具体的な方策としては次が挙げられます。

  1. 新規品目の上市に当たっては、十分な製造能力を確保していることや継続的な供給計画を有しているといった安定供給を担保する一定の要件を求め、これらの要件を満たさない企業は結果として市場参入することができなくなる仕組みを検討すべきです。

  2. 品質が確保された後発品を安定供給できる企業が市場で評価され、結果的に優位となるような対策が求められます。たとえば、医薬品の安定供給等にかかわる企業情報(製造能力、生産計画、生産実績等)を可視化し、これらの情報を踏まえた新規収載時や改定時の薬価の在り方を検討すべきです。

  3. 製造管理および品質管理の徹底を図るのは当然として、製造所における管理体制にかかわる評価項目の見直しを含め、都道府県の薬事監視体制を強化するとともに、国と都道府県の薬事監視の速やかな情報共有を含めた連携体制の整備を行い、薬事監視の質的向上を図る必要があります。

💊薬価基準制度における対応

少量多品目生産といった構造的課題を解消する観点から、薬価の在り方を見直す必要があります。現在の薬価改定方式では価格が永続的に下がるため、後発品企業は採算性の低い品目を抱え続けることになりかねません。このような問題に対応するには、医療上の必要性が高い医薬品については薬価を下支えし、安定供給が可能となるよう、最低薬価、不採算品再算定、基礎的医薬品といった制度やその運用の改善を検討するとともに、中長期的に採算性を維持するための新たな仕組みの検討を進めるべきです。

💊サプライチェーンの強靱化

医薬品製造にかかわるグローバル・サプライチェーンの断絶や災害等のさまざまな供給リスクに備え、サプライチェーンの強靱化を図る必要があります。具体的には、製薬企業における安定供給のための取組みを支援することにより、原薬等の共同調達等の取組みを促進します。

加えて、供給不安にかかわるリスクシナリオの整理や行動計画の整備等、医薬品のサプライチェーン強靭化の体制構築が必要です。構築には、供給情報等の共有が重要であり、安定供給等の企業情報の可視化を推進し、特に医療上必要な医薬品については、政府自らが主導してサプライチェーン上の供給状況を関係者が迅速に把握できる仕組みの構築を目指すべきです。

緊急時に医薬品の適正な供給が可能となるよう、予め関係者間でその方策を検討しておく必要もあります。

創薬力の強化、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの解消

報告書はまた、創薬力の強化等に取り組み、わが国の医薬品産業を盛り立てることを求めています。

💊創薬力の強化

先発品企業には世界中で広く使われるような革新的新薬を創出することが求められますが、現在の日本の製薬産業はそのような創薬力を有しているとは言い難い状況です。先発品企業がリスクを取り、最新技術を活用して革新的医薬品の創出に挑戦することを促進する必要があります。そのためには、政府のみならず、創薬にかかわる産官学の各プレイヤーが同じ目標の下で戦略的に資源を投下し、関係者が必要な施策を主体的に進める体制を構築する必要があります。

たとえば、遺伝子組み換え型のバイオ医薬品、遺伝子治療系の再生医療等製品などの新規モダリティ(創薬技術、手法)への移行に遅れないように、積極的に新規モダリティに投資し、政府一丸となって総合的な戦略を作成し、企業等に示すべきです。新規モダリティにかかわる研究開発を行う企業には、当該分野に係る研究開発を行った場合の税制優遇や新薬候補探索支援(シーズ・ライブラリ構築)等を検討すべきです。

さらに、創薬力の強化に必要なこととして、ベンチャー企業の育成・支援、人材の流動化(創薬の中心となっている米国の人材の活用等)、創薬スタートアップ・エコシステムの構築、データ利活用等、革新的創薬に向けた研究開発への経営資源の集中化、バイオシミラーの積極的使用などについて検討すべきです。

💊ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの解消

医療上必要な医薬品が患者に対して迅速かつ安定的に届くことが重要であるのは言うまでもありませんが、希少疾病や小児、難病等の治療薬を中心に、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスが発生し、必要な医薬品が迅速に利用できない患者が存在しています。

こうした現状を打開するため、国際共同治験の推進や治験環境の整備、迅速な開発に資する薬事制度の在るべき姿の検討、日本の制度を海外に正しく伝達する情報発信、現に発生しているドラッグ・ラグやドラッグ・ロスへの対応強化、医薬品による治療等の対象者である患者に資する制度の実現などを検討すべきです。

💊薬価基準制度への対応

製薬企業における投資回収の予見可能性を高め、日本の医薬品市場の魅力を向上させるために、薬価基準制度について次のような取組みを進めるべきです。

  1. 新規収載時薬価
    特に再生医療等製品などの新規モダリティや、比較薬がない革新的な医薬品については、原価計算方式や薬事承認にかかわるデータだけでは価格に関して十分に評価できないため、既存の枠組にとらわれず、新たな評価方法を検討すべきです。希少疾病や小児、難病等の治療薬などの医療上特に必要な革新的医薬品については、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスを解消するため、迅速な導入に向けて、新たなインセンティブを検討すべきです。

  2. 改定時薬価
    新薬創出等加算制度について、新薬創出に寄与しているベンチャー企業が開発した医薬品の薬価に関して、新薬創出等加算における適切な評価の在り方を検討すべきです。また、希少疾病や小児、難病等の治療薬などの医療上特に必要な革新的な医薬品については、特許期間中の薬価を維持する仕組みの強化を検討すべきです。日本における早期上市の促進という課題も踏まえ、外国平均価格調整の仕組みについて検討のほか、市販後のリアルワールドデータも活用しながら、医療機器の保険導入におけるチャレンジ申請のような制度についても導入を検討すべきです。

  3. 市場拡大再算定
    市場拡大再算定について、近年のバイオ医薬品や抗がん剤において、複数の薬効・効能を持つ医薬品が多くなっている実態も踏まえ、再算定の対象となる類似品の考え方について見直しを検討すべきです。

  4. 薬価制度改革
    医薬品の開発促進の観点からは、透明性があり、予測しやすい薬価制度が求められますが、日本では過去6年間にわたって毎年薬価改定が実施され、制度も複雑化しています。こうした状況を踏まえ、薬価制度改革を検討する際は、投資回収の予見可能性の低下に対しても十分考慮する必要があります。

適切な医薬品流通に向けた取組み

報告書ではさらに、適切な医薬品流通に向けた以下の取組みを政府や関係者に求めています。

💊医薬品特有の取引慣行や過度な薬価差・薬価差偏在の是正

医薬品特有の取引慣行や過度な薬価差・薬価差偏在の是正のために、医薬品取引においては、製薬企業、医薬品卸売販売業者、医療機関等をはじめとした流通関係者全員が、流通改善ガイドラインを遵守し、適切な流通取引が行われる環境を整備していくべきです。その際には、希少疾病用医薬品や新薬創出等加算品、長期収載品、後発品など、医薬品の特性分化により、取引体系の違いがあることを考慮する必要があります。総価取引を改善する措置として、医療上必要性の高い医薬品については、過度な価格競争により医薬品の価値が損なわれ、結果として安定供給に支障を生じさせるおそれがあるため、当該医薬品を従来の取引とは別枠とするなど、検討のうえ、流通改善ガイドラインを改訂して対処していくことが必要です。

💊流通コストの状況を踏まえた対応

薬価改定時の調整幅は、「薬剤流通安定のため」のものとされていますが、希少疾病用医薬品については、配送場所が限定されて配送コスト等の地域差が市場実勢価格に与える影響が小さく、後発品については、汎用性が高くて全国に配送されることから、地域によっては、市場実勢価格に与える影響が大きいと考えられます。このように流通コストの状況も考慮して、調整幅でどのような対応をとり得るか検討を続ける必要があります。

医薬品流通に関する今後の制度改正に注目

ここまで、報告書が指摘するわが国の医薬品の現状と対策の方針を述べてきました。

これらのなかでも特に「するべき」「必要がある」との箇所は、検討会から政府に対し、「必要な政策の検討を速やかに行い、実施されることを期待」する核心部分です。これらの提言の大部分は、今後、中央社会保険医療協議会(中医協)をはじめとする関係審議会で吟味され、政府が打ち出すビジョンや戦略、診療報酬改定や薬価改定などの具体的な施策によって実現が図られます。

つまり、この提言は今後の薬事行政の方向性を決定づける可能性が非常に高く、医薬品製造販売業者のみならず、医療機関等にとっても今後の経営の在り方に多大な影響を及ぼす内容が含まれていそうです。例えば「薬局間での医薬品備蓄状況の共有」「薬局間での医薬品の融通」「行政や医療機関に対する情報提供」に関する制度変更が行われるかもしれません。必要な準備として行えることはないか考慮しておくべき、薬局にとっても、注意すべき提言と言えるでしょう。

(次回は8月に掲載予定です)


筆者:萩原雄二郎(株式会社エルシーシー代表)
編集協力:社会保険旬報Web医療と介護編集部


#医薬品 #医療 #薬局 #社会保険旬報Web医療と介護 #萩原雄二郎 #薬剤師5分間トピックス

社会保険研究所ブックストアでは、診療報酬、介護保険、年金の実務に役立つ本を発売しています。