#12|在職老齢年金、標準報酬月額上限の見直し
高橋 俊之(たかはし としゆき)/日本総合研究所特任研究員、元厚生労働省年金局長
1. 在職老齢年金制度の見直し
(1)在職老齢年金制度の見直しの必要性
公的年金制度は、保険料を拠出した人に対し、それに見合う給付を行うことが原則です。保険料は報酬比例で、給付は定額の基礎年金と報酬比例の厚生年金の2階建てとすることで、一定の所得再分配機能が組み込まれています。
その一方で、平成12(2000)年改正より、少子高齢化の進行などにより現役世代の負担が重くなる中で、60歳代後半で報酬のある人には年金制度を支える側にまわっていただくという考え方から、賃金と年金の合計額が現役世代の賃金収入を上回る人は、在職老齢年金制度による支給停止の対象となりました。
現在の仕組みは、図表1のとおりです。就労し、賃金を得ながら年金を受給している人は、賃金+年金の合計額が、支給停止調整額(2024年度は50万円)を上回る場合は、賃金2に対し、年金を1停止となります。
図表1の右下の支給額のイメージの図は、横軸が賃金額で、縦軸が賃金と年金(厚生年金の基本月額)の合計額です。年金額が10万円のケースを例示しており、賃金が月額40万円(年収480万円)になると、年金と合わせて月額50万円の支給停止調整額に達します。そこから賃金が2増えるごとに年金が1支給停止となりますから、賃金の増加に応じ、賃金と年金額の合計がなだらかに増加するようにしています。賃金が20万円増えて月額60万円(年収720万円)になると、10万円の年金が全部停止となります。
支給停止の対象となる人は、厚生年金の被保険者と、70歳以上の厚生年金の適用事業所に使用される人です。対象となる賃金額は、「その月の標準報酬月額」+「その月以前の1年間の標準賞与額÷12」です。これを「総報酬月額相当額」と呼びます。他の所得は含まれません。対象となる年金額は、老齢厚生年金の基本月額(加給年金額、繰下げ加算額及び経過的加算額を除いた部分)であり、老齢基礎年金は含まれません。
支給停止調整額は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む)を基準として2004年度に設定したもので、法律上は2004年度価格で48万円と規定されているものを、名目賃金変動率で改定しています。2024年度は50万円です。2019年度から2022年度までは47万円で、2023年度は48万円でした。
図表2にありますように、65歳以上の在職している年金受給権者308万人のうち約50万人(16%)が支給停止の対象となっています。この支給停止対象者数は、直近10年間で約24万人増加しました(25.5万人(2013年度末)→49.5万人(2022年度末))。
現在のところ、65歳以上の在職老齢年金制度による就業抑制効果について実証研究に基づく定量的な確認はされていませんが、図表3のとおり、内閣府の「生活設計と年金に関する世論調査」(2024年)でも、「厚生年金を受け取る年齢になったときの働き方」の問に対し、「年金額が減らないように、就業時間を調整しながら会社などで働く」と回答した人が、全年齢で44.4%、60代後半では31.9%となっており、就労意欲に影響を与えています。
また、高齢化や人手不足を背景に、産業界からも、「人材確保や技能継承等の観点から、高齢者活躍の重要性がより一層高まっているが、在職老齢年金制度を意識した就業調整が存在しており、今後、高齢者の賃金も上昇していく傾向にある。高齢者就業が十分に進まないと、サービスや製品の供給に支障が出かねない」といった旨の声が出ています。
在職老齢年金制度が高齢者の就業意欲を削がないよう、働き方に中立的な仕組みとする観点から、制度の見直しが必要となっています。
ここから先は
¥ 100
Amazonギフトカード5,000円分が当たる