見出し画像

遺族年金のしくみと手続~詳細版   無料記事 #1~#4

石渡 登志喜(いしわた・としき)/社会保険労務士・年金アドバイザー

こちらは2020年3月13日~6月5日に「Web年金時代」に掲載した記事です

#1  兄弟が死亡して未支給年金請求のつもりが、母親が遺族年金を受給できた事例

私は社労士として、年金事務所で年金相談に携わっていますが、日頃から年金請求の手続きに来所された方との雑談を大切にしております。
年金事務所で相談を受ける際には、手続きに来所された方の話に限定したり、先入観にとらわれず、あらゆる角度から考えて最善の対応をすることを常に心掛けることが重要であります。
特に、未支給年金の請求においては、必ずしも「先順位者すべてを戸籍で確認する必要があるわけではない」との解釈で書類確認を行っているため、うっかりすると遺族年金受給の可能性を見逃すこととなります。
そこで今回は、未支給年金の手続きに来所された方との雑談により、遺族厚生年金の受給につながった事例をご紹介します。

【事例概要】
請求者:A 66歳男性
・兄が死亡したとのことで、兄の「未支給年金」の請求手続で令和元年8月9日に年金事務所を来所。
死亡者:B 68歳男性(Aの兄)
・Aとは住民票上は同一だが、実際は別世帯となっていた。
・生涯独身で令和元年7月15日、入院中に死亡。

未支給年金とは

では最初に、未支給年金について説明します。
厚生年金保険法(以下「法」という。)第37条第1項によれば「保険給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかつたものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹又はこれらの者以外の三親等内の親族であつて、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の保険給付の支給を請求することができる。」となっております。
本来、年金給付を受ける権利は、受給権者本人の生存中に本人に対して支払われることに意義があることから、一身に専属したものであって、受給権の譲渡、担保供与、差し押さえが禁止されているものであり、遺産相続の対象とはなりません(民法第896条)。
この一身専属権の例外として、受給権者が死亡した場合に、その死亡者に支給すべき年金給付又は保険給付(未支給年金という)で、まだその者に支給しなかったものがあるときは、未支給年金を受けることができる者は、自己の名で、その未支給年金を請求することができることとなっています。
本事例における令和元年6、7月分の老齢年金は、死亡日よりも後の8月15日(定時)に入金され、受給権者本人は年金を受け取り得ないため、未支給年金となります。本事例では、生計同一の弟がいるので、弟Aが未支給年金の受給権者となります。なお、該当する未支給請求者がいなければ返納の対象となります。

年金事務所での初期対応

年金事務所の対応としては、この請求にあたって添付された戸籍の謄本や住民票の写し等の範囲内で上記の該当者であることを確認するのが趣旨であって、必ずしも「先順位者すべてを戸籍で確認する必要があるわけではない」との解釈となっています。
当日、私はA及びBの戸籍謄本で兄弟であることを確認し、それぞれの住民票(世帯全員)の写しで同居であることを確認しました。この結果、「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて(平成23年3月23日、年発0323第1号)」(以下「認定基準」という。)の「生計同一に関する認定要件②のイ」に該当していました。
②のイとは、「認定対象者が兄弟姉妹であって、住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき」です。

雑談から、母親が遺族年金を受給できる可能性に気づく

私は未支給請求書(様式514号)を受理することで終了と考え、Aの持参した戸籍謄本から本籍地についての雑談を始めました。
すると、死亡した兄Bは生前、自分の受給年金から田舎の老母に毎月生活費の仕送りをしていたので、これからはAが仕送りをしなければならないと話し始めました。Aの父親は10数年前に他界し、母親は月額約5万円の老齢基礎年金と亡兄Bからの仕送りで生活していました。
これを聞いた私は、このケ-スではAの母親が遺族厚生年金を受給できるのではないかと考えました。

亡兄Bが母親を「生計維持していた」ことが認められる条件とは

法第59条第1項に「遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者又は被保険者であつた者の配偶者、子、父母、孫又は祖父母であつて、被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によつて生計を維持したものとする。」とあります。
また、同条第4項において「第1項の規定の適用上、被保険者又は被保険者であつた者によつて生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は、政令で定める。」としています。ここでいう「生計を維持していた」とは、生計同一要件及び収入要件を満たすということです。
なお、住所が住民票上異なっている場合の生計同一要件とは、生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が死亡した者の父母である場合は、「生活費、療養費等について生計の基盤となる経済的な援助が行われていると認められるとき」とされています。
Aから聞き取りを続けた結果、両親は田舎で長年農業をしていたが、10数年前に父親が他界して以降、母親は一人でわずかな農作業を続けており、亡兄Bが現役サラリ-マンの頃から年金生活に入ってからも、生活費の支援を続けていたことがわかりました。
私は、遺族厚生年金の請求ができるかも知れないとAに告げ、次の書類を準備した上で再度、来所するよう促しました。
①亡兄Bの受給していた年金証書(年金証書が添付できない場合は、添付不能届)
②亡兄Bの戸籍謄本(母親との続柄確認のため)
③亡兄Bの住民票(除票)(死亡時の住所地の確認のため)
④請求者である母親の世帯全員の住民票(②及び③で両者の生計同一関係の確認のため)
⑤母親の令和元年度の所得証明書(収入要件の確認のため)
⑥「生計同一関係に関する申立書」(認定基準に定められている別紙3と言われている申立書の書式を用いて経済的援助について申立てを行う。また、この「申立書」に第三者証明書の証明をもらうか又は定期的な送金を証明するために当該通帳のコピ-を添付する必要がある。)
⑦死亡診断書(死亡の事実及び年月日の確認のため)
⑧母親名義の金融機関の通帳(写し可)
⑨委任状(必ず母の直筆で記入し押印したもの)
Aは同年8月28日に改めて上記の①~⑨の書類を揃えて年金事務所に来所しました。全ての書類を確認すると、Aの母親は受給要件を満たしていました。そこで、「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書(様式105号)」に必要項目を記入してもらい、受理しました。
その後、母親は亡兄Bの生前の送金額とほぼ同額の遺族厚生年金を定期的に受給できることとなり、一連の手続を行ったAから大変感謝されて本件は落着しました。

ポイントは、死亡した子と別居していた母親との生計維持関係

本事案のポイントは、死亡した子と別居していた母親が遺族厚生年金の請求をする場合の生計維持関係の確認です。「生計同一関係に関する申立書」により、別居の場合でも生活の基盤となる経済的援助の実態が認められる場合には、生計同一関係があるものとして認められます。
前述⑧の母親の預金通帳には亡兄Bの送金が記帳されており、認定日(死亡日)の直近に、亡兄Bから認定対象者である母親への経済的援助が行われていたことを証明することができました。
なお、仕送り等の額については明確な基準はなく、少額であっても認定対象者の生活の基盤となる程度の額であれば、生計同一関係があるものとして認められます。しかし、認定対象者の生活状態から仕送り等がなくても十分に生活できるようであれば、仕送りが途絶えても生活に影響が生じるものではないことから、生計同一関係がないものとして取り扱われます。

●生計同一に関する申立書



#2  子どもが亡くなったときの父母の遺族年金~離婚調停中の父は不支給、母は受給⁉

今回も、子どもと別居する父母に関連する遺族年金の話ですが、受給権者である父母が離婚調停中の事例であります。

子どもが死亡した場合の遺族年金請求においては、一般に父母は同一順位にあります。今回の事例では、離婚調停中の父母は別居しており、それぞれ収入要件を満たしています(年収850万円未満)。ただし、母親は無収入で、子どもからの仕送りに頼っていました。

その子どもが亡くなったときに、遺族年金は父母がそれぞれ受給するのでしょうか、それとも母親だけが受給するのでしょうか。

事例概要
請求者:A子さん 56歳女性
・息子B男さんが死亡したとのことで、令和2年1月、遺族厚生年金を受給できるか、相談するために年金事務所を来所。夫C雄さんとは離婚調停中で別居しており、長女の家でB男さんからのわずかな仕送りで生活を送っていた。
死亡者:B男さん 37歳男性
・令和元年11月に病死。死亡時には独身。A子さんとは別居。
・高校卒業後、会社に勤務しており厚生年金保険の被保険者期間は約200月。

遺族厚生年金の請求者が父母の場合

遺族厚生年金の請求者が父母の場合は、厚生年金保険法(以下「法」という。)第59条第1項第1号により「55歳以上で死亡した子によって生計を維持されていた者とする」と規定されています。

さらに、同条第4項で「第1項の規定の適用上、被保険者又は被保険者であつた者によつて生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は、政令で定める」とされ、平成23年3月23日付「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱い(年発0323第1号)」の政令(以下「23年通知」という。)によって確認することとなっています。

ここで、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、法第59条第1項に規定する「被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者によつて生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母」であり、これを受けて厚生年金保険法施行令第3条の10で「生計を維持していた」と認められる者は、厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者とするとあり、その金額については、平成6年11月9日付庁保発第36号「国民年金法等における遺族基礎年金等の生計維持の認定に係る厚生大臣が定める金額について」により厚生大臣が定める金額は、年額850万円となっています。

●父母が同居の場合
一方、同居の父母で年齢要件(55歳以上)を満たしている場合の生計維持認定については、父の年収が1,000万円超であっても母の年収が150万円で、かつ、母の生計を被保険者(死亡者)に依存していれば、母のみが該当し100%の遺族厚生年金を請求できることとなっており、父母ともに年収が850万円未満であれば父母が該当し、それぞれが50%ずつ請求できます。

年金事務所での対応

今回の事例では、年金事務所を令和2年1月に相談のため訪れたA子さんが「私は遺族厚生年金の受給ができますか?」と言って次のような状況を説明しました。

別居している長男B男さん(昭和57年11月生まれ、独身、高校卒業後死亡日まで厚生年金保険の被保険者で被保険者期間は約200月あり、死亡原因は病死)が令和元年11月に死亡。また、A子さんは夫C雄さんとは離婚調停中で、数か月前から別居しています。長女の家に同居させてもらっていますが、収入はありませんので、死亡したB男さんからのわずかな仕送りで生活していました。

そこで、最初に死亡者の記録を確認したところ、厚生年金被保険者中の死亡(短期要件)であり、原則的な納付要件(2/3要件)を満たしていることを確認することができました。

このような「別居の父母が遺族厚生年金請求する場合の生計維持認定」はどのようになっているのかを前述の「23年通知」で該当項目をみると、『3 生計同一に関する認定要件 (1)認定の要件 ②生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が死亡した者の父母である場合 ウ 住所が住民票上異なっているが、次のいずれかに該当するとき (イ)生活費、療養費等について生計の基盤となる経済的な援助が行われていると認められるとき』とされています。

また、ここで言われている「生計の基盤となる経済的な援助」とは具体的にどの程度ということは規定されておらず、認定対象者の収入、生活費及び療養費等の支出の金額を勘案して、実態として仕送り等の経済的援助が必要である者なのかを総合的に判断することとされています。

さらに、仕送り等の額については、明確な金額等は定まっていませんが、少額であっても認定対象者の生活の基盤となる程度の額であれば、生計同一関係があるものと認められることとなっています。

以上を前提にして、A子さんが別居の厚生年金保険被保険者であったB男さんが死亡したことによる遺族厚生年金を受給できるかを見ていきましょう。

生計維持関係の確認

まず、戸籍謄本で確認すると、A子さんとC雄さんは夫婦であり、B男さんの両親であることに相違ありません。また両親とも55歳以上なので、法第59条第1項第1号による55歳以上の要件は満たしているため、死亡した子によって生計を維持されていた者となるかがポイントとなります。

年収を見ると、C雄さんは約350万円、A子さんは無収入となっているため、子との生計同一関係があれば両親とも遺族厚生年金の受給資格者となります。しかし、前述のとおりC雄さんとA子さんは離婚調停中でA子さんは長女の家に同居させてもらっている状態です。

A子さんが持参した預金通帳にはB男さんから毎月少額ではありますが、定期的に振込みがされていることが確認できます。B男さんからA子さんへの送金が途絶えることにより、別居していたA子さんの生活に影響が生じる可能性があり、生活の基盤であったと推認されます。

一方、C雄さんにB男さんからの振込みがあったか否かは確認がとれません。A子さんの話では、なかったものと思われますが、確認がとれない状況となっています。そこで、次の書類を準備した上で再度の来所をA子さんに促しました。

①戸籍謄本(両親と子との続柄確認のため)
②A子さんの世帯全員の住民票
③亡くなった子(B男さん)の住民票(除票)(死亡時の住所地の確認のため)
④請求者(A子さん)の令和元年度の所得証明書(収入要件の確認のため)
⑤「生計同一関係に関する申立書」(認定基準に定められている「別紙3」(3月13日掲載)と言われる申立書の書式を用いて経済的援助について申立てを行う。また、この「申立書」に第三者証明書の証明をもらうか又は定期的な送金を証明するために当該通帳のコピ-を添付してもらう。)
⑥父親(C雄さん)から「生計同一関係はないため、遺族年金請求をいたしません」という申立書
⑦死亡診断書(死亡の事実及び年月日の確認のため)
⑧請求者(A子さん)名義の金融機関の通帳(写し可)

その後、A子さんは改めて上記の①~⑧の書類を揃えて年金事務所を訪れました。全ての書類を確認し、受給要件を満たしていたので、「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書(様式105号)」に必要項目を記入してもらい、当該請求書を受理いたしました。

ポイントは、子どもとの生計維持関係は、離婚調停中の父母それぞれに確認すること

本事例のように子(B男さん)から母親(A子さん)に対して少額ではありますが送金があることを通帳で確認でき、この送金が母の生活の基盤となる程度であれば、生計同一関係にあると認められることとなっております。

一方、子から父親(C雄さん)に対して送金がないことの証明は不可能なため、父親からの「生計同一関係がないため、遺族年金請求をいたしません」という申立書で対応することとしました。

本件のポイントは、一般的には、夫婦の所得基盤は一体であると考えられますが、本事例のように離婚調停中で夫婦間が、ほぼ形骸化している特段の事情がある場合の遺族厚生年金の請求にあたっては、同一順位である父母、それぞれの請求者を個々に審査し、認定を行うこととなっていることです。

今回の場合は、生計同一からみることにより、「その送金が息子と別居していた母親の生活の基盤とされる」ものであり、母親のみに全額が支給され、父親は不支給となることとなります。


#3   内縁の妻は戸籍上の「義理の妹」~遺族厚生年金を受給できる?

今回の事例は、長年、内縁関係にあった男性の死亡により、その内縁関係にあった女性が遺族厚生年金を請求する事例であります。ここまではよくある話ですが、女性は男性の両親と養子縁組をして、戸籍上は男性の義理の妹になっていました。

死亡者の兄弟姉妹は遺族厚生年金を受けることができません。この女性は遺族厚生年金を受けることができるでしょうか。

事例概要
請求者:A子さん (昭和20年生まれ・75歳)
死亡者:B男さん(昭和6年生まれ・平成30年8月死亡・死亡時87歳)
・A子さんは、内縁関係にあったB男さんが亡くなったので、遺族厚生年金を請求したいとのことで、令和元年10月に年金事務所に相談に訪れた。
・A子さんとB男さんは昭和44年から内縁関係にあり、住民票上はB男さんが世帯主でA子さんは同居人(内縁妻)との続柄記載になっていた。
・その後、昭和56年にA子さんは、B男さんの両親の養子となり、B男さんの義理の妹になった。

A子さんが来所したときには、一般的な内縁関係の遺族年金請求だと思いました。まず、B男さんには昭和33年に結婚した戸籍上の妻(C子さん)がいます。A子さんの話によれば、昭和39年頃にB男さんとC子さんとは別居生活となり、仕送り等一切しておらず音信も不通であったとのことです。さらに、B男さんの戸籍を入手したところ、C子さんは平成29年に亡くなっていることがわかりました。

A子さんとB男さんは昭和44年から内縁関係にあり、住民票上はB男さんが世帯主でA子さんは同居人(内縁妻)との続柄記載になっていました。ところが、昭和56年にA子さんは、B男さんの両親の養子となり、B男さんの義理の妹になっていました。

A子さんの話を聞くうちに、これは一般的な内縁関係の遺族年金請求ではなく、長年の経験にない初めてのケ-スであることがわかりました。

以上を前提にしてA子さんが戸籍上は義理の兄である内縁の夫(B男さん)が死亡したことによる遺族厚生年金を受給することができるかどうか、見ていきます。

遺族厚生年金に関する法規制と義理の兄妹の内縁関係

ここで、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、法第59条第1項に規定する「被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者、子、父母、孫又は祖父母」であり、さらに法第3条第2項において、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする、となっています。

また、B男さんには戸籍上の妻がいるので、「届出による婚姻関係がその実態を全く失っているとき」に内縁の妻であったA子さんが遺族厚生年金の受給権者となります。

「その実態を全く失っているとき」とは、平成23年3月23日付け「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱い(年発0323第1号)」の政令(以下、「23年通知」という)の認定要件①のイによれば、「一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって、その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し、当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき」となっています。

なお、「おおむね10年程度以上」が基準として設けられている理由は、「本人が内面的にどのような意識を持っているにせよ、10年間も戸籍上の配偶者と何らの交流も持たず、また持とうとしなかった場合には、客観的に見て、本人が実質的に離婚に合意しているとみなし得る」ことによります。

さらに、認定要件②によれば、「夫婦としての共同生活の状態にない」といい得るためには、次に掲げるア、イ、ウすべての要件に該当することが必要です。

ア 当事者が住居を異にすること。
イ 当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと。

ウ 当事者間の意思の疎通をあらわす音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと。

本件を、これらの「23年通知」における重婚的内縁関係の認定要件と比較してみると、B男さんとC子さんとの関係は「その実態を全く失っているとき」に該当するので、A子さんの遺族厚生年金の請求は認められると思われました。

しかしながら、A子さんはB男さんの両親の養子となっているため、両人の関係をみると戸籍上は義理の兄妹となります。そうすると、この内縁関係は「近親者間の婚姻」ということになるのではないかと思い、民法第734条第1項(近親者間の婚姻の禁止)を確認すると、「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。」となっています。

本条文のただし書きにより、義理の兄妹の婚姻は認められることから、A子さんとB男さんは内縁夫婦と解釈できることとなります。

A子さんの遺族厚生年金の受給要件を確認

念のため、A子さん、B男さん及びC子さんの関係を時系列でまとめると次の様になっています。このような流れの中で、A子さんが遺族厚生年金の受給要件を満たすのかを見ていきます。

まずB男さんの戸籍謄本を確認すると、B男さんとC子さんは夫婦であったが、C子さんは平成29年に死亡して除籍となっていました(C子さんが死亡していることをA子さんが知ったのは、B男さん死亡後に戸籍を取ったときとのことでした)。一方、A子さんの戸籍によれば、独身で昭和56年に養子縁組を行い、養父母がB男さんの両親と同様となっていました。

次に同居の確認のため、A子さんとB男さんの戸籍の附票を確認したところ、何回かの転居はしているものの全期間二人は同居でありました。

戸籍の附票は住民票と同様に住所履歴を表しますが、市区町村をまたぐ住所移動を繰り返した場合でも、ひとつの戸籍の附票の中に全ての住所履歴が記録されます。逆に、結婚・離婚・養子縁組・養子離縁・他市区町村への転籍などにより戸籍の移動が行われた場合、住所を移動していなくてもひとつの戸籍の附票では住所履歴の確認ができなくなります。これは戸籍の附票が「該当戸籍に入っていた当時の」住所履歴を記録したものだからであります。

同居後に養子縁組をしている本件は、同居当初の住所の確認はできませんでしたが、40年以上の同居の確認ができたので問題ないと思い、A子さんに次の様な書類を準備した上で再度の来所を促しました。

①A子さんとB男さんそれぞれの戸籍謄本(婚姻可能の確認のため)
②A子さんの世帯全員の住民票及び戸籍の附票
③亡くなった子(B男さん)の住民票(除票)と戸籍の附票(A子さんとの同居の確認のため)
④A子さんの平成30年度の所得証明書(収入要件の確認のため)
⑤A子さんとB男さんは同居していたとのことなので、「事実婚関係及び生計同一関係に関する申立書」(認定基準に定められている別紙5と言われている申立書)を用いて「婚姻の意思及び夫婦として共同生活を営んでいることの申立」を行う
⑥死亡診断書(死亡の事実及び年月日の確認のため)
⑦A子さん名義の金融機関の通帳(写し可)

その後、A子さんは上記の書類を揃えて年金事務所を再訪しました。全ての書類を確認し、受給要件を満たしていたので、「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書(様式105号)」に必要項目を記入してもらい当該請求書を受理いたしました。

●別紙5

義理の兄妹の内縁関係は法律上、婚姻が認められる

本件のポイントは、形式的には重婚的内縁関係ではあったものの、本妻が既に死亡していたこと、長期間にわたって本妻が音信不通であったことで調査は行われず、また、死亡者と請求者(内縁妻)は民法第734条第1項(近親者間の婚姻の禁止)に該当する兄妹であったが、同条第1項ただし書きにより法律上婚姻が認められることとなっていることです。


#4   夫の死亡日は15年以上前、無年金の高齢女性は・・・遺族厚生年金と自分の老齢基礎年金を受給できた!

今回は、15年以上前に夫を亡くした無年金の女性(83歳)の事例です。夫は亡くなった当時、自営業をしており、子どもはすでに20歳以上となっていました。遺族年金の受給は難しそうでしたが、夫の基礎年金番号に統合されていない会社勤務期間中の年金記録が見つかったのです。これにより、遺族厚生年金だけでなく、女性自身の老齢基礎年金を受給することができました。

令和元年10月、B子さんが母親の委任状持参で年金事務所に相談に来所されました。用件は、一緒に生活している母親(A子さん)が無年金者で、娘であるB子さんが面倒をみているが、B子さんは半年前に失業しており、貯金を取り崩して生活しているとのことです。先行き心配なので、A子さんは年金を受給することができないのか、という相談でした。

B子さんの話によると、自営業であった父親(C夫さん)は昭和19年11月生まれで、平成14年に58歳のときに歩道橋の踊り場で倒れている状態で発見され、病院で死亡が確認されたとのことです。B子さんが持参した、C夫さんの年金手帳の基礎年金番号を調べたところ、年金記録は国民年金納付30月、全額免除36月のみでした。

一方、母親のA子さんは昭和12年生まれで、年金記録は厚生年金26月(脱退手当金受給済み)、国民年金納付30月、全額免除36月です。脱退手当金受給済み期間は合算対象期間となりますが、それでも年金加入期間は92月しかありません。

この記録をみる限り、C夫さんは死亡時に厚生年金に加入していないので、遺族厚生年金は発生しません。また、C夫さんの死亡時、B子さんは20歳を超えていたので、納付要件を調べるまでもなく、遺族基礎年金の受給権もありません。また、A子さんの旧姓を調べましたが、他に年金記録はありませんでした。

C夫さんの会社勤務期間を発見

どうしたら年金が受給できるか考えていたら、B子さんが話し始めました。C夫さんは自営業をする前に20年近く会社に勤めていたことがあると…。
そこで、氏名索引を行ったところ、B子さんのうろ覚えであった会社に昭和42年4月から昭和60年4月までの217月、勤務していた記録が別の手番でありました。そうすると、基礎年金番号の記録と統合すると283月となります。
A子さんが遺族厚生年金を受給するためには、C夫さんの年金加入期間が300月以上必要です。

厚生年金保険の資格取得はC夫さんが23歳のときだったので、「お父様は大学に行っていましたか?」とB子さんに聞いたところ、都内の某私立大学に通っていたとのことです。そうすると、C夫さんが20歳になった昭和39年11月から卒業した昭和42年3月までの28月の合算対象期間がありそうです。
以上の期間を合算すると311月となります。C夫さんの死亡日の条件が確認できれば、A子さんを受給権者とする遺族厚生年金が発生することとなります。

さらに婚姻期間がA子さんの合算対象期間に

また、C夫さんに厚生年金保険の被保険者期間が見つかったので、A子さんとC夫さんの婚姻日によっては、A子さんの合算対象期間が発生します。
年金の受給資格期間は平成29年8月1日施行の「年金機能強化法」により、10年に短縮されています。A子さんが老齢基礎年金を受給できる可能性も高くなってきました。
そこで、B子さんに次の書類を揃えて再度の来所を指示しました。
①A子さんとC夫さんの戸籍謄本(婚姻日の確認のため)
②A子さんの世帯全員の住民票及び戸籍の附票(死亡日が古いため当時の住所地の確認のため)
③亡くなったC夫さんの住民票(除票)(死亡当時の住所の確認のため)
④請求者(A子さん)の平成27年度から平成31年度の所得証明書及び平成14年度の所得の申立書(死亡前年の所得確認のためですが、5年以上前の所得証明が入手できないために要件を満たすことの申立書)
⑤死体検案書(死亡の事実及び年月日の確認のため)
⑥C夫さんの大学の在学証明書(学生期間の合算対象期間確認のため)
⑦A子さん名義の金融機関の通帳(写し可)となります。
※委任状は提出済み

なぜ、死亡診断書ではなく「死体検案書」なのか

今回は、必要書類として⑤に死体検案書を挙げました。C夫さんが「歩道橋の踊り場で倒れている状態で発見され、病院で死亡が確認された」からです。

厚生労働省発行の「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」によると、死亡診断書と死体検案書はいずれも人間の死亡を医学的・法律的に証明する文書であるとともに、わが国の死因統計を作成する際の基礎的な資料としての役割ももっていることから、これらの文書を作成する際には、できる限り事実を正確に記すよう努める必要がある、とされています。

両者の使い分けについては、臨床の場でもしばしば戸惑うことがあるようですが、原則的な考え方としては、医師が「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡した」と認められる場合には「死亡診断書」を交付し、それ以外の場合には「死体検案書」を交付します。

帰り際にB子さんから「死体検案書はどのようにしたら入手できますか」と聞かれ、C夫さんの本籍地管轄の法務局に聞くように言い、B子さんはその日は帰宅しました。

年月が経過した死体検案書を入手するには

翌日、死亡時点が古いこととB子さんが代理人であるため少し心配になり、都内の某法務局へ行って死亡日から年月が経過している場合の死体検案書について確認しました。

市区町村役場に提出された出生、婚姻、死亡等の各種の戸籍届書は、原則として、届出日の翌月の20日頃に、本籍地の市町村から管轄法務局(またはその支局)に送付されます。この戸籍届書は、秘密性の高い情報が記載されているため、その性質上、原則として非公開とされています。しかし、一定の「利害関係人」は「特別の事由」がある場合に限って、その書類に記載した事項について証明書を請求することができます(戸籍法第48条第2項)。

これらの書類の保存期間は、当該年度の翌年から27年とされています(戸籍法施行規則第49条第2項)。しかし、第49条の2によって「管轄法務局若しくは地方法務局又はその支局が、戸籍又は除かれた戸籍の副本の送付を受けたときは、前条第2項の規定にかかわらず、当該戸籍に関する書類で市町村長が受理し又は送付を受けた年度の翌年から5年を経過したものは、これを廃棄し、又は当該市町村長の申出を受けて市役所若しくは町村役場に移管することができる。」となっています。

要するに、請求前に書類の存在の確認が必要となります。
また、ここで言われている「利害関係人」とは、死亡届の届出人または親族を指し、単に財産上の利害関係があるというだけでは該当しません。さらに、親族であっても死亡保険金の受取人か、遺族年金の受給権者でなければ、利害関係人には該当しません。利害関係人であることの確認書類として、死亡した方等と請求者との親族関係を証明する戸籍謄本が必要です。
また、「特別な事由」の一つとして遺族年金等の請求があげられています。
今回の事例は死亡日から約15年が経過していましたが、「利害関係人」が「特別な事由」のために請求する「死体検案書」については、B子さんが入手可能であることがわかったので一安心しました。

余談となりますが、B子さんが来所された翌日に某地方法務局のご担当の方から私宛に電話があり、利害関係人(A子さん及びB子さん)が特別な事由(遺族年金請求)のために死体検案書の請求を求めているとの確認がありました。某地方法務局においては、書類の要求があった場合は、必ず提出を求めたところに電話等で事実確認を行っているとのことでした。

A子さんは遺族厚生年金と自分の老齢基礎年金を受給することに

その後、B子さんは前述の書類を揃えて年金事務所を再訪しました。C夫さんの学生期間の合算対象期間を確認したところ、前回、計算したとおリだったので、C夫さんには年金加入期間が300月以上あることが判明しました。
A子さんは遺族厚生年金の受給要件を満たしていたので、「国民年金・厚生年金保険遺族給付請求書(様式105号)」に必要項目を記入してもらい、当該請求書を受理いたしました。

さらに、A子さんとC夫さんの婚姻日は、戸籍謄本で昭和47年6月と確認できました。C夫さんの厚生年金保険の被保険者期間のうち、A子さんとの婚姻期間が10年以上あります。この期間は合算対象期間となり、受給資格期間短縮による老齢基礎年金を(少額ではありますが)受給できることも判明しました。そこで、「年金請求書(国民年金・厚生年金保険老齢給付(様式101号)」も受理しました。

この結果、A子さんは遺族厚生年金と自分の老齢基礎年金を受給することとなりました。また、遺族厚生年金については請求後に受給する分に加え、請求時から遡って5年分*を一時金として受給できます。老齢基礎年金についても、平成29年8月に受給権が発生したものとみなされますから、請求せずに過ぎてしまった分の年金も受給することができます。
*請求時から遡って5年経過した分は時効となり、受給できません。



石渡 登志喜(いしわた・としき)/社会保険労務士・年金アドバイザー
電子計測器メーカーで資材部長・営業部長・厚生年金基金常務理事を経験。定年退職後、社会保険労務士事務所開業。千葉県内の年金事務所の年金相談員経験者。豊富な相談事例をもち、雑誌、書籍等多数執筆

社会保険研究所ブックストアでは、診療報酬、介護保険、年金の実務に役立つ本を発売しています。