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#40 DVによる別居と生計維持関係の認定

石渡 登志喜(いしわた・としき)/社会保険労務士・年金アドバイザー

今回は、夫死亡時に別居していた妻が遺族厚生年金を請求したケースです。別居の理由が夫の暴力から逃れるためなので、音信・訪問はなく経済的援助もありません。こうした場合の生計維持関係をどう認定するのか、事例を通じてご紹介します。


【事例概要】
死亡者:A雄さん(昭和30年10月28日生まれ:68歳)
・令和6年7月10日に死亡(老齢厚生年金受給中)
 請求者:B子さん(昭和33年5月3日生まれ:66歳)
・A雄さんの戸籍上の妻
・令和3年11月30日にA雄さんの暴力により自宅を出て女性センターに入所
・令和4年3月10日に裁判所の保護命令により6か月間の保護を受ける
・令和4年10月15日に転居
・令和6年8月2日に年金事務所に遺族厚生年金の請求に来所
・同年8月23日に書類を整えて再来所

年金受給中の夫のA雄さんが死亡したとのことで、B子さんが年金事務所に遺族厚生年金の請求に来所されました。A雄さんとB子さんは住民票上の住所が異なっているため、生計維持関係を確認する必要があります。当日は請求に必要な添付書類を説明し、「年金請求書(国民年金・厚生年金保険遺族給付)」(様式第105号)、「生計同一関係に関する申立書」(様式3)をお渡しして後日の再来所を要請しました。
その後、B子さんは指示どおりに記載した書類と添付書類を持って再来所されました。

老齢厚生年金受給者が死亡した場合の遺族厚生年金

老齢厚生年金の受給権者が死亡した場合、死亡した者の配偶者で、当該死亡の当時、死亡者によって生計を維持した者には遺族厚生年金が支給されます。
「死亡者によって生計を維持した配偶者」とは「死亡者と生計を同じくしていた配偶者」で、年額850万円以上の収入または年額655万5千円以上の所得(以下、この収入額または所得額を「基準額」という。)を将来にわたって有すると認められる者以外のものとされています。

【根拠条文】
・厚生年金保険法第58条第1項第4号、第59条第1項及び第4項
・厚生年金保険法施行令第3条の10
・「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長通知(以下 「23年通知」という。)

本件の場合、A雄さんが死亡当時、受給要件を満たした死亡者であったこと、B子さんはA雄さんの戸籍上の妻であって、基準額以上の収入または所得を将来にわたって有すると認められる者以外のものであったことは認定事実から明らかです。

住民票上の住所が異なる場合の生計維持要件

一方、B子さんは、A雄さん死亡当時、住民票上の住所が異なっているため、A雄さんによって生計を維持した配偶者であると認めることができるかどうか、が問題となります。
 
遺族厚生年金の受給権者に係る生計維持関係の認定に関して、「23年通知」で認定基準を定めています。生計維持認定対象者が死亡した者の配偶者であり、住所が死亡者と住民票上異なっている場合に、死亡者による生計維持関係が認められるためには、次のいずれかに該当する必要があります。

ア :現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき
イ :単身赴任、就学又は病気療養等の止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、次のような事実が認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一つにすると認められるとき
(ア)生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること。
(イ)定期的に音信、訪問が行われていること。

持参書類等から判明した事実により、B子さんが上記のアに該当しないことは明らかです。そこで、上記イに該当するかどうか、見ていきます。

DVによる別居の場合の生計維持の考え方

B子さんの提出した「生計同一関係に関する申立書」によれば、A雄さんとB子さんの住民票上の住所が異なっている理由については、A雄さんのDVが原因でB子さんが家を出た、と記載されています。また、A雄さんからB子さんに対する経済的援助及び、音信・訪問はなかったと記載されており、上記のイにも該当するとはいえません。

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