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令和6年度厚生労働省予算概算要求のポイント 重視される薬事政策を知り、将来をイメージする(萩原雄二郎)

薬剤師5分間トピックス

薬局の経営、薬剤師の業務は、国の政策による影響を強く受けます。他業種の商品やサービスの価格が原則として市場原理で決まるのに対し、薬価は国が決めます。医薬品の開発にも国が関与します。薬剤師の業務のやり方も法令で定められます。であれば、薬局が経営を考え、薬剤師が将来を考えるに際しては、薬価、医薬品開発、業務のやり方などに対する国(厚労省)の政策(以下「薬事政策」という)に注意をはらう必要があります。今回とりあげる、厚労省の令和6年度(2024年度)予算概算要求には、来年度以降の薬事政策を最も早く知ることのできる具体性のある内容が満載されています。


概算要求の概要

毎年8月に各府省庁から財務省に提出される概算要求は、表1のように積算されて翌年度の予算の原案となります。この原案は財務省の審査や閣議決定、国会審議を経て予算として成立するまでに金額的修正が加えられます。しかし、概算要求で示された各府省庁の政策(事業等)自体は、6月に閣議決定された予算編成の基本方針である骨太方針を具体化する政策であり、ほぼそのまま成立するのが通例です。つまり、概算要求は、予算で裏打ちされる翌年度以降の具体的政策を初めて明示するものといえます。 

表1 令和6年度一般会計概算要求・要望額(令和5年9月5日)

厚労省の概算要求を見る

厚労省の令和6年度予算への概算要求額は、33兆7,275億円。これは全府省庁の概算要求額の合計114兆3,852億円のほぼ30%を占める最大額です(表1参照)。ただし、その約94%の31兆8,653億円は社会保障費(年金・医療等に係る経費)です(表2参照)。その分を差し引いた残りの約2兆円は、義務的経費(法令で義務付けられている経費、人件費、扶助費、公債費等)と裁量的経費(各部局が任意に設定できる経費)に充てられます。裁量的経費が当てられる政策は、厚労省が重要視し、影響力の大きい政策である可能性があります。ただし、政策の影響力は、予算額の大きさだけでは計れません。政策のために創設や改定された法令や制度、その運用などに大きく左右される場合があります。たとえば、オンライン服薬指導の推進政策はそのために計上された予算額が小さくとも、結果として薬剤師の業務や薬局の施設の在り方を大きく変えてしまいます。

表2 令和6年度厚労省概算要求の姿
(厚生労働省「令和6年度の予算概算要求の主要事項」2頁)

表2の「重要政策推進枠」は、裁量的経費を前年度より削減した分(原則10%の削減が求められる)や義務的経費を削減した分の3倍までの額を重要な政策のために要求できる特別枠です。  

医薬品等のイノベーションの推進

厚労省の「令和6年度予算概算要求の主要事項」という資料には、「重点要求」の項目がまとめられています。「重点要求」は3つの大項目に分類され(表3のABC)、それぞれの大項目の下には中項目があります。表3には医薬関係を含むAについてのみ、中項目①~⑤を示しています。

厚労省にかぎらず政府資料でよく見られる傾向ですが、①~⑤の配列はランダムではなく、厚労省が重視する順に並べられています。つまり、①の「医療・介護におけるDXの推進」が最も重要視されている中項目であり、次に重視されているのが②の「医薬品等のイノベーションの推進」というわけです。ちなみに、昨年の概算要求における①はコロナ対策であり、「医療・介護におけるDXの推進」が②でした。③~⑤は昨年もほぼ同じ文言で挙げられていた項目です。

今回の概算要求の②「医薬品等のイノベーションの推進」は昨年にはなかった中項目ですが、これが重要視されて②の位置にある理由は明らかです。2020年に発覚した製薬会社の不祥事に端を発する医薬品の供給不安が現在も続いており、その抜本的な解決が喫緊の課題として広く認識されているからです。「医薬品等のイノベーションの推進」は、その課題への対策として重視されたとみられます。 

表3  令和6年度厚労省概算要求の中の重点要求 
(厚生労働省「令和6年度の予算概算要求の主要事項」6・7頁)

重点要求されている電子処方箋の事業

表3の①~⑤には、それぞれに多くの事業が含まれています。それらの中で直接的に医薬にかかわる事業とみなせるものは①と②の中にみられます。1つは、①に含まれる「電子処方箋の全国的な普及拡大や機能向上の推進」です。この項目は「電子処方箋の有効活用のための環境整備事業」と「電子処方箋の普及拡大事業」の2つの事業で構成されています。両事業とも重要政策推進枠による予算要求がなされており、厚労省が特に重要視していることがうかがい知れます。

ここで、「事業」といわれるものをイメージしやすくするために、「電子処方箋の有効活用のための環境整備事業」を具体例として見ておきましょう()。

 電子処方箋の有効活用のための環境整備事業の概要
(厚生労働省「令和6年度の予算概算要求の主要事項」20頁から抜粋)

この事業の目的は、「令和5年1月から運用開始し普及拡大を進めている電子処方箋管理サービスの機能を拡充する(院内処方等の管理機能追加等)ことでサービスの活用機会が増加し、医療機関・薬局への導入数や国民の利用数増加につながり、国民医療への貢献が期待できるため、サービスの機能拡充に向けた改修を行う」ことです。具体的には、「電子処方箋管理サービスに、院内処方・退院時処方に係るデータを登録・管理し、医療機関や薬局での閲覧を可能にする改修を行う」もので、「令和6年度以降の院内処方等管理機能の実装に向けて、要件定義・設計、開発、他機能との連携テストを実施」するとしています。この事業が推進されれば、現在すでに稼働しているオンライン資格確認等システムを通じて、薬局の端末から今以上に多くの患者情報等を確認できるようになるわけです。

重点要求されている「医薬品等のイノベーションの推進」の多くの事業

表3の②「医薬品等のイノベーションの推進」には医薬関係の事業が集中しています。そもそも②は「ドラッグラグ・ドラッグロスの解消に取り組み、創薬力強化のためのイノベーションの基盤構築を推進する」のに役立つ事業がまとめられており、「医薬品・医療機器等の実用化促進、安定供給、安全・信頼性の確保」(以下「信頼性確保」という)と「イノベーションの基盤構築の推進」(以下「イノベーション推進」という)の2方向の内容によって構成されています。表4は、それぞれの内容に含まれる医薬関係の事業を抽出しています(医療機器に関するものは除外)。

これらの事業は一見しただけでは多様な分野に向けられた一貫性のないものにも見えます。しかし、「信頼性確保」の事業は、現時点で課題とみなされている事項への対策的な事業とみることができます。対して、「イノベーション推進」の事業は、将来につながる育成やネットワーク構築のための事業といえます。いずれにしても、将来の薬局経営や薬剤師の業務について考えるための具体的なヒントとなるのではないでしょうか。

表4の個々の事業の詳細は、厚労省のWebサイトに公開されている「令和6年度予算概算要求の主要事項」の中の「主要施策集」で調べることができます。

表4 令和6年度厚労省概算要求「医薬品等のイノベーションの推進」の医薬関連事業
(厚生労働省「令和6年度の予算概算要求の主要事項」7頁から抜粋編集)

薬事政策を具体的に知れば将来をイメージしやすくなる

薬局の経営や薬剤師の業務が国の薬事政策に強い影響を受け、将来を左右される可能性があることは、おそらく誰もが認識していることかもしれません。しかし、それほどの影響力を持つ薬事政策の知識が漠然としていては、薬局の経営や薬剤師の業務の将来も漠然としたままのイメージにとどまる危険があることは、なかなか認識しにくいことかもしれません。

概算要求に際して公開される厚労省の資料は、翌年度以降の薬事政策を知ることができるという点だけでなく、薬局や薬剤師が将来像をえがく材料になるという点において、貴重な資料といってよいのではないでしょうか。

(次回は12月に掲載予定です)

筆者:萩原雄二郎(株式会社エルシーシー代表)
編集協力:社会保険旬報Web医療と介護編集部

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